私は許さない。

私の家族を、全てを奪ったあいつ―――あいつらを、絶対に。

だから、私は奴らをみんな殺した。

残っているのは、私の全てを燃やしたあいつだけ。

...こんなわけのわからない状況に巻き込まれたのは幸運だ。

だって、あいつに逃げ場はないんだから。

あいつさえ死ねば―――あとは、どうだっていい。



「...弦之介、さま」

コンクリートジャングルのど真ん中。
着物の美女―――朧は名簿を見て思わず呟いた。
彼女は非力とはいえ仮にも伊賀鍔隠れ衆の忍び―――ましてや頭領にあたる立場の人間である。
忍びの世界とはかくも非情なものである。
戦を好まずロクな戦闘手段も無いため殺人経験などない彼女だが、それでも人の死は何度か見てきた。
この殺し合いに対して忌避感は覚えていたが、それでもまだかろうじて平静を保てていた。

誰か知りあいはいるだろうかと名簿を確認し、真っ先に目に飛び込んできたのが甲賀弦之介。敵対勢力である甲賀卍谷衆の主でありながら、朧と恋仲にある男である。いや、正確には恋仲であったというべきだろう。
他にも弦之介と同じ甲賀卍谷衆の一人・陽炎と伊賀鍔隠れ衆の一人・薬師寺天膳も名簿に載っている。
単純に敵対勢力である陽炎に、自分を無理矢理手籠めにしようとした天膳はともかく、弦之介と殺し合うことなど場所が違えば決して望みたくない。
かといって弦之介のために他の参加者を殺せるかと問われればそれも不可能。
元来より争いを好まぬ彼女は、この状況においても犠牲なく終わるようにと忍びにそぐわぬなんとも甘き願いを抱いていた。
そう。いまは異常事態。伊賀鍔隠れ衆と甲賀卍谷衆の諍いを引きずっている場合ではないはず。
この殺し合いを終わらせ元の場所へと帰れば、またあの争いを見届けなければならないのなら、せめてこの一時だけでも淡い夢に身を委ねたい。


(...そういえば)

弦之介への恋慕と伊賀鍔隠れ衆への想いを捨てきれなかった結果、七夜盲の秘薬によって閉じた目が見えているのを思い出す。
まだあれから七日も経っていないはずだが...これはどうしたことだろう。
もしやあの主催の男には秘薬すら凌駕する力があるというのか。

(...考えたところで仕方ありませぬ)

どの道彼女は殺し合いに乗るつもりは毛頭ない。
殺し合いを止めるためにはまず協力者が必要である。

共に脱出する志があるものは放っておくことなどできぬ。
誰か。誰かおらぬのか。

朧は周囲に気をつけつつ辺りを見回す。

やがて、目の端に止まるは小さな影。

その影はとても小さく、弱弱しいものだった。

影の主は年端もいかぬ少女であった。

「あの、もし...」

そう遠慮がちに声をかける朧だが、少女の返答は沈黙。
僅かに目を合わせたかと思えば、すぐに視線を逸らしふらふらと朧から離れていく。
怯えているようには見えない。
だが、誰かを殺そうとしているようにも見えない。
まるで幽鬼のように彷徨っている―――そう表現するのが当て嵌まるだろうか。

「そなた、この戦には乗るつもりはないのでしょう?」

ピタリ、とまた一瞬だけその歩みを止める―――が、やはり彼女は振り返らず。
そのまま朧に構わず再び歩を進める。

彼女は自分と一緒に行動したくない。
忍とは思えぬほどドン臭い朧でも、その程度のことはわかる。

だからといって、この危険な場所で幼子を放っておくことはできない。
伊賀鍔隠れ衆・朧。その慈善の心はこの場においてもなお健在であった。

待っておくれ。

そう言葉を喉から出しかけたその時だ。

ズンッ、と地響きとともに少女の前方より砂塵が舞う。

「貴様らも贄のひとりか」

怪物―――そう形容するしかないモノが砂塵を晴らしその姿を露わにした。



男は、ただ闘争を求めていた。
血を、魂を揺さぶるような戦いを、己に匹敵しうる強者を求め、幾多もの戦場を駆けた。
ついた字は『不死者』。
『不死(ノスフェラトゥ)のゾッド』。それがこの男の通り名である。

