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 午前0時台、ある救急隊員。


 日付も月も変わってすぐに出場指令を受けた。
 子供の意識がないだとか、発熱があるとかだか、色々とオペレーターには言われたがそんなことは気にせず俺は救急車を走らせる。

 夏休みで救急車を呼ぶような子供の急変の理由はおおかたアルコール中毒と決まっている。正確な統計は知らないが俺はそう信じている。飲めもしないのに無理に飲んでぶっ倒れる。そんなものだ。それで改めれば良いが場合によってはタバコ、シンナーへとエスカレートしていく。

「次を右だ。」

 助手席に座る先輩の声に「ッス」と答えてハンドルを切る。深山の方は道の広さにムラがある。救急車が入っていける道は充分とは言えず私道も多い。再開発で区画整理された新都とは対照的だ。
 この辺りの家や屋敷は江戸時代や明治時代に作られた家も多いと先輩から教えられたが、なるほど確かに日光江戸村にでもあるような屋敷がちょいちょいある。思わず修学旅行を思いだしそうになる。

 しばらく走らせるとそんな昔ながらの家並みを抜けて少しは近代的になった区画に来た。この辺りは深山といってもそれなりにマンションも多い。確か通報があったのは……

「宮部ハイツでしたっけ?」
「ああ、見えたぞ。」

 先輩の言葉通り百メートル程先の道にこっちに向かって手を振る人影が見えた。この仕事を初めてから視力が上がった気がする。これで手先も器用になってくれれば医者に転職するのも、なんて。さて、それでは今日一人目の急患に取りかかるか。俺は華麗に救急車を停めると颯爽と降りて手を振っていたおっさんとそのそばにいる主婦と手に変な刺青をした子供に声をかけた。

「三谷さんですね?」



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 午前1時台、ある消防隊員。


 深山の方で救急車が横転したらしい。そんなことが消防職員仲間のLINEで回ってきた時は、またいつものくだらない冗談だと思ったが、新都の救急車もあっちに回されていることを考えるとどうやら本当のようだ。なんでも冬木大橋でひっくり返ったという。向こうの奴等の話によると「救急車が丸眼鏡のOLに狙撃された」とか言ってるがさすがにそれは嘘だと思いたいものだ。新入りの……名前はなんだったか。まあいい。とにかく新入りの一人が露骨にビビって「通報こっちに回ってきませんように!」なんて言いやがる。そんなの救急車の動き次第だしもっと言えば管制官の匙加減だ。

 そんなことを考えていたら指令だ。行き先は冬木大橋。救急車の横転から渋滞が起きていたらしいが、警察はなにやってるんだ、現地で誘導してるだろうにみすみす事故を起こすとは。始末書じゃすまないだろうな。
 さっきの新入りなどはこの指令を聞いて「やっぱりスナイパーだ!」とかまた騒いでる。馬鹿を言うな。ここは日本だ。銃はおろか刀も出回っちゃいない。廃刀令は何年前の話だ。


 ーーそういえば実家の下北沢の方では通り魔が出たらしい。なんでも日本刀で電車を中の乗客ごと斬ったとか。それならまだOLスナイパーの方がリアリティのある冗談だな。


 俺はスマホをポケットにしまうとトイレから出る。出せるときに出しておかないと困るのは自分だ。

 さて、行くか。



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 午前2時台、ある医者。


 「意識レベルⅡ-2、大腿部を開放骨折ーー」そう急患の容態を伝える救急隊員の声がかき消える程の騒々しさだ。

 うちの病院は夜間も昼間と同様に受け入れ体制を整えているがそれでもパンク寸前、いや、パンクしていた。こんなことはクリスマスでもないことだーークリスマスはスタッフを多目にしているから。そのせいで私も毎年クリスマスパーティーに出られない。今年こそは絶対に息子と七面鳥を食べてやるーー

「ーー先生お願いします!」
「あー、とりあえず塩酸エフェドリンを、う~ん、2mg……」

 看護師になんとかそう指示を出すと。ほお、と息を吐く。どうにも病院でもここは馴れない。救急はとにかく早さが求められる。もちろん広範な、分野を越えた知識も必要だ。それに体力も。

