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 ――まず最初に、現在の状況をお知らせします。現在生存している主従は、残り十六組です。


(十六か。となると、俺達の情報に無いのはあと二組。この分なら今日中に見つけ出せるだろう。)

 静かに街の光を返して流れる未遠川の上を飛ぶ蝶が一匹。

 日付が変わったその時、蝶人・パピヨンは渡河の真っ最中であった。

 彼とテレサ、そしてまほろとのび太の四人は23時頃にはホテルを出て間桐邸への移動を開始したのだか、想定よりもかなり街が混乱していたことで予定に遅れが出ていた。NPCはどうとでもなるがそれに紛れて他の主従がどこで監視しているかわかったものではない。そのために高い感知能力を持つテレサを連れてきていたのだが、連れ出した方便のままに働く機会は出来れば来てほしくはなかった。
 しかし少々臆病が過ぎたかも知れないと通達を聞いて思う。勿論十六組にカウントされていない野良サーヴァントや野良マスターのいる可能性はあるが、現状こちらに敵対的と呼べるのはカルナを含め三組のみ。仮にカルナのマスターが死んでいてカウントに入っていなくともこちらに有効な打撃を与えうるにはあちらも複数でなければ難しい。そうなるとあまり警戒する必要は無かったのだが、まあそれは今だから言える結果論だ。


 ――次に、臨時通達です。現在会場の冬木市は戦闘の損害、並びに神秘のろ……露呈?によるNPCの活発化により聖杯戦争の続行が困難になり状況にあります。この聖杯戦争では皆さんの自主て……噛んじゃった……自主的!な、活躍を望むべく、わたし、わたくし達からの介入は原則として行わない方針です。しかし、多数の死傷者、行方不明者、並びに会場の故意かつ不必要な破壊、及びそれによる報道機関、政府機関等の出動など、主催者として看過することが不可能な事態が発生しました。


「セイバー、聞いていたか?」
「いや、聞いていなかった。」

 闇の中から滑るように現れたテレサが答える。パピヨンは仮面の下で表情を険しくした。テレサがあてにならない以上パピヨンが考えなくてはならない。即ちこの臨時通達とやらをどう見るべきか。
 ルーラーからの、メッセージというのは考えにくい。もしそうならあそこまで拙い通達はしないだろう。そんな無能では困るというのも大なる理由だが。
 では、素直にルーラーの後ろにいる連中、主催者だろうか。本選開始以来、いや、聖杯戦争開始以来表に出てこなかった奴らが今ここでおぼろ気ながらに出てきたのか。これは幾分かありえる。あの通達はまともなルーラーなら、ルーラー本人の判断によって出されたと考える方が自然だ。しかしあのルーラーならば、まるで誰かが用意した原稿を読んでいるかのような印象が与えられる。ルーラーを扱う側よりルーラーというサーヴァントの元の人間に詳しければ、そういう風に思えるのだ。ということはそれは――


 ――よって一週間後の八月九日零時を持ちまして本聖杯戦争をコールドゲームとし、優勝主従が決まっていなかった場合は同日七時より冬木教会にて抽選によって優勝主従を決することとします。またこの事態を招いた容疑で以下の五組の主従に可及的速やかな冬木教会への出頭を要請し、その身柄の確保・拘束・殺害に成功した主従には最大で令呪を五画配布します。


