産声
ずるり、ずるりと少女の身体が引きずられている。
「うふふ」
彼女の身体を引きずるのは五党蘭。
この数時間後に死ぬ運命にある夫人である。
「うふふふ」
引きずられる少女―――高森ますみは強く美しい少女だった。
自らの死を覚悟した彼女は、斑目るりを逃がすために立ちはだかるどころか、挑発までして抗ってみせた。
そうでなくてはこの身に血を注ぐ価値がない。
本当は今すぐにでも浴びたいが、万が一邪魔が入っても困る。
そのため、手ごろな場所を探しているのだ。
「もう少しの辛抱よ...もう少ししたら、ゆっくり、ゆっくりと遊んであげるから...」
うふふふ、と甲高い笑い声をあげながら、夫人は深い森へと姿を消していった。
☆
冬部の様子がおかしい。
そのことに気が付いた連城は、足を止めて冬部を背中から下ろし地に横たえる。
栞もそれに習い、るりを地面に下ろした。
連城は冬部の生死を確認するため、胸に耳を当てた。鼓動は聞こえない。
次いで呼吸を確認する。息はしていない。
脈をとる。動きはない。
目蓋を上げて眼球の動きを確認する。ピクリとも反応しない。
連城はふるふると首を横に振り、既に手遅れであることを栞に伝えた。
「そんな...!」
栞は思わず口を押えてしまった。
冬部が死んだ。苦しい環境になってからも人知れず栞を支え、このバトルロワイアルにおいても支えになってくれた彼が。
一度は彼を殺そうとしていたことなど嘘のように彼女は涙を流した。
「おじさん...?」
栞の背後からそう小さく声が漏れた。斑目るりが目を覚ましたのだ。
るりは立ち上がり、よろよろと冬部の遺体に近寄り触れた。
いくら撫でても、いくら呼びかけても、冬部は反応しない。
当然だ。
彼はもう死んでいるのだから。
「ごめんなさい」
少女は涙ぐんだ声で言う。
「あたしのせいで。あたし、が...」
自分がいたから。自分が助けを呼んでしまったから。
自分がいなければ、冬部が死ぬことはきっとなかったのだろう。
少女の頬を伝う涙は、後悔は止まらない。
「...そうよ」
栞がポツリと漏らした。
そうだ。冬部が死んだのはこの子の所為だ。
この子がいなければ、彼はきっと最後まで一緒にいてくれた。
「あんたがいたから、あのひとは...!」
だが、るりの悲鳴で全てが変わった。
冬部は1人で悲鳴のもとへと向かいあまつさえ殺された。
許せない。ようやく取り戻せたものを奪ったこの子が。
「返してよ!あの人を返してよ!」
激情のままにつかみかかる栞に対して、るりはなにもできない。
ただ、己の無力さに唇を噛みしめ涙を堪えるだけだ。
パ ァ ン
突如として、甲高い音と共に栞の右頬が赤く染まる。
困惑する栞は、下手人へと視線を移す。
覆面の男はなにも答えない。
もう一度ふるふると首を横に振るだけだ。
だが、栞は彼の行動によって冷静さを取り戻した。
頬に残る熱さが、冬部の仇は彼女ではないと訴える。
(...そうよ。あたし、なんてことを)
冬部を死に至らしめたのはあの三人であり、るりの責任ではない。
そんなことは考えるまでもない事実だ。
だというのに、冬部の喪失に対する八つ当たりをしてしまった。
なんの罪もない少女を悪だと罵ってしまった。
「ごめんね、あなたはなにも悪くないのに...!」
栞はるりを抱きしめ、何度も何度も謝罪の言葉を口にする。
だが、それでもるりの心が晴れることはない。
栞に言われるまでもなく、冬部の死の責任は自分にあることを自覚していたのだから。
「おねえちゃん...」
栞の腕を易しく解き、ふらふらと覚束ない足取りで歩き出す。
あの場に一人で残った高森ますみ。せめて、彼女を一秒でも早く助けなければ。
その一念が少女の足を前へと進める。
例え場所が解らずとも、足を止める理由にはならない。
ふらふらと森の奥へと進んでいく少女を呆然とした栞に、連城は手を差し伸べる。
「......」
言葉を発しない連城だが、栞はなんとなく彼の意図を察した。
彼はるりを追おうとしているのだと。
そしてこの差し伸べられた手は自分を気遣ってのことなのだと。
栞は彼の厚意に素直に甘え、連城の手をとり立ち上がる。
(冬部さん...)
