「ベクトル操作...」

服装、髪の色、肌。その全てが白を基調とした少年―――この場では少年と定義させていただく―――『一方通行(アクセラレータ)』はぶつぶつとそんなことを呟いていた。
手に持った石を上空に放り、それは重力に従い落下する。着地先は見上げる少年の鼻先。
それは彼に触れる寸前で突如軌道を変え、脇にそれ地に落ちる。

「こっちは問題ねえ。だが...」

落ちた石を拾い、再び上空に投げる。重力に従うそれはまたしても垂直に落ち、その着地先はそっぽを向く少年の頭である。
今度は軌道を変えずにそのまま落下。小石はコツンと一方通行の頭に当たり跳ねた。

(やっぱりか。『自動(オート)』には設定できねえから、俺が意識を向けてなきゃ操作もできねェ。どうやら完全に能力が戻った訳じゃなさそうだ)

ここまでの制限が加えられていれば、今までは平気だった不意打ちや奇襲にも常に気を張らなければならないだろう。
殺し合いを成立させるためには妥当な制限なのかもしれない。

ここに連れてこられる前―――研究員・木原数多のことを思いだす。
あの男と向き合った直後に気が付けばこの会場に連れて来られた。
あいつがなにかをしたのか?いや、そんな素振りは一切見せなかった。
アレはあの場で自分をどうにかするつもりだった。わざわざ手間をかけてこんなもののために連れだすほどモノ好きではないだろう。
となれば第三者であると想定しておくべきだ。


「くっだらねェ」

一方通行は溜め息と共にそんな感想を述べた。
他の人間を殺させ最後まで勝ち残らせる。その目的はなんだ?
また絶対能力(レベル6)に進化させるための実験か?


ほんとうにくだらない。
いまさらカビが生えたようなあの実験に関わるなどクソくらえだ。

なにより見ず知らずの奴に目的も知らされずに言いなりになるなんざ腹が立ってしょうがない。
もしも打ち止め(ラストオーダー)が人質にでもとられていれば、全員ブッ殺してでも救い出そうと僅かにでも考えたかもしれない。...彼女に言えば調子づいておちょくられるのは目に見えているため言わないが。
ただ、もしそうならあの主催の男は自分にそう伝えたはずだ。彼女の命が惜しければ我々に従え、と小物悪党の常套句を付け加えてだ。
でなければこうして一方通行が殺し合いに反目するのは承知の上のはず。
それに、いましがたテストしたように、能力が使えることからミサカネットワークは主催の手にあることを察せるとふんだとしてもだ。
アレが関与している割には自分の能力の管理がおざなりすぎな上に、今なら時間制限なく能力を使用できる実感がある。
例え小一時間能力を使用したとしても言語中枢の異常や脳への負担は生じないだろう。

つまり、いまの一方通行の能力はミサカネットワーク以外のなんらかの力で調整されているはずだ。

(怪しいのはこの首輪か)

演算用チョーカー型バッテリーの代わりにいつの間にかつけられていたこの首輪。
どういう仕組かはわからないが、コイツが関与していることは間違いない。
無闇に外せば脳に負担がかかりマトモに言語を発することもできなくなるだろう。

(つーことは、俺はコイツを迂闊に外すわけにもいかねェってことか、クソッ)

ますます気に入らない。
不平不満を言いつつも結局これが必要になる。これではまるでペットのようではないか。
決めた。
あの主催の男は必ずブチ殺す。

そんな怒りをぐつぐつと煮やす一方通行の耳に、カツン、カツン、とアスファルトを叩く音が届く。
音は彼のもとへ近づいている。つまり、何者かがこちらへ向かっているということだ。

やがて現れたのは、髭を蓄えた細身の男。
映画なんかでたまにみるガンマン、なんて印象を抱かせる風貌だ。

「いきなりだが自己紹介をさせていただく。オレの名はリンゴォ・ロード・アゲイン。配られた支給品はこの一八七三年型コルトのみで、使用する武器はこれだけだ」
「アァ?」