10階建てのビルの屋上で目を覚ました彼は深く息を吐き、身を乗り出し地上を確認する。
辺りを見渡せば、自分のあずかり知らぬ建物ばかり。
この建物は塔のように巨大であればこそ、装飾など邪魔だといわんばかりに味気ない。
家屋は煉瓦や藁造りの家はなく、全て触れれば砕けそうな代物だ。

文明が退化しているのだろうか。それとも進展した結果がこれなのか。それはこのゾッドの預かりしらぬことだ。

(...まあいい)

現状がなんにせよ、ゾッドが望むものは闘争のみ。
それを譲るつもりは毛頭ない。

彼が地上を見下ろし始めてからどれほど経過しただろうか。

やがて彼は獲物を見つけた。
一人は成人済だと思われる女子。もう一人はまだ年端もいかぬだろう幼子だ。
外れか、などとは決めつけない。
彼の生きた世界では、女子供が大の男を打ち負かすことは珍しくない。
実際に剣を交えねばその価値はわからぬのだ。

故にゾッドは嗤い、地上目掛けて―――跳んだ。

ズンッ、地響きを打ち響かせ着地する。

「ふううぅぅぅ...」

大きく息を吐き、獲物を確認する。

「そ、そなた...物の怪か?」

ゾッドを認識した朧は震え上ずった声をあげる。

「ほう。オレが人間ではないことがわかるか。どうやら貴様もただものではないようだ」
「そ、その姿を見れば誰でもわかる」

怯える朧に対し、ゾッドは武器を握る。
この女は果たして戦う価値のある獲物なのか。それとも今まで食い散らかしてきた有象無象と同じなのか。
さあ、試してくれようぞ。
剣を己の目線にまで掲げて、気付く。
剛毛に覆われた両腕。剣に反射し映る巨大な角。
彼の姿が、人間のものではなく、"使徒"の本性を曝け出していたことに。

「...?」

おかしい。確かに先程―――跳び下りる前までは人間の姿をしていたはずだ。
だが、いまは使徒の姿に変わっている。
あの主催の男がなにか細工を施したのか?それとも、この女が...?

(...まあ、いい。いまは戦うだけだ)

若干驚きはしたが、だからといって彼の身体に異常がある訳でもない。
戦いの枷にならないのならそれでいい。
ゾッドは改めて武器をデイバックに仕舞い―――その脇を、幼子がてくてくと歩いて行く。
まるで恐怖を覚えていない、更にいえばこの男など眼中にないかのように。

「なにをしている」

ゾッドは思わず問う。
今まで己と対峙してきた人間は、必ずなにかしらの注目を浴びせてきた。
打ち倒し名を挙げようとするもの。彼の存在に、強さに畏怖するもの。
使徒を前にして目を離せるはずもない。
だが、この幼子はそれをやってのけた。
なんの変哲もなさそうなこの女児がだ。

「答えろ。貴様はなぜ歩みを止めない」

少女は足を止め、ゾッドへと視線を移す。
それを見て彼は察した。

生への希望も、執着もない。
その瞳にあるのは、闇より深い絶望のみ。

―――なんてことはない。少女は、既に亡者だっただけのこと。

もしも少女がこの結論通りならなんともつまらない答えだろう。
ただ、気にかかるのはその眼の奥にあるドス黒い怨念。
憎しみが生きる糧になりつつあるとでもいうのか。
だとすれば、もしやこれは演技なのでは―――そんな淡い期待を込めつつ、その巨大な右手を振るう。
力はあまり込めていない。
あたったところで気絶がいいところだろう。

バチリ、と音を立て吹き飛ぶ少女は、弾丸の如く朧へと飛ばされる。
受けようにも、身体能力の高くない朧ではどうすることもできず、身体に走る衝撃に倒れてしまう。


「うぅ...」

どうにか立ち上がる朧だがその足取りは拙い。
気を抜けばいまにも膝をついてしまいそうなほどにだ。

(つまらん)