「ああ、聞いていない。」

 闇に向けた視線にふたたび闇から声が上がる。パピヨンの表情は更に険しくなった。

 このタイミングでのコールドゲームの通達。強権的なルール変更。これは誰からのどのようなメッセージなのか、それが問題だ。誰が言ったかでそこに込められた意思は大きく違ってくる。
 これが主催者の判断によるものなら、こちらの動きが察知された可能性がある。一月のタイムリミットを一週間にされれば当然こちらの『必勝法』が成立する猶予が減る。令呪という報酬のかかった賞金首にテレサ達がかかれば確実だろう。しかしこれには少々わからない点もある。現在全くの未知の主従は最大でも三組のみ。これならば一週間以内に『必勝法』を受け入れない主従の処分は充分可能だからだ。最大十三組プラスアルファで他の主従を崩壊させてから生き残った連中が疲弊した隙に『必勝法』を推し進める。一時的な厭戦気分に漬け込めれば、後はどう信頼させるかだ。差し迫った時間を考えれば口説き落とすのは難しくないだろう。そういう意味ではこのルール変更はありがたい。
 ではルーラーの裁量ならどうだろうか。その場合は、まあ、勝手なことをしてくれた、といったところか。こちらとのコミュニケーションに支障があるとはいえ、だったら何もせずにしていてもらいたい。それともなにかしなくてはならなかったので可能な限りこちらに有利になるよう便宜を図ったのか。まあその辺りの事情は相談できない以上結局は憶測にしかならないか。
 そして気になるのは、賞金首が五組にのぼること。十六組中の五組となれば約三分の一、となると間桐邸、翠屋、冬木ハイアットホテル、この三同盟のうちから最低二組は賞金首が出ることとなる。そうなれば固まりつつある体制が根底からぐらつく。これをどう考えるべきか。
 パピヨンは念話に一層集中する。誰が名前を呼ばれるか。それで今後は大きく変わるのだ。


 ――マスター・マイケル・スコフィールドとアーチャー・ワイルド・ドッグ、マスター・高遠いおりとランサー・アリシア・メルキオット、マスター・イリヤスフィール・フォン・アインツベルンとランサー・カルナ、マス――


「なんだ――」

 名前が呼び上げられるなかテレサが声を上げる。と次の瞬間、音と衝撃がパピヨンの身を襲った。

「地震、じゃないな。遠かったがプレッシャーがあった。」
「外れの森の辺りか……やられた!?」

 テレサが全身を実体化させ妖気探知のレベルを上げる。だがそれよりも高所から街を見渡したパピヨンの方がそれに気づくのには早かった。

「セイバー、教会を探れ。」
「おい、前にも言ったがあそこは。」
「わかっている。やれ。」
「そういうことか……」
「どうだ。」
「……いや、できないな。だが前より範囲が広い。」
「つまり。」
「教会になにかあった、もしくは今もあっていると考えた方がいい。」
「だろうな、跡形もない。」
「……跡形も?」
「ああ。きれいさっぱり更地になってる。」
「……」

 沈黙したテレサを放っておいてパピヨンは高度を上げる。今は感知に専念させた方が良い。
 教会の辺りには送電施設もあったのだろうか、街は停電になっていた。小高い山のこちら側、つまり冬木市は影に沈んでいる。そんな街に一本の帯状の線が走っているのがなんとか見えた。滑走路か地上絵か、それは真一文字に無造作に地面に引かれている。一方の端は教会近く、もう一方の端は市境まで達しているのではないだろうか。たいした破壊力だ。

「バーサーカーだ。」
「何?」
「バーサーカーの魔力が現れた。ホテルに向かっている。」
「黒いバーサーカーのか。」
「ああ。」
「誰の指示で教会に居たんだ。とにかく戻るぞ。さっきの通達といい今のホテルはどう転ぶかわからん。」

 パピヨンはそう言うと飛行を開始した。バーサーカーが霊体化するまではこちらも実体化して先を急ぐとしようというのだ。
 そんなパピヨンをテレサは一瞥すると、ビルの屋上へと駆け上がり、そのまま跳躍した。視線は、当然、教会。パピヨンより良い視力でその惨状を視認、しっかり焼きつける。
 一言、誰にも聞こえない声で呟く。今は、後だ。

 そうして二人は急いでマスター達のところへ戻ろうとして。

 冬木ハイアットホテルの頂上が炎に包まれるのを見た。



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「クロス……アウッ!!」

 色丞狂介の全身はくまなく爆炎でローストされていたが辛うじて意識を持ち続けていたのはもはや奇跡というほかなかった。謎の少年が爆発したその時、彼は幸運にも最も離れた場所にいたのだ。間にいた真田幸村がとっさに炎で炎を相殺したのも良かっただろう。あれで幾らかは勢いを削がれ衝撃で吹き飛ばされるだけでなんとかなった。
 そう、ホテルの外に吹き飛ばされるだけで。

「届けよ……!」

 もう一つ彼が幸運であったのは、地上まで高さがあったことだろう。優に百メートルは軽く越えているのだ、それだけの高さがあれば滞空時間も長いし、なにより落ちたら痛みもなく死ねるから。

