月と星
桜が美しい花であるのは、今更言葉を連ねて伝えるまでもないが、中でもその桜が最も輝くのは、暗闇の中で照らし出された時に違いない。
そう、たとえばこの洋館――夜桜亭の二階窓から月江茉莉香が見下ろしているような、妖しい『夜桜』の事でである。
茉莉香は、あの体育館でのツアーガイドの後、気づけばこの洋館のベッドで眠らされており、目が覚めてからはただその夜桜を見下ろしてばかりいた。
睡眠薬を盛られて寝ていたので動く為の士気が皆無……というのも一つの言い訳として挙げられるが、何より本能的に美しいと思えてしまう光景が真下に広がっている事が彼女をここに留まらせた。
今自分が独り占めしている光景に見惚れ、そこから離れるのを何となく拒んでしまうのも無理はないだろう。
一つの美しさが、彼女への心理的抑圧(『心理的~』『精神的~』と最初につけると何でも金田一っぽくなる)になっているのだ。
(殺し合い、か……)
殺し合い。
その言葉を意識すると、急に茉莉香にとって、あの夜桜が妖怪のように見えてしまう。
何か夜桜には、そんな得体の知れない恐怖さえ感じさせるグロテスクが感じられた。
そういえば、「桜の木の下には死体が埋まっている」と何処かで聞いた事がある。
その血を吸ったからこそ、あれほど鮮やかな花びらを散らすのだと――茉莉香は、その言葉の意味もよく知らないので、そう解釈している。
既に誰かが凄惨な死体となって、あの木の下に埋められている事を茉莉香は発作的にイメージした。
母親。父親(義理)。友達にして義理の妹の凛。
ツアーガイドでは「金田一一等に関わった人間」を呼んでいるという話だったので、この三人だって殺し合いに巻き込まれているかもしれない。
どうでもいいが、友達の父親と自分の母親が結婚して、「友達が妹になった」という経緯は若干引く。
あと、この三人だけではない。
小五の夏にカブスカウトに参加したあの遭難組のみんなは、金田一と一緒にいたので、軒並み茉莉香と同じように参加させられる危険性があるのだ。
あれ以来会っていない彼らが、果たしてどう成長しているか楽しみなのに――その再会で片方が死体というのは悲しい結末だと思う。
そうはならないでほしい。
凛。美咲。あかり。光太郎。忍。亮。心平。金田一。
そして、陸。
「はぁ。陸に会って謝らなきゃ」
茉莉香は突然、「はぁ。すき」とツイートする女性のように、そう独り言ちた。
かつて、友人・神小路陸にムカついてやってしまったお茶目なイタズラ。
今から思えば、あれは少しインケーンな感じがしたので、今度陸に会ったら謝っておきたいと思っていたのだ。
そうだ。
とりあえず、陸がいたら謝っとこう。そうしよう。そのあたりを第一行動方針にしておこう。
「――あなたにも謝りたい人がいるんですね(唐突)」
ふと。
背後から、誰か若い男の声がした。咄嗟に茉莉香は、物々しい形相で振り返る。
「……」
彼女の部屋に唐突に現れたのは、高校一年か二年くらいの陰気な少年だった。
茉莉香が桜を見ながら考え事をしているうちに、勝手に誰かが部屋に入ったらしいのだ。
学ランを着ており、目線は常に沈んでいる。明らかに髪をいじっている感じではなく、サラッサラの髪を全部おろしていてオタクっぽい。
若干、キノコみたいな髪形だ。
コイツが現れたのを見て、茉莉香は「……」した後、眉を不快そうに曲げた。
「インケーン」
「え」
「あんたインケンよ! 突然女の子の部屋に入って来るなんて! ノックとかしないワケ?」
――ついキレ気味にそこまで言ってしまったところで、茉莉香は我に返った。
そういえば、よく考えると今は殺し合いをさせられている現場である。
茉莉香は我欲の為に他人を殺すつもりは全くないので、三日間なんとかうまくやり過ごしていきたいと思っていた。
なんというか、三日間やり過ごせば勝手に迎えの船が来るらしい。食料や水も充分ある。
茉莉香も、「こんなんで誰が殺し合いするねん」と思っている。
しかし、「他のやつは殺していいよ」「むしろ殺せ」と言われている状況下、他人の機嫌を損ねちゃマズい。キレて何するかわからないからだ。
