六角村




楊蘭と佐伯航一郎が校舎を出たときには、先ほど下に見えた二人の人影はもう姿を消していた。
さっき歩いていた様子から、進んでいった大体の方向はわかる。
あのペースなら走れば追いつけるだろう。
楊蘭は振り返り、霧島純平の姿が見えないことに気が付いた。
「あれ?霧島くんは?」
「あれ。見失っちゃいました。戻りましょうか?」
ええそうね、そう言おうとしたとき、彼女の脳裏に浮かんだのは燃える母親の光景だった。
戻ってはいけない、なぜだかそんな気がして、彼女は前を向き直った。
「いいえ、行くわよ」
「…わかりました」

校門を出て左右を見ると、さっきの人影らしき二人が、それぞれの方向に分かれて歩いているのが見えた。

「迷ったら右、って誰かが言ってたわ!」
「はい!」


「待ってください!」
ようやく追いついて、楊蘭が声を上げると、
振り向いた人影は驚いたように楊蘭を見つめた。

「七瀬さん…?ど、どうしたのそんなに慌てて」

肩で息をしながら楊は答える。
「いえ、その、誰かと合流しなきゃって…さっき窓から…あなた達が見えたので…」

するとその男性は、なあんだ、と言いたげに笑ってみせた。

「…そうかあ。僕はこれからぐるっと南回りに巡回して、
 だれか人がいたら不動高校の体育館に誘導するつもりなんだけど、君たちも一緒に来る?」

「巡回って、一人でですか?こんな殺し合いをしてる中、危なくないんですか?」

佐伯が訊ねると、
男性は意表を突かれたような顔をして手を顎の方に添える。

「ああ、それは考えてなかったな」

この状況で一人で歩き回る危険性を考えないとは、
この人大丈夫なんだろうか。佐伯は思った。
男性は手に支給品らしい古い斧を手にしていたが、それも護身のための気休め程度にしかならないだろう。
斧なんて重くて隙のできやすい物を、並の人間がまともに扱えるはずはなかった。

「そうだね、危ないかもしれないけど、
 ……一応僕も先生だし、君みたいな若い子たちを放っておけないしね」

少し間抜けだけどいい人そうだ。
しかし、先生たちと話し合った結果妥結されたのがこんな危険な方法だとは、
不動高校の教師の頭は一体どうなっているのか。馬鹿なんじゃないか。


ともあれ、合流した三人は現在までの状況を話し合った。
まず楊蘭が美雪に激似な別人であることを男性に納得させた上で、
お互いの自己紹介を行った。
男性は、不動高校で教員をしている小田切進だと名乗った。
それから、先ほど体育館であったことの確認。
目が覚めたときの状況。
小田切先生の他にも的場先生、津雲先生という二人の殺人者もとい教員が
このバトルロワイヤルに参加していること。
校舎を出るときにはぐれた霧島のこと。

…霧島はどうなっただろう、と呟く佐伯に、小田切先生は優しく言った。

「大丈夫。校内には的場先生が残っているから。
 もし迷っていたとしても、きっと見つけて安全なところに誘導してくれるさ」

それから、このバトルロワイヤルの主催とは一体何者なのだろうかと、
そこまで話したとき六星は気づいた。

「あれ、楊さんは?」

佐伯も振り返る。
しかし、楊蘭の姿は影も形もなかった。

「おかしい…何も言わずにいなくなってしまうなんて…」

佐伯のその言葉を聞いて、
六星は意を決したように道脇の林の奥を睨んだ。


「…ちょっと様子を見てくる。君は先に体育館に行っていてくれ。」

それだけ言い残すと、六星は振り返りもせずに林の奥へと駆けていった。
学校からしばらく歩いた通りの上に残された佐伯は、六星の背中を無言で見つめていた。






「うふふ、さっきのちっちゃな子は見失っちゃったけど、
 もっと大事なものが見つかって良かったわ」

胸に抱きかかえた少女の口を塞いだまま、全裸の五塔蘭はほくそ笑んだ。

「美雪ちゃん、だったかしら。
 さっきはせっかく捕まえてあげたのに、長いことほったらかしてしまってごめんなさいね」

なんのこと!?そう問いたい楊蘭だったが、その声はもごもごと言葉にならなかった。
彼女の手の中でもがく楊蘭を見つめて、五塔蘭は嬉しそうにうなずいた。

「ええそうね、あなたの体はもう、私に血を注ぐ体制になっていたのにねぇ?」

それから、楊の黒髪を手で梳きながら、慈しむように口にした。

「やっぱり黒々として綺麗な髪。まるであの時のあの子みたいに…。
 いいわね~若いって…」

「うふっ。ねえ、喜びなさいな。
 きっとあなた、今まで私に注がれた血の中でも、一番の極上品よ」

五塔蘭は必死に抵抗する楊を地面に組み伏せると、
左手でその口を塞ぎながら、右手でボウガンの矢を手に取った。
そして口元に上品な笑みを浮かべながら、振り上げた矢を楊の肩に突き立てた。

