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 そこはコンクリート作りの建物の一室だった。窓はないものの風通しは良く、備え付けられた二段ベッドは狭いものの成人男性一人が寝る分には支障ない。トイレの風通しが少々良すぎるのが問題だが、三食に共用シャワーがついていることを考えればタダで住めるのは悪くないだろう。とはいえ、出入りが自由にとはいかないのが難点なのだが。
 糞ったれどもの夢も希望もないプリズニーランド。フォックスリバー刑務所の監房でマイケル・スコフィールドは意識を覚醒させた。

「――夢か。」

 ベッドからちらと周囲を見渡し、トイレにもなにも異常がないことを確認してそう呟くと、もといた場所に腰を下ろす。そこにいるはずの囚人は誰もおらず、苦労して行き来した穴もまたない。ひとっこ一人いないがらんどうから受ける強烈な違和感はマイケルにとっては聖杯戦争に参加した際の記憶の混濁よりもはるかに速く現実へと引き戻させるものだ。
 なにとはなしに鉄格子を叩いてみた。それは役目を全うせんというかのごとく微動だにしない。本物の方が多少なりとも動く、などと狭い廊下とそれにつけられた申し訳程度の柵を見ながら思った。

「まるで刑務所みたいだね。」
「……悪夢にしては生ぬるいな。」

 後ろからした少女とも少年ともつかない声にマイケルは振り返らずに答えた。自分が参加しているのは聖杯戦争だ。それがこんな場所にいるということは、走馬灯か無防備にアホ面を晒して寝ているかのどちらかだろう。なら後ろにいるのは夢魔かそれとも死神か。

「用件は?」
「君冷めてるって言われない?まいっか。ミスタースコフィールド、君にちょっと見てもらいたいものがあって来たんだよね。」
「見るだけか。」
「聞きたいこともある。」

 適当にした質問に、思わぬ答えが返ってきた。夢の中では意味のある会話はできないと聞いたがそうではないらしい。それとも支離滅裂な受け答えでありながらそうと認識できていないだけだろうか。そう鈍い頭で考えて、マイケルはようやく闖入者を視界に入れた。ボーイスカウトのような服装に猫耳、そしてナチスの腕章をしたティーン。それが地図を拡げてマイケルに見せてきていた。

「こっちも聞きたいことがある。」
「自分が今どうなってるかとか知りたい?それともサーヴァントのほう?」
「その前だ。お前のマスターといくつかの人間関係について。」
「ふーん。」

 この猫耳はまずあの白いスーツの太ったマスターのサーヴァントだろう。そう踏んで聞くが返事はそっけない。そもそも答える義理も意思もないのだろうが。

「まずはこちらをご覧くださーい。」

 目の前に広げられたのは、地図だった。おそらく、冬木市の。端に冬木市役所と書いてある気がするが、まあ些細な問題か。このタイミングで出してきたということは、まずこの地図に関して自分からなにか聞き出そうとしているのだろう。

「なにを知りたい?」
「察しがいいね。職業柄かな?」

 それは自分が不動産業という職についていることか。それとも建築士であることを知ってのことか。あるいは脱獄のことまで知っているのか……軽くねめつけて見てもチシャ猫のようにそいつは笑うだけだ。

「ミスタースコフィールド。君と君のサーヴァントの安全は僕達が保証しているよ。でも僕らにもできることとできないことがある。だから君の力をちょっと借りようと思ってね。」
「そんなに買ってくれるとは。泣けてくる。」
「じゃあ手助けしてくれるね。」
「俺にできる範囲のことなら。」
「それは良かった。隠しもののありかを知りたくてね。」

 これが脅迫であることはわかっていた。露骨なものだ。この糞ガキは自分の利用価値を値踏みしている。仲間に引き入れる第一条件は有能かどうか、というのはニューヨークでも刑務所でも聖杯戦争でも変わらないらしい。この地図からなにかを分析しそれを『今後も生かしておいた方が得である』と思わせるように伝えなければならない。でなければ人の夢の中に入り込んでくるような相手だ、いくらでも自然な殺し方で口封じに来るだろう。
 そう考えて、目の前の存在がサーヴァントである前提で考えている自分に気がつき、失笑する。全くお笑いだ、この問答も糞ガキも、全てマイケルの見ている夢であるかも知れないのに。
 だが、マイケルにはこれが現実のある種の側面であると同時に本質であるという勘があった。そして自分に何が求められているかについても。

