夢を...夢を見ていました。
夢の中のあの人は、独りぼっちで泣いていました。
大切な人達のために、泣き、怒り、けれど誰にも頼らず孤独に身を沈めていきました。
私はあの人の名前を何度も呼びました。
けれど、あの人に私の声は届きません。どれだけ手を伸ばしてもあの人には届きません。

そして、あの人は独りで―――

神様、どうかお願いします。
わたしの大好きなあの人を助けてください。



寂れた商店街の交通路。
小さなスーパーマーケットのガラスの前で、野崎祥子は信じられないものを見たような顔で立ち尽くしていた。
ぺたぺたと顔を触り、感触と共に確かにこれは自分のものだと認識する。

野崎祥子は、家を家族諸共焼き討ちされた。
皮膚も、髪も、以前の面立ちは見る影もないほどに焼けただれ、全身に包帯を巻いたままずっと病院のベッドで過ごしていた。
その病院の記憶も、寝たきりで辛うじて生きていただけの彼女にはほとんどない。
己の肌を見たのはいつ以来かもわからない。

(あたし...戻ったんだ...!)

けれど、いまこうして彼女は五体満足で立っている。
後遺症や傷一つなく、ここにいる。
その事実だけは、泣きたいほどに嬉しいことだった。

だが、側に置かれた支給品と首に巻かれた首輪が、ここは殺し合いだという現実に引き戻す。
名簿には、姉の春花の名も連ねられていた。
身体を元に戻す代償に彼女と殺し合えというのか。
絶対に嫌だ。
そんなことをするくらいなら、迷わずあの見るに堪えない火傷姿に戻るのを選ぶだろう。
赤い首輪の参加者を殺せというのも従う気にはなれない。
一度死に瀕したからこそ、命を奪うという意味がよくわかるから。

(早くお姉ちゃんを探さなくちゃ)

とにもかくにも、まずは春花と合流しよう。
当面の目的を決め、歩き出そうとしたその時だ。


ゴリ、ゴリ。

なにかを引きずる音。少し遅れてカチャカチャと金属音が祥子の耳に届く。
ビクリ、と肩を震わせる祥子だが、そんな彼女にお構いなしに音はカシャンカシャンと近づいてくる。
やがて音は止まり、ひとつの巨大な影が祥子へと覆いかぶさる。
祥子は、肩を震わせつつもゆっくりと振り向いた。

「聞きたいことがある」

背後に立っていたのは、隻眼の黒い亡霊だった。


男、ガッツはこの殺し合いに対して苛立っていた。
傭兵くずれの経験もある彼にとって、殺しは日常茶飯事であり忌避すべきものでもない。
しかし、いつの間にかこのような首枷をつけた上にグリフィスを探しだし殺す旅の邪魔をされたのは非情に腹立たしかった。

そんな苛立ちを我慢しつつガッツは参加者の名簿に目を通した。
彼を待ち受けていたのは驚愕。
何度か遭遇している使徒『不死のゾッド』がいるのもそうだが、それ以上にだ。

「ロシーヌとワイアルド...だと?」

ロシーヌとワイアルド。共に使徒であり、ガッツも剣を合わせたことがある。
しかし、両者とも、特にワイアルドは死んだのをガッツのみならず大勢の人間が目撃した。
なぜ奴らがこの名簿に記載されているのか?どうやって生き返らせたのか?
気にかかることは山ほどある。

(...いや、んなことはどうでもいい)

だが、それで彼という男が止まる理由にはならない。
彼の目的は使徒を殺し、鷹の団を裏切ったグリフィスも殺すこと。
死んだ筈の使徒が生きているというのなら、再び殺せばいいだけの話だ。
やるべきことは変わらない。
これまで通り、武器を振るい憎き奴らを殺すだけだ。

一歩。また一歩を踏みしめる度に身体に蠢く獣が囁いてくる。
前へ踏み出せ。憎しみを燃やせ。奴らを殺せ。

ああ。ああ。云われるまでも無い。
怒りも憎しみも殺意も決して忘れてたまるものか。

与えられた支給品を引きずり、気配を隠すことすらなく、男はただその足を愚直に進める。


どれほど歩いただろうか。
やがて見つけたのは小さなひとつの影。

ハッキリとは見えないが、背丈や身体つきからして子供。
そういう外見に化ける使徒もいるため油断はできないが、烙印が疼かないため少なくとも奴らではないだろう。
無視するか。いや、万が一にもこの殺し合いか使徒共の情報を得られる可能性があるならば捨てる意味は無い。