気絶してしまったのか、そのまま動かなくなった少女とまともに動けなくなった女を見てゾッドは落胆する。
こうまで華奢で弱いとは。
こんな弱者と戦ったところで得るものはないだろう。
ならばもう終わらせる。
掌を握りしめ、朧へと歩み寄る。
そのまま彼女を引き裂かんと掌を振り下ろすが、既に覚束ない足取りになっていた朧はそのまま後退し、尻もちをついてしまう。
幸か不幸か。爪は朧の着物の裾を切裂くのみに留まり、その余剰エネルギーはアスファルトを砕き破片は小粒となり朧へと襲い掛かる。
欠片とはいえ、それが目に入るのは危険だ。
思わぬ痛みに、朧は思わず目を閉じてしまう。

舌打ちをしつつ、ゾッドはもう一度手を振り上げる。

彼が手を振り下ろせば、今度こそ動けない朧は彼にその身を裂かれる。

特段仕留める理由もないが、ここで逃がす理由もない。
無慈悲にもゾッドの手は朧へと振り下ろされ


バ ゴ ォ


た。


「!?」

突然の衝撃と共にゾッドの視界が揺らぐ。
なにが起こったか―――それを理解する暇もない。

『オラオラオラオラオラオラオラオラオラ』

雄叫びと共に降り注ぐ衝撃。
それが荒れ狂う暴風の如き拳だと知った時にはもう遅い。

『オオオオオオ――――オラァ!!』

気合一徹。最後に叩き込まれた拳に、ゾッドの身体は宙を舞った。

「――――――ッ!!」

悲鳴を上げる間もなくガラスをぶち破り民家に叩き込まれるゾッド。

「やれやれ...間一髪、といったところか」

乱入者―――空条承太郎は、学帽に手をやりそうひとりごちだ。




(気に入らねえ)

空条承太郎は、あの主催の男に内心毒づいた。
人の命を玩具かなにかのように扱う主催のあの男。
間違いない。DIOと同種のゲス野郎だ。
如何にして自分を連れてきたか―――それを考えるのは二の次だ。
奴をぶちのめす。空条承太郎は自然と方針をそう定めていた。

あの男の言葉に従うならば、この殺し合いから生還する方法は二つ。赤い首輪の参加者の殺害、若しくは最後の一人になることだ。
あの男をぶちのめすためにはまず殺し合いから脱出することが優先であり、方法としてはそのどちらかをとるべきなのだろう。
だが、承太郎はどちらも選ばなかった。
何故か。あの男の言葉が信頼できないというのもある。優勝・赤い首輪の参加者を殺して脱出した途端に約束を反故にする可能性だってあるのだ。
それに易々と乗っかるほど承太郎は迂闊ではない。
だが、それ以上に彼を駆り立てるのは『気に入らない奴の言いなりになりたくない』というシンプルな理由からだ。
シンプルが故に彼を曲げる方法は難しい。それこそ、近い未来に生まれる娘を人質にでもとられなければ不可能と言っても過言ではないだろう。

だが、全てを救える、と豪語するほど人間が出来ている訳ではなく、また、現実が見れない男でもない。

命惜しさに他者を殺してしまう者は必ず出てくるだろう。
そういった輩は実力行使で止めるしかなく、最悪殺す必要性もある。
それに、自分をいつの間にか拉致し殺し合わせるような男だ。
例えば連続殺人犯や凶悪なテロリストなんかを参加者に混ぜている可能性も否定できない。
そのために、まずは参加者の大方の目ぼしをつけようと名簿を見たのだが...

(DIO...だと...?)