 「待ってくれ」と地図を仕舞おうとする猫耳を呼び止める。

「百年分……いや、五十年分でもいい。古い地図を用意できるか?それと地下のパイプラインの工事の経過も」
「構わないけど……隠しものがなにかは聞かなくても良いの?」
「サービスしてくれるのか?」
「うん。無理。」
「だろうな。だが宝探しに地図は必要だ。あればあるだけ早く見つかる。」
「……ま、大丈夫かな。いいよ、それにペンや定規もオマケする。」
「ラム酒は?」
「ラム酒?」
「宝探しは酒があると捗る。シルバー船長もそうだった。」
「ゴメン僕未成年だからアルコールは手に入れられないよ。」
「残念だ。良いグラスが見つかりそうなのに。」

 猫耳の目の色が変わる。文字通り猫のそれのように劇的に。その眼は妖しく光る。

「ラム酒はないけど……神の血なら用意しよう。」
「うん、用意するとも。」
「君が本当に見つけられるなら。」

 それだけ言うと猫耳は最初から居なかったかのようにさっぱりと消えた。まずは、第一関門突破といったところか。この程度の簡単さで次も上手くいってほしい、と手に持った地図に目を落としながら思う。問題はここからだ。なにせ相手は神話のそれの名を冠するもの。あの猫耳達が生前ヨーロッパを荒らしに荒らせど見つからなかったもの。それを地図だけから見当をつけねばならない。

「構わないよ、似たようなものさ。」

 誰にともなく呟くと、マイケル・スコフィールドの脳細胞は軋みをあげて動き始める。聖杯戦争はまだまだ中盤戦。彼等はこんなものじゃない。

 視線は地図をさ迷う。手はあるいは年代順に、あるいは工事現場を一つ一つ確認、地図記号もためしためし見ていく。正直なところ日本の地図はアメリカのものとは勝手が違うのだが泣き言は言っていられない。首がかかっているのだ。

「パソコンも注文しておくんだったな。」

 いつの間にかテーブルの上においてあった文房具を手にしながらごちて、その口の動きの何倍も手が動き、何十倍も目が動く。彼らがある程度隠し場所のありかの見当がついているのか、それとも全く手掛かりを持っていないのか、あるいは答えを知った上でマイケルを試しているのか。それはわからない。が、少なくともこちらが与えられたものからどう考え何を推測するのかを試しているのは違いないだろう。ならば必要なのは答えそのものではなくその過程だ。目的と手段を逆転させなければならない。

「必要なのはあるということだ。ないということはない。」

 聖杯は存在する。それがどの様なものかはともかく、今までに自分、マイケル・スコフィールドに起こったことを考えれば聖杯は実在するものと見るべきだ。それがたとえ形而上の存在であっても、ここは実体を持った、手に触れえるものと考えた方が捜索は捗るだろう。何よりプレゼンテーションが楽だ。そしてクライアントのお眼鏡に叶うものは、この冬木に地図から探せるものとしての聖杯だ。そうなれば自ずと隠せる場所は限られてくる。どれだけ猶予があるかわからないなら、そう踏んで探さなければ手も足も出ない。

「――隠されている、か。」

 マイケルの目は教会へと向かう。そこから左へ視線をスライドさせた。



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 夢を見ていた。

 夏祭りで、出店の並んだ道を浴衣で歩く。ちょうちんに灯り、屋台からは煙、音と匂いと光が現実感を失わせる。美遊・エーデルフェルトはイリヤスフィール・フォン・アインツベルンと手を繋ぎ、その喧騒の中にいた。

「■■■■■■■■■■■■」

 祭囃子が賑やかだ。誰かに呼ばれた気がして後ろを振り返ってみても、人混みが変わらずあるだけで、見知った顔はいない。ああ、そういえば気を使って二人きりにしてくれたんだっけ。ぼんやりそう考えると手を引かれた。

「■■■■■■■■■」

 楽しげに語りかけてくるイリヤに美遊も微笑んで答える。二人でこちらで肉まんを買い、あちらで金魚すくいをし、時にもみくちゃにされながらも道なりに進む。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 そうだね、と頷くとイリヤは笑った。そのままの笑顔で美遊の両手を取ると後ろ向きにぐいぐいと引っ張っていく。危ないよ、と声をかけようとしたところで案の定人とぶつかってしまった。慌てて二人で謝る。