やがて、はっきりと互いが認識できる距離まできて、影は振り向いた。
その正体は幼い少女だった。
明らかに怯えている様子だが、さてどう声をかけるかなどと悩むほど彼はお人好しではない。
知りたいことは最低限に迅速に。その方が互いのためになる。

「聞きたいことがある」

そう口を開いたガッツに、少女はまたしても怯えるように肩を震わせるのだった。

(別にとって食おうって訳じゃねえんだがな)



「牛みたいな化け物か犬みたいな化け物か虫みたいな化け物を知らねえか?」

ガッツの問いに、ふるふると首を横に振る祥子。
その返答を聞くなりガッツは「邪魔したな」と一言だけ詫びをいれて再び歩き出す。

「ま、待って」

通り過ぎようとしたガッツをしかし祥子は呼び止める。
高い背丈にガッシリとした体格の強面の男。
祥子にとっては恐怖の対象でしかなかったが、危害を加えずそのまま立ち去ろうとする様から、悪い人ではないかもしれないと彼女は思い直した。
見るからに強そうな彼なら、一緒にいてくれれば心強いかもしれない。
そんな想いで祥子は声をかけたが。

「俺が会ったのはお前が初めてだ。だから、誰か知らねえかって聞かれても何も答えられねえ」

聞く耳も持たないというべきか、ガッツは振り返りもせず足も止めない。
そのまま、祥子を置き去りに前へと歩を進めていく。
祥子はそんなガッツを追うことはできない。
ただでさえ人見知りの気がある少女だ。
強面の男に拒絶されれば、追う術を持たない。

これで、少女と男の邂逅は大した意味も無く終わる。

「...そうか。ここでもそうなのかよ」

はず、だった。

バリン。

突如、ガッツの前方の民家のガラスが割れ、中から黒いなにかが転がり出てきた。
祥子はひっ、と喉を鳴らし思わず腰を抜かしてしまう。

ガラスを突き破ってきたのは、人―――いや、獣。
違う。その両方。
人と獣の身体を有する幽鬼、トロールだ。

睨み合うガッツとトロール。
じりじりと距離を詰めていくトロールに対し、ガッツは微動だにしない。
トロールがピタリと足を止めると、訪れるしばしの静寂。

先に動いたのはトロール。
家屋の壁を蹴り、跳躍しガッツへと迫る。
降りかかるトロールに、並の人間ならば恐れおののくだろう。
だが、彼は違う。
一切退く素振りさえ見せずに、左拳を振るう。
リーチの長さではガッツの方が上。
メキリ、という音と共にトロールの鼻に鉄に包まれた拳が減り込み吹きとばす。

地面をいくらか跳ねると、トロールは体勢を立て直し再びガッツと睨み合う。

「そうじゃねえだろ。テメェらはよ」

突如、トロールは雄叫びを上げる。数瞬の木霊の後に、ざわざわと殺気が立ちこみ始めた。

「そうだ。テメェらはそうでなくちゃな」

ぞろぞろと四方から姿を現すトロールの群にも、ガッツは微塵も怯まない。
どころか、口角を吊り上げている始末だ。

(いつものことじゃねえか)

トロールが一斉に跳びかかる。
その様はまさに押し寄せる悪魔の軍勢。
だがガッツは物怖じしないどころか笑みさえ浮かべていた。


(剣を振るって、群がるバケモノどもを殺す)

ガッツは、手にしたそれを握り絞める。

(奴らに剣を振るっている間は、何もかも忘れて憎しみに全てを委ねることができる)

そして。

ゴ ッ

ガッツがソレを振るうと、トロールたちは一様に吹き飛ばされた。

「中々どうして、おあつらえ向きのモンじゃねえか」

―――それは、木材というにはあまりにも大きすぎた。
大きく、ぶ厚く、重く、そして丁寧に切りそろえられていた。

それはまさに丸太だった。

吹きとばされた同朋の仇を討つたずにはいられぬとでもいうのか。
トロール達は絶え間なくガッツに襲い掛かる。
ガッツは臆することなく、ただただ丸太を振るい、薙ぎ払い、叩き殺し、押しつぶす。

「こいつはイイ丸太だな」

男は嗤う。
まるで狂った玩具のように、商店街を朱に染め上げていく。



祥子は、未だに腰を抜かして動けなかった。
恐い。
トロールもそうだが、それ以上にあの丸太を振るい血に濡れていくあの男が。
なぜ、あそこまで躊躇いなく殺せるのか。
なぜ、笑みさえ浮かべているのか。
恐い。悪魔のように丸太を振るうあの男が。
彼から伝わってくるどうしようもない憎しみが。

