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 ワイルド・ドッグは逃げていた。
 必ずや、あのロングレッグか衛星レーザー砲かとでも言いたくなるような戦略級サーヴァントをいつか殺すと心に決め、スーパーの奥へ奥へと走っていた。
 ワイルド・ドッグに魔法はわからぬ。たとえ他のサーヴァントを見ようともなんか凄い鎧とか、なんか凄い槍とか、その程度のことしかわからぬ。というかそもそも魔法等という類いのものには生涯出会ったことなどない。確かにVSSEのエージェント共は人間離れどころか化物としか思えないような身体能力を持っているがそれとてまだ原理がわかる強さであって、戦略兵器の能力を個人がなんの理由なく持っているわけでは断じてない。

(ふざけやがってーー)

 だがそれでも、『あれ』が尋常ないものだと言うことは確信していた。
 ワイルド・ドッグは殺し屋であり、傭兵であり、武器商人でもある。似たような兵器で世界征服しようとした男の傭兵をしたり、南米の革命軍に開発した武器を売りつけたりもした。だからわかる。『あれ』はとんでもなく危険だ。そのことは絶対に間違いではない。

 体全身で感じるのは、ひりつくような危機感。全身総毛立つ、自らの生命を次の瞬間には失うであろう予知夢のような朧気でデジャヴのような既視感。

 ワイルド・ドッグの横、数メートルの所を熱線が飛ぶ。ここが室内で幸いだと、そう思った。スーパーの中の柱や壁や棚が遮蔽物となってワイルド・ドッグの身を隠してくれている。もしそれらがなければとっくにあのレーザーでこんがりと焼かれていたことだろうーーあの伊達男のように。


 ーー!


 そこではじめて、ワイルド・ドッグは自分の体が膜のような妖しい燐光にうっすらと包まれていることに気づいた。例えて言うならば、体に蛍光塗料を塗り付けたオブラートかセロハンでも巻いているような光、だろうか。そして同時に、自分が一歩進むごとに力の抜けていく感覚。うっすらと、だが確実に、自分の身体の存在が薄れていくのを覚える。

(魔力切れか!)

 思わず傍らで並走するマスターーーマイケル・スコフィールドを睨み付ける。魔力のないマスター、魂食いもままならず、ここまでズルズル来てしまった。そのツケがまさに今このタイミングこの局面に来たのだと、そう理解した。



「もう少しでマイケルさんに追いつきます!!」
「このまま奥へ!」

 自分の言葉に答えるランサーの声を聞きながら、日野茜は足を前へ前へと向かわせる。模範的なダッシュのフォーム、上半身と下半身の連携、それは全身の筋肉をバネのように躍動させ、進行方向への運動力へと繋がる。
 その姿は、まさにスプリンター。これならば体育会系アイドルと万人に言えるであろう生命の煌めきを魅せる動きだ。
 そしてその脳内にあるのは。

(ここ、絶対に、カット、されない、ですよね、なんなら、CMを、跨ぐかも!)
「ランサー!さん!ファイトォォォォォ!!」
「いっっぱああああああつぅっっっっ!!」

 それは当然、この『企画』のことである。

 こういう企画はしばしば見所のない所はカットされてしまうものだ。同種の企画でも人気アイドルがせっかくゴールデンの特番に出たのに捕まるところ以外はほとんどカット、ということもあった。
 だがそれは、裏を返せば捕まるシーンはカットされないということだ。それはこの『企画』では、戦闘シーンに当たるだろう。たとえばこんな次の瞬間にはそれまでご飯を食べながら話していた人が火だるまはなるようなーー

「ランサーさん!絶対に生きましょう!絶対に!!」

 急激に縮んだ胃とそれに伴う吐き気を吹き飛ばすように、茜は声をあげる。

 そうだ、今は走ることだ走ることだけを考えるんだ。頭の中で連呼。自分はこんなところで終われない。これはチャンスなんだ。この『企画』で活躍すれば、自分は前に進める。以前のようにまた事務所のエースに返り咲くこともできる。後から事務所に入ったアイドル達が新曲を出してライブをするのを先輩として見守るのもいいが、だからといって個人ファンが少ないことを放っていく訳にはいかない。話によれば、自分のファン投票は上位五十位に入らなかったという。このまま後輩達に追い越されていくのを指をくわえて見ている気など、ないのだ。