「随分幸せな夢を見てるね。まあ夢の中だし、いいんじゃない?幸せでしょ?」

 学ランを着たその人はこちらこそと謝るとツインテールの少女の手を引いて歩いていった。兄妹だろうか、二人して金魚の袋を腕にぶら下げ公園の方へと消えていく。

「なんで私が死んでお前が生きてるんだ。死ねばいいのに。」

 お兄ちゃん、と嬉しそうに呼び掛ける少女の声が最後に聞こえた気がした。

「■■■■■■■■■■■」

 はにかんだように笑うイリヤに、美遊は険しい顔をしてみせた。まったく、こんな人の波の真っ只中では危なっかしくて見ていられない。さっきみたいなことになったら大変だと、今度は美遊が手を引いて前を歩く。迷子にならないよう手を強く握るとどんどん進んでいった。

「■■■■■■■■■■■■」

 カラットした熱気が吹き付け駆け抜ける。かがり火が焚かれているようで、眩しすぎて見つめることもできないそれが朧気に見えた。体に感じる放射熱はまるで自身をローストしているようにすら覚える。熱い、暑い。炎として完成しているそれは祭りの会場全体を燦々と照らしているのだろう、誰も彼もが皆が皆、それに見とれるように、飛んで火に入る夏の虫とばかりに近づき、火だるまとなる。


「――助けて、美遊。」


 ふと、聞こえてはいけないはずの声が聞こえた気がした。

 わかっている、これは美遊の脳が見せている幻想だ。頭の中のイリヤに都合の良いことを言わせている過ぎない。

「じゃあ、私もう行くね。」

 イリヤが手を開く。ダメ、と離さないように握り締めた手が、魔法みたいにするりと離れた。無力だった。あまりにも。
 そのまま元来た道をイリヤは帰っていく。ずっと向こうで凛さんとクロが手を振っているのを見て、押し留めようとして、追いかけようとして、もがくけど、力が入らない。渦巻く水面に弄ばれる落ち葉のように、祭りの群衆は押し流してくる。エスカレーターを逆行するかの如く足を動かしても濁流に飲まれるだけであった。
 だから美遊は群衆を踏み台にして走り出した。たった一人の人間の為ならば他の参加者すべてを一顧だにせず踏みにじる。炎を目指して突撃する人々を血溜まりと肉塊に変えながら逆走を始める。レアやミディアムな肉の匂いと、鼻につくスモークを感じながら、そこに希望があると信じたいから。



 ■  ■   ■    ■     ■      ■       ■        



「何時間たったんだ?」
「二時間だよ。」
「それは、現実の時間で?」
「君の体がホテルで寝てる時間ならね。」

 デスクに向かい、地図に定規を使って線を引いているマイケルの頬に冷たい感触が生まれて、手を止めて問いかければ答えるのは先ほど聞いた声だ。差し出された水滴の着いたペットボトルを受け取ると一息に煽る。やけに旨く感じたのはここが夢の中だからか、それとも何か入れられているからか。まだ殺されることはないと思うが、今一度、覚悟しておく必要はあるだろう。

「じゃあ、そろそろいい?」
「問題ない。」
「いいね。それで、答えは?」
「宝のありかは――ここだ。」

 ふっ、と短く息を吐く。時計もなければそもそも現実かもわからないこの監房の中で、体感では半日ほど地図と格闘してきた気がする。やけに重たい頭とリアルな頭痛、そして眼底の焼けるような感覚が、これこそ現実であることの証拠に思えるが、しかしそれが結果に結び付くとは限らない。
 だが、ここである程度この猫耳を、そしてそのマスターを納得させねば命はないだろう。そう考え、薄く笑う。なんだ、これまでと同じじゃないか、と。
 マイケルは、軽く、とん、と、ほんの手遊びでするそれのように地図の一角を叩いた。そしてそれを横一文字に西へと向かわせる。線路を越え川を越え住宅街を越えて、地図の隅――アインベルン城のある森を指した。