ドンッ

殆ど音はしなかった。楊の肩に激痛が走り、塞がれた口から声にならない悲痛な叫びが漏れた。

「~~~~~ッ!!!!!!」

そのとき。

迫ってくる足音に気づいて、五塔蘭は振り返った。

「誰!?」




彼女の目に留まった人物は、図々しくも時田若葉の結婚式に出席すると村に乗り込んできた
あの若葉の交際相手の教師とかいう男だった。
なんとか名乗っていたが、男の名前は覚えていない。

「なあにあなた。今頃来たってこの子はあげないわよ」

五塔蘭は楊からボウガンの矢を引き抜くと、斧を持って走ってくる男に対して身構えた。

(この傷ならそう簡単に逃げられるはずないわ。この男を黙らせてからまたゆっくり味わってあげましょう)

五塔は男の走り方から隙を探った。

(やっぱり若い子はバカねえ。斧なんて重いもので闘えるわけないじゃない。
 振りかぶったところに一刺し入れてあげたら、それでおしまいね)

しかし、男の動きは五塔蘭の予想に反していた。
軽く踏み切る一歩、次いで勢いをつける一歩、
最後の一歩は間合いを一気に詰める非常に直線的なものだった。

「!!」

首元めがけて放たれた斧は、すんでのところで五塔蘭の皮膚を掠り、空を切った。
五塔蘭は、この感覚に確かな覚えがあった。

「あら」

「あらあらあらあらあらあらぁ~~~~」

「うふ、ふふふふふふっ!おーほほほほほほほほ・・・・・」

遠くから走ってきた六星が再び五塔蘭との間合いを取って息を整えているうちに、
五塔蘭は狂ったように高笑いを始めた。

「やっと、やっと見つけたわ…!あなた、詩織ちゃんの子なのね!」
「嫌だわ私ったら。詩織ちゃんの子が自分から来てくれたのに。
 私ともあろうものが気が付かないなんて。」

何を言っているんだこいつは?
五塔蘭と母さんの仲が良かったなんて聞いたことねえぞ。六星は思った。
むしろ、五塔蘭には気を付けろ、何をおいてもあの女は殺さなければならない、と
そればかり聞かされていた。
五塔蘭は、六星が怪訝そうな顔をしているのに気付き、静かに言葉を継いだ。

「あの子は何も言わなかったけれど、私にはわかったわ。
 あの子、妊娠していたのよ」

それから一息置いて、燃えるような瞳で六星を見ながら、

「絶対に許さない。私を裏切るなんて。私より詩織ちゃんを大事にできる男がこの世にいて?
 いいえ、いいえ!そんなわけないじゃない!」

とヒステリックに叫ぶ。
六星には、五塔蘭が何を言っているのかいよいよわからなかった。
もはや草薙のネコババアと同じような、狂人の言としか思えなかった。
そこで、ついに口にした。

「何言ってんだ。てめえは母さんの保護者じゃねえだろ」

その言葉を聞いた五塔蘭は、急に興を削がれたように眉間にしわを寄せた。
六星竜一の頬、髪、眉、瞼、鼻、あご、耳、耳の付け根の生え際、首と、
舐めるように見回しながら不快そうに言う。

「あら、あなたお母さんから何も聞かされてないの?
 …いいわ。詩織ちゃんの子だもの。あの世へのお土産として教えてあげる。お聞きなさい」






「六星家の七人の娘たちは、表向きはみんな孤児ってことになってたわ。
 でも、あの強さを見れば誰にだってわかる。詩織ちゃんは六星夫妻の子だったの」

「そう、あのたくましさ。つやつやした頬は薄く紅く染まって、笑顔はいつもこの世のものとは思えない輝きを湛えていたわ。
 それにあの残忍さ。大麻のことを嗅ぎつけて村に入ってくる者たちを、なんの躊躇もなく葬っていった。
 それこそ、息をするように自然に!眉一つ動かさずに!
 ねえ、素敵じゃない?返り血を浴びたあの子の顔は、ときには笑顔ですらあった…。」