 ろくに動かない体を無理やり動かしムチを振るう。飛んでいるハエの羽だけを打ち砕く精度のそれは、これまた幸運にもこの絶望的状況でうまく突起に巻きつくことに成功した。後はスパイダーマンの如くどこかに着地すれば奇跡の生還である。

「ぐ、うううう、う……」

 まあ無茶な状態で無理をすることで腕がつる。そして困ったことに、着地点は壁面しかない。
 数秒後、幸運にもガラス窓にぶち当たることで彼は落下死だけは避けることができた。


「核金が一つ減っているということは、お前でも死にかけたか。どうだ?死の淵から戻ってきた感覚は。」
「パピ、ヨ……」
「NON、もっと愛を込めて♪」
「パピヨン!」
「72点だな。で、これはどういうことだ。」

 周りを見回しながらパピヨンはそう言った。


 新都のビル街に入った辺りで霊体化したバーサーカーに合わせて霊体化したパピヨンとテレサは、それでも建物や人波を突っ切ることで可能な限り早く戻ってきた。少なくとも本人達はそう思っていた。しかし、つい一時間ほど前に出発したときからホテルの有り様は大きく変わっていたのであった。
 まず、ホテルの周りに人垣が出来ていた。警官と報道関係者らしき人間の他には若干名の通行人しかいなかったはずが、今は黄色いテープの外周に百を越す人間がたむろしている。
 ホテルのロビーも混乱していた。どこか浮き足だった雰囲気ではあったもののまばらな人しかいなかったそこは、部屋着に旅行鞄というちぐはぐな格好をした宿泊客が所在なさ気にしていた。とっとと避難すればいいものを、あの怪文書のことを気にかけているらしく、出ていったらホテルを爆発させるんじゃないかなどと喚いている。
 ホテル全体もそうだ。テレサが感知したそこには、千を超すと思われるサーヴァントが犇めいている。だがそれだけではない。ホテル全体が謎の魔力で覆われているのだ。内部の人間の挙動がおかしいのもそれが原因だろうか。
 そして一番の変化は、最上階が吹き飛んで炎上していることだ。拠点となっていた35階の四つあったスイートのうちの一つ、海岸線に真っ直ぐ部屋の角を向かわせたそこは跡形も無くなり、33階の辺りから炎と黒煙が上がっている。借り上げていた十二部屋のスイートをピンポイントに狙ったであろうことが見てとれた。

(内通者か内輪揉めか、もしくは未知のサーヴァントの襲撃か。)

 ぜえぜえと肩で息をしながらパピヨンは険しい顔で――しかしどことなく愉快そうに考える。狂介と念話は通じないが、生きていることはわかる。正確な位置はわからないが、恐らく地下。なかなかにクソッタレな展開だ。

(今までずっと退屈だったからなあ……ちょっと、コ・ウ・フ・ン♡)

 パピヨン達の目の前で魔力が変化する。エントランスから門が開くように魔力が消えた。

 パピヨンは醜悪なギラついた笑顔を浮かべる。ようやくお楽しみの時間だ、と。


「――で、アーチャーを送り届けて帰ってきたらこの様というわけだ。」

 ホテルの地下、駐車場より更に下の基盤部分。突撃銃を携えるSSに取り囲まれたそこでベッドに横たわる狂介にパピヨンはこれまでの顛末を話していた。
 猫耳のサーヴァントとコートのサーヴァント――彼は猫耳から大尉と呼ばれていた――、そしてランサー・アリシアにエントランスで出迎えられた彼らは地下に導かれ今に至る。
 大量の資材と忙しなく動き回るサーヴァント達の間を抜けて来たそこには、つい一時間ほど前に見たのと同じ顔が――若干減って揃っていた。

「体は治っているはずだが、メンタルはそうはいかないか……よし、これが何かわかるか?」

 ペシペシと頬を叩いてきながら己の股間を指し示すパピヨンに「蝶」と小さな声ながらも応える。「正気は失ってないようだな」と頷くとパピヨンは続けた。

「一つずつ……順番に質問に答えろ。一番目の質問だ、俺が出ていってからいなくなった……生きていると確認できなくなったのは誰だ。」
「それは……セイバーのマスターと、俺達が見張ってた方のアーチャーとマスター、あの眼鏡のライダーと、あと、そのマスターも、らしい……」

