裁き、戒と









 ――――聖者は、裁きを与えない。





     ――――――裁きの歌には、小鳥の声が聞こえないから。





                (サンタリニア聖典・第Ⅲ章より)













「はははははははっ」


 鯖木海人の下卑た高笑いが、ロスの街の中に響いた。
 異人館村のような事件が当たり前に発生する犯罪都市ロス、ここでまた一つの事件が起きた。
 そう、それは鯖木海人と刀丸猛人との壮絶な鬼ごっこの結末だった。
 こうして鯖木が高笑いをあげている結果からして、どういった結末を遂げたのかは誰の目にも明白だろう。


「しつこく追ってきたと思ったらバターなんかになりやがって!! バーカ、バーカ!!」


 そう、かつてこんな童話があった。
 黒人少年のサンボがトラに追われて、必死に逃げる。
 身に着けているものをすべて脱ぎ捨てて許してもらうわけだ。
 そんな中で、トラは戦利品を奪い合って木の周りをぐるぐると回って、サンボは脱ぎ捨てたものを全部回収する事に成功する。
 そして、猛スピードでぐるぐると回り続けたトラたちは溶けてバターになってしまい、サンボはそれをホットケーキに乗せて食べる。
 邦題は、『ちびくろサンボ』という。

 鯖木が振り返ると、刀丸の姿はなく、そこにはただどろどろに溶けたバターだけがあったのである。
 そこから導き出されるのは、鯖木を追いかけた刀丸はバターに変身したという推理だった。
 人間がそうそうバターになる事などあるはずないと思われるかもしれないが、あれだけしつこく追いかけてきた刀丸が消えてバターがあるのである。
 嫌でもあの童話が思い出されるし、鯖木も勿論、その童話の事を最初は考えた。
 一度は、人間がバターになるなど在り得ないと鯖木も思ったが、様子がおかしい。
 待てども待てども、真後ろにいたはずの刀丸が追って来る事がなかったのだ。
 それで、やはりあの童話は史実だったのだと納得した。
 笑いがこみあげないわけがなかった。
 心底の安心と、滑稽な殺人犯の末路に、鯖木はひたすら笑っていた。


「だいたい、人間がバターだぜ!! 笑っりまうよな!! ヒヒヒ、ホットケーキに乗せて食っちまうか!! ……ヒヒ、ヒヒ、ヒヒヒッ!!」


 鯖木は地べたのバターを踏みつぶして笑っていた。
 靴の裏がべたべたになっていたが、そんな事はどうでもいい。
 とにかく、勝利だ。
 鯖木は、そのままネットでバター化した殺人鬼の記事を書こうと、思い立った。
 事実として、自分はバター化した殺人鬼に出会ったのだ。この靴の裏が立派な証拠になる。


「ひひ、ひひひひひひひ!!!!!!!」


 笑いながら、鯖木は腰を突いた。
 気が抜けて、すっかり足の力も抜けていたのだ。すぐには立てなかった。しばらくは、笑っているしかできなかった。
 無防備だが、それは勝利者に許された一抹の休息だった。





【刀丸猛人@悲恋湖伝説殺人事件 死亡】
【残り35人】





【一日目/昼/ロス】

【鯖木海人@雪鬼伝説殺人事件】
[状態]充足感、疲労(極大)、安心感、靴の裏にバター、この後死ぬ
[装備] なし
[所持品]基本支給品一式、双子姉妹探偵@蝋人形城殺人事件、S・Kのイニシャルキーホルダー@悲恋湖伝説殺人事件、身代金50万円
[思考・行動]
基本:『災厄の皇帝(エンペラー)』及び観月旅行者及び小説家多岐川かほるの炎上。
0:炎上させこのロワイアルを終わらせる。
1:ネット環境のある場所へ行く。
2:『災厄の皇帝(エンペラー)』は参加者に紛れ込んでいると疑っている為人は信用しない。
3:誰か助けて……。
[備考]
※参戦時期は、雪鬼伝説殺人事件に巻き込まれる前。
※外部連絡が通じないということが頭から漏れています。
※金田一世界の事件をある程度一般人が調べられる範囲で知識があります。
※リーダーシップの持った人間及び動機のない殺人をする者に『災厄の皇帝(エンペラー)』が紛れ込んでいると推理しています。
※ちなみにこの後で死にます。









「……え?」


 鯖木の身体が、直後に背後から何かの輪で絞められていた。
 そのまま、相当の力強さで、鯖木の首に細長い力が加わっていった。
 息が出来ない。
 そう、息が出来ない。
 そのうえ、首が折れそうなほどに痛い。
 鼻も口も、目でさえも呼吸を求めながら、それが叶わない。
 苦しい。
 口の中の唾液は飲み込む事が出来ずに流れ出ていった。


「あ、あがっ……」


 そう、これが刀丸の作戦だったのだ。
 道端に落ちていたバターをそのまま地面に放置し、回り込んで鯖木の近くに隠れた刀丸は、すぐに息を殺した。
 追い払ったとも思えずに不自然がった鯖木は、動きを止める。
 思惑通りに鯖木がバターを確認して、『ちびくろサンボ』を思い出して安心したところを、後ろから襲い掛かる。
 まさにこの作戦は大当たりで、鯖木への襲撃を見事に成功せしめた。


「え、あ、う……」


 鯖木の身体から徐々に抵抗する力が失われていく。
 それはむしろ、呼吸をしたいという以上に、もっと早く意識が途絶されてほしいという反応だった。
 ぶっ、という汚い音が鳴って、そのまま鯖木の身体はその場に崩れ落ちた。
 本当に鯖木が死んだのか確認したかった刀丸は、そのままロープを離して、顔を何度も殴った。
 だが、鯖木が意識を取り戻す事はどうやらないようだった。


 鯖木は、死んだ。
 ネットで他人の悪口を書き込み続けた男は、その因果応報によって裁かれ、その罪を戒められていったのだ。
 ジョゼフ・ビュッケは、死んだ。


「……」


 刀丸は、もう何も言わなかった。
 興味を失ってその場から去っていく。
 もう間もなく、殺し合いゲームが始まってから十二時間が立ち、正午になろうとしていた。



【鯖木海人@雪鬼伝説殺人事件 死亡】
【残り35人】



【一日目/昼/ロス】


【刀丸猛人@悲恋湖伝説殺人事件】
[状態]ファントム
[装備] オペラ座の怪人『ファントム』の仮面@オペラ座館殺人事件、コンビニチェーン店でしか売られていない特殊なロープ@首吊り学園殺人時間
[所持品]基本支給品一式
[思考・行動]
基本:ファントムになりきる。
0:この手で参加者を消していく。
[備考]
※参戦時期は、逮捕された後。
※クリスティーン役(ヒロイン)がいれば浄化するかもしれません。
※妄想と現実の境目がありません。
※ファントムになりきっているので自分の名前が刀丸猛人という名前だということも役になりきっている間は理解していません。
※そもそも人と接することが出来ない人間らしい。


050:それが罪でしょう 時系列
042:「私は赤沼三郎だ」 投下順 044:怪物、吠える(前編)
047:刀丸んじゃねぇぞ…… 鯖木海人 GAME OVER
047:刀丸んじゃねぇぞ…… 刀丸猛人 GAME OVER
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