――100年に渡って大麻の栽培を行ってきた六角村。
その秘密を隠し通すために費やされてきた労力は、並大抵のものではなかった。
なにしろあれほど広大な大麻畑である。今時分、衛星写真にまるまる写ってしまう。
そこで、この秘密に近づく者すべてを排除するため、
六角村を代表する七家ではそれぞれ秘伝の暗殺術が生み出され、独自の発展を遂げていた。


その中でも、五塔蘭はとにかく強かった。
あまりにも強かった。
その実力たるや、彼女の滅茶苦茶な倫理観に誰もが多少の疑問を抱きつつ
誰一人として彼女を止めることができないほどだった。

五塔蘭に迫るほどの殺傷技能を持つ実力者は唯一、六星詩織だけだった。
六星詩織は幾度となく五塔蘭との決闘を行ったが、いつもあと一歩力及ばず涙を飲んだ。
どれだけ血みどろになっても、骨の二、三本をへし折られても、また再び自分の前に現れる唯一の少女、六星詩織。
そんな詩織を、五塔蘭は次第にかわいらしい妹のように感じるようになっていた。


誰もが一度は考えたことがある筈である。
「六星詩織は息子に暗殺術を教えるほどの力を持ちながら、なぜ自分で復讐を行わなかったのか」と。
筆者の考えでは、「六星詩織自身では復讐を遂げることができなかった」のだ。
若くとめどない力を持て余し、暴虐の限りを尽くす五塔蘭を止めることができる者など、最早いなかった。
彼女の歩いた後には、ただ死屍累々と物言わぬ亡骸が山を成すだけであった。

「あんな子、この世に二人といないわ。
 あの子は私のための天使なの。私の美しさへのご褒美として神様が遣わしてくださったのよ。
 ええ、あなたのお母さんはね、天使なのよ」


立ちはだかるのは、抗いようのない狂気。
教会から助け出され、病院のベッドで日々復讐の暗い炎を宿す六星詩織にとって、
五塔蘭の存在は絶望にも似ていた。
それに。

もし自分が復讐に行ったとして、風祭淳也はどんな顔をするのだろうか。

風祭淳也。
一生詩織を守ると言ったくせに、彼女を裏切って六星一家の惨殺に加担した風祭淳也を、
詩織はどうしても許すわけにはいかなかった。
しかし、詩織には風祭の優しさが怖かった。首元にナイフを突きつけても、彼は笑って受け入れるかもしれない。
そのとき、果たして自分に復讐を続行することはできるのだろうか。
私はここにいる、あなたの赤ちゃんと一緒にここに。あの人にそのことを伝えたい。でもあなたを許すわけにはいかない。
苦しい、苦しい、苦しい、苦しい…。

そうして逃げ場のない苦痛に日々身悶えする彼女の中に、その日。
ある閃きと共に、一条の光が差した。
彼女は思い至ったのだ。
五塔蘭が老い、その力が少しでも削がれたとき、私の力を継ぐ者がいたならば。
風祭淳也に対して、余計な感情を持たない存在が、彼女の代わりに復讐を決行してくれたならば。

……六星詩織は膨らんだお腹をさすり、にっこりと微笑んだ。
竜一。
あの人の血が流れるあなたがあの村人たちに復讐してくれたなら
あの人が復讐してくれたも同じよね?
それにあの人だけを殺さずに見逃しておけば、きっとそのうちあの人自身、何が起こったのか気が付くわ。
私がこれからどんな気持ちで生きていくのか。どんな気持ちでこの子を育てていくのか。
私の長年の想いは全部あの人に伝わる。
あの人は私を裏切ったことを後悔するでしょうね。

そうよ竜一。
あなたはあの村の連中を殺すために生まれるの。




やがて息子の竜一に持てる暗殺術のすべてを授けた六星詩織は、
「最後の仕上げ」をする前に息子に説いた。

「今のお前ならきっと五塔蘭とでも闘えるわ。でもあの女を侮ってはダメ。
 まともに闘うのじゃなく、できる限り不意討ちなさい。
 お前は村人を皆殺しにするまで、どうあっても死んではいけないのよ。」