 ぼうとしていた狂介だがいくらか吃りながらもパピヨンに答える。まだ頭は回っていないようだか、割りとしっかりとした反応にパピヨンは心中で狂介を再評価した。

「よし。二番目の質問だ。死体が確認できたのは誰だ。」
「……アーチャーの……マイケル・スコフィールドだ。死因は、頭部挫傷、らしい。それ以外は、わからない。」
「三番目だ。死体が確認できなかったのは?誰だ。」
「アーチャーとライダー、それにミュウちゃん……、セイバーのマスターの、あの女の子だ。あと、ライダーのマスターの女の子も、行方不明らしい。」
「四番目。死亡が確認されたのはアーチャーのマスターであるマイケル・スコフィールド。確認されていない、行方不明なのがセイバーのマスターの黒鳥苺、ライダーのマスターの少女、そして死ねば消滅して死体がのこらないサーヴァントの、アーチャーとライダーの二騎。これで間違いないな。」
「そう、その五人だ……待って、もう一人いた。黒髪の男の子も、たぶん死んだと思う。その……自爆したみたいだから、死体が残らなかっただろうし。」
「自爆か。自爆、自爆ねえ……なかなかエキセントリックだ。」
「……パピヨン、もしかしてこれって。」
「三割だ。」
「……え?」
『お前の考えている可能性は、恐らく三割程度。できすぎている上に中途半端だ。そしてラディカルすぎる。このタイミングが動けた人間は、それこそ神の目でも持っていないと成立しない。まあ、未来予知や時間操作の可能性も考えられるが、それが可能な人間がいないのはお前も知っているはずだ。となると、それができるのは唯一人……奴らだけ。だがそれもあの通達を考えれば薄い。』
「……」
「……ちょっと持ってろ。」
「お、おい!」

 パピヨンは自らの核金を狂介に放ると、それが受け止められたのを確認するより早く思考の海へと潜った。

(俺自身が操られて爆発を起こした可能性は?)
 ――極めて少ない。

(その根拠は?)
 ――射程距離を考えれば不可能。

(認識を操られている可能性は?)
 ――考慮不適、但し考えにくい。

(その根拠は?)
 ――なんら自覚がないんだ、そのレベルで弄られているならいくら考えても無駄無駄、そしてそこまで洗脳できるような奴はまずいない。

 パピヨンは狂介の周りを歩き始める。困惑した目で見られるのを無視して、足と思考は加速する。

(俺は本選で誰と会って来た?)
 ――深夜に孫悟空を名乗るサーヴァントや間桐主従と接触、早朝にイリヤ主従、アリス主従に接触、朝にルーラーと、昼にのび太、安藤主従、マイケル主従、真田主従、カルナ、猫耳……シュレディンガー准尉、アサシン、高遠主従、美遊主従、教授と接触。夜にライダー、九重と接触。

(催眠、洗脳能力があると考えられるのは?)
 ――確実なのは孫悟空とアサシン、それ以外は不明。

 螺旋を描くように進む。奥へと深度を増す。

(『必勝法』はまだ可能か?)
 ――可能。失ったのはセイバーのマスターのみ。但し、仮説に関しては要検討。

(仮説において検討すべきこととは?)
 ――ナチス、爆発して消し飛んだ人間、そして恐らく吸血鬼。俺はこんな奴らが出てくる話を知っている。さっき読んだからな。

(つまり)
 ――スタンド攻撃を受けている可能性がある。これは冗談ではなく現実に起こりえる危機だ。


「キャスター。」

 粘性を持って絡みつくような海から強制的に引き上げられる。狂介が横たわるベッドを挟んだ向かい側に、シュレディンガー准尉がまるで最初からそこに居たかのように現れていた。

(『催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ』なさそうだな。まさしくシュレディンガーの猫か。)
「こんなのでも俺のつれなんでな、治療の礼は言わせてもらうぞ、准尉。それで、要件はなんだ?治療費でも取り立てに来たか?」
「礼なら教授《ドク》に言ってよ。ま、その教授に言われてきたんだけどね……0030から善後策について話し合いたいから集まってほしいんだ。場所は、君もさっき見たと思うけど、指揮所だよ。」
「話し合い……か。馬鹿正直に魔女狩りと言わない程度には、理性を保っているようだな。」
「それは君たち次第さ。それに魔女狩りじゃない。日本語で言うと……人民裁判さ。」

