(無題)




佐伯航一郎は薄暗い部屋でぼんやりとした意識を取り戻し、
口寂しさを感じて煙草を求めたが、彼の手元にあったのは見知らぬデイパックのみだった。
何の期待も無しにファスナーを開けると、日用品一式が折り畳まれたメイド服に埋もれているのが見えた。
すぐに閉めた。

彼のいる部屋はよく見るとどこかの学校の美術室のようで、
暗がりに配置された長机には、よく見るともう二人ほど突っ伏した人影が見えた。
四方の壁際に所狭しと飾られた美術品の中で、
棚のビーナス像だけがなぜか半分に切断されており、なんだか気味が悪い。


だんだんと意識がはっきりしてきた佐伯航一郎は、
先ほど目にした光景を思い返してみる。

体育館に集められた六十人ほどの人影。
舞台に立つワカメヘアーの男性。
男性の口から告げられる「バトルロワイヤル」の言葉。
激昂して男性に歩み寄るおっさん。
雷鳴と電光。
ぐらりと動く影。
そして……。


「俺にわからないんだ、誰にもわかるもんか…」

佐伯は、このツアーの企画者『災厄の皇帝(エンペラー)』とやらに対する自身の憤りを確かめるように、
口に出して呟いた。
彼は幼い頃から天才児と言われ、その明晰な頭脳を用いて数々の殺人計画を実行してきた過去を持つ。
今回とやや似たようなツアーを催して参加者同士の殺し合いを煽った経験すらあるし、
その前科は13歳にしてすでに殺人6件である。

そんな佐伯にすら、『災厄の皇帝(エンペラー)』の狙いは理解しがたかった。
端的な印象としては、
正気じゃない。

すべからく殺意というのはエネルギーを要するもので、
一人の人間が一度に殺意を抱くことのできる相手なんて、
せいぜい数名単位が限界だというのが、彼の考えだった。
あるいは、特定の集団…
例えば自分を虐げた村の人間、自分を脅かす民族、自分を排除しようとする世間、
そういうものを一塊に見て、集団全体に対して復讐を遂げようとすることはあるだろう。



だが、60人もの人間を一同に介させ、殺し合いをさせるというのはどういう心理なのか。
こんな数の人間一人一人に対し、個別にそこまで深い殺意を持てるはずがない。
それに集められた人間にはぱっと見たところさしたる共通点も法則性も見受けられなかったため、
別段何か復讐の意図になぞらえて集められた人員というわけでもなさそうだ。

参加者の詳細については今後探っていく必要があるが、
事の規模の大きさ、参加者の無作為さ、過剰な演出などの現状を総合して考えるに、
この一件の首謀者は、「追い詰められて牙を剥く獣」のごとき犯罪者とは
全く異なるあり方をしているように思えてならなかった。
むしろ、その人物はまさに『皇帝(エンペラー)』のごとく、
参加者を掌中で転がすことそのものを楽しんでいるのではないか。


「だっせえ」

佐伯は思った。
『皇帝(エンペラー)』だって?思い上がりも甚だしい。
人間はみんな人間に過ぎない。
どんな奴でも泥にまみれて生きてるし、どんな奴でも切れば死ぬ。
でも自分は他人を支配する強者だと勘違いして皇帝面をしているような人間は、
引きずり下され、縛られ、切られて自分の無力を晒すまで、
きっとそのことに気づかないだろう。
となれば自分がすべきことは…



そこまで考えたとき、ふいに衣擦れの音がしたのに気づいた佐伯は、
顔を上げ、彼のもとから四、五歩離れた席で突っ伏しているその人影に注意を向けた。
「ん…」
「!お前は…!」
起き上がった少女の顔を見て、佐伯はぎょっとした。
前回のバトルロワイヤル、もとい秘宝島殺人事件のときに、
探偵役として選んだあの高校生についてきた、七瀬美雪とかいう女じゃないか。
今回は目立たないように動きながら主催者について探ろうと思っていた矢先なのに
この女に自分の前科をバラされでもしたら、
他の参加者に危険視されて刃を向けられることは必至だ。
ならばこの女、まずは始末しなければ…!


しかし、佐伯に気づいた少女の口からは意外な言葉が飛び出した。
「誰…?」

無理もない。美雪と会ったとき佐伯は終始女装しており、短髪の姿を見られたことは無かった。
それに、佐伯はこんなこと知る由もないが、
秘宝島殺人事件はFile05なので、美雪はあれから40件以上の殺人事件に遭遇しているのである。
全部覚えていなくても仕方ない。
佐伯はとりあえず13歳の外見に見合う従順な少年として振る舞いながら、様子を見ることにした。