彼は目を疑った。かつてこの手で殺したはずの男の名前が記載されていたからだ。
100年前に船で爆発したのとは訳が違う。この目でしかと骨の一片も残さず消えたのを見届けたのだ。
いくら吸血鬼が人智を超えた存在だからといってあの場面で復活できるとは到底思えない。
そもそも死者が蘇るはずがない―――とは言い切れない。そもそも、吸血鬼には死者をゾンビにして操る能力があるらしい。
となれば、それを応用すればDIOを蘇らせることは不可能ではないのではないか。
主催の男がなにかしらの方法で蘇らせたのか、それとも同名の別人か。
なんにせよ要警戒しておくべきだろう。

承太郎は名簿をしまい、周囲の散策に踏み出した。

それから程なくしてのことだった。

ちょうどビルを挟んだ向こう側から、なにかが落下したような轟音がした。
何事かとその足を向ければ、見るからに獰猛な怪物が腰を抜かした女性に襲いかかろうとしているではないか。
承太郎にとって彼女を助ける義理はない―――が、わざわざ見殺しにするのも寝覚めが悪い。
それに、ここで闘争の火種を摘むのは後に繋がることだ。
ならば、あの男をブチのめさない理由はない。

怪物が腕を振り上げたその時だ。

『スタープラチナ・ザ・ワールド!』

掛け声と共に承太郎以外の全ての『時』が静止する。
その静止した数秒間の内に承太郎のスタンド『スタープラチナ』が怪物に拳を叩き込んだ。




「殴り飛ばされるなどいつ以来のことか」

ゾッドは、散らばったガラスを踏みしめ、身体についた埃を払いながら民家より姿を現す。

「なるほど。どうやら赤首輪ってのは伊達じゃないようだ」

承太郎は学帽を深く被り直し、改めて眼前の強敵を見据える。

硬い。スタンドを通じて伝わった感触はそれだった。
スタープラチナのパンチは、岩石程度なら簡単に破壊できる。
それを通じて尚硬いと云わしめるのだ。生半可な攻撃では通用しないだろう。


「う、うぅ...」

朧は目に袖を当てながら呻き声を漏らす。
先程の破片の欠片が目に入り、痛みと共に視界がぼやけ、うまくものを見ることができないのだ。

「あんたはそこのガキを連れてさがってろ。邪魔になる」

朧は、そう声をかけた男が何者かはわからなかったが、いま自分が助けられたことだけはわかった。
手探りで倒れた少女を見つけ出し、どうにか引きずりながら傍の建物の陰に隠れる。

「その人形...なるほど。先程の打撃はソレの仕業か」
「俺のスタンドが見えている...てめえもスタンド使いか」

ゾッドが承太郎へと歩を進めるのに合わせ、承太郎もまた距離を詰めていく。

「ひとつ聞きてえ。さっきのあの女にやってたこと。アレはなんだ」
「しれたこと。ここは命削り合う殺戮と闘争の場なのだろう。ならばオレはそれに従うまで」
「つまり、テメェはこれからも目の前に立つ奴を殺してまわるつもりだと解釈していいんだな」
「貴様もオレの得物のひとりだ。先程の女どものように失望させるな」