「冬木市南西部に広がる森、ここだ。」

 猫耳は無言でマイケルを見つめる。マイケルはそれを更なる説明を求めているものと解釈して話し始めた。

「この辺りにはいくつか不自然な点がある。」
「まずは地図に乗っていないことだ。近代的な地図という意味の測量がされたのは第二次世界大戦中と戦後のいわゆるGHQ統治下の時。それも森の外縁部だけにほぼとどまる。というのも、この森自体どうやら私有地だからだ。少なくとも二十世紀より前から、あの森は個人の所有物になってる。こっちの地図を見てほしい、冬木市にある森林の多くは針葉樹だ。おおかた戦後に建材用に植林されたスギなどだろう。一方、この森は広葉樹……くるみとかぶなの木の仲間だ。これだけでも、ここが国や市といった公共の組織ではなく、誰かが管理している場所と推測できる。」

 ペットボトルで口を湿らせる。「ここまで何か?」と聞いたマイケルに猫耳は黙って首を横に振った。

「この森は円蔵山と呼ばれる複数の市にまたがる山地の一画だ。森の西に、寺院があるが、この寺院が森の所有者の可能性もある。そして。」

 地図の上で円を描いていた指を卍の地図記号、柳洞寺で止め、それを先とは逆に教会まで東進させる。

「このラインの山岳並びに丘陵地帯は、地盤が冬木市の他より固い。岩盤が地上の近くまで来ているんだ。だから農地には適さなくても住居などを建築するには良い。少なくとも元は農地が多かった今の新都よりは、古い住居が今まで残る可能性が高いはず。そして、こっちの地図を見てほしい。冬木市の下水管と雨水管の工事状況だが、地図の通りならあの辺りの配管は耐用年数がギリギリの筈だ。そもそも、数が足りていない。それとこの線路の位置。この線路はさっきの寺院程ではないが充分に頑強な地盤の縁をなぞるように引いてある。逆にこれ以上先は地盤が軟弱すぎる。つまり取得が用意でかつ安全な土地のギリギリがここだ。」

 百年単位で人を遠ざけてきた森。そしてそれと同じほどの年月を耐えられるだけの土台を建造物へと提供する頑強な地盤。その地盤は、地上も地下もやはり人を遠ざけてきた。この一直線上、即ち冬木教会から遠坂邸や間桐邸のある丘を通り柳洞寺へと結ぶライン。ここならば、一目を避け長期に渡って安全に保管することが可能だ。

「カップはこのライン上のどこかにある。」

 マイケルはそう言うとゴールドの猫耳の眼を自信ありげに見つめた。


 とマイケルはここまで色々言ってきたがそんなものはほぼ根拠のない憶測である。だいたい考えればわかるはずだ、マイケルは建築家であり土地の専門家ではない。もちろん基礎をどうこうというのはその職業上重要な要素ではあるが、本業は設計だ。興味のないものからは時たまいっしょくたにされるが本当は民主党と共和党ぐらい違う。副大統領は殺す。しかし嘘をついているというわけでもなかった。郊外の森が私有地だというのも、広葉樹林なのに対し他は針葉樹林というのも、教会と寺を結ぶ線の地盤が固いというのも、地下の配管に問題があるというのもどれも事実である。事実であるが、だからと言ってそれが聖杯戦争と何か関係があるかといえば証拠は何もなかった。あの森が私有地というのは近くに寺院があったので当たりをつけたら地番があったからわかったことだし、冬木市の針葉樹林の割合が高いのはただ単に戦後の植林事業で植えられた杉がその多くと同じように持て余されてそのまま放置されているだけだし、地盤が固いのもそもそも山地なのだから海沿いに比べれば当たり前だし、地下の配管に問題があるのも日本全国そうだ。つまりマイケルが猫耳ことシュレディンガー准尉に話した内容はどれも当たり前のことをそれらしく言っただけなのである。
 では彼の言ったことはまるきっきり的外れなのだろうか?マイケルはそうではないとかなりの部分考えていた。確かに、自分が言ったことはどれも当たり前のことだ。それをクライアントを納得させるべくやたらと地盤がどうだと連呼して専門家らしく断定して、それらしく話したが、しかし話したことに間違いはないはずだ。一般論を積み重ねただけとはいえ、裏を返せばそれは他の土地が一般論からすれば不適当な土地であるということである。万が一、あれが生き物で水気のある場所でないとダメで故に川や海の近くにいる、等という話ならマイケルの面目は丸つぶれなのだが、そのケースも考え池のある柳洞寺を重点的に話したつもりだ。さしものあれが宗教の違う寺にあるとは考えにくいが、そのものズバリな教会を指定して外れたときのことを考慮すれば悪くない選択ではないだろうか。
 やれることはやった。マイケルはそう思う。狭いとはいえ街一つから一割程度のスペースに絞り込んだのだ。これならば、最低限の有用性を示せた筈である。もっと話を盛ればこの丘の上の遠坂という家は1800年代からあり周辺の旧家とあわせて聖杯戦争の主催者である、とか、この間桐という家は市内に多数の不動産を有していてこの地主こそ聖杯戦争の主催者だ、等と言い出すこともできなくはないが、いくらなんでも無茶があるのでやめておいた。自分で考えていてなんだが、難癖以外のなにものでもない。こんなことを口にすれば誰かを嵌めしようとしているなんて風に思われ痛くもない腹を探られかねないので自重。それに、ないとは思うが真に受けられて用済みとばかりに殺されるというのも、なくはない。知りすぎていると勘違いされたらたまらないのだ、下手なことを言って危ない橋は渡りたくなかった。

