ナノカの手を握る。熱い、熱い手だ。
 体は40度近くまで上がっているのではないか。一分毎に、一拍毎にその温度が増している気がする。先程から苦し気に呻く彼女を、しかしのび太はなにもすることもできず手を握ることしかできなかった。


 ーーいや、違う。


(ドラえもん……)

 ナノカがこのようになったのは、彼女が令呪を使ってからだった。ふしぎななにかがナノカから発されたのと同時にふらりふらりと貧血でも起きたように立ち眩むと荒い息を吐いてうずくまった。それ以来心臓のペースも体温も早く高くなっている気がする。
 ナノカのサーヴァントであるまほろは今はいない。襲ってきた敵と戦いにいった後、のび太達の隠れていた所に火が回ってくる寸前に二人を抱えて離脱し、再び元来た道を戻っていった。

 つまり今、のび太達を守るものはのび太達自身だけ。もっと言えば、ナノカが倒れた今、のび太達を守れる人間は唯一のび太しかいない。

(ーー。)

 のび太は、ポケットの四次元ポケットを手に取った。中にはドラえもんの遺した、ひみつ道具が入っている。これがあれば、ナノカの体調も、その身の安全も確保できるだろう。だから、内に手を入れて、それを手に取る。そして、向かい合う。

 いつしか、のび太達を囲むように角材を持った男達がぐるりと現れていた者達へ。

「ーー来るならこいっ!!」

 吐き出すように叩き出すように言った言葉と共に、男達がのび太へと殺到する。

 12時52分00秒。

 スーパーの中心部でランサー・カルナが変態仮面の『宝具』を受けていた時、のび太も『宝具』との戦闘を開始する。



 12時52分01秒。

 四次元ポケットからのび太が手に取ったのは、一つは『ショックガン』。この場で引き当てたひみつ道具の中では、まず間違いなく『アタリ』の部類である。

「GA!」

 向かい来る男の一人をポケットから抜いた勢いのまま正確に狙い打つ。その間、わずか3フレーム。約0.1秒。ポケットに手を入れそれを取る頃には引き金に手をかけ、それが『ショックガン』であると脳で理解する頃には射撃を終えている。
 その射撃の最初の餌食になった男は撃たれるとその場で消滅した。その事が、目の前の男達が人間ではないことをのび太にわからせる。のび太の持つショックガンは、生物には非殺傷の威力しか発さないうようになっている。対象を消滅させるようなことはないというのは、何度も使っているのび太が知っているのだ。そこから導き出されるのは、相手は人間ではないという結論であり、サーヴァントかそれのようなものという推論だ。

「Oh!」「AAAAA!!」
「来させない……!」

 男達の悲鳴が重なる。二秒の間に四発の銃撃が四人の男を煙に変えた。その隙にのび太は二つ目のひみつ道具を求めて四次元ポケットへ手を伸ばす。
 状況は明らかに悪かった。少なくとも男達はあと十人はいそうで、しかもその正体は不明である。傍らには動けないナノカがいて、その上自分達は360度を包囲されているようだ。
 簡単に考えればチェックメイト。例えのび太の手に銃があり、相手が持っているのが角材であっても、それを凌ぎきるのは不可能だ。どこから、どのように、何人来るのかわからないのに近づかせないのは至難の技だ。だからのび太はその至難の技を可能にするひみつ道具を欲する。バリアみたいなものが張れるものでも、相手を遠ざけるものでも、なんなら普通にタケコプターでもいい。とにかく今この場を切り抜けられるものを求めてーー。

「これは……」

 その手が引っ張り出したものを見て、一瞬思考が止まる。『さいなん報知器』、それはドラえもんがいた頃に、つまりほんの六時間前まで使っていたものだ。だからそれの効果は知っているーーそしてそれが役に立たなかったこともーー。

「……ッ!」

 思わず地面に叩きつけそうになるのを腕の筋肉を固めて押さえつける。それは単なる八つ当たりだ、なんて頭の中で言葉にできはしない。視覚からは先程の仲間達だろうか男達が駆け寄り、聴覚からは手に持つさいなん報知器のブザー音が鳴り響く。それの効果は知っている以上、取るべき行動は決まっている。
 右旋回。三人を撃ち。ステップを踏み出したと共に反転。左旋回。180度。四人を撃つ。第一派を凌いだのは10秒。