 それだけ言うとシュレディンガー准尉は、やはり唐突に消えた。
 舌打ちをする。ベッドの近くに無造作に置かれた時計を見れば、半まであと三分。時間がない。恣意的なものを感じる。

「パピヨン、急ごう。」

 悪態の一つでもつこうとして、狂介がふらつきながらも立ち上がったのをみてやめた。肉体の治癒はこの短時間では誤差の範囲だろうが、精神は落ち着いたらしい。全く、これでは病欠は使えなさそうだ。

『立てるなら歩け。そして俺の話を聞け。』
『肩ぐらい貸してよ……それで?』
『聞いての通り、犯人探しだ。そこでいくつか注意しておく。お前が探偵役なら何から調べる。』
『……現場?証拠を集める、かな。』
『俺もそうするだろうな。これが爆発事件で今も火事の真っ最中でなければ。』
『じゃあ仕方ない、変わりにアリバイから調べる、かな?』
『確かに有効だ。事件が東京で起こったときに大阪にいれば、瞬間移動でもしない限り不可能だろうからな。』
『じゃあ動機……ダメだ、みんなある!』
『ああ。ここにいる連中は殺し合いの参加者ばかりだ。つまり『まともな推理なんて意味ない』Yes!』

 自然二人は早足になる。つい三十分前まで一緒にいた、幾分か少なくなった人間達の姿を狂介は認めた。どうやら自分達が最後のようだ。

『もう一つ、改めて聞いておく。あの中にお前が読んだり観たことのある人間はいるか。』
『ないさ。でも、本当に……』
『はっきり言ってあのへちゃむくれは信用できんが、奴の仮説は考えるに値する話だ。』
『……死んだ人を悪く言うなよ。』
『本当に死んだのか、それを今からあのキャラクター達と話し合うことになるだろう。』

 そう言われて、狂介は全員を画面の中の二次元上の存在として見てみた。やはり想像がつかない。当人には悪いが、全く別々の世界から――それこそ本の世界から人間を集めているという仮説は俄には信じられなかった。



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 疲れた、というのが高遠いおりの率直な感想だった。
 予選の最終日にアリシアを召喚したときは一日中そのショックで寝込んだし、本選が始まってからもいきなり戦闘になるは自宅に即行で他のサーヴァントが来るは気がつけば大所帯になって麻雀してるわで気の休まる暇がない。これが本人の体感時間では一日で起こっているので、彼は正直なところ参っている、と言えるだろう。

(死ぬかと思った。)

 肩がずきりと痛む。端的に言うと、いおりは戦争に疲れていた。
 爆発のあったあの時、立ち竦むだけだったいおりをマイケルが抱き抱え、後ろにいた茜ごとエレベーターに滑り込まなければ、確実に死んでいた。しかもあれで助けた本人は死んだというのだ。いおりは爆風を茜が、落下の衝撃をマイケルが受け持つ形になったのであばら骨へのヒビと肩の脱臼だけで済んだが、となると咄嗟に自分が下になるように身体を捻ったのだろう、しかし、それで頭まで、首まで捻ることはなかったろうに。
 どこかから漂ってきた微かな血の臭いが鼻腔で増幅される。ざくろのように頭が割れたマイケルのビジョンが瞼の裏でスローモーで流れた。

「具合はどうかね、高遠女史。」
「肋はともかく、肩は問題なく動くよ。」
「それは重畳。君の製作者の腕が良くてね、メンテナンスが楽だった。ある種の嫉妬すら抱くよ。」
「人のことサイボーグみたいに言うなよ。」
「いやはやこれは失礼。では。准尉。」

 後ろにSSを引き連れて現れた教授は、それだけ言うと元来た道を戻った。その様は、大学かどこかの研究者が実験の経過を見ている光景を思い起こさせるものだ。

(……改造されたりしてないよな?)