(どうだ……?)

 猫耳はウ~ンと唸りながら狭い監房を行ったり来たり歩き回る。魔術的なものを感じさせようと寺と教会を一直線に結んでそれらしい理由付けをしてみたが、思いの外説得力を持たせられたと思う。これでダメというのならば、仕方ない。地図だけで見当をつけろなど本職でも不可能な仕事をフラれたのだ、最善は尽くしたがどれだけ通用するか。

 マイケルの頬を冷や汗が伝う。数十秒、猫耳は回答を焦らしているだけなのに、同じ体勢をとり続けた時のように身体が硬直しているのがわかる。もう一度水が飲みたいと思ってペットボトルを見ると空だった。

「一つ聞くね。」

 きたな。

「君は運命を――Fateを信じるかい?」

 Fate、か。いきなり抽象的な質問が来た。もしくはなんらかの暗号かキーワードか。

 猫耳からはそれまでの軽い表情が消えている。全くのノーヒントだが、ここの回答を間違えれば、自分は広葉樹の肥料としてゆくゆくは美味しいドングリにされてしまうだろう。
 マイケルは意を決した。

「俺は――」



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 ――マイ――スト――なさ――すか――

(なんだ……声か?)

 ――さん――目は――しょう――こんばんは――ルーラ――達を開―――ます

 マイケル・スコフィールドの脳内に若い女の声が響いたのは、シュレディンガー准尉の質問に答えてからどれくらいのことだろうか。
 夢から覚めたのかそれともまだ夢に囚われているのか、あるいはもう死んでいるのか。

 ――ず最初に、現――状況をお――します。現在生存してい――は、残り十六組です。

 頭の中から聞こえるようなその声は幻聴にも思える。だが彼はそれをそれとして受け止めた。さっきもこれ迄もさんざんファンタジーなことがあったのだ、今さらテレパシーだろうが念話だろうがどうということない。
 そう考えると、ろくに動かない頭でも謎の声を素直に受け止められる。聞こえてきた単語から察するに何かがあといくつあるかを知らせているようだ。ということはこれはサーヴァントが残り何人か伝えているのだろうか。 だが、そうなると今度は別の疑問が出てくる。今話しかけているこいつの話しぶりはゲームの参加者というよりはまるでレフェリーのようだ。それがひっかかる。

 ――次に、臨時通達です。現在会場の冬木市は戦闘の損害、並びに神秘のろ……露呈?によるNPCの活発化により聖杯戦争の続行が困難になり状況にあります。この聖杯戦争では皆さんの自主て……噛んじゃった……自主的!な、活躍を望むべく、わたし、わたくし達からの介入は原則として行わない方針です。しかし、多数の死傷者、行方不明者、並びに会場の故意かつ不必要な破壊、及びそれによる報道機関、政府機関等の出動など、主催者として看過することが不可能な事態が発生しました。

 ――よって一週間後の八月九日零時を持ちまして本聖杯戦争をコールドゲームとし、優勝主従が決まっていなかった場合は同日七時より冬木教会にて抽選によって優勝主従を決することとします。またこの事態を招いた容疑で以下の五組の主従に可及的速やかな冬木教会への出頭を要請し、その身柄の確保・拘束・殺害に成功した主従には最大で令呪を五画配布します。

 ――マスター・マイケル・スコフィールドとアーチャー・ワイルド・ドッグ、マスター・高遠いおりとランサー・アリシア・メルキオット、マスター・イリヤスフィール・フォン・アインツベルンとランサー・カルナ、マス――


 ド ゴ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ン ン ン ン ン ン ン ン ン ン ン ン ン ン ン ン ! ! ! ! ! ! ?