やがて、二人は歩みを止める。互いに手を伸ばせば触れられそうなほどに近い。
これがゾッドの、スタープラチナの。戦士二人の射程距離。


「さあ、最早言葉は無用。その生を繋ぎたくば―――押し通れ!」
「―――いくぜオイ!」

さあどちらが己が武器を抜くのが早いか。

使徒でも有数の力を持つ不死のゾッドか。近接戦最強のスタンド、スタープラチナ有する空条承太郎か。

「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
「『スタープラチナ』!!」

二人の叫びに呼応するかのように大気が揺れる。

ゾッドの、スタープラチナの拳が互いに相手を屠らんと握りしめられ―――闘争のゴングが鳴り響く。

『オラァ!』

先手をとったのはスタープラチナ。
ゾッドの振るった腕を掻い潜り、その頬に拳を叩き込む。

またも、ぐらりと視界が揺らぐゾッド。
当然、承太郎はその隙を見逃さない。

先のラッシュは、あくまでも戦闘の中断のためのもの。
今度こそは、一切容赦なしの全力全開。

『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ』

絶え間なく繰り出される拳の雨にゾッドは為す術もない。
幾百もの連打をその身で受けるのみ。

『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ―――オオオオオォォォォラァァァァァ!!』

渾身の力が込められたラッシュをその身に受け、再びゾッドの身体が宙を舞い民家を突き破る。

「オレ以上に速いだけでなく一撃一撃が正確無比。わが身を二度も吹き飛ばすとは驚いたぞ」

だが、多少の出血はあれどこともなしとでもいうかのように彼は立ち上がる。
呆れるほどの頑丈さに、承太郎は舌打ちをせずにいられなかった。



雄叫び。肉を殴りつける音。建物や地面を破壊する音。
目と鼻の先で行われる闘争の音に怯えながらも、朧は少女の介抱に努めようとしていた。

だが、視界がぼやけているのに加え、少女がどのような怪我を負っているのかがわからない。
どうにかせねばとわたわたと手を動かすが進展があるのかどうかもわからない。

そんな朧の手にほんのりと温もりが添えられる。
それが、少女のものだと気づくのにさして時間はかからなかった。

「......」
「目をお覚ましか」

少女が目を覚ましたなら話が早い。
いまの自分達がここにいたところでどうにもなるまい。

「はようここから離れなければ」
「......」

恐怖からか身体を震わせながらも、少女は動かない。
どころか、かさかさと紙の音がすることから、なにかを握りしめ読んでいるようだ。

「...ゃん」

やがて、ポツリと少女の口から言葉が漏れる。
命の危機に瀕しても悲鳴ひとつあげなかった彼女がだ。

「しょー...ちゃん...」

やがて、少女の声が震え始める。
『しょーちゃん』とは彼女の知己だろうか。
そう尋ねようとした朧―――その言葉は、側を通り過ぎた轟音に再びかき消された。



吹きとばされたゾッドは、衝突した衝撃により降り注ぐ瓦礫にも構わずのっそりと立ち上がる。

「面白い...げに面白き男よ!」
(ヤロウ...!)

至る箇所から血を流しつつも、未だ致命傷なく立ち上がるゾッド。
対して、空条承太郎は大した傷はないものの、度重なる攻防により疲労が蓄積していた。

不死のゾッドとスタープラチナ。

筋力はさして変わらない。強いてあげるならゾッドの方が僅かに上、だろうか。
スピード。こちらは確実にスタープラチナの方が上だ。決して、ゾッドがノロい訳ではない。スタープラチナが早すぎるのだ。

能力だけで見れば、スタープラチナの方が若干有利である。
だが、承太郎が攻めあぐねている原因は、ひとえにゾッドの頑強さだ。
かつてスタープラチナはダイヤモンドの固さを自称するスタンドの歯をへし折ったことがある。
それでも尚倒しきれない頑強さ。筋肉の鎧も極めればここまでになるというのか。
この一点にさえ絞れば、あのDIOすらも上回る。
ゾッドは、空条承太郎にとってのまさに最硬の敵だった。

(あの女たちに気を回す暇すらなかった...いまのに巻き込まれてなければいいが)

弱者を絶対に助けたい、という訳ではないが巻き添えで死なれるのも寝覚めが悪い。
まだロクに言葉すら交わしていない彼女を気遣うのもそのためだ。
ズン、と力強く地を踏みしめるゾッドの傍らで、少女に覆いかぶさり身を悶わす女が視界に映る。
大した怪我もないことを確認し、改めてゾッドへと視線を写す。

「嬉しいぞ...あの男たち以来だ。こうまで血沸き肉躍る闘いを満喫できるのはな」

ゾッドは低く頭を垂れ、承太郎へと向けて片膝をつく。
これは日本でいう敗北の証、土下座―――などでは当然ない。
ゾッドの足が地を蹴り、その身体は承太郎へと走っていく。
その様はまさに砲弾。


速さとは力である。質量を持った塊が速さを伴えば破壊力は増大する。
ゾッドほどの筋肉の塊をこの速度で喰らえば、人体などひとたまりもないだろう。

承太郎はこれを横に跳びのき回避。あの体当たり相手ではスタープラチナのラッシュも弾かれてしまうという判断である。

すれ違いざまに背中に拳を撃とうとする―――が、しかし。眼前に迫るのはゾッドの後ろ蹴り。
承太郎が躱すのと同時、両手を前方に強く叩きつけ、その反動で蹴りを放ったのだ。