聞いてもいないのに、リンゴォと名乗った男はそう口火を切った。

(ンだァ?お手て繋いで仲良くしましょうってかァ?)
「スタンド、という概念を知っているか」
「......」
「知らないという体で話を続けさせてもらう。スタンドとは己の精神エネルギーが像を成したもの。スタンドは使用者によって個性や能力が異なっている。
オレのスタンドの能力の名は『マンダム』。ほんの6秒。それ以上長くもなく短くもなく。キッカリ『6秒』だけ時を戻すことができる」
「なんだなんだなんですかァ?僕はこんだけ話したからお友達になりましょーって奴ですかァ?」
「オレが望むのは『公正なる果し合い』だ。お前からはいざという時に殺人を躊躇わない漆黒の意志を感じる」
「...アァ?」

果し合いということは、つまりリンゴォは殺し合いを肯定したということだ。
あの男の言いなりになってだ。
まあ、彼にとっては想定内のことである。
そして自分に戦いを挑んで来る者には容赦ができない。
それが一方通行という能力者であった。

「こういう馬鹿はどこにでもいるもンだな。まあいい、相手してやるよ」

気だるげに己の首に手をやり、コキリと音を鳴らす。


「学園都市一位の一方通行(アクセラレータ)って知ってるか」
「いいや」

先程のリンゴォのやりとりをそのまま返すかのような問い。
それに苛立つこともなくリンゴォも淡々と答える。

「だったら教えてやるよ。俺の能力は『ベクトル操作』。俺の身体に触れたあらゆる物質のベクトルを脳内で演算することで操作できる能力だ。いまはオート機能はねェからテメェの能力を上手く使えば勝てるかもなァ」
「なぜお前も能力を教える」
「別に聞いてもねえことをテメエがペラペラとお喋りしやがったからな。これで『公正』だろ」
「...感謝いたします」

決して皮肉ではなくリンゴォは純粋に礼を述べる。
リンゴォは己の能力は自ら話すが、それを他人に強制したことはない。
なぜか。
この果し合いはあくまでもリンゴォが望むもの。
闘う価値のある者に強制的に付き合せているにすぎない。
そのため、相手が自分をどう解釈しようが、どのような手段をとろうが責めることはしない。
未知なる相手だが、それを乗り越えることもまた修行のひとつである。
だが、相手は自ら能力を話し真に『公正』なる果し合いに仕上げてくれたのだ。
なればこそ感謝の意を示さずにはいられなかった。

片や一方通行にはそんな考えなど微塵も無い。
公正だの果し合いだのなんだのと眼中にない。
ただ、彼からすればリンゴォの態度はこの一方通行を『ナメている』としか思えなかった。
『6秒だけ時を戻す』。それが真にせよ偽りにせよ、わざわざ教えるというのだ。
一方通行を知らないと言うのだから対策をすでに立てているというわけでもない。
単純に『コイツになら勝てる』と思っているのだ。
よほど自信があるのか、それともよほど一方通行を低く見積もっているかだ。
そんな事実をハイソウデスカとすんなり認められるはずもない。
だから己も能力と弱点を晒すことで『公平』にしてみせた。
そして、この一方通行をナメたツケは倍にして返してやる。
そのための公平だった。

片や、漆黒の殺意と敬意を抱き。片や、純粋な苛立ちと共に。

二人の言葉は一コンマずれることなく重なった。

「「よろしくお願い申し上げます」」

開戦の合図は意外にも静かなものだった。
リンゴォは即座に引き金を引くのではなく、歩を進め一方通行との距離を縮めていく。
いまの距離で銃を撃てば確かに届くが、命中率は低く致死性もまた低いからだ。

一方通行もまたその場から動かない。
リンゴォは拳銃しか使わないと言っていたが、それがブラフである可能性も考慮する。
それ以外にも、砂を蹴りあげての目つぶし。隠し持った武器。まだ話していない『能力』。何れも可能性はある。
如何なる手段を用いられても、一方通行は制限によりそれらを己の目で認識しなければならない。
相手の一挙一動を見逃してはならないと目を張り―――気が付く。

リンゴォの手は震えていた。

「ンだァ?てめェから誘っておいてビビッてんのか三下が」
「恐怖というのは否定しない。自分ではそう思っていなくても、極度の緊張で肉体が動かないこともありうる。また、三下というのもだ。オレはまだ修行中の身。オレの目指す『男の世界』の果てにたどり着くまでは半人前。つまりオレは三下ということだろう」
「...スカしてンじゃねェよ、気に入らねえ」