 のび太はショックガンを握り直した。



 12時52分15秒。

 再びブザーが鳴る。危機が迫っていることはわかっているが、それでも音で急かされるのは嫌が応にも緊張感を増させられる。
 色々と考えたいことはあるが、それは後回しだ。襲い来る敵の正体も目的もどうだっていい。そんなことは先送りにして、視界を巡らす。
 左、いない。
 右、いない。
 正面、いない。
 後ろ、柱。
 上、天井。
 下、床。


 ーーほんとうに?


「来させないったら!」

 のび太は足を動かす。向かうのは背にした柱の反対側。六人のサングラスの男達が荒れた店内をあるものは真っ直ぐにあるものは棚を迂回して突っ込んで来るのを、のび太は正確に撃ち抜くていく。商品が並んだ棚や柱等の遮蔽物の隙間を縫う精密さと動き回る目標に銃口を確実に向ける素早さ。そのエイム力はVSSEのエージェントとも遜色はないだろ。

 三度ブザー。左、正面、右、上、下。どこも、違う、ならば。

「これもっ!」

 答えは後方、後ろが柱である以上侵攻方向は再び反対側、後ろの正面だ。

 迫るのは二人の男。その距離数メートル、一秒でナノカに角材を降り下ろせる所まで踏み込んでいる。それを秒以下の二連続ヘッドショットで沈める。


 ここまで二十秒。のび太は大きく息をついた。凌いだのは第一派と第二派。その二つを深呼吸しながら思い起こす。
 なぜ、自分達は襲われているのだろうか?なぜ、角材を持って男達が襲ってくるのだろうか?なぜ、今、この時なのか。

「まほろさん、まだかな……?」

 ぜいぜいと息をしながら呟く。男達に襲われてもう何分も経ったような気がした。突然レーザーのような武器で襲ってきた敵も気になるが、のび太としては目の前の危機をなんとかしたいところだ。

 ブザーがまた鳴る。12時52分30秒。危機はまだ続く。



 射つ、打つ、撃つ。

 一本の柱を中心に、のび太は360度を全速力で走り回る。
 目に写ったサングラスの男達を片端から撃ちに撃つ。それらを全て撃ち、しかしまたブザーが鳴る。
 男達は一方向だけではなく二方向三方向から同時に攻撃を仕掛けてくるようになった。それ故視界に見える敵を全滅させてもなお攻勢はやまない。

「ッハァ!」

 そして戦況は更に悪化していた。
 のび太が対処できるのは一方向だけであり、そちらを撃っている間に他の方向から接近を許してしまう。だんだん、だんだんと、男達を撃つ距離が縮まっているのを実感していた。


 そしてついにその時が来た。左、五人、正面、五人、右、五人、もしやと思って柱の反対側をみれば、五人。
 全方位攻撃。一対二十の殲滅戦。角材を持った男達が一斉に突っ込んでくる。

(させない。)

 体内の二酸化炭素は息苦しさとしてその存在を声高に主張するノイジーマイノリティー。たかだか数パーセントの血中内成分がのび太の思考力を奪う。

(またさせるもんか。)

 それに呼応するかのように乳酸がのび太の体の各所で蜂起した。地面を蹴りつける足の裏、ステップを刻むふくらはぎ、走り続けてきた太もも、引き金を弾いてきた人差し指、銃口を合わせてきた腕、銃を持ち続けてきた肩、そして男達を視界に収めようと動かし続けてきた首筋と眼筋。数十秒の全力での稼働がそれらを打ち壊しサボタージュしようとする。

「ドラえもんみたいに!」

 だったらのび太は暴君だ。不平不満を言う体を弾圧し強制労働させる。何が乳酸だ何が二酸化炭素だ。そんなものが、ドラえもんと釣り合うのか。
 七面鳥撃ち。リロードを気にせず撃ちまくる。極度の興奮と急激な疲労でホワイトアウトしそうになるのを銃を撃つことで誤魔化す。五連射。まずは一方向。