なるべく、殺されないような人間として行動していた方がいい。
ともかく、この少年はキレて殺しに来る人ではなかったらしい。
茉莉香の言葉に引きつつも、暗い表情を更に沈ませて謝罪を始めた。
「……すみません。俺は、そもそもこの部屋にいちゃいけない人間なんだ……」
「お、大袈裟ね。別にいいわよ。ノックくらいしてから入ってきて欲しかっただけ」
まるでこの世にいちゃいけないとでも思っているかのような自殺したげなオーラ。
茉莉香みたいな、やたら強気で微妙にキレ気味なビッチが一番嫌うタイプの男であった。
だが、こうして会った以上、世間話程度の軽い雑談でもしておこうと茉莉香は思った。
きまずいのだ。
知らない同士で話す事などない。かといって、このままお別れとも言い難い雰囲気だ。
仕方なく、茉莉香は自分の名前を彼に告げる。
「あ、あたしは月江茉莉香。あなたは?」
「俺は、星桂馬です。……今となってはどうでもいい事ですが、都内の難関名門進学校・開桜学院の一年生です。
……でも、俺は、都内屈指の難関名門進学校にいちゃいけない人間なんだ。裏切者だから……」
「そう……」
「最低だ、俺って。殺されても文句言えないよ」
「そう……」
星くんのパーソナリティを聞いた茉莉香は答えた。
根暗っぽい星くんはあはり茉莉香とは相性が悪かった。
またインケーンしてしまいそうな衝動を必死に抑える。
なんとかそれを抑え込んで、世間話につなぐとしている。
「それより、星くん。大変な事になっちゃったわね。殺し合いだなんて」
「でも、俺は裏切り者だから。突然殺し合いに巻き込まれても文句言えないよ……」
「…………。……そういえば、星くん、あなたの支給品は? あれって全部違うんでしょ?
あたしはまだ確認してないんだけど、星くんは何だった?」
「俺のは、全長200mの形状記憶合金製ワイヤーで作られたハンガーの束だけでした……」
「そう……」
思ったよりもニッチな支給品が出てきたらしく、茉莉香は困惑する。
彼女がどれだけ頭を振り絞っても、全長200mの形状記憶合金製ワイヤーで作られたハンガーの束の使いどころはわからない。
あまり考えたくない。
そこで茉莉香は考えたのさ。だったら、考えなきゃいいってね。
「あ、そうだ、ねえ星くん。星くんも、謝りたい人がいるんだっけ? どんな人なの?」
「月江さん……。俺は、俺は……」
そういわれて、不意にポロポロと泣き出した星くん。
それは、天元さんを喫茶店に呼び出して、相談しようとしたくせに何も言わなかった星くんの姿と同じだった。
しかし、あの時何も言えなかった星くんは、ここに呼ばれる直前にある出来事――親友があれからどんな目に遭ったのかを全て知る、という状況に遭遇している。
それに、初対面で今後も自分の日常に何も関係なく過ごせそうだからこそ何もかも自分の卑怯さまで打ち明けられるというのもある。
そこで、星くんは、この茉莉香にすべて話してしまうのだった。
「俺は最低だ……。俺、もう限界なんです……」
「……どういう事?」
「俺は……親友の……海峰の、高校入学を勝手に取り消して……電話して、必要な書類も全部送って……。
それで、その事であいつの母親が思い悩んで自殺しちゃって……あいつは一人になって……。
だから、海峰も、最近、物凄い形相で俺を殺そうとして来て……」
「え」
「本当、俺って最低だ……殺されても文句言えないよ」
「……」
「……これが、俺の罪なんです。俺は最低です。俺は卑怯です。
私立不動高校一年生・囲碁部の海峰学に……俺の元親友の 海 峰 学 に、殺されても――文句言えない……」
絶対文句言うだろコイツ、と茉莉香は思っていた。
そして――気づけば、湧き上がる衝動を抑えきれず、口を開いていた。
「インケーン」
「え」
「やっぱあんたインケンよ! そんな事で、友達のお母さんを死なせちゃうなんて!
たとえ反省してても、母親が死んじゃった海峰くんからしたら取返しのつかない事じゃない!