「それに、五塔蘭ほどではないにしても、他の連中にもみんな暗殺術の心得がある。
 剣術の兜、狙撃の風祭、幻術の草薙、軽業の時田、仕掛け罠の一色…。
 複数人を同時に相手したら厄介なことになるわ。
 そうね…どうにかして疑いを持たれないようにしながら、一人ずつ闇討ちするの。いいわね」




「愛しているの。今でもこんなに愛しているのよ」

狂乱に耽る五塔蘭の視線は六星竜一の方に向けられていたが、
瞳は夢を見るように、どこかずっと遠くを求めていた。


「だから、詩織ちゃんを後悔させてあげようと思ってね、私。あの日みんなを誘ったの」

その瞬間、六星竜一の顔色が変わった。
あの日?あの日というのはまさか…
六星竜一の中に渦巻いた嫌な予感は、五塔蘭の次の言葉で決定的なものになってしまった。

「私、六星夫妻を殺すだけでいいと思ってたの。
 詩織ちゃんを殺すなんてそんなむごいことできないわ…。
 お腹の赤ちゃんだけ刺して汚れを落としてあげればそれでいいって思ってたのよ。」

「でもほら、六星家の方々って銃弾の一発二発じゃ死なないじゃない。
 噂には聞いてたし、詩織ちゃんもね…何度かちょっと痛めつけてあげたけど、数日後には元気になってたの。
 それにしても、歳のいったおじ様ですら、まさかあんなにしぶといなんて…嫌になっちゃう。うふっ。
 だからみんなでパンパンやってるうちに、気持ちが高まって来ちゃったみたい。」

そう。原作で村人たちが六星家を襲った場面では、風祭以外の五人の村人が五丁もの猟銃を抱えているのが確認できる。
更にドラマ版において、銃の名手である風祭が、六星夫妻に向けて真顔でものすごい連射を繰り出している。
なぜ、たった二人を射殺するのにこれほどの銃弾数が必要だったのか。

…考えられることは一つ。つまり、六星家の人間は一発二発の弾丸が当たった程度では死なないのだ。
そうでなければ、常識人で通っているあの風祭淳也が、いきなり実の息子めがけて散弾銃をぶっぱなすこともなかっただろう。
さて、五塔蘭の話は続く。


「炎に包まれた教会を見たとき、私は思ったわ。
 このままじゃいくら詩織ちゃんでも死んじゃう、詩織ちゃんを助けなきゃ、って。
 でもね、そのとき、私ひらめいてしまったの。
 このまま放っておけば、従順なお人形さんになった詩織ちゃんを連れて帰って、毎日楽しく遊べるかもしれない、って。
 そうしたらお腹も切り開いて、赤ちゃんだけ切り刻むこともできるじゃない。ね、いい考えでしょう?
 それなのに。
 焼け跡から出てきたミイラに私の詩織ちゃんはいなかったの。七つのミイラは全部、弱々しくやせ細っていて醜かった…」

「私、詩織ちゃんが欲しかったの…!それだけなのに…!!」

感情が乗ったのか、五塔蘭は右手に握りしめたボウガンの矢を振りかざして六星竜一に襲い掛かる。
左半身の体勢で五塔の攻撃を自分の右側に受け流した六星は、そのまま背中に一撃を入れようとするが、
五塔蘭は素早く距離を取ってそれをかわした。


少し落ち着いたのか、何事も無かったかのように話を続ける五塔蘭。

「………詩織ちゃんを失ってしまった自分はなんだかとても歳を取ったように見えたわ…
 私焦って、若くて綺麗な女の子の血を取っては自分の体に注いでみたの」

「そう、あれからたくさん殺したわ。たくさん、たくさん、たくさん、たくさん、たくさん…
 血に濡れた私の肌は、確かに美しかった。どんな赤いドレスよりもずっと劇的に新鮮だった。
 でも。女の子たちの肉片の海の中で私が思うのはいつも詩織ちゃんのことだけ。
 どんな美しさも強くて賢い私の詩織ちゃんには遠く及ばないのよ。詩織ちゃん…詩織ちゃんは私の天使だったのに……」

「汚い男に身体を明け渡してしまうんなんて!」

六星竜一はぎょっとした。五塔蘭の目からは涙が零れだしていた。
救いようもなく歪んだ愛情。それでも、五塔蘭は本気なのだ。

六星竜一は少し前から薄々、自分の母親の異常性に気づき始めていた。
しかし、母親がああなってしまったのは、
きっと姉妹の縁を結んだ少女たちが生きながらミイラにされたときからだろうと考えていた。
まさか、その前からこんな焼けるような愛情に当てられていたとは思っていなかった。
この村は一体何なのか。どこまで狂っているのか。
六星家の血を引く自分も、世間から見ればまた五塔のような存在なのだろうか。