なんともまあ小物臭い言葉を発してしまったものだと自分に苛立ちかける。
相手が自分をナメてかかっている訳ではないのはわかった。だからこそ、リンゴォという男が未知のものに思えてくるのも仕方のないことだ。
それでも。
本来の能力を発揮できない現状、学園都市最強には相応しくないかもしれないが、それでも彼女が、打ち止めがいる間だけは最強で在りつづけると決めたのだ。

彼女が見ていようがだったら、相手がなにを考えていようが正面から捻じ伏せるだけだ。

ザッ

リンゴォに合わせるかのように、一方通行もまた歩を進める。

「!」
「テメェが距離を詰めるのがトロいからよォ、思わず足が出ちまった」
「自ら死線を詰めるか...嬉しいぞ。やはりお前はオレの乗り越えるべき壁だ」

ザッ ザッ

向かい合う二人が互いに歩めばそれだけ距離が縮まるのも早くなる。
二人は、あっという間に手を伸ばせば身体に触れられる距離まで近づいていた。


「これがお前の射程か?」
「射程だぁ?ンなもンねェよ。だが、この距離ならテメェは絶対に逃げらンねぇだろ」

互いに死線を踏み越え、睨み合うこと数十秒。
先に動くのは―――リンゴォ。
拳銃を抜き引き金を引く。
文章にすればそれだけのことだが、美学のもとに研ぎ澄まされた早撃ちは生半可な覚悟の者では追いつけない。
例えベクトル操作の能力を持っていたとしても、演算が間に合わずその心臓を打ち抜かれるだけだ。

「―――ごっ」

相手が一方通行でなければ、だが。

「さっきも言ったがこいつが俺の能力だ。武器は拳銃(ソイツ)しか使わねえって言ったテメェには理不尽かもしれねェが卑怯と思うか?」
「い、い、や」

心臓付近から血を流し伏すリンゴォは、指を震わせながら時計の針のツマミへ手を伸ばす。
間もなく意識も遠のくだろうに、末期の哀愁のつもりだろうか。
リンゴォは、残る力でツマミに触れ―――

―――ド オ オォ ォ ン

「ッ!?」
「......」

再び両者が対面する。
まるで先程の数秒の間のやり取りが無かったかのように。

「成る程。コイツがテメェの能力か」

少々驚いたが、事前に聞かされていることもあり動揺することはない。
むしろアレで終わってしまっては興ざめだ。

勝負は振り出しに戻る。

そう。これはあくまでも振り出し。

戻ったところで同じように弾丸を放てば。

「―――ごっ」

当然、弾丸はリンゴォを貫く。

「ンだぁ?何の工夫もなしに俺が殺せると思ったのかよ」

―――ド オ オォ ォ ン

「また、か」

何度やり直しても。

「―――ごっ」

―――ド オ オォ ォ ン

「いい加減にしやがれ」

弾丸を撃つタイミングをズラしても。

「―――ごっ」

―――ド オ オォ ォ ン

「そういうンじゃねえんだよ」

リンゴォは『拳銃しか使わない』と断言したためそれを曲げることはない。
例え、何度やり直すことになろうと。

―――ド オ オォ ォ ン

例え、一筋の光すら見えなくとも。

―――ド オ オォ ォ ン

リンゴォは、己の定めたルールに従い相手を破るのみ。
それが『公正なる果し合い』。ウソのない『男の世界』である。


「気は済ンだかよ」

一方通行はそんなリンゴォの事情など知ったことではない。
何度も繰り返されるやり取りについに痺れを切らした。

リンゴォが自身の放った弾丸に身体を貫かれるのと同時、暴風が吹き荒れリンゴォの身体を空に巻き上げる。

「―――――!!」

その風はまさに脅威。純粋なる圧倒的パワー。
宙に投げ出された身体ではマトモに身動きすらできない。

「う、うおおおおおお―――!!」

あまりの圧力に叫ぶリンゴォ。それを追いかけるように空を舞うは一方通行。
跳躍―――違う。翼だ。
風のベクトル操作によって生み出した竜巻の翼である。
その姿はまさに天使、否。悪魔だ。