とはいえ、如何に使徒とはいえ無理な体勢からの蹴りである。
スタープラチナの腹部を捉え後方に吹きとばすも、殺傷には至らない。
もちろん、吹き飛ばされる承太郎が壁に叩きつけられれば衝撃は大きい。
それを防ぐのがスタープラチナだ。
承太郎と壁の間に割って入り、ダメージを和らげる。

「あ...」

はずだった。

「なに!?」

突然だった。
着地点の確認をするため背後に目をやった瞬間、スタンドが解除されてしまったのだ。
背後―――いや、正確にいえば、視界の端に映った女の視線と交わった瞬間だ。
承太郎がそれを理解した時にはもう遅い。

圧倒的なパワーで壁に叩き付けられた承太郎は頭部から出血し―――ゾッドの追撃の体当たりが迫る。
辛うじて躱す承太郎だが、強烈な眩暈と共にがくりと膝をつく。
そして、ゾッドの体当たりは家屋の壁を、柱を破壊し―――瓦礫が二人をのみこんだ。

(しまった...!)

朧の両目は生まれついての破幻の瞳―――つまり、如何な忍法でも苦も無く破る摩訶不思議な瞳である。
一見強力に思えるこの能力だが、朧自身に制御が出来ないという最大の欠点がある。
つまり、本人にその気がなくとも偶然見てしまっただけで敵も味方もなく忍法を破られてしまうのだ。

この殺し合いの場では、忍法とは即ち『異能』を示している。
空条承太郎のスタンドの消失はこれが原因だ。
朧は、両目の痛みに耐え、戦況の確認をしようと目を開いた。
だが、自分を助けてくれた男が忍術らしきものを、それも偶然こちらを見ているとは思いもよらなかった。
その結果がこれだ。
助けてくれた男を逆に追い詰めてしまった。


「なるほど。貴様のその目...異形をうち消す力を持っているのか」

瓦礫を押しのけ姿を現すのはゾッド。
至る箇所に怪我を負っているが、その威圧感は一切衰えていない。

「それがオレの擬態も破ったということか。興味深いが、あの男との戦いを穢されたのは許せん。貴様はここで死ね」

ゾッドは小さく腕を振りかぶり、朧を横なぎに切り裂かんと振るう。
朧はなにもできない。ただ数秒の後に切り裂かれて死ぬ。
それを直感してしまったのか、ゾッドの爪が迫ろうとも恐怖で動くことが出来ない。

そんな朧を助けたのは少女。とっさに朧に飛びつき押し倒し、ゾッドの爪の射線から逸らす。
当然、超人的な身体能力を持つ訳ではない少女は躱しきれず左頬を、耳を、その長い髪を切裂かれてしまう。
切り傷から血を流しつつ、少女はふらりと立ち上がる。

(この童...)

数分目を離したことでなにが変わったというのか。
先程までは死人のそれであった少女の眼光には、確かな意思が宿っている。
絶望と怨念に濁った瞳、その奥にある鉄の如き意思。
なにが彼女を駆り立てたのか―――

カツン。

少女の懐から、なにかが零れ落ち地に跳ねた。

ソレは、球状、更に言えば卵のような形をしている。

「貴様、それは―――」




「スタープラチナ」


男の呟きと共に時が静止する。

「止められるのは2秒が限界ってとこか...」

最初に時を止めた時もそうだが、どうやらスタープラチナには制限がかかっているらしい。
まだ確実に把握できていないが―――いまはこれで十分だ。

吹きとばした後に朧たちを巻き込まぬよう、ゾッドの前方へと回り込み、スタープラチナと共に拳を握りしめる。

「『オオオオオオォォォォォ――――』」

スタープラチナの雄叫びに承太郎も合わせる。
放たれるのは、幾度も繰り返してきたこのラッシュ―――時間を止めた上での全力全開。
静止した時の中では、筋肉の鎧も使用不可能。
つまり、ゾッドは無防備な状態で最大のラッシュを受けることになるのだ。


「『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ』」

放たれた拳の雨がゾッドの身体に幾多も減り込み―――時が動き出す。

「ごっ!?」
「時が動き出そうが...このままぶち抜かせてもらうぜ」

『オオオオラアアアアアァァァァァ―――ッ!!』

ド ン ッ ! !