 茜は走る、走る、走る、走る。
 フォームは恐ろしいほどに正確に、前へ前へと突き進む。突き進まなければならないのだ。
 やがて、マイケル達に追いつき、追い越しかけた頃。目に入ったのは、同じようにどこからか走ってきたメイド服の少女とそれにつれられた子供達。

 目と目が合う。
 口を開く。
 こういう時の『お約束』は決まっている。

「敵の敵は味方、ていうのはどうでしょうか?」

 二組は先程の主従と再び遭遇した。



 ■  ■   ■    ■     ■      ■       ■        



「私はアーチャーのクラスで主な武装はこの二丁拳銃です。両手に持った銃で中距離からの戦闘がメインですね。」
「同じく。」
「某は武田の「ランサーさん!アーチャーさんみたいな感じでお願いします!」ぬ、ランサーだ。この槍で、戦う。」
「なるほど、それで一応聞きますがーー」

 アーチャー・まほろの言葉の途中で三騎のサーヴァントはそれぞれのマスターを、ほぼ同時に伏せさせる。近くの広告に横一文字に赤い線が入り、焼け落ちながらパタリと倒れたのを見届けると、「我々を攻撃していると思わしきサーヴァントを共に撃退する、ということでよろしいでしょうか」と銃をマイケルと茜の二人に向けながら続けた。

「もちろん、それで、とりあえず銃を下ろしてくれないかな?」
「できれば、そちらのアーチャーから下ろしてもらえませんか。」
「それは困るな、槍じゃ銃には分が悪い。」
「そんなこと言ったらこっちは二対一です。」
「どうかな、後ろの子供達は二人ともマスターみたいだけど……」
「……伏兵はいません、て言ってもーー」
「ああ、信じるのは難しいな。」

 マイケルと茜達と、ナノカとのび太達の二つの集団が出会い、ランサーの奇襲で別れ、再び出会って早数分。その間彼らのサーヴァントが持つ武器はピタリと相手のマスターへと互いに向けられていた。当然だ、他のサーヴァントと、こんなにも近くで遭遇したのだ。しかも状況は、確実に悪い。未知のサーヴァントから謎の攻撃を受けていて、いつマスター共々消し飛ばされかねないというのは、落ち着いて話すにはなかなか難しいシチュエーションであった。

 マイケルは、ワイルド・ドッグを盾にしながら考える。これはなかなかに不味い展開だ。茜と伊達男が会話の主導権を握っていたとか、伊達男とワイルド・ドッグが通じている可能性が可愛く思えるほどに。
 目の前に自分達に敵意を向けるサーヴァントがいる、これだけでもかなりやりづらい。だがそれは大した問題ではない。人に銃を突きつけるのも突きつけられるのもすっかりなれたものだ。この状況も時間さえかければなんとかやる。しかし問題は。


 マイケルの視界の端で白い光が見えた気がする。それから半秒ほどたって何かが倒壊する音と振動が伝わってきた。


 そう、これだ。自分達は今、この場にいないサーヴァントから攻撃を受けている。それが何よりも問題であり、であるにも関わらず同じ立場にいると思わしきサーヴァントととのにらみ合いが続いていることだ。
 まるでケーブルテレビで時々やっている米軍の特集に出てくる空爆を自分自身が受けるとは思いもよらなかった。どんなに隠れようがお構いなしに隠れている場所ごと吹き飛ばす。そんな場所で他のマスターと話さなければならないことになるとは。
 しかし、どうにかしなくてはならないのは確かだ。今まででも五本の指に入る困難な交渉になるのを感じる。頭の片隅でパールハーバーとヒロシマの映像が交互に流れながら、マイケルはワイルド・ドッグの背から一歩踏み出した。

「提案がある。マスター達をそれぞれの中間に置こう。そうすればお互いに手が出しにくい。」
「確かにサーヴァントは、そうですね。」
「マスターもさ。こっちは二人とも怪我人でね。」
「それを言うなら……って言いたいんですけど。」