 ーーどれも今の私にはないものだーー

「ーー先生?先生!?どこですか?!」

 私は産婦人科医なんだ。はっきり言って、外科は正直厳しい。いやできないわけではないのだできないわけでは。ただここ最近いわゆる『外科手術』から一月ほど離れてしまっている。これではコンプライアンスが叫ばれる昨今オペなどしていいだろうかいや良くない。

 私はふと、一人の少女を見つけた。頭を怪我して気を失っているようだが、隊員達の動きを見れば重症ではない、そうわかる。そうだあの患者を診なければ。


「え~っと、日野茜さん。ですね……」



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 午前3時台、ある男。


 なんで110番したかだって?そんなの決まってるだろお?駅前で棒振り回してるヤンキーなんて見つけたらよお。

 信じられないかもしれないがそいつは上下赤に金の服で頭には変な金のわっかつけてたんだ。おまけに猿顔。孫悟空のコスプレだったら完成度高えな。

 ……いや、ドラゴンボールじゃねえよ。おお、俺も知ってるよ。世代だからな。ああ、80年代だろ?ジャンプ読んでたよ?じゃなくて、西遊記の方の。

 ……ああ、え~っと、いた。他にも。紫色のレオタード着た変態となんか坊さんっぽい格好のイケメン。ロン毛の。そう、袈裟。あの斜めになってるやつ。それと紫色のレオタード。レオタードわかるか?こう、ここがこうVていうかYていうか。なんだほらあれだよ。あ、わかる?そう。

 他?他かあ、他はえ~っと、え~、あー、穂群原の制服来たのともう一人いたな。顔まではなあ~。ん?まあ中肉中背?いやわかんねえな。




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 午前4時台、あるコンビニ店員。


 立ち読みを終えたのかようやくおっさんが出ていったのを見て俺はコンビニの奥に引っ込む。スマホを見たらやっぱりスタミナが溢れていた。もったいないもったいない。

 俺がこうしてサボれるのにも理由がある。この時間のコンビニには二種類の人間しか来ない。つまり、死んだ目をした社畜か、目以外も色々と死んでる浮浪者だ。さっきのおっさんはどっちだろうか。来てる服は汚いがそれなりに身綺麗にしてるところを見るとギリギリ社畜だな。
 しかしあのおっさんナイフやらなんやら武器になりそうなものばかり買っていったな。殺し屋かよ。まあ気持ちはわからなくもない。橋の方で通り魔があったらしい。日本刀をぶんぶん振り回して人も車も橋も全部ぶった切ったという。ツイッターのトレンドに「冬木」ってあったからなんだと思ったら橋が傾いてる写真があったからな。

「そんな化け物にナイフとか意味ないないナインティナイン。」

 ……やべえ夜勤のテンション。

 とにかくそんなの相手にナイフは意味ない。間違いない。
 俺はそんなことを考えながら鼻歌まじりでソシャゲをやる。LINEはスルー。どうせ寝れないバカがアホな話してるだけだし。


「……またメンテかよ。」


 アプリを終了して時計を見るともう五時か。糞が。スタミナ溢れるってのにまたメンテか。なんでソシャゲってのはこんなにメンテばっかやるんだ?メンテ終わったら次のメンテが始まるとかわけわかんねえ。脱糞運営が。侘び石寄越せや。

 下がるんだよ、こういうの。めんどくさくなってスマホから手を離す。こういうときは、あれだ。やろうとしたら客が来て結局できなくなるとか、そういうパターンだったんだ。そう思っといてやる。


 ーーファンファンファンファンファンファーン、ファンファンファンファンファーンーー


「っしぁわせぇ~……あれ。」

 まさか本当に客が来るとは。俺は慌ててレジに着くと自分でも適当だとわかる挨拶をしながら。
 俺は気づいた。
 なんだこれ。うちの店も、路駐してる車も、もしかして向かいのマンションにも。

 そういえば、窓割れてね?



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 午前5時台、あるマクドナルドの客。


 第一印象ですか?『変態』(笑)!