「なぜ?なぜなのよ、私はこんなに美しいのに!
 私の美しさだけじゃ不満だったの?」

涙に咽ぶ五塔を哀れな目で見ながら、
同時に六星の中に浮かび上がる一つの確信があった。
彼は、自分の感情とは全く別に、この確信に従うことにした。


「まともに闘うのじゃなく、できる限り不意討ちなさい。」

 今だ。

五塔が涙を拾おうと瞼を覆った一瞬の隙を突き、六星竜一は渾身の力で斧を奮った。
勢い、五塔の首は体から離れて空を切り、地へと叩きつけられた。



【五塔蘭@異人館村殺人事件 死亡】






◆   ◆   ◆



気が付くと楊蘭はその場から姿を消しており、
代わりに少し離れた茂みに佐伯航一郎が立っていた。
六星が見る限り、佐伯は少し動揺してはいるものの、
目の前で人の首が飛んだのを見たとは到底思えない落ち着きぶりだった。

開口一番、佐伯は呟くように言った。

「このおばさん…やっべえな…」

「…だよなあ」

それは六星も心底同意できる点だった。
とりあえず佐伯のことは無視して、五塔蘭の死体を加工する作業に入ることにした。

「なんでそこ切るんだ?」

「いや…ちょっとした趣味だ」

「そんな古い斧で器用に切るな」

「まあな」

そんなことを言いながら、五塔蘭の「右肩から左腕にかけて」を斜めに切り取ると、
六星はそれを手に取りぷらぷら動かしながら、佐伯の方を振り返った。

「この腕、要るか?」

「要らねえよ」

「そうか。どうしようかな」

ある程度落ち着きを取り戻した表情で、手にした「女の右肩から左腕にかけて」の肉片を見つめ、
指をピースさせてみたりと控えめにいじくる六星の様子は
佐伯にとってもかなりシュールに映った。
薄々そんな気はしていたが、こいつもちょっとやばいのかもしれない、と佐伯は思った。

「…食えば?」

「嫌だよ。胸糞悪りい。どっかあっちのほうに投げておこう」

ブーーーーーン。ドサッ。

この六星竜一の雑な死体遺棄方法は、すでに真・小田切の死体発見という事態を招いており、
不動高校教師としての六星竜一の立場を窮地に立たせつつあった。
しかし彼生来の、問題解決能力自体は極めて高いのになんとなく詰めが甘くざっくりした性格は直しようがないので、
今後六角村で殺人劇を繰り広げることになっても、切り取った死体の一部はやはりゴミみたいに捨てることであろう。



肉片が視界から消えたので、今度は何か場を彩る花みたいなものはないかと
六星竜一は辺りを見回した。

「おい佐伯、お前薔薇かなんか持ってねえか」

「メイド服なら、ある」

真意を測りかねた佐伯が一応それらしいものを答えると、六星竜一は少し首をひねった。

「メイド服か…ちょっと違うな」

こんなとき、高遠遙一の得意技であるマジックという名のチートを以てすれば
何もない空間から薔薇の1本2本出現させることなど造作もなかっただろう。
しかし、物理極振りの六星にそんなことできるはずもない。
そのへんの陽だまりにすみれが4,5本生えているのを見つけて、
とりあえず死体の周りにばらまいておいた。
溢れ出す血の海に可憐なすみれの花が浮かび、ほんの気持ちだけほほえましいかんじになった。
佐伯は気になっていたことを聞いてみることにした。

「…お前、まさかとは思うが、特に目的があるわけじゃなく、
 単に面白半分で死体を飾ってんのか?」

「面白半分、と言われるとそうかもな。芸術的な死体にしたいだけなんだが」

「へえ…(ドン引き)」



最後に六星は、全裸で倒れる五塔蘭の背中に血文字を記した。


 女の狂気の叫びは七人目のミイラの渇きを癒す


佐伯は一連の様子を見て、こいつは美術教師にはなれないな、と思った。血文字もなんか語呂悪いし。
「よし」、と頷き一応の作業を終えたっぽい六星に対し、
色々言いたいことはあったがとりあえず最初に思いついたことを言った。