「――爆発か……!?」

 謎の声が不意に途切れる。一拍おいて経験したことのない振動と不気味な地鳴りのような音が感じられた。
 目を開ける。開けたはずだ。少なくとも、これは、現実のはずだ。さっきの夢か現実かあやふやな感覚はないのだ。なのに視界が黒一色に塗り潰されている。

「何が起こってる……?」
「あ!えーッと、マイケル、さん?」
「あ痛っ……だ、大丈夫ですか?」
「茜さん……と……?」

 黒一色だった世界に光が現れた。星だ、星が光っている。よく見ればそれがおもちゃの魔法の杖のようなもので、それを持っているプレティーンの周りには日野茜やそのランサー・幸村や若者がいるのもわかった。
 そしてようやく理解した。この部屋は扉の辺りはほのかに明るいのを見ると、恐らく停電中なのだろう。大きな窓から見える景色も停電した街と海であったため一面闇に覆われているように見えたが、彼方には本州・神戸の夜景が光る。ということは、停電はこの冬木か、この島だけで起こっているのだろうか?

「――マイケルさんっ!!」
「ッ!?すまない……少し、混乱してて……」
「どこか打ったりしてませんか?顔真っ青ですよ……?」
「ん?この声は……いおりちゃんッ!」
「狂介殿!一人で行かれては!」

 ……少しの間考え込んでいたようだ。茜が心配そうに呼び掛けているのにマイケルは答えた。彼女の顔はろくな灯りのない場所でもわかるぐらいに青ざめていた。正しくは、首が青ざめていたというべきか。顔のメイクが朝に見たときより格段に濃くなっている。唇など先程はノーメイクに近い程度だったのが今はしっかりと赤が引かれている。日本にいる日本人としてはコールガールでもなければしないのではなかろうか。
 ともかくマイケルは身体を起こした。よく見たら近くにアーチャーが卑猥な形で縛られ転がされている。どうやらまだ容疑者として扱われているようだ……

「大丈夫だ、ありがとう。それより、さっきの彼を追おう。何が起こってるかわからないけど……だから不安だ。」
「ええっ!?そんなに具合悪そうなのに無茶しなくても。私たちだけでも大丈夫ですよ。」
「それだと、彼を置いていくことになるから結局私たちはバラバラになる。」
「……あ。」
「よし!それなら!」

 こういった場合はバラバラに逃げた方が得策なのだが、しかし唯一の戦力であるランサーと万が一離れることになったらたまらない。アーチャーがあの状態で頼りにならない以上ここは全員で一塊に動くべき場面だ。
 マイケルには聞こえなかったが若者は誰かの声に反応して走っていった。状況から考えるに同盟したマスターだろうか?もしくはマイケルと同じような容疑者か。ともかく追おう。
 そうしていると、ぐいと身体が引き上げられた。軽々とランサーに担がれていたのだ。と思っていると先程の若者がなぜか戻ってきてくる。「停電で自動ドアが開かなくなってる」。成る程、つまり閉じ込められたというわけか。

「ならあっちの扉から。手で開けられるし内側から開ける時は鍵も要らないはず。」
「さっき防災訓練しておいて良かったですね。じゃあみんなで行きましょう!」

 全員で暗い部屋を小走りで移動する。何はともあれ、これでランサーに身を守らせることができそうだ。


 この部屋はVIP用なのだろう。随分と防弾性の高そうな扉が目の前に現れた。テルミットとC4かもしくはバズーカでも持ってこなければぶち破れなさそうなそれは先頭の若者がノブを倒すと簡単に開いた。

「やっぱり停電してるみたいですね。」

 茜の言葉通り廊下も非常灯らしき灯りが点々と点いているだけだ。幸いかなり廊下の幅があるのでこんな非常時でも移動に支障はないが。

(エレベーターか?)