「悪ィがこっから先は一方通行だ」

風が止む。
一瞬の静寂と共に相対するは、傷ついたガンマンと凶悪な笑みを浮かべる悪魔。
悪魔の握りしめた拳は獲物を屠らんと放たれる。

「大人しく尻尾を巻いて三途の川へ逝きやがれ!」

純粋なる敵意と殺意を乗せた拳はリンゴォの顔面に突き刺さり


―――ド オ オォ ォ ン

時間が巻き戻り、リンゴォの弾丸は身体を貫いた。


「あ...」

声を漏らし、血の流れる腹部を手で押さえる。

「お前が攻撃に移った瞬間こそ、オレのチャンスだった」

ベクトル操作。それの具体的な理論はわからなかったが、一方通行の言葉を信じるなら、己の脳で演算することで発動できる能力である。
一見、正面からの突破は不可能な能力だと思える。
だが、もしも能力を発動する際の演算に途中で妨害が入ればどうなるか。
問題用紙に書いた計算式が成立する直前にビビッ!と余計なモノを書き足せばどうなるか。
それでも計算式は成り立つだろう。しかし、そこに様々な情報が加わればそのぶん時間はかかってしまう。
リンゴォは、一方通行が攻撃へと意識を向ける時をひたすら待った。
意識を攻撃に向けたその瞬間に時を巻き戻せば、6秒前に放たれた弾丸のベクトル計算に攻撃の意識が割り込み計算式は乱れ、弾丸は届くはず。
それでも尚、リンゴォにとってそれは賭けであった。
もしも一方通行の攻撃が瞬間的に終わるものであったなら。もしもリンゴォの能力発動のキッカケとなる時計を先に破壊されていれば。
例え、リンゴォが一手たりともしくじらなくとも失敗する。そんな針の先を通すような無謀な賭けであった。

「―――とでも思ってたのかよ、三下ァ」

故に、一方通行が賭けに勝ちその両脚で立っているのもまた当然のことである。


「く...」

震えるリンゴォの指がツマミへと向かう。
一方通行は蹴りあげにより腕を弾き、そのまま肩に足を押し付けて仰向けに倒す。
そのまま両肘を踏みつけ地面に固定した。
一方通行自身は決して怪力ではない。
しかし、万全の状態ならいざ知らず、腹部を撃たれたリンゴォにそれを咄嗟にはねのける力はなく、かといって銃を撃つことも時計に触れることもできない。
もぞもぞともがく内に、タイムリミットは迫り。

「6秒―――ゲームオーバーだ」

宣言と共に、リンゴォの両手は地に落ちた。
決着はあまりに静かなものだった。

「オレの負け...か」
「ああ」

一方通行がリンゴォに拳を振るう直前。
風を完全に静止させ、威力を殺してまでただの拳で殴りかかったのは次のベクトル操作に向けてだ。
あの状況であればリンゴォは必ず能力を行使する。それも、6秒戻せばベクトル操作がぎりぎり間に合わないタイミングでだ。
そこで彼は、殴る直前に、先にある程度の演算を澄ませておくことにした。
記憶が引き継がれるのであれば、それでベクトル操作を発動することもできるはず。
その考えは的中し、6秒戻った時には既に演算のほとんどが終わっていた。
後は、残りのぶんを演算すればそれでよし。見事、リンゴォの腹部に弾丸は命中したのだ。

「なぜ...心臓へ反射させなかった」

ここでリンゴォはひとつ疑問を抱く。
そう。先程まで一方通行は心臓部に反射させていたというのに、いまに限っては致命傷にならない部位に反射させたのだ。
能力のトリガーを見切っている以上、心臓へと反射させた方が楽だというのにだ。
同情や情けをかけたか?違う。この男はそうではない。
その証拠にこの男のリンゴォへの殺意は消えていない。
となれば、だ。

「...聞きてェことがある」

リンゴォはその半ば予想していた答えに、構わない、といった視線を送る。
リンゴォの命を断ち、果し合いを最後までやり遂げるというのなら、敗者は敗者らしく質問には答えよう。
参加者の中に他に知っている者はいるか。スタンドとはなにか。どうやって能力を得たか。
恩人であるファニー・バレンタインの不利になること以外なら幾らでも話そう。