 ナチスにサイボーグに改造されました、ゾンビにされました、なんだかんだあってサメになりました、なんてことはないと信じたい、信じたい、が、サーヴァントならそれもできるのだろう。なにせ今も自分を護衛という名目で拘束している奴らの犬歯は人間離れして尖っているのだ。まるで吸血鬼のように。

「ランサー、どうだった。」
「……二人とも、抵抗せずにここに来た。これで全員揃ったよ。」
「そっか……で、准尉だっけ、できればランサーと二人にしてほしいんだけど。」
「う~ん、それがさあ、ちょっとこれからみんなで会議することになってさ、それを伝えに来たんだよ。」
「……いつから?」
「0030から指揮所だよ。ランサーなら場所はわかるよね。」
「ああわかるだろうな暗殺犯と間違えられて拷問されかけた場所を十分やそこらで忘れる人間はいないだろうな。」
「そんなに怒らないでよ、状況が状況だったんだから。それに、僕たちの共通の敵は犯人だよ。」

 それだけ言うとシュレディンガー准尉はかき消えた。文句を言おうと開いていた口をいおりは閉じる。あのライダーのサーヴァント達はこちらの話を聞く気などさらさらないのはわかっていたが、それでも腹が立つ。

『いおり、私――』
『何言っても無視するさ、アイツらは。』
「下手なこと言ったら手錠つけてでも引っ張り出すだろう、アイツらはそういう連中だよ。」
「……車椅子借りてくる。」
「サンキュー。」

 力なく首を振って歩いていくアリシアを見送り、いおりは拳を握った。これから始まるのはまず間違いなく犯人探しだ。爆破テロと拳銃自殺なんていう奴らが一番警戒するであろうことが起きたのだ。それにいおり自身、犯人を見つけ出したいという気持ちは他の人間と同等かそれ以上にある。短い付き合いとはいえ目の前で人を――妹程の年の子まで殺されて感情的にならないほど大人ではない。

「こんなことになるなら、ミュウから話聞いとくんだったな……」

 一人ごちる。アリシアは車椅子を押した。


 指揮所とされたそこは乱雑に資材が積まれている他からすこしばかり離れたところにある、絨毯の敷かれた一画である。アリシア達が到着した頃にはほとんどの参加者が集まり終え用意された椅子に車座に腰掛けていた。

 まず最初に目に入るのは、レオタードのような衣装に身を包んだ美遊・エーデルフェルトとその後ろに佇むバーサーカーだろう。白のワンピースから魔法少女のような格好に変身している。もっともアリシアは魔法少女というものを知らないのでキャスターみたいな格好をしているぐらいにしか思わなかったが。
 その向かいで幼い少女を連れているのはアサシンだ。こちらは特に変わりなくいつもの仏頂面のままであったが、似た者主従なのだろうとアリシアは一人納得する。
 その横、入り口から見て手前にいるのが日野茜とランサーである。頭に包帯を巻き車椅子も用意してあるが、立ってアサシンと話しているということは軽症かもしれないとアリシア達は思った。
 その向かい、美遊の隣がセイバーだ。絨毯にお構い無しに剣を突き刺してそこに腰掛けている。表情を伺えない仮面のような顔、それが見るものに与える印象だろう。
 そしてその横のアリシア達の向かいに場所をとったのがキャスターとそのマスターの色丞狂介であり、彼らと共に最後に来た教授が二列になった一堂から少し離れて周りを見渡した。

「皆さま、全員お揃いのようで。」

 チラリと時計に目をやり長針が6の文字を指しているのを認めると教授は話し始めた。

「この状況でわざわざ俺たち全員を集めたということは、余程急を要する話なんだろうな?」
「勿論。今現在の我々の状況は最悪に近い。故に、早急に話し合わなければならないことが山積しています。なにせ……我々は自分達に何が起こったのかもわからないのですから。」

 キャスターの問いに教授は答えると共に、大型のディスプレイとホワイトボード、そしてスポーツで使う電光タイマーのようなものがコートの男によって設置される。その男が大尉と呼ばれていることを知るものは大隊の人間、もとい吸血鬼を除けばただの数人のみ。その場にいる人物の呼び名一つわからない現状は確かに混乱していると言えた。

「では……皆さまにまず確認しておきたいのですが、ここにいる全員が本人、ああ、先の晩餐会に参加しているという宣誓をして頂きたく思います。」
「それって、ここにいる人に偽者がいるって疑ってるのか。」
「考えられない話じゃないでしょう?洗脳、変装、憑依、ここにはそんなことができる方が揃っている、そうでしょう?」