無数の拳の痕が同時にゾッドの身体に刻まれ、右角がへし折れ、最後の一発が鼻づらに叩き込まれた。

「NUAHHHHHHH――――ッ!!」

悲鳴と共に再び民家に叩き込まれるゾッド。
追い打ちをかけるように倒壊による瓦礫が、ガラスが降り注ぐ。

突如現れた男の背中を見て、朧は思わずヒッ、と悲鳴を上げてしまう。

頭部のみならず、全身の至る箇所から血を流している。
こうして立っているだけでも信じられないほどにだ。


(チッ...奴にトドメを刺しておきてえが、これ以上はヤベェ...)

承太郎自身、こうして立っているのがやっとであり、疲労も怪我もピークに達しかけている。
これ以上深追いすれば死は免れないだろう。
もしも、相手がDIOであれば無茶をしてでも倒そうとしたかもしれない。
だが、いまの相手はあくまでも『殺し合いに乗ったイチ参加者』。
自分の本来の目的は殺し合いを壊し生還することであり、名前も知らない女性を命を捨てて助けるという紳士的な美徳でもない。

故にここは最善手をとるべきである。

「ワリーがここは一旦引くぜ。...それと、あんたはなるべく俺を見るな」
「その怪我で動いてはいけません!」

動こうとする承太郎を朧は慌てて止める。
当然だ。この出血、下手に動かせば悪化するのみだ。
だが、承太郎が動かなければ撤退しようにもどうしようもない。
朧が背負う―――無理だ。
ただでさえ背丈が違う上に、朧は身体能力はそんじょそこらの村娘と同等、いやそれ以下かもしれない。
人一人を担ぎながら、且つなるべく揺らさぬように歩くのは不可能である。

万事休す。そんな空気になりかけた二人。

「―――コレ」

ガラガラと音を立て、少女が引っ張るのはリアカー。
崩れた家屋の倉庫から見つけてきたものである。

「こ、これは...」
「二人なら運べると思う。乗って」
「...やれやれだぜ」

重傷の男をリアカーで運ぶ少女と着物の女。
承太郎はそんなシュールな光景を想像しつつ、普段の口癖と共に、傷ついた身体に鞭うち荷台に乗り込んだ。


(...しょーちゃん)

朧と共にリアカーを引きながら、己の妹―――野崎祥子のことを思い浮かべる。
自分のせいで全身を焼かれてしまったあの優しい妹。
彼女はあの火傷のままここに連れてこられたのだろうか。
だとすれば一刻も早く彼女を救わなければならない。
彼女を喪えば自分はどうにかなってしまう。
それに、名簿に記載されていた相場晄のことも気にかかる。
彼はいつも自分を支えてくれた少年だ。こんなことで死なせたくはない。

(...でも、あいつだけは、絶対に許さない)

他にも、イジメの主犯格に祭り上げられていた小黒妙子、イジメを見て見ぬふりを貫いてきた南京子など気にかかる名前はあったが、いまは後回しだ。

佐山流美―――殺し合いの説明の際に視界にとらえたあの女。家に火を点け両親を殺し、祥子をあんな目に遭わせた張本人。
あの女を見つけた瞬間、殺し合いへの恐怖よりも憎しみの念が勝った。
これであの女に逃げ場はない。決してこの状況を喜びはしなかったが、逃がす心配もなくなった。
だから、あの化け物に吹き飛ばされバッグから零れ落ちかけた名簿を見るまでは『結果的にあの女が死ねばいい』とだけ考えていた。
その前に自分が死のうが興味はなかった。
だが、祥子や相場のことを考えれば、彼らを救うまでは死ぬ訳にはいかなくなった。
彼らは必ず生還させる。その執念が、ゾッドの興味を微かにひく結果に繋がったのだ。