「テメェは俺を殺してなにになりたかったんだ?」

だが、彼は予想外の問いを投げかけた。
一方通行を殺して、なにになりたい。理解するのに時間がかかってしまった。

「...どういう、意味だ?」
「聞いたままだ。テメェの『公正なる果し合い』って奴の先にはなにがあるのかって聞いてんだ」
「......」

リンゴォは考える。
なぜ自分は決闘を望みそれを修行と称したのか。

かつてのリンゴォは弱いだけの存在であった。
農夫であった父親は徴兵され戦争へ行き、なにがあったのかは知らないが戦場から脱走しどこかの牢獄で病死した。
その煽りを受け、父を失った自分と母と二人の姉は裏切り者と蔑まれ、生まれた土地では生きていけなくなり追いやられるように全国を転々としてきた。
生まれつきリンゴォは皮膚が弱く、ちょっとしたことで皮膚が切れ出血したり、それに関係してか、病床に伏せることも多かった。
そんな存在しているだけで社会的に価値の無い弱者。
それがリンゴォ・ロードアゲインの少年期であった。

転機が訪れたのは10歳のとある夜中だった。

ふと目を覚ますと、かすかな光の中に軍服を着た見たことも無い大男が立っていた。
男はリンゴォの首を絞めながら言った。『おまえは騒ぐなよ。食いものさえも満足にねえ家だと思ったら、久しく忘れていたぜェ...こんな美しい皮膚をよォォォォ』
そんな男の脇から見えるのは、普段の日常を彩るテーブル。
その光景からリンゴォを見つめるのは、倒れる母や姉たちと、彼らの血で濡れたナイフ。

リンゴォは静かに泣いた。
つい先程、眠りにつくまでそこにあった"日常"が奪われあっという間に"非日常"へと放り込まれた恐怖と悲しみに。
これから、そんな非日常さえも奪われるのだろうという絶望に。

男は、そんなリンゴォに構わず、荒い息遣いで彼を抱きしめ、皮膚を舐め回し、あろうことか男である彼を犯そうと服を脱ぎ始めた。

必死に逃れようとするリンゴォは、いつの間にか男の腰から拳銃を盗んでいた。
震える全身と止まらない鼻血を携え拳銃を突きつけていた。

男は、おどけるように言葉をまくし立てた。
『落ち着け』『軽々しく扱うな』『もっと鼻血が出ちまうぜ』『いまは怒ってないがオレも怒っちまう』『やさしくするから銃を下におけ』
そんな、先程まで性具のようにしか見ていなかったリンゴォに対して優しげな言葉を投げかけた。

だが、リンゴォは男を撃った。
隙を突き拳銃を奪おうとした男をそのまま射殺した。

―――この時、少年の鼻血は止まっていた。目には力が漲りその皮膚には赤みがさした。
彼には"光"が見えていた。これから進むべき"光り輝く道"が...
鼻から吸い込む空気は今までにないほどさわやかに胸を満たした。
以後、リンゴォ・ロードアゲインの生きる上で原因不明で出血したり呼吸が出来なくなるという事は2度となくなった。

それらを踏まえた上で、リンゴォは真っ直ぐな瞳で言い放った。

「公正なる闘いは内なる不安をとりのぞく。乗り越えなくてはならない壁は『男の世界』。オレはそう信じた...それ以外には生きられぬ"道"」

そう。彼には後悔や躊躇いはない。
今までの果し合いで屍を積んできたことも。ここで一矢報いることもできず敗北することも。
かつて見出した『男の世界』に殉じたこれまでに疑いの余地などありはしなかった。

だからだろうか。

そんな自分を見つめる一方通行の。

「...哀れだな、テメェ」

心底同情するかのような表情が許せないと思ったのは。



――――ピチョリ


突如、一方通行の首筋に液体のようなものが降りかかる。
思わずそこに手をやり、上空を見上げる一方通行。
だが、空には雲一つない。
周囲を見回すが、やはり何者かの気配はない。

「...リンゴォ。テメェ、なにか―――ッ!?」

一方通行の首筋に電撃の如く熱い衝撃が駆け抜ける。

(なンだコイツは!?俺はなにをされた!?)