 パピヨンマスクで、レオタードで、もう一発で「あ、変態だ」って。しかもwふふww股間?股間に蝶々で(笑)。
 どう見てもヤバイヤツだってなって。

 それなのに紳士なんですよ。丁寧に注文してたしお釣り募金してたし。

 けっこうイケメンだと思いますよ。色白で切れ長の目で。マスクしてるんでわかんないんですけど目力が強い。

 隣にいたのはなんか古代ローマっぽい、こういう、こういう布を長いのを体に巻いて肩にこうする、あれ。

 テルマエ・ロマエに出てきそうな。

 スゴいイケメンでした。顔もイタリアとかのラテン系ぽい感じで。なんか雰囲気っていうかオーラがあるんですよ。

 威圧感があるっていうか包み込むような、落ち着く感じの~心が静まる?マイナスイオン出てそうな人。


 なんで、そんな人達がカツアゲをやるようには見えないですね。うん。不審者なんだけど、そういう不審者じゃないよねっていう。




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 午前6時台、ある新都のファミレス店員。


 ーーあ。

 ……はい、私が。たぶん、はい。

 ……その、爆弾、その、爆発ですか?

 ……そうです。その、横になってる自動販売機の辺りです。

 病院は……シフトあるんで……

 え?

 あれ、右耳ですか?右手?あー、あー、ああー……

 ……そうですか?じゃあ、はい。お願いです。

 ーー時間ですか?

 時間は、6時過ぎだと思います。半までは行ってないかな。ちょうどお客さんが来て。

 二人です。

 一人は丸いサングラスかけたオールバックの人で。もう一人が茶色のスーツのダンディな人です。

 あのー、東条英機?あんな感じの丸い眼鏡です。

 六時前だったと思います。来店したのは。

 茶色のスーツの方のお客様がタバコを落とされたと言って、それで……

 ……

 ……

 ……ごめんなさい、よく覚えてなくて。

 ……え?

 ……ほんとだ怪我してる……

 あれ、血が止まらない……

 あ、刑事さんその、大丈夫なんで、あれなんで救急車が……あ、そっか、さっきのーー



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 午前7時台、ある冬木大橋西岸の少女。


 めっちゃガチャが当たる。え、なにこれ。なんで?フェス?

 これさあ、おまじないってレベルじゃないと思う。10連ガチャしたら、ほら、スゴいでしょ!

 うん、奇跡。

 そういえばほら、あそこ。さっき心臓発作で倒れた人がいたの。でもたまたまお医者さんがいてたまたまナースもいてたまたまAEDだっけ、オレンジのあれもあって。

 そうだけどさあ、でも不幸中の幸いだから。

 ーーあれ、知らないの?チョコちゃんってけっこう有名じゃない?占いとかおまじないとか得意な。

 ーーそっかあ、学校違うもんね。私もあんまり話したことないからどんな子かはちょっとわかんないけど。

 えっと、友達?ごめんわかんない。あんまり校庭とかでは見たことないから。

 暗くはないと思うよ?ちょっと変わってるけど……

 最初はちょっとね?悪口言うと呪われる、とか、学校の七不思議の『幻の八番目』、とか、変な噂もあったけど。

 アハハハ、ないない。それじゃ本当の魔法使いじゃん。それに魔法使いでも通り魔を使い魔にしたりはしないでしょ。

 え、ゴスロリだよ。

 だから違うって。魔女っ子っぽいけど。おまじないが効いたりするけど。

 ……ほんとに魔法使いじゃないよね?



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 午前8時台、ある冬木大橋東岸のアナウンサー。


 はい。こちらですね、冬木市未遠川に架かります冬木大橋の東側、そこに来ています。ご覧のように規制線が敷かれ、その奥には大きく傾いた冬木大橋の姿が見えます。

 この冬木大橋なんですが、こちらにあるように、この市の、ここですね、東西を分ける川に唯一掛かっているんですね。まさしく市の大動脈であると、いうわけです。

 事件が起こったのは午前二時頃でした。それまで橋の上で起こっていた事故に対応するために警察官が交通の誘導をしていたんですが、突如、車が次々に炎上爆発したと言います。詳しい原因は不明ですが、この事件で死傷者並びに行方不明者は百名近く、死傷者並びに行方不明が百名近く出ているとのことです。