あんたのしてる事は人殺しと変わらないわ!」
茉莉香は、過去を悔やんで自殺しかねない勢いの星くんに対しても――余計な慰めはしなかった。
火に油を注いでいるように見えるが、本人に悪気はない(多分正義感)。
インケンだと思った瞬間、それまでの流れを無視してキレ気味になるのは彼女の悪い癖である。
相手がキレて襲い掛かる事など、その瞬間に頭から消えてしまう。
「やっぱり俺は殺されても文句言えない人間なんだ……」
「――そればっかり! いくらインケンでもね、殺されていい人間なんていないのよ!」
「え」
「命はね、とても大事な物なのよ。そのくらいわかるでしょ? 星くんっ!」
ただ、悪気はないので、一応まともな事も言う。
「こんな……俺でもですか……」
「ええ。そうよ。
……そうね。たとえば、毒で死にかけている友達がいるとするでしょ。
その子と川を渡る為に救命胴衣を作る必要があるとする時……何よりも優先すべきはその友達の命だと思うわ。当たり前よね。
でも、そういう時に『靴紐をそういう事に使われるのは嫌だから救命胴衣を作るのに手は貸さない』と言い出すインケンがいる事があるの」
「ああ、そうなんですか……」
「ムカつかない?」
「でも、俺はムカつく資格なんてない人間だから……」
「そうよね、ムカつくわよね。でも、命は何者にも代えがたいものだから……。
だから、星くんがした事はインケンで――でも、星くんを殺そうとした海峰くんだって、靴紐と同じくらいインケンよっ!
二度と、殺されても文句言えないなんて言っちゃダメっ!!」
「……」
星くんは――こういうキャンキャン言うタイプの女子とは相性が悪かった。
話したい事ばかり話すので、話が噛み合わないのだ(どっちもどっち、とも言える部分はあるが)。
星くんからすると、茉莉香が何が言いたいのかさえサッパリわからなかった。
だが、茉莉香は既に、良い事を言った気分になっていた。
それは、星くん的にはそれは全く心に響いていなかった。
「……月江さん。とりあえず、俺はこれから、海峰を探します。
今更謝ったって許してもらえるかわからないけど。
……とにかく、俺はあいつに殺されるとしても、絶対にそれくらいはしておきたいから」
「星くん……わかったわ。もし、海峰くんに会う事があったら、あなたの気持ちはちゃんと伝えておくから」
「……ありがとうございます。
そうだ。月江さん。そういえば月江さんは、その友達に一体、何を謝ろうとしてたんですか?」
星くんは、移動の準備の前に、自分も茉莉香がその謝りたい人物に何の事を謝ろうとしているのか聞いておこうと思った。
あまり話したくない事情ならばともかく、もし茉莉香の謝りたい相手と会った時の為に、それくらいは聞いておいた方が良い。
もし茉莉香が海峰と会ったら、彼女は海峰に星の気持ちを伝えておいてくれるらしいが、それならば自分も同じ事を約束しておこうと思ったのだ。
その気持ちを汲んだのか、茉莉香は口を開いた。
「大した事ないわ。小学校の時のちょっとしたイタズラの事よ。
……神小路陸っていう友達なんだけどね」
「はい」
「……その子の水筒の中に、スズメバチを何匹か入れたの。ちょっと酷かったかなーって……」
――星くんは、あっけからんとしてそう言う茉莉香の顔を二度見した。
【一日目/深夜/夜桜亭(吸血桜殺人事件)】
【月江茉莉香@狐火流し殺人事件】
[状態]健康
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品1~2
[思考・行動]
基本:殺し合いから脱出する。
0:しばらくはこの場に留まる。
1:カブスカウトのメンバーや両親などがいたら、優先的に合流する。
2:陸に会ったら謝りたい。
3:海峰に出会ったら、星の気持ちを伝えておく。
[備考]
※参戦時期は、陸に再会する前。
※本人に悪気は全くないのにちょっとアレです。
※海峰学が星くんを殺そうとしていた事を知りました。
【星桂馬@血溜之間殺人事件】
[状態]健康
[装備]全長200mの形状記憶合金製ワイヤーで作られたハンガーの束@香港九龍財宝
[所持品]基本支給品一式
[思考・行動]
基本:殺し合いから脱出する。
0:海峰を探す。
1:海峰に謝る。
2:俺は殺されても文句言えない(文句を言わないとは言ってない)。
3:月江さんもインケンでは?
[備考]
※参戦時期は、海峰に拘束されて母親の死を聞かされてから、殺害されるまでの間。
※本人に悪気は全くないものの、切羽詰まると保身に走りがちです(後で反省はします)。
※茉莉香が神小路陸の水筒にスズメバチを入れた事を知りました。
最終更新:2016年08月19日 20:26