(...でも)

祥子は、そんなガッツにどこか既視感を覚えていた。
どうしようもない悲しみや怒り、憎しみなどの負の感情を抱え、壊れていったあの少女に。
今際のきに夢で見ていた己の姉、野崎春花に。

(お姉ちゃんを助けてくれる人は誰もいなかった)

春花はなにも悪くなかった。
ただ転校してきただけなのに。ただどんなに酷いイジメからも耐え続けてきただけなのに。
彼女は全てを奪われた。
神様は、優しい彼女を救おうとはしてくれなかった。

(あの人も、誰も助けてくれなかったのかな)

あの男もそうなのだろうか。
誰からも救われず、全てを奪われ、憎しみに全てを委ねることしかできない。

復讐に感情を押し殺した春花と復讐に感情をむき出しにするガッツ。
両者は対極であれど、その根本は同じ。
少なくとも、祥子にはそうとしか見えなかった。

(あの人も、お姉ちゃんと同じ...)

気付けば、祥子の震えは止まっていた。


グチャリ、と最後のトロールを叩き潰し膝をつく。

(...足りねえ)

まだだ。まだ、暴れ足りない。

(奴らがここにいるだけで憎しみが湧き出てくる)

己に蠢く獣が囁く。
まだ奴らは生きているぞ。
早く進め。奴らを殺せ。

(云われるまでもねえっつってんだろ。奴らは必ず―――)

ザッ、と土を踏みしめる音がする。
振り向けば、立ち尽くすのは小さな少女。

「......」
「なんだガキ。まだいたのか」


「...祥子」
「あ?」
「野崎祥子。あたしの名前」

少女の予想外の言葉に、ガッツは思わずポカンと口を開けてしまう。

(神様はお姉ちゃんを助けてくれなかった)

もしも本当に神がいたとしたら、祥子は春花を見捨てたことを絶対に許さないだろう。
だが、そんな神に憎しみを向けているだけでどうする。
いま、祥子はちゃんと両脚で立っている。
なら、春花を助けなければいけないのは誰だ。

(神様なんかあてにしてちゃいけない。あたしが、お姉ちゃんを助けるんだ)

祥子は一人決意する。
必ず春花を独りにしないと。そして、眼前のこの男もだ。

彼といれば、春花と安全に会えるという子供なりの打算はあったかもしれない。
だが、それ以上に。
春花と同じ、誰も助けてくれなかった彼を、春花のように神様に見捨てられた彼をこのまま放っておくことなどできなかった。

そんな彼女の想いなど知らないガッツは、差し伸べられた手に疑問符を浮かべずにはいられなかった。


【D-7/商店街/一日目/深夜】
※トロール@ベルセルクが商店街に巣食っていますが大半はガッツに殺されました。


【ガッツ@ベルセルク】
[状態]:疲労(中)、軽い興奮
[装備]:ゴドーの甲冑@ベルセルク、青山龍之介の丸太@彼岸島
[道具]:基本支給品
[思考・行動]
基本方針:使徒共を殺し脱出する。
1:なんだこのガキ
2:ドラゴン殺しが欲しい
3:己の邪魔をする者には容赦しない。

※参戦時期はロスト・チルドレン終了後です。
※トロールをいつもの悪霊の類だと思っています。


【野崎祥子@ミスミソウ】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:不明支給品1~2
[思考・行動]
基本方針:今度こそお姉ちゃん(春花)を独りぼっちにしない。
0:お姉ちゃんと合流する。
1:ガッツは春花に似てるので放っておけない。


※参戦時期は18話以降です。



※NPC解説
【トロール@ベルセルク】

直立歩行する獣。簡単な道具を使う程度の知能はある。極めて貪食で、人間や動物を襲うだけでなく、共喰いも日常的に行っている。洞窟の中など暗い所を棲家とし、人間の女を攫って犯し繁殖する。
クリフォト(幽界の領域のひとつ)から生まれる。 より高い知能を持つ一際大柄な個体が群れのボスとして君臨する。


このロワにおいては普通の首輪をしている参加者には滅多に干渉せず、参加者側から干渉しなければ極めて無害。
ただし、NPCや赤い首輪の参加者や強い力を放つ烙印を刻まれているガッツには容赦なく襲い掛かる。
また、吸血鬼同様首輪を巻かれており、エリアから出ると首輪が爆発し死ぬ。



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野崎祥子
最終更新:2017年11月07日 00:27