 ーーはい。橋の爆発、崩落とは別に、渋滞していた車両が、その誘導に当たっていた警察車両と共に爆発しました。

 そうですね、警察関係者によりますとテロの可能性も含めて調査を進めるとのことで、現場には異様な緊張感が漂っています。



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 午前9時台、ある未遠川のボランティア。


 全てはチャンスだと思う。ピンチでも見方を変えれば自分を成長させてくれる、そんな糧になるってね。

 私がいつも通り未遠川のボランティアに顔を出しておじさんたちに営業をしつつ宿題を手伝ってもらおうとしたら、おじさん達がポカーンと口を開けて海の方を見てるから、なにかな、と思って見たら橋の落ちていた。
 これは驚いたよ。橋がなくなったら学校いけないじゃんって。物凄い焦った。ラジオ体操遅刻してよかった、とも思ったね。帰ってこれなかったかもしれないもん。

 それでさ、こう思ったんだ。「私みたいに橋が渡れなくて困ってる人がいるんじゃないかって。」
 うん、困ってる人を助けてお金をもらう。それが客商売だと思う。需要と供給っていうの?これは需要のほうかな。

 それでおじさん達に渡し舟をやったらボランティアのアピールできていいんじゃない?って言ったの。あ、100円『寄付』してもらおうってのも。
 もちろん寄付だから強制はしない。でもそういう強制じゃない方がお金を払わなきゃって思うんだよね、人間て。

 こうして需要に供給を生んだわけ。

 今のところけっこういい線行ってるみたい。役所とか病院とかは新都の方にあるから、そういう用事の為に渡し舟を使うおじいちゃんおばあちゃんが多いみたいかな。


 これなら、ボランティアの『打ち上げ』でうちのお店を使ってくれるかも?



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 午前10時台、ある婦警。


 カタカタカタカタ。
 キーボードを忙しなく打つ音が、窓の少ない建物のなかで響く。
 分厚いコンクリートと武骨な外観のそれーー警察署は、見るものに排他的、抑圧的プレッシャーを感じさせる。
 しかしだとしても、いわゆるデスクワークの必要性は他の企業や法人と遜色なく、むしろ多いと言えるかもしれない。なにかと書類が多い職場なのだ。

 そこでは一人の巨乳婦警が死んだ魚の目をしながら一心不乱にキーボードキーボードを打っていた。タイピング音がまるでミシンのように正確無比に響き渡る。早い。そして正確だ。


「こんなの終わるかー!」


 だからといって仕事をこなせているわけではないよ悲しいなあ。

 婦警が取り組んでいるのは、今日中に起きた事件をまとめるという仕事だ。ではこの仕事、何が問題というかと原因は簡単。次から次へと至るところで事件が起きるのだ。
 この冬木市。八月の初日からやけにろくでもないことばかり起きているのだ。いったいなにかバチでも当たっているのかというほどにやたら爆発したりする。なんでこうなるの。

「おっぱいーぬ。新都でUFOがレーザーにビルを消し飛ばしただと。」
「Noooooo……」

 そしてなぜか、そのろくでもないことが非現実的なものばかりなのだ。



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 午前11時台、ある警察署署長。


 なぜこんなことになってしまったのか。そう自問自答する。

 私は警察署の署長だ。県警内では冬木市と言えば左遷もいいところの魔の地だったが、それでも署長という待遇は魅力的であった。ほとんどノンキャリア同然の私が這い上がるには選り好みはしていられない。

 しかし、それでも。

(まさか署長になって4ヶ月でテロ騒ぎとは。)

 思わず頭を抱える。なるほど、どおりで魔の地と呼ばれるわけだ。そういえば十年前と二十年前もテロ騒ぎが起きた気がする。それらはただの偶然ではなかったのか……

「失礼します、署長。」
「ーー入れ。」

 ノックの音を聴いて私は机に預けていた体を改め背筋を伸ばした。不味い。ついに来てしまった。
 時計を見る。時間は十二時五分前。

(記者会見からは逃げられないか……)

 私は立ち上がる。こうまで町の至るところが爆発すれば警察も毅然とした態度を表明せねばなるまい。これはそのための記者会見だ。