 廊下の先に円筒状のガラスが見える。そしてその先には同じような廊下が続き終点の窓からは夜景が見えた。恐らく方角的には内陸側だろうが、そちらの街には少ないながらも灯りがついていることから、この停電は冬木でだけ起こっているようだ。そして廊下で作られた十字路の真ん中を貫くエレベーターの周りには、スモークの利いた螺旋階段が下へと続く。

(最上階か。)
「あれか!」
「エレベーターが変なところで止まっちゃってますね。」
「おい!誰かいないのか!くそっ!非常ボタンの位置高すぎだろっ!大変なんだっ!誰かっ!」

 二階ほど下の位置でエレベーターが止まっているのが見えた。子供が一人閉じ込められたようで悲鳴を挙げている。あの若者はアジア系にしては運動神経が良いようで、一団から先行して駆け降りるとエレベーターの扉を抉じ開け始めた。
 だが子供はパニックになっているようだで依然として悲鳴を挙げている。しかし子供が発した次の言葉でマイケル達の表情が変わった。

「ライダーが自殺したんだよ!!」


 状況が理解できない。

「ライダーって、あのっ!?」
「金髪で眼鏡の?」
「白い服着て太った?」
「そうだよ美形の金髪デブの白スーツのアイツだよ!それが宝具を使ったと思ったら突然拳銃で自殺して!」
「待って、宝具?」
「ミレニアム大隊って言ってた!アイツはルーラーの通達が終わったら全員に地下に集まれって、それで俺は、それを伝えに、ランサーが下で監視してる。なのに通達が途切れたと思ったら変な地震がするは停電するはで!」
「落ちちゅきまちょーいおりちゃん!焦っても焦ってですよ!!」
「ランサーから聞いた話だとルーラーの通達が途切れてから少しして突然拳銃を出したんだ。それで、宝具を使ったらサーヴァントが何百人も召喚されて、そしたら自殺だよ!しかもアイツらランサーがライダーを殺したと思ってる!このままじゃ皆殺しだ!!」
「!下からかなりの数が上がってきている……五、十、四十、いやもっと……」
「サーヴァントが四十人ってそれズルじゃん!?」

 マイケルは目ざとく全員の顔を見た。何人か表情が分かりにくいのもいるが、全員が全員とも多かれ少なかれ困惑の感情が見てとれる。自分も今あんな顔をしているのだろう。
 ともかく、なんとか幸村達はエレベーターを抉じ開けた。軽く5フィートは下にずれているためランサーが身を乗り出して引っ張り上げる。それを若者――色丞狂介に支えてもらいながら見ていると今度は見知った顔が近づいてきた。アサシンとそれに手を引かれるこれまたプレティーンの少女、そしてシュレディンガー准尉だ。

(?)

 人が集まったところで口々にこの異常事態について話しだす。やれライダーのマスターがいないだの、セイバーのマスターがいないだの、下から二百以上のサーヴァントが接近しているだの、教会がカルナに襲われただの。しかしマイケルが気になったのは別のことであった。
 この場にいる人間は多かれ少なかれ、全員が困惑の表情を浮かべている。だが一人だけ。一人だけ全くの無表情な人間がいた。いったいどうすればこんなにも感情を殺せるのか。わからない。日本には能面というマスクを比喩表現として使う文化があるらしいが、なるほどこれがそうか。その顔かを見たことでマイケルの脳細胞が動き始め――


 だがそれは新たな人間の登場で中断される。

「――誰ぞ。」

 最初に気づいたのはアサシンであった。十字路に面した自動ドアではなく廊下の端――電力がなくとも開けられる扉から一人の小さな人影が現れたのだ。
 服装はボーイッシュだがなにぶん距離がある上に暗いので人相もわからずいまいち印象がハッキリとしない。たしかこの部屋は准尉が出てきた部屋であり、そうであるならあの人影はライダーのマスターだろうか。

「あれがライダーのマスターか?」
「違う……高遠より少し大きいぐらいの女の子さ。」
「俺と同じには見えないな。あっちはパッと見、男だし……」
「サーヴァントではないようだが……離れていろ。」

 どうやら違うようだ。一同に緊張が走るのをマイケルは感じた。
 ここはどうやらホテルのようであり、いくつかの部屋を同盟で借りているのだろう。そしてその借りた部屋から見知らぬ人間が出てきたと。たしかに得体の知れない相手だ。
 自然皆は少年から距離をとろうとする。幸運なことにこの廊下はかなり長い。ホテルを縦断、横断する形になっているのだろう。少年が近づいてきた分だけ距離を開けようとして。


 その黒髪の少年は文字どおり『爆発』した。


 炎が巻き起こる。とっさに目の前にいたいおりに覆い被さるように抱き締める。背中に一瞬熱と振動を感じて、マイケル・スコフィールドの命は刈り取られた。



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