「良かった、気が付いたんですね、お姉さん。僕、佐伯航一郎って言います。
 さっき体育館に集められて、気が付いたらここにいたんです」
「体育館…あっ」
少女はびくっとすると周りをきょろきょろ見回し、
もう一人、少年が机に突っ伏しているのを見つけた。
「あ、あの人は…?」
「わかりません。お姉さんと一緒で、僕が気が付いたときにはここで寝てました」
それを聞くなり少女は慌てたように少年に駆け寄り、
ねえ、君、生きてる?大丈夫?と半泣きで少年の背中を叩いた。
すぐに少年は体を起こした。
「あれ?俺…」
「よかった!じゃあ、誰も死んでないんだね」
ほっと笑みをこぼす少女に、今しがた起きたばかりの少年は怪訝な顔をする。
「君たちは?」
「私、楊蘭っていいます。香港出身なんです。あっちの子は…」
「佐伯航一郎です。よろしくお願いします。僕たち、どこかの学校の美術室にいるみたい」
「ふーん。俺は、霧島純平。よろしくね。」



佐伯は内心驚いていた。
楊蘭?香港出身?どういうことだ?こいつは七瀬美雪だろ?
もしかしてこいつ、俺のことを覚えていて、殺されまいと他人のふりをしているのか?
「あ、あの、楊さん…?」
「え、なに」
「香港出身って言ってましたよね。中国語もできるんですか?」
「できるよ。ここに連れて来られるまで、香港にいたんだもん」
「へー、すごい。じゃあ、なんで日本語もそんなに上手なんですか?」
「母さんが日本人なのよ。それに小さい頃、色々あって日本に亡命してたの」
「亡命!?危ない目に遭ったんですか」
「うん。ちょっとね」
ここまで話したとき、楊は遠い過去を見るように虚ろな視線を空に向けた。

「日本は平和でいい国…
 綺麗で遊ぶところも一杯あって何でも手に入る。
 でもあたしの心はまだあの香港の闇の中…」

その様子は、佐伯の胸に響くものがあった。
自分がアメリカのスラム街でドブネズミのような日々を過ごしていたとき、
きっと自分はあんな目をしていただろう。
それに日本に来てからというもの、佐伯も似たような違和感を禁じえなかった。
何もかもが滞りなく、表面的には平和に、流れていく街。
その安寧の只中に立ってみたところで、佐伯の内側にあるのは
失われた恋人の笑顔とスラム街で受けた辱めの数々だった。
あの女の抱える闇は、きっと本物だ。
七瀬美雪が他人のふりをするなら、こんなすぐにばれるような嘘をわざわざつくはずがない。

一方で、霧島は文句ありげに楊に突っかかった。
「えーっ!君、さっきの殺し合いの話、聞いたんだろ?
 こんなところに閉じ込められても、日本は平和って思うの?」
「ええ。確かに今は大変なことになってるけど…でもきっとこの三日間が異常なだけよ」
「へーっ。やっぱり亡命してただけあって蘭さんは強いな!
 でもさ、じゃあ、誰かに殺されそうになったらどうするんだ?」
「…そうね、そのとき考えるわ」

まだ質問を続けようとする霧島を、楊は有無を言わさぬ笑顔で制し、
「そういえば、凶器が支給されるって言ってたわね。このデイパックの中、かな?」
楊の言葉につられて、霧島も自分のデイパックを探る。
「あった!俺、こーんなちっちゃい折り畳みナイフだけだったよ。
 あーあ、こんなのじゃ護身にもなんねえや」
「あら、私はこれ…何かしら。何か液体が入った袋だったわ」
「えっなんだよそれ。飲めるの?」
「さあ…毒かもしれないね」
自分が以前使った毒を思い出しながら、大分違うなと首をかしげる楊。
「佐伯くんは?」
「僕は…さっき見たんですけど、ちょっと言いたくないです…」
「えー、なんでだよー!俺たち教えたのに」
「ごめんなさい。でも、役に立てそうなときには絶対出すから、お願いします」
「ちぇー。ずるい奴」



楊は外を眺めた。校舎周りには弱々しい街頭の明かりが点々としていた。
「これから、どうしようかな」
「殺し合い…みんな本当にやるんですかね」
「さあ… 景品、会員権だっけ?こんなことして手に入るようなお宝なんて、ろくな物じゃないわ」
「ええ、僕もそう思います」

会員権…。佐伯はもう一度先ほどの体育館での出来事を思い出していた。

『災厄の皇帝(エンペラー)』に対する手掛かりは現状ほとんどないが、
景品が会員権というのは気になる点だった。
もし本当に横浜市に匹敵するほどの広さの島に、本当に様々な施設が建設されているのだとしたら、
そんなものの開発費用は並の人間には到底出せるはずもない。
その上、この島は来年リゾート施設としてオープン予定で、会員権まで出るということだった。
これを素直に受け取れば、バトルロワイヤルの主催者は
リゾート開発を行っている会社のトップに近い人間だということになる。

更に、あの九条とかいうツアーコンダクターは観月旅行社から依頼されたと言っていたが、
観月ほどの名の知れた会社が、こんな猟奇じみたツアーにコンダクターを派遣するのも不自然だ。

罠かもしれない。
だが、誰が考えてもリゾート開発を行っている観月旅行社の親会社が怪しい。
とりあえず明日は、観月旅行社のリゾート開発について、
参加者にそれとなく話を振って情報を集めよう、と佐伯は考えた。