 サングラスの男達はもう10メートルの位置まで迫る。あと十五人。持っている角材はバラバラなのに揃いのサングラスなのか、そんなことを連続でヘッドショットしながら考えた。更にもう五連射。これで二方向。あとも二方向。

 撃つ。撃つ、撃つ!
 男達を一人撃つ毎に、別の男達が一メートル距離を詰める。一人一殺。確実に、確実に、のび太のその命を刈り取りに、男達は近づく。そうだ、この感覚だ。この感覚は、あのときと一緒だ。のび太は銃口をぶらしながらも男を撃つと方向転換。頭でも心臓でもなく膝の辺りに当たったが、どのみちショックガンならどこに当たろうと関係ないのだ。それともう一つ、もう走る必要はない。最後の一方向、最後の五人、最後の五メートル。


 ーー違う。


 六人だ。六人目がいるんだ。このサングラスに、この、ドラえもんを失った時にも感じた、こちらを殺すという強い意思。これをのび太は知っている。思い知らされた。だからその男と目があったとき、のび太は迷うことなくその男ーーワイルド・ドッグの眉間にショックガンを叩き込む。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!!!」

 三メートル、否、もうセンチで表した方が良い距離にまで迫り、角材を振り上げる男達を最後の気力を振り絞って撃つ。ワイルド・ドッグはショックガンにより体勢を崩している、今はこの戦場《シーン》の部外者だ。最高速の連射。角材の一つが振り下ろされる。それをショックガンで吹き飛ばす。続く角材も吹き飛ばす。男達も吹き飛ばす。なにもかも、全部、絶叫と共に。後ろの硬くも柔らかな柱に身を任せて。

 そうして12時53分00秒。

「時間切れだ。」

 のび太自身の意識が彼が持たれていた『柱』に吹き飛ばさた。



(宝具まで使っておいてマスター一人、ガキ一人殺せないとはな。)

 ワイルド・ドッグがよろめいた体を立て直して近づいてくる。それを苦々しい顔で、地に這い向かえる。

「ご苦労、アーチャー。手こずっていたようなのでね、助太刀したのだが……余計だったかな?」
「……」

 そう皮肉げに言うと、伊達男ことトバルカイン・アルハンブラは健在な片腕を上げた。


 カルナの奇襲を受ける直前、のび太の姿を目にとめたワイルド・ドッグと伊達男がアイコンタクトで至った行動方針は、のび太の抹殺であった。

 のび太という存在は、彼らにとってアキレス腱だ。彼のサーヴァントであるドラえもんを殺した以上警戒されるのは当然であり、もっと言えば恨まれていてもおかしくない。
 それに、ワイルド・ドッグのマスターであるマイケルに誤魔化した内容を考えるとその存在は非常に脅威だ。もしドラえもんを殺したことがマイケルに露見すれば確実に不信感を持たれてしまう。ランサー・真田幸村共々関係が拗れるのは避けられないと見た方が良いだろう。

 その為、伊達男は燃え残った体をなんとか再構成して、ワイルド・ドッグはカルナがとりあえずどうにかなったのを見て宝具『野犬、見果てぬ野望』を発動して、それぞれのび太暗殺の為に動いたのだ。
 ーーなお結果を見れば、ワイルド・ドッグの宝具は足止め程度の役にしか立たなかったが、それでも伊達男がのび太を見つけ、霊体化し、柱から奇襲する手助けとはなったことを、ここに記しておくーー

「さて、問題があるーー」

 伊達男は、そういつもの調子でワイルド・ドッグに言った。その言葉は慇懃なものを感じさせただろうが、今の彼では滑稽な哀愁を感じさせるものだ。力なく地面に横たわる男では伊達にもならない。

「一つ、私はあと少しで死ぬ。二つ、この坊やにはこちらのお嬢さん以外にオルグしている可能性がある。三つ、ここには私達以外にあと三騎のサーヴァントがいる。で、だ。」

 伊達男は弱々しく指に三枚のトランプを出した。既に太陽に焼かれた右半身は消滅しきり、左半身も上半身を辛うじて維持しているだけだ。体の四分の一だけが、今の彼。それでも、目のギラツキは増しに増している。