 きりりと空気が不穏に引き締まるのをアリシアは覚えた。ただでさえ、ここにいる人間は多少の差異はあれど聖杯戦争から脱落しかけたのだ、その上、隣にいる人間が自分の知らない人間となればこれはもう疑心暗鬼になるのは必然であろう。
 沈黙がややあったあと、一人また一人宣言した。といってもそれは当然口約束でしかないのだが、しかし誰一人として宣言を拒否することなく応じたのはアリシアにはわずかだが希望に思えた。
 そうして理性のないバーサーカー以外の全員が宣言したところで、今度はシュレディンガー准尉――やはり彼のことも呼び名すら知らないものはいた――が、ワゴンを押して来た。乗っているのは表面をカラーのガムテープで保護され、五つのLEDランプらしきものが見える。「発信器などが入った首輪です。これで不慮の事態が起こっても本人確認をできるようにしたく」と言って教授は一つ手にとって掲げてみせた。「これを皆さまマスターに着けて頂きます」と言うと共に周囲の気配が変わる。この感じはアリシアには覚えがあった。軍隊がその銃を人に向ける時のものだ。そしてそれと同じ空気を出しているサーヴァントがいるのをはっきりと覚えた。
 アリシアは横目でセイバーを見る。その表情は薄く笑っていた。

「爆薬か。」
「なっ!教授殿――」
「落ち着かれて下さいよぉ、なにも殺そうって訳じゃないんですから……それとも……」
「今ここで死にたいか?」

 一瞬である。いおりがまばたきする間もなくセイバーは声をあげた幸村の真横に現れ茜の肩に手を置いていた。

「セイバー、貴様……堕ちたか。」
「なーに、マスターを失ったもん同士仲良くなってな。協力して犯人を見つけようってなったんだ。だってこの中に人殺しがいるかもしれないんだからなあ?」
「ちょ、ちょっと待て!爆薬ってどういうことだよ!?」
「それについては私から。まさかいないとは思いますが、この中に万が一にでも同盟の仲間を手にかけたものがいたときのために、ちょっとした抑止力が必要と思いましてね。首輪に発火装置を着けておきました。あ、ご安心を、1メートルほど離れれば首輪が起動した本人以外は死にはしません。それを今から実演したく思います。准尉!」
「はいはーい。皆々様ご注目!」

 キャスター主従が激しく反応するのをよそに教授は話を進める。いつの間にか教授が手に持っていた首輪と同じものを首につけたシュレディンガー准尉が、一堂の前に歩き出てくる。

「この首輪には四つのランプがついています。そしてこちらがそのランプをつけるリモコンです。」
「このリモコンのボタンにはそれぞれの首輪が対応しています。テレビのリモコンと同じ理屈ですよ。そして一つにつきどれか一つの首輪だけランプを点けることができます。チャンネルを変えるのと同じ要領でね。」
「このリモコンはサーヴァントの皆さんに一つずつ支給します。ああ、ライダーの分は代行として私が一つ持つだけなのでご安心を。こっちも千個もリモコン用意してられませんからねえ。」
「さて……察しの良い方ならお分かりだと思いますが、ここにいるサーヴァントは七騎、ランプは四つ。はいそうです発火する条件はランプが全て点いた時です、そして誰のランプを点けるかは皆さん一人一人が決める。」
「裏切り者を我々の手で処刑するのです。過半数の信任を得て。民主的に!」
「そう、このようにね。」

 口から泡を飛ばしながら熱弁する教授は、アリシアにはまるで正気とは思えなかった。それと同時に、これこそが目の前の男の本性だと、この連中が連中であることの理由だと感じた。
 『イカれてる』。それがこのサーヴァント達なのだとわかった。そうでなければ、自分達の仲間に爆弾付きの首輪を着けたりしない。いや、それより。

「きゃああああああああああああああっ!!?」
「こやつ……本当に……」
「嘘だろ……そんな!?」
「ふん……」
「……」
「教授殿ォ!これはどういう!!」
「どうってわかるでしょ?燃えてるんですよ、准尉が。」