横たえられた冬部の遺体を見て、再び涙が溢れそうになる。
本当はちゃんとした場所で埋葬すべきなのだろう。
しかし、ここは危険が伴う殺し合いの場である。
彼を埋葬している間に襲撃に遭い全滅。そんなことになってはならない。
だから、彼の遺体は置いていくしかない。
(...ごめんなさい、冬部さん)
今度こそ冬部へ背を向け、前へと進む。
もう失わないために、失わせないために。
☆
うす暗い森の中をどれほど歩いた頃だろうか。
やがてるりは、妙な跡を見つけた。
一部の草が潰れた、なにかを引きずったような跡を。
それは、がむしゃらに逃げてきた所為でなんの手がかりもなかったるりにとっては光明にすら見えた。
ようやく手がかりを見つけた。
きっとこの先でますみおねえちゃんは頑張っている。
いや、もしかしたらもうあのおばさんをやっつけているかもしれない。
そんな、別れ際には思いつかなかった偽りの希望すら期待して、るりは光におびき寄せられた蛾のように、その跡を辿った。
それに続き栞と連城もまたるりを追う。
―――人生はいつだって選択肢の連続だ。
ボタンの掛け違いひとつで全ての結果が変わってしまう。
これまでに"怪人"と化した悲しき復讐者たちのように。
これまでに"怪人に仕立て上げられた"哀しきマリオネットたちのように。
たった一つの選択肢で人生は地獄にも天国にも成り得る。
...もしも、るりがこの跡を追わなければ違った未来があったのかもしれない。
だが、彼女は選んでしまった。もう後戻りはできない。
ぐにっ
なにかを踏みつけるりは転倒する。
慌てて抱き起そうとする栞だが、るりが踏んだモノを認識した瞬間、言葉を失った。
「な、なに...?」
落ちていたのは―――
!?
「きゃあああああああ!!」
栞の悲鳴が甲高く上がる。
片腕。細身の片腕だ。
その腕を見た時、るりの心臓はドクンと跳ね上がった。
―――『るりちゃんね。あたしは高森ますみ。よろしくね!』
あの時交わした握手が鮮明に蘇る。
違う。そんな筈はない。
頭では拒絶の言葉が次々に浮かんでくるが、るりの動悸は止まらない。
(ひきずった跡が、まだ、ある...)
草むらにはまだ先がある。
行ってはいけない。行かなくてはならない。
その想いの両ばさみになりつつも、るりの震える足は確かに前へと進んでいた。
そして。
るりは見つけた。
大木に寄りかかった友達の姿を。
裸に剥かれ、中に詰まっていたものを抜かれた変わり果てた姿を。
「――――――――――」
もはや悲鳴ですらない絶望の叫びが、うす暗い森の中に木霊した。
☆
変わり果てたともだちの、救ってくれた心優しい男性の死を嘆くように、蝶々がひらひらと舞い踊る。
やがて、蝶は泣き崩れる少女の肩にピタリと止まった。
その蝶の羽根の紋様は、人間の肋骨にそっくりだった。
彼の蝶の名は黒死蝶。
ある地域では呪いの意味を持った蝶。
―――許さない。
少女の念に応えるようにざわざわと木々が蠢き始める。
―――あたしから全てを奪う奴ら。みんな、みんな許さない。
あのイカれたおばさんも。冬部を殺した三人も。
あたしの母を虐めるあの男もだ。
ゆっくりと顔をあげた少女の目には、溢れる涙でも消せない憎悪の炎が宿っていた。
そして。
黒死蝶もまた、空へと羽ばたき始める。
―――お前達には必ず死を届けてやる。あたしが、この手で...!
新たな怪人【黒死蝶】の目覚めを祝福するかのように―――!
【一日目/早朝/獄門塾敷地内】
※五党蘭のイイ趣味によって弄ばれたますみの遺体が発見されました。
【斑目るり@黒死蝶殺人事件】
[状態]疲労(絶大)、精神的ダメージ(極大)、激しい怒り、激しい悲しみ、五塔・多間木・古谷・海堂への憎しみ(極大)、下着姿
[装備]速水玲香を気絶させた時に安岡真奈美が使用したスタンガン@速水玲香殺人事件
[所持品]基本支給品一式
[思考・行動]
基本:脱出した後に斑目紫紋を殺す。
0:五塔・多間木・古谷・海堂は必ず殺す。
※参戦時期は金田一と遊ぶ約束をした後。
※怪人【黒死蝶】になりました。
【葉崎栞@吸血桜殺人事件】
[状態]疲労(中)、精神的ダメージ(大)、冬部を失った悲しみ、ますみの遺体を見たショック
[装備]
[所持品]基本支給品一式×2、不明支給品1~2、冬部の不明支給品1~2(武器の類ではない)
[思考・行動]
基本:三日目まで生き残りたい。
0:冬部さん...
※参戦時期は金田一に全ての事情を聞かされたあと
【連城久彦@異人館村殺人事件】
[状態]疲労(大)、六星への憎しみ。
[装備]高遠が使ったトリックナイフ@露西亜人形殺人事件
[所持品]基本支給品一式、不明支給品0~1
[思考・行動]
基本:若葉の仇をとる。それ以外はたぶん殺さない。
0:若葉の仇(六星)を見つけ次第殺す。
1:若葉の仇を探し出す。
[備考]
※参戦時期は六星にナイフを刺す直前
※六星を見つけ次第殺しにかかります。
最終更新:2017年06月15日 01:09