怒りの形相でリンゴォを視る―――が、リンゴォも戸惑いの表情を浮かべている。
下手人がリンゴォではないとしたら、いったい誰が―――




ビンビンビンビンビンビンビンビンビンビン


チクッ


ビンビンビンビンビンビン

ゆうさくに逃げられたスズメバチは荒れていた。

一刻も早く自分は奴を刺さなければならないというのに。
あと一歩だったというのに。
あの少女さえいなければ奴を刺せたというのに。

ビンビンビンビンビンビン

スズメバチは考えた。
このままゆうさくを刺しに行ってもまたあの少女に邪魔されるだけだ。
彼女を乗り越えねばゆうさくを刺すことはできない。
だがどうやって。彼女も強い。よしんぼ倒せたとしてもゆうさくに逃げられれば意味がない。

殺るなら正面からではなく暗殺だろう。

ビンビンビンビンビンビン

しかし、スズメバチはこの羽音を止めることができなかった。
どれだけ速度を変えてもやはりコレだけは抑えられなかったのだ。
当然、羽音が聞こえれば敵も警戒するため暗殺は困難である。
だが自分の武器はこの針だけだ。どうすればゆうさくを刺せるだろうか。

スズメバチが途方に暮れていたその時。

ゴ オ オ オ オ ォ ォ

「!?」

突如吹き荒れる暴風。

体格的にはとても小さいスズメバチはその余波に煽られ近くの木々に何度も打ちつけられる。


―――てめえふざけんなよ。こんなことしてただですむと思ってんのかよ

そんな憎々しげな視線を送る先にいたのは、風を翼のように纏い宙に浮く悪魔のような少年。

―――なんだよそれ。人間の癖に飛ぶなんて俺の立場かたなしじゃねえかよ。

スズメバチは一目で理解した。奴は危険だと。
奴がゆうさくと組めば決して手出しができなくなってしまう。奴は排除すべきだ。
だが勝てる気がしない。あの風をモロに受ければ絶対に死ぬ。

―――ヤバイヤバイヤバイ

風に巻き込まれていく身体に焦燥するスズメバチ。
どうにかして逃げなければともがくが、ピタリと風が止んだかと思えば。

―――ド オ オォ ォ ン


―――!?

スズメバチが風に巻き込まれる寸前にまで時が巻き戻った。

かと思えばいつの間にか少年はAVでよく見る展開のようにダンディな男を押し倒していた。

あまりの事態に困惑するスズメバチ。
だが、これはチャンスだと考えた。幸い、自分の身体には異常がない。
必ずや障害となるあの少年を刺せば、ゆうさくへの足がかりになる。
というかあの少年を乗り越えれば怖いものなどなくなるだろう。

ここでスズメバチは、あの少年はゆうさくではないが彼を刺すと決意。
だがどうやって。
自分が近づけば必ずあの少年は警戒する。最初に出会った忍者っぽい男はなぜか警戒しなかったが、大概の者は逃げるか殺虫剤を撒いてくるだろう。
もしあの少年が自分を敵だと見なせば、先程のように自分の肌に触られないように風を操り自分を殺してしまうだろう。

ここでスズメバチは暗殺に適した方法を思いつく。
少年は風を操っていた。即ち、遠距離攻撃が出来るというわけだ。それができれば自分でも不意をつくことができるはず。
だが、重ね重ね言うがスズメバチの武器は針だけ。遠距離攻撃などとてもできやしない。
スズメバチは悔し紛れに盛んに尻を振り始め、辺りにはスズメバチ特有のフェロモンが撒き散らされた。

―――ん?

その己から排出された体液を見て首をかしげる。
このフェロモンはスズメバチが仲間を呼ぶための匂いである。もっとも、この会場ではスズメバチは自分一匹なので意味がないが。
そういえばスズメバチの自分はこんな技があったな、とぼんやりと思った。


―――!

あっ、そうだと唐突に思い出した。
自分にもちゃんとした遠距離攻撃があったのだ。
それを思い出したスズメバチは遙か上空へと向かう、


ビンビンビンビン

羽音はどうしても隠せないが、それすら届かぬ上空まで飛んだため、少年たちがスズメバチに気付くことはなかった。

ピピピピピ

首輪が鳴りはじめる。

『このままでは首輪が爆発する可能性があります。あと30秒以内に一定の高度まで降りてください』

と、同時に、そんな警告まで流れ始めた。
どうやらあまり高くに行きすぎると首輪が爆発するらしい。
殺し合いが成り立たなくなるし当然だよなぁ?

ぐずぐずしていられないと、スズメバチは尻に力を込める。

ブリュブリュブリュッ...ポンッ(迫真)!!