 まるでそれこそテレビのチャンネルを変える感覚でリモコンを操作して自分の仲間を火だるまにする奴はいないだろう。
 悲鳴を挙げる者、息を飲む者、あくまでも無表情な者、反応は様々だ。だがただ一人、教授だけはギラついた笑みを浮かべている。いおりは思った。あのマスターにしてこのサーヴァントありと。危険だ。危険すぎる。何が危険と言えば、奴らにはもはや頭がない。指揮する人間がいない軍隊はただの暴力だ。その暴力が、ここにいる全ての人間に、敵味方有象無象区別なく奴らは向けているのだ。
 目を閉ざそうとするアリシアの手をどけていおりは教授を見る。この連中にとってはこれはデモンストレーションでしかない。自分達が本気であることを示すために、狂気であることを示すために、ここまでする連中だ。なら次はどうする。こいつは何をしてくる。それに備えなければ、生き残る道はない。
 セイバーは教授からリモコンを受け取るとサーヴァントに配り始めた。そしてそれが終わると今度は大尉と共に首輪を持ってマスターの元へと歩く。その一番最初は、いおりだった。ならばいおりも前に出る。この血祭りを踊りきる勇気が必要なのだ。強く出る、強く打つ。准尉の首が焼け落ちたのか、ポトリと落ちた。



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 これより始まるのは、至極ありがちな犯人探し。

 マスターの首には爆弾。サーヴァントの手にはそのリモコン。過半数が望めば、いつでも人一人焼き殺せる。

 アリシアのリモコンを持つ手が震える。いおりの全身が震える。自分達を除けば六人。その六人中四人が黒と判断すれば、いおりは人間松明と化す。そしてまた彼女達は、他のマスター達の殺生与奪も握っているのだ。サーヴァントというある種非人間的でありながらある種人間的な暴力装置ではなく、リモコンというひどくありふれていて、ひどく陳腐なもので人間一人を20%分殺せるのだ。

 シュレディンガー准尉の死体は消火器を殺虫剤のようにかけられるとSS達がほうきとちりとりで炭と灰を回収した。そして端からそんなものは存在しなかったかのように教授は話を続ける。
 夜明けまでに犯人を必ず見つけ出すという宣言、脅迫。
 用意されたタイマーがカウントダウンを開始する。
 それぞれの首輪のチャンネルの説明、動作テスト。
 首輪に衝撃を与えると誤爆しかねないこと。
 ここから数十メートル離れると首輪のアラートが鳴り数秒で爆発すること。
 ホワイトボードに張り出される現在の状況、警察の動き、消防の動き、火事の状況、ホテルの状況。
 話すべきことの箇条書き、全員のアリバイ、踏み込んだ情報共有、そして教授達がなんなのか、その解説のロードマップ。

「さて……大分無駄な時間を使いましたが、そろそろ始めるとしましょう。皆さんもこんな時間にめんどうなことを考えるのは嫌でしょうだから早く済ませましょう。」

 傍聴するかのように周囲を吸血鬼が取り囲む。

 SS、降下猟兵、海軍士官。

 ろくな灯りもない地下の空間で、赤い目を光らせてその時を待つ。

 ああせっかくの戦争、それなのに一目顔を見たときには彼らの司令官は頭を弾丸で撃ち抜かれていた。

 誰だ大隊指揮官殿を殺したのは。

 誰だ総統代行閣下殿を殺したのは。
 ああこれは聖戦だ。

 彼らの敬愛すべき少佐殿を殺した連中を蹂躙し包囲し殲滅するのだ。

 その開戦の時を今か今かと待ちわびる。


 そしてもう一人。妖しく微笑む女が一人。

 セイバー・テレサ、彼女は教授達ライダーの置き土産とはまた違った思惑で動いていた。
 シュレディンガー准尉の死も至極冷ややかに受け止め、ただただ他の人間達を観察する。それがなんのためかは他の人間からは、それこそ共犯者である教授にもわからない。彼女が何を求めてどのように行動するのかをこの場で読める人間は誰もいなかった。もしいるとすれば、それはやはり神の目を持つものだけであろうが、そんなものを持つ人間はいない。

 教授は犯人を必ずや抹殺して見せる。それが彼の戦争だ。
 テレサは微笑し黙する。彼女の腹はひょっとしたら彼女にもわからない。
 日野茜は、真田幸村は、高遠いおりは、アリシア・メルキオットは、色丞狂介は、パピヨンは、九重りんは、千手扉間は、美遊・エーデルフェルトは、否応なしに戦禍に晒されることとなる。
 そしてバーサーカー・小野寺ユウスケは、その血に染まった体では話す術がない。


 時間はこれから深夜一時。丑三つ時へと魑魅魍魎達が縺れ絡み合う。


「人民裁判だ……!」


 彼ら彼女らの関ヶ原は、いよいよぶつかり合うのだ。



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