 話しながらマイケルは二騎のアーチャーの中間まで歩み寄っていた。それを見てアーチャー・安藤まほろも片目をちらりと余所へ向ける。

「アーチャーさん。」
「ーーまあ、展開を考えると。」

 後ろに守る少女の声と歩き出したことがきっかけになったのだろうか。

 安藤まほろはマイケルとナノカが並んだのを見ると銃を下ろした。



 四人のマスターが地面に伏せる。そのすぐ後ろに三騎のサーヴァントが同じように地面に伏せる。合計七人が円形にスーパーの地面に寝転がるのはなかなかに珍しい光景であるがその場にいる全員は大真面目に顔を付き合わせていた。その中で一人、もっともその光景から浮いているワイルド・ドッグが「もう一度状況を整理します」営業トーンで発言した。

「我々は現在一階建ての建物のほぼ中心部にいます。」
「建物の外にはサーヴァントが少なくとも一騎。レーザーと思われる攻撃で障害物を無視して攻撃でき、直撃すればサーヴァントでも即死します。」
「相手はこちらの位置を掴めていませんが、レーザーによる阻止線で頭を上げられません。」

 そう言い終わると、『なにか質問は?』とでも言いたげに一同を見回す。返事代わりに頭上を通過したブラフマーストラを確認すると全員散開した。

「マイケルさん、これってつまり囲まれてるってことですかね?」
「ああ。しかもこの店から逃げたらスナイパーに撃たれるかもしれない。」
「簡単に言うと絶体絶命ですね。あ、私は安藤って呼んでください。アーチャーが二人いたら紛らわしいと思うので。」
「どうも安藤さん、日野茜です。」
「マイケル。マイケル・スコフィールドです。」
「ナノカ・フランカです。それでこっちが。」
「野比のび太です。その……」
「ランサー、真田源次郎幸村と申す。」
「その、ランサー、真名は言わない方がいいと思うんだが。」

 バラバラの遮蔽物に身を隠しながら、そんな調子で今更ながらに自己紹介をする。

 どうも緊張感がない、そう感じワイルド・ドッグは苦い顔になった。彼らはわかっているのだろうか、自分達がどれ程危険な状況に置かれているかを。要するにこちらは立て籠り犯で相手はFBIどころか米軍以上に容赦のない連中だ。その気になればこの建物を絨毯爆撃されかねない。

(……盾代わりにはなるか。)

 心中で評価を下げる。あの伊達男はついになんの役にも立たずそれどころか足を引っ張って死んでいったが、このランサーもあの巨乳のアーチャーも同じだろう。所詮頼れるのは自分ぐらいのものだ。そう認識を改めて、しかし『忠実なサーヴァント』の仮面は脱がない。まだだ、彼らにはーーマスターであるマイケルも含めてーーワイルド・ドッグがここから逃げるための囮役になってもらわなければならない。そう考えて「これからのことですが」と手を広げながら話しかけると。


 ーー?


 奇妙なことに、左腕がなくなっている。これはなんだろうか?なぜ断面はきれいに止血されているのだろう?まるで焼かれたかのようにーー


「令呪をーー」
「皆さん令呪を三画使ってください!」

 その光景を見て、まほろはワイルド・ドッグの後ろにいたランサー・カルナへと右腕を蒸発されながらも拳銃を乱射した。



「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 二騎のアーチャーがそれぞれに片腕を消し炭にされる光景を見て、ランサー・真田幸村がとった行動は至極簡単なものであった。
 即ち突貫。
 アーチャー達が乱射する銃弾によって防御と回避を強いられているもう一人のランサー・カルナへ肉薄し、その槍を振るい。

「があああああああああああっっ!!」
「GAA!!」

 当然のごとく殴り飛ばされ、飛ばされた先にいたワイルド・ドッグ共々近くにあった缶詰の棚へと叩き込まれた。

『なるほど、格がーー』

 続くカルナの踏み込みと槍の一閃、片腕のまほろでは捌ききれず同じように後ろへと飛ばされる。

 それぞれのサーヴァントに霊体化とは違う光が宿り。
 時間にして、四秒。三騎のサーヴァントはカルナ一騎によって無力化された。










「それは、死んだふりというものか。」

 返事代わりに放たれる銃弾をその場でカルナが弾くと、続くナイフも弾こうとし、爆発。

(三方からーー)