そんな擬音と共に放たれるのは液体。
ただの排泄物と侮ることなかれ。
致死性はないものの、触れれば炎症も起こり得るれっきとした毒液である。

現実のスズメバチの攻撃方法は針で刺すだけではない。彼らは時折空中から毒液を散布することもある。
それを浴びれば、即死はしないものの、かぶれや炎症といった病気を引き起こしてしまう確率は高い。

このスズメバチもまたそれに倣い毒液を排泄したのだ。

当然、遙か上空で放たれたそれに少年たちは気付かない。
動かなければそのまま毒液が付着するだけだ。

排泄した毒液のあとを追うようにスズメバチも下降する。

ビンビンビンビンビン

毒液を受けた少年が悶えはじめたところで、スズメバチもまた羽音が聞こえるであろう高度まで下降した。
少年は炎症に苦しみスズメバチどころではない。

狙い通りだ。さあ、これで遠慮なく刺せる。

悶える少年は、スズメバチの接近に気が付かない。

そして。

―――チクッ



「あ、あ、ア、あ、アあ、あ」

突如、体を震わせ始めた一方通行にリンゴォは目を見張る。
ビンビン、チクッ、という音と共に彼は苦しみ始めた。
尋常ではない。彼にいったいなにが。
先程、彼は自分になにかしたかと問いかけたが、まさか何者かの奇襲を受けたのか。

そう判断すると共に、リンゴォは時計へと意識を向ける。
時間を巻き戻せばこの不明な現象を解決できるかもしれない。そして、この果し合いを侮辱した者を排除し一方通行にトドメをさされれば公正なる果し合いを完遂できる。

時計へと手を伸ばすリンゴォ。その手に、熱い感触が奔る。

「こ、これは!?」

瞬く間にリンゴォの手は発疹のようなもので赤く染まっていく。
一方通行に降り注いだ毒液がリンゴォの腕にも付着したのだ。
本来ならば、リンゴォはその程度のことでは怯まない男である。
だがリンゴォは常人よりも肌が弱い。そんな彼が一般人ですら腫れてしまうものを浴びせられればどうなるか。
答えは激痛。常人にとっては多少の毒でも、彼にとっては劇薬になり得るのだ。

「う、うおおおおお――――!!」

だからといって、真に覚悟のある者は諦めはしない。
全身が痺れと激痛に襲われつつも、必死に手を伸ばす。
いま時を戻せれば自分も一方通行も元に戻るはず。

ビンッ

だが、それを遮るかのように割り込む影がひとつ。

リンゴォはその奇妙な生物に戦慄を覚えた。
影―――スズメバチはリンゴォに囁くように口を動かした。

チ ク ビ か ん じ る ん で し た よ ね

リンゴォの脳裏に、自分が初めて殺したあの男の顔がよぎり―――腕は、止まってしまった。


ゴォッ

「!?」

リンゴォとスズメバチを襲う唐突な暴風。
そのパワーに彼らは一切抵抗することはできなかった。

「ぐうううぅぅぅ!!」

時計へと手を伸ばすこともできず、リンゴォは為されるがままだった。

「――――アクセラレータァァァァ―――!!」

オレを奴から救ったと言うのか―――そんな遺恨の念を込めて彼の名を呼ぶ。


そんな彼に、一方通行はンなわけねーだろボケの意を睨みに込めて返した。

彼はリンゴォを助けるつもりなどなかった。

スズメバチに刺された瞬間、彼は自分は死ぬと悟った。
そんな彼が最期に残された時間を複雑な演算に費やしたのは、激痛でゲロ吐きそうになってまで暴風を起こしたのは、二人を殺すつもりだったからだ。
自分がなにもできずに死ぬのはゴメンだ。せめて殺すと決めた奴と自分を殺した奴くらいは道づれにしてやる。
そんな身勝手な考えからであった。

風が止み、落下していくリンゴォを見据える。

(あのぶんじゃ、ちいせえのはともかくリンゴォの奴は多分死ぬはずだ)

あの高さから落ちれば死ぬ確率の方が高い。

だが、もしも生き延びたら。もしも一方通行の最期のあがきを無下にして運に選ばれたなら。

(テメェも、いっぺん最弱(さいきょう)にでも負けてみな)


一方通行の脳裏にあの少年の背がよぎる。
レベル0の無能力者の癖して、学園都市一位の自分の幻想をぶち殺したヒーローの姿が。

男の世界だの公正なる果し合いだのとのたまっていたが、一方通行からしてみればリンゴォは自分と同じ穴の貉だった。
誰も傷付けたくないと望んでおきながら、実験と称した殺戮で一万人の妹達(シスターズ)を殺した自分。
果し合いという自己満足で、自分が信じる光り輝く道とやらの果てに自分が望むものがあると信じているリンゴォ。
一度とて分かり合えなかったが、これだけは解る。
自分も奴も、自分が望むモノがわからないままに強さだけを追い求めて、あとに引けなくなった人間のクズであり悪党だ。