やるべきことは多い。
けれど、いまは、助けてくれた者たちへの恩を返す。

少女―――野崎春花は、己の支給品のもたらすものに気付くことなくリアカーと共に街を駆ける。



ガラガラと音を立て、倒壊した家屋からゾッドは姿を現す。
出血や痣は多数あれど、その眼光未だに衰えず。

「...ふーっ」

どっか、と瓦礫の山に腰掛け身体を落ち着けるゾッド。
承太郎との戦いにより受けた怪我と疲労は、彼にとっても決して無視できる類のものではなくなっていた。

「疲れた、か。ふっ、久しく忘れていたな」

いまのゾッドはかつてないほどに満たされていた。
使徒として闘争と殺戮の日々に身を投じて三百年余り。自分とこれほどまでに互角に渡り合える者はいなかった。
かつて、ガッツとグリフィス、二人の男の剣をこの身に刻まれたがそれ以上だ。
あの男の異能力には正面から挑みスピードは上回られ、あれほどまでに拳を受けた。
なんとも素晴らしい戦士だ。機会があればまた戦ってみたいものである。

(しかし、奇縁とでもいうべきか...否。これも運命か)

少女の落とした石に想いを馳せる。
ゾッドは、否、使徒ならばみな知っている。
少女の持っていた、その人面にも似た模様の刻まれた意思持つ真紅の石。

覇王の卵―――ベヘリット。

(あの垣間見せた執念。あの小娘もまた、あの男と同じ運命にあるか、それとも新たな道を切り開くか―――虫けらのように死ぬか。見物だな)



ベヘリット。それを持つ者は、一番大切なものを捧げ世界を手に入れる選択肢を与えられる。
所有者である野崎春花は如何なる道を選ぶのか―――それは、まさしく『神』のみぞが知る。



【I-4/街/一日目/深夜】

※周囲の民家の半数以上が倒壊しました。

【朧@バジリスク~甲賀忍法帳~】
[状態]:腹部にダメージ(中)、疲労(中~大)
[装備]:リアカー(現地調達品)
[道具]: 不明支給品1~2
[思考・行動]
基本方針:弦之介様と会いたい
0:承太郎を安全な場所で治療する。
1:脱出の協力者を探す。
2:陽炎には要注意。天膳にも心は許さない。

※参戦時期は原作三巻、霞刑部死亡付近。


【野崎春花@ミスミソウ】
[状態]:右頬に切り傷・右耳損傷・出血(中)
[装備]:ベヘリット@ベルセルク
[道具]:不明支給品0~1
[思考・行動]
基本方針:祥子を救い、佐山流美を殺す。その後に自分も死ぬ。
0:ひとまず承太郎を安全な場所へ運ぶ
1:祥子、相葉の安全を確保する。
2:小黒さんは保留。南先生は...


※参戦時期は原作14話で相場と口付けを交わした後。

【空条承太郎@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:疲労(大~絶大)、全身にダメージ、出血(大)、リアカーに乗せられている。
[装備]:
[道具]: 不明支給品1~2
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを破壊する。
0:主催者の言いなりにならない。
1:ひとまず休憩をとる。
2:DIO・先程の化け物(ゾッド)には要警戒。

※参戦時期は三部終了後。

【ゾッド@ベルセルク】
[状態]:全身にダメージ(大~絶大)、疲労(大)、右角破損
[装備]:日本刀@現実
[道具]:不明支給品0~1
[思考・行動]
基本方針:闘争を繰り広げる。
0:とにかく戦う。
1:ひとまず休憩をとる。
2:空条承太郎には強い興味。春花の持つベヘリットにも少し興味。
3:ガッツと出会えれば再び戦う。

※参戦時期はグリフィスに忠誠を誓う前。







GAME START 野崎春花 小休止
GAME START 小休止
GAME START 空条承太郎 小休止
GAME START ゾッド ノスフェラトゥゾッド
最終更新:2017年06月06日 17:03