「アーチャー、君にはこの坊やを急いでホテルに連れていって欲しい。そこに私のマスターがいる。尋問等の心得もある。」

 伊達男はひらりとワイルド・ドッグにトランプを投げた。スペードの3。それをワイルド・ドッグはひゅぱりと受け取った。

「そちらのお嬢さんは、まあ、君に任せよう。それと……そうだな……」

 伊達男の体の光が強くなる。既に腕は完全に消え、残すは胸と首と頭だけだ。
 残された時間は短い。だからなにか言おうとして、それでも。

「……参ったな。いい戦争だった、ぐらいしか、出てこんか……」

 それだけを言うと、トバルカイン・アルハンブラは獰猛で、どこか達観した笑みを浮かべて光の粒子となった。

「……ふん。」

 ワイルド・ドッグはそれを見届けると、手のトランプを見る。こちらもゆっくりとだが消滅が始まっている。手に乗せた氷のようなものだ。一分とかからず消えるだろう。そしてそれがワイルド・ドッグに残された猶予とも言える。つい先程、またあのレーザー砲が撃たれたのを感じた。どちらが勝ったにせよ、ここに来るのも時間の問題だ。だったら。

 ワイルド・ドッグは気絶したのび太を担ぐとモーゼルを取り出す。とりあえず、人質兼マスターの予備は手に入った。本当はもう一つ予備が欲しいが、さすがに子供二人抱えるのは色々と厳しい。しかしみすみす他のマスターを、しかも二画も令呪を持つマスターを放置するなどあり得ない。

 モーゼルが火を吹き、ナノカの左腕が飛んだ。その手にあるのは、当然令呪。それをワイルド・ドッグは強引に自分の左腕へと嵌め込んだ。
 ワイルド・ドッグは自己改造のスキルを持つ。それを使い腕の欠損を補おうというのだ。

「……ッアァ!」

 といっても、そんな無理ができるはずもなく。痛みを伴うそれは一応体にくっついたもののなんの用もなさない。精々、令呪置き器程度の役割しかなしそうになかった。だが、今はそれでいい。二画の令呪をとにかく手に入れられたのだ。交渉材料にできないことはないだろう。

「……貴様はここでーー」

 手に手榴弾を出して歩き出す。タイムイズマネー。善は急げだ。今なら多少の爆発が起きても怪しまれないだろう。そう踏んで犬歯でピンを抜き手榴弾を投げる。

「ーーお留守番だ。」

 手榴弾は正確にナノカの手前までコロコロと転がると止まる。それが光と熱とでナノカをズタズタにすると同時に、手のトランプは消えていた。



【新都・線路の南側にある警察署近くのスーパー/2014年8月1日(金)1253】

【野比のび太@ドラえもん】
[状態]
気絶、さいなん報知器、軽傷(主に打撲、処置済み)、ひみつ道具破損
[残存令呪]
3画
[思考・状況]
基本行動方針
聖杯戦争を止めて家に帰る。
1.???
[備考]
ドラえもんの四次元ポケットを持っています。


【アーチャー(ワイルド・ドッグ)@TIME CRISISシリーズ】
[状態]
筋力(30)/C、
耐久(30)/C+、
敏捷(20)/D、
魔力(10)/E、
幸運(20)/D+、
宝具(10)/E
左腕喪失、ナノカ・フランカの左腕装備(令呪二画)、満腹、ショックガン所持。
[思考・状況]
基本行動方針
優勝するためには手段を選ばず。一応マスターの考えは尊重しなくもない。が、程度はある。
1.伊達男の遺言に従い小僧(のび太)をホテルに連れていく……?
2.最悪の場合はマスターからを魔力を吸い付くせば自分一人はなんとかなるので積極的に同盟相手を探す。
3.マスター(マイケル)に不信感とイラつきを覚えていたがだいぶ緩和。
[備考]
●乗り換えるマスターを探し始めました。
●トバルカインのマスター(少佐)と三人で話しました。好感度はかなり下がりました。
●ドラえもんとナノカ・フランカを魂食いしました。誤差の範囲で強くなりました。
●ランサー・カルナの真名を把握しました。



【トバルカイン・アルハンブラ(-)@ヘルシング      戦死】
【ナノカ・フランカ@蒼い海のトリスティア 暗殺】
最終更新:2016年08月10日 05:44