もしも、リンゴォが同種である自分ではなくあの最弱(さいきょう)に敗北すれば―――自分のようになにかが変わるのだろうか。

(ほンと、くだらねェ)

随分とらしくないと自嘲するが、悪くはないと思う自分もいるのはたしかだ。

意識が遠のいていく。

この程度で自分の罪が清算できたとは思っていないが、悪党らしい不様な最期ではあるだろう。

どこか解放感と心地よさをおぼえつつ目蓋を閉じる。

(...ンな泣きそうなツラしてんじゃねェよ、ガキが)

目蓋の裏に浮かんだ少女の涙と共に、学園都市一位、一方通行は二度と覚めない眠りについた。



ビンビンビン

スズメバチは生きていた。
全身を暴風に晒されながらも。身体を引きちぎりかねない圧力にも耐え、ボロボロの姿でありながらもまだ生きていた。

だが、その身に刻まれた代償は大きい。足は数本折れ、身体のいたるところに切り傷がつけられた。
便宜上はハチであるため赤い血は出ないが、体液らしきもので濡れている。
飛行も今までとは違いまるで蚊のようにフラフラとしか飛べない有り様だ。
それでも、スズメバチは飛ぶのを止めることはない。
ゆうさくを刺す。
その一念だけがスズメバチの身体を動かしていた。



「ブハァ、はぁ、はぁ...」

小さな池から、全身を濡らしたリンゴォが陸に上がる。
リンゴォが落ちたのはこの池だった。
それなりの高度からの落下のため、ダメージは逃れられなかったが、致死には至らなかった。

だが。

「......」

疲労とダメージがピークに達し、ついに彼は大の字に身体を開き眠りについてしまった。

この日、リンゴォは幾多の敗北を味わった。

一方通行には完膚なきまでに敗北し。
スズメバチにはある種のトラウマを喚起され。
しまいには一方通行に助けられる始末だ。

彼の姿を見た者がいれば、口を揃えて言うだろう。
『なんとも情けない姿だ』『惨めに生き残ってなにが男の世界だ』と。


『男の世界』を歩み始めてからというもの、リンゴォは修行中の身でありながら敗北を喫したことはなかった。
彼の基準では敗北は即ち死を意味するからだ。

そんな彼がこれほどの屈辱を味わえばどうなるか。それを決められるのは彼自身をおいて他ならない。

【F-4/一日目/黎明】

【一方通行@とある魔術の禁書目録 死亡】
※一方通行の死体の周囲に基本支給品一式と不明支給品1~2が放置されています。


【リンゴォ・ロードアゲイン@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:疲労(大)、全身にダメージ(大)、脇腹に銃創、精神的疲労(大)、両腕にスズメバチの毒液による炎症(大)、ずぶ濡れ、気絶。
[装備]:一八七三年型コルト@ジョジョの奇妙な冒険 スティールボールラン
[道具]:基本支給品、不明支給品0~1
[思考・行動]
基本方針:公正なる果し合いをする。
0:???
1:一方通行との果し合いに決着をつける
2:なんだあのハチ!?(驚愕)

※一方通行が死んだことを知りません。


【スズメバチ@真夏の夜の淫夢派生シリーズ】
[状態]:全身にダメージ(大~絶大)、疲労(中~大)、怒り、全身傷だらけ。
[装備]:
[道具]:
[思考・行動]
基本方針:注意喚起のためにゆうさくを刺す。邪魔者も刺す。
1.白い少女(スノーホワイト)に激怒。
2.ビンビンビンビンビンビン……チクッ

※刺した相手を必ず殺せます。
※相手がゆうさくでない場合、邪魔をしなければ刺しません。
※毒液を飛ばす術を覚えました。この毒液で直接死ぬ恐れはありません。



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魔法少女(迫真) スズメバチ 053:警鐘
GAME START リンゴォ・ロードアゲイン 044:不安という名の影、戦い続けるのさ
GAME START 一方通行 GAME OVER
最終更新:2018年01月25日 23:01