もしかすると。
もしこのツアーに愉快犯以外の目的があるとすれば。
『皇帝(エンペラー)』が作ったこの檻の中で、その張本人の息の根を止められる可能性もある。
すなわちそれは、『皇帝(エンペラー)』が「木を隠すなら森」の発想に基づき、
集められた60人の中に主催者の復讐対象数名を織り込んでいる可能性だった。
さながら戦時に誰が誰を殺したのか最早判別がつかないように、
この島で繰り広げらる誰の手によるかもわからない殺人劇の混沌の中に自分の犯行をそっと潜ませる。
そうすれば、最終的に被害者面して無罪釈放となるかもしれない。
この場合、『皇帝(エンペラー)』は参加者の中に身を潜めているかもしれないということになる。
そうであってくれれば、話は更に早い。
この手で、殺せる。



佐伯が一人で考え込んでいると、霧島が急に声を上げた。
「あーあーあー!もう考え込んでたって埒が明かねえや。
 なー、ここでこれからの作戦建てる班と、学校の中探検する班に分かれねえ?
 それで、何かあったら探検班が作戦班に報告するの」
「うん、霧島くんの言う通りかもしれない。探検班の方がきっと危ないし、
 二人にするのがいいわ。…いえ、待って」

思わず笑みをこぼした霧島は、楊の突然の制止に面食らった。
なにしろ霧島にはまだ殺人の経験がなかった。
一対一ならまだしも、何の武器を持っているか分からない相手に二対一は危険すぎる。
三人が二班に分かれれば、確実に一対一の状況を作れる、と思ったのに。

「見て、窓の下。誰か出ていく。」
楊の言葉に応じて霧島、佐伯が外に目をやると
男が二人、薄暗い街頭に照らされて校舎から出ていくところだった。
一人は20代くらいの若者、もう一人は40代くらいだろうか。
二人は何かを話し合いながら、どこかへ向かって歩いていく。
様子を見る限り、佐伯にはそれが「見知らぬ土地を警戒しながら歩いている」人間には
とても見えなかった。

「あの二人、周りをほとんど気にしないで話し合ってる…
 この学校の構造に慣れてるように見えます。
 それに、あの様子ならすぐにでも殺し合いをしようって雰囲気ではなさそうじゃないですか?
 合流する相手としては、安全かもしれません」
その言葉に楊も頷く。
「確かにそうね…よし、あの人たちを追いかけてみよう」
「えっ、行くの?じゃ、じゃあ俺も行く!」

バタバタと部屋を出ていく楊、佐伯を追いかけるように、
少し遅れて霧島も廊下へと飛び出した。
美術室を出るときに目に入った糸ノコギリを、手始めにデイパックに詰めておいた。




【一日目/深夜/不動高校美術室(誰が女神を殺したか?)】



【佐伯航一郎@秘宝島殺人事件】
[状態]健康
[装備]伊志田が着ていたメイド服@不動高校学園祭殺人事件
[所持品]基本支給品一式
[思考・行動]
基本:『災厄の皇帝(エンペラー)』の正体を暴き、殺す。
0:歯向かうと殺される可能性があることはわかっているので、大っぴらには活動しない。
1:とりあえず色々な人に話を聞きながら手掛かりを集めて、色々考える。
2:人殺しなんてハエやゴキブリを殺すのと同じさ。
3:楊蘭にはなんとなく共感するので殺したくない。
4:メイド服では首を絞めるくらいしかできないので、できればまともな武器が欲しい。

[備考]
※参戦は秘宝島殺人事件の犯行後です。
※6人殺害しているものの、まだ13歳だし反省していたのですぐに出てきました。
※頭が良いそうです。
※女装癖があります。



【楊蘭@香港九龍財宝殺人事件】
[状態]健康
[装備]2種類の液体が入った袋@電脳山荘殺人事件
[所持品]基本支給品一式
[思考・行動]
基本:殺し合いから脱出する。
0:亡命してた幼少期と比べたら三日間なんてそんなに気負うことでもない。
1:殺されそうになったら殺し返すかもしれない。
[備考]
※参戦時期は、犯行後ファッションショーに出てから刑務所に入れられるまでです。



【霧島純平@高遠少年の事件簿】
[状態]健康
[装備]金田一が人形を切断するのに使用した折り畳み式ナイフ@異人館村殺人事件、糸ノコ@誰が女神を殺したか?
[所持品]基本支給品一式
[思考・行動]
基本:殺す。
0:誰かと二人きりになったら、基本殺す。
1:殺した死体は、余裕があればサプライズ感が出るように演出する。
2:楊蘭は「日本は平和で良い」とか言っていて気に入らないので、できれば殺したい。
[備考]
※参戦時期は、高遠少年の事件簿における最初の事件の直前くらいです。
※とりあえずこのナイフで人を殺せるかどうか試してみたいので、ずっとチャンスを伺っています。




007:ココロ やせてとがってく 時系列 009:ジョンベネ
007:ココロ やせてとがってく 投下順 009:ジョンベネ
GAME START 佐伯航一郎 016:六角村
GAME START 楊蘭 016:六角村
GAME START 霧島純平 019:生きる術は理屈じゃなく身体で覚えたい

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最終更新:2016年08月08日 22:26