 視界の効かないなか、左右から飛来する弾丸を交わすと今度は正面から繰り出される槍を受け止める。

「カルナ殿とお見受けする。某は真田源次郎幸村。推して参る。」
「確かインド神話の神だったか。これは光栄だ。」
「一応、荒事は苦手なんですけどね……」
「令呪か。」

 言葉と同時に放たれる弾丸を身体を捌くことで避けつつ、カルナは三騎のサーヴァントを目にとらえる。

 スーパーでの『戦闘』の幕が上がった。



 体に力が宿る。ワイルド・ドッグはそれを実感しながらルガーをカルナの顔面へ叩き込まんと連射する。なるほど、これが令呪というものか。今まで自分に欠けていたものが一気に流れ込み自分の血肉と化したのを、理解する。
 自然とこぼれるのは、笑みだ。思わず笑う。笑う。自分が今まで手に入れようと苦労していたのはこれだったのか。そうかそうか。

「ハーー」

 右腕一本になろうとその程度で銃の腕は落ちることなどない。そればかりか、今の自分なら全弾をヤツの顔に撃ち込めるとそう信じられる。

「ハハ……」

 そう、これは。

「ヒャアァァッハッハアア!!」

 愉しいのだ。

 撃つ、射つ、打つ。ルガーが嬌声を挙げて銃弾を吐き出す。それは確実にカルナの顔面へと向かい、対処を強いる。それが槍で防ぐか身体を捌くかの違いはあれど、なんらかのアクションを強制するのだ。とはいえ、当たらない。今までワイルド・ドッグの攻撃は一発も当たっていない。だがそれでも。

「らああっ!」
「……!」

 通常よりも幸村の槍が一歩早く、カルナへ届く。令呪の影響があれど一人では不可能なはずのその攻撃が確実にカルナを追い詰めていく。そしてそれが、次のアーチャー達の攻撃への対処を遅らせる。
 今や形勢は確実にアーチャー達へと傾きつつあった。


 そしてその事が、ランサーの意識を変えた。


 初めは陽動だと考え、サーヴァントを一騎討ってからはわざと時間をかけて攻撃していた。時折霊体化もしつつ適度に中のサーヴァントを攻撃することでスーパーに多数のサーヴァントを惹き付けて拘束するためだ。そうすれば今ごろ川を渡っているであろうイリヤ達に目が向くことはないだろうと。
 この作戦はカルナにはうってつけと言えた。既にカルナの『悪評』は二騎のセイバーやアサシンによって喧伝されていると見ていいだろう。それどころかただのNPCでさえカルナの情報を知り得るのだ。ことこうなれば、その悪評を利用してしまうと、そういう腹積もりであった。

「熱血ゥ……」

 だが。
 カルナはそれを無礼な考えであったと省みる。
 今の状況、明らかに押されている。彼が利用しようとした三騎のサーヴァントに自分は翻弄されている。自身の生存を重視していた筈なのに、いつの間にか左右のアーチャーの正確な射撃と、ランサーの槍、その三つに追い詰められている。

 ああ、だから。


 出し惜しみなしの全力を出さなければならないのだ。

「大噴火ァァ!!!」

 幸村の振るう槍が更なる勢いでカルナを襲う。
 一振り毎に炎が渦巻き周辺のものが熔け、焼け落ちる。
 アーチャー達は退避したのだろう。当たり前だ、これだけの圧倒的な炎を前にしては彼らの武器など豆鉄砲に等しい。つまり、今、二騎のランサーは正真正銘の一対一であり。
 幸村の炎をカルナの焔が焼くにあたって、一切の支障がなくなったのである。

「ようやく、本気を出したか。」
「ああ、遅くなった。」


 燃える、燃える、燃え上がる。

 幸村の炎がカルナによって焼かれる。
 幸村の渾身の槍が、カルナの渾身の槍に跳ね返される。

 遠い。二人には余りに格の差がありすぎる。だがそんなことはどうだっていい。この篝火は、二騎のランサーを火種に燃料にし燃え広がる。

 やがて、数秒か、数十秒か、数分か。



 炎へと目を向けた者達の目に写ったのは、一人の男だけであった。