「お前先生なんだろ?字下手すぎじゃねえ?」

「うるせえよ」

六星の字は異人館ホテルに残された赤髭のサンタクロースの血文字と比べても明らかな下手さを誇っており、
1年以上この筆跡で授業を受けていた高校生たちがいると思うと佐伯には哀れに思えた。
もしかすると、筆跡鑑定をくぐりぬけるために故意に下手に書いただけで、普段の字はもっと綺麗なのかもしれない。
しかし、何しろ六星というのはとにかく自己弁護ができない人物である。
どのくらい自己弁護ができないかというと、本編で美雪に「あなたが若葉ちゃんに人殺しをそそのかしたのね」と言われた際、
よりにもよって

「自分が殺されるとも知らずにバカな女だ。妙なTVドラマの見すぎじゃねえか?くっくっくっ」

というすさまじいディスコミュニケーションを働き、
最終的にはそのせいで撃たれたと言っても過言ではないほどだ。
よって、筆跡に関しても真相は闇の中だ。


さて、そんな自己弁護ができない六星は佐伯に向き直ると、
単刀直入に問うた。

「お前、俺を消すつもりあるか?」

「ねえよ…。俺はこのバトルロワイヤルの主催者を殺したいだけだし、
 それ以前に今の光景を見た上でお前に切りかかろうとは思わねえよ」

「じゃあ別にいいや。このことは誰にも言うなよ」

「わかってる」


愛はなぜこの地球に生まれるのだろうか。
人はなぜ傷つけるくせに許されたいのだろうか。
そんなことを考えながら、佐伯と六星は現場を立ち去った。




【一日目/黎明/不動高校周辺】


【六星竜一@異人館村殺人事件】
[状態]疲労(小)、五塔蘭に真相を聞かされたことによる精神的ダメージ(軽)
[装備] ジェイソンの斧@悲恋湖伝説殺人事件
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品0~1
[思考・行動]
基本:六角村の連中は皆殺し。
0:六角村の連中は凝った演出をして場を彩る
1:他の連中はどうでもいい、生死すらどうでもいい。
2:気が向いたら不動高校へ案内する
[備考]
※参戦時期は、小田切進(本物)発見~異人館村殺人事件前。
※佐伯航一郎はなんとなく同族っぽい臭いがするので、
 ちょっと話は聞いてみたいけど信用してもいいかなと思っています。



【佐伯航一郎@秘宝島殺人事件】
[状態]健康、動揺(小)
[装備]伊志田が着ていたメイド服@不動高校学園祭殺人事件
[所持品]基本支給品一式
[思考・行動]
基本:『災厄の皇帝(エンペラー)』の正体を暴き、殺す。
0:歯向かうと殺される可能性があることはわかっているので、大っぴらには活動しない。
1:とりあえず色々な人に話を聞きながら手掛かりを集めて、色々考える。
2:人殺しなんてハエやゴキブリを殺すのと同じさ。
3:楊蘭にはなんとなく共感するので殺したくない。
4:メイド服では首を絞めるくらいしかできないので、できればまともな武器が欲しい。

[備考]
※参戦は秘宝島殺人事件の犯行後です。
※6人殺害しているものの、まだ13歳だし反省していたのですぐに出てきました。
※頭が良いそうです。
※女装癖があります。
※六星竜一とはあまり争いたくないし、味方につけられたら使えるかもしれないと思っています。




【楊蘭@香港九龍財宝殺人事件】
[状態]負傷(左肩を矢が貫通した程度)、逃走中
[装備]2種類の液体が入った袋@電脳山荘殺人事件
[所持品]基本支給品一式
[思考・行動]
基本:殺し合いから脱出する。
0:亡命してた幼少期と比べたら三日間なんてそんなに気負うことでもない。
1:殺されそうになったら殺し返すかもしれない。
[備考]
※参戦時期は、犯行後ファッションショーに出てから刑務所に入れられるまでです。
※日本は平和でいい国でもないかもしれないと思い始めました。





015:アンジャッシュ 時系列 017:オペラ座の怪人は再び姿を現す
015:アンジャッシュ 投下順 017:オペラ座の怪人は再び姿を現す
006:職員会議 六星竜一 019:生きる術は理屈じゃなく身体で覚えたい
008:(無題) 佐伯航一郎 019:生きる術は理屈じゃなく身体で覚えたい
008:(無題) 楊蘭 026:次は頭のおかしくない人を書く
005:君がいるから・・ 五塔蘭 GAME OVER

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最終更新:2016年08月19日 20:47