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 8月2日深夜一時、本選開始から二五時間。
 二十人のマスターと二十騎のサーヴァントが冬木での戦いを始め、それぞれに勢力を広め、それぞれに殺し合い、それぞれに死んでいった。

 どれだけの人間が何をして死んだのかは美遊・エーデルフェルトの知るところではないが、しかし既にゲームは始まっていることは確実であり、そしてまた、美遊自身も既に『乗っている』。だから彼女が文句を言えた義理はないのだがそれでも彼女は言いたかった。「殺人なんて馬鹿な真似はやめてほしい」と。

 彼女の首に巻かれているというよりは装着されているとでも言う方が正しいであろう首輪。表面を黒いガムテープで保護し白くマジックで『9』と書かれたそれに仕掛けられているのは爆弾である。全く冗談ではない。事実、先程彼女の目の前で一人それで死んだのだ、こんな冗談があってたまるか、こんなのが冗談でなくてたまるか。正しく見せしめとしてとして首が飛ぶなんて。そしてなぜこんなものを着けるはめになったかのかというと、理由は簡単。聖杯戦争の最中に死人が出たのだ。それ自体は倫理的に問題があるとはいえ、しかし割とあることであろう。だが場所が悪かった。八組の主従が拠点としている場所で誰が殺したのかもわからない爆殺である。いったいどういうことなのか。美遊にはわからなかったしこの場の誰にもわからない。故に、それを調べようというのだ。生存が確認されている五人のマスターに首輪をかけ、拒否権なく証言を引き出そうと。狂気の沙汰である。

『サファイア、できる?』
『数秒あれば安全に解除できます。』

 もっとも、それで美遊の行動が妨げられることはないのだが。

 先程の見せしめを見る限り、この首輪の殺傷能力そのものはそう高くない。まず首輪から首に向かって爆発が起こり、続いて発火する。この二段階により装着者を殺すようだが、サファイアがいる以上美遊にとっては些かの枷にも成り得ない。まず最初の爆発であるが、その威力の主たるものは急速に熱せられた液状の金属をシャワーのように浴びせかけるものだ。これにより少量の爆薬でも首を落とすことが可能なのだろうが、金属一発当たりのエネルギー自体は大したことはない。脳震盪を起こす恐れはあるものの、首に魔力を集めれば問題なく防げるであろう。発火の方も爆発の直前に首輪下部からガソリンらしきものを噴出するというもので、体に付きさえしなければどうということはない。それどころか噴出という爆発の前兆で魔力を使うタイミングを計れるのだ。サファイアならば充分対応できるものだった。故に――

『危ないと思ったらお願い。』

 ――故に外さない。爆発が起きても問題がなく、解除の目処も立っている以上、今これを外す意味はない。そんなことをしてもライダーの残党達と決定的に対立するだけだ。それよりかはグレーゾーンで彼らが話しまた聞き出す情報を集めるべきである。相手のルールにあえて乗り、利用する。これが賢い選択であろう。それに美遊自身興味がある。いったい誰がなんの目的であのタイミングで爆発を起こしたのか、あの爆発した黒髪の少年は何者なのか、なぜあの爆発でアーチャーのマスターである男だけしか死を確認できなかったのか。それらの手がかりだけでも手に入れられれば今後にプラスに関わってくるだろう。
 美遊は自分の手の中のリモコンを目の端で見る。少なくとも名目上は、このリモコンを持つ者は首輪を嵌められた者に等しい優位がある。見極めよう。

「皆さん首輪はつけられたようで。では時間もありませんし話し合いを始めましょうか。」
「我々はいったい何をされたのか。我々はいったいこれまで何をしてきたのか。我々はこれから何をすべきか。」
「そして、我々はいったい何と戦っているのか。」

 知らず唾を飲み込んだ。首輪がやけに邪魔に思える。だがここで見極めねばならない。誰が信用できるのか。誰が信用できないのか。勿論判断力も考えなければならない。特に美遊をこの件で追及するような人間もダメだ。信用も置けなければ判断力もない。なぜなら、美遊は潔白なのだから。



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「――で、話し合うっていったって、何から話せばいいんだ?」

 まず最初に口を開いたのは高遠いおりという少女だ。明るい髪の、いわゆるボーイッシュな、と形容されるタイプの人物だと美遊は認識している。彼女と話したと呼べるのはあの麻雀の時ぐらいのものだが、くだけた言葉の裏に知性が感じられる人物だ。外見通りの人間とは思わない方がよいだろう。

「そうだな、俺とセイバー、ああ、あとバーサーカーもか。爆発が起こったときホテルにいなかったんで、その辺りの話を聞きたいが、それよりも、まずは自己紹介をしてもらおうか、教授《ドク》?セイバー、貴様もそれで構わんな。」
「まあ、良いだろう。」

 続いて話したのはキャスターだ。全身を際どいレオタードに身を包んだ男である。情報交換の音頭を取ったことやランサーと戦闘したことを考えると、警戒しておくべきサーヴァントと言えよう。
 そしてそれよりも警戒すべきなのが美遊の隣でキャスターに同調したセイバーだ。あの騎士王と二人がかりとはいえ、ランサーを撃退したというのは非常に脅威的である。バーサーカーの初陣でも彼女には終始翻弄されてしまった。マスターが死んでいるのが幸いだが、いまだ消滅する様子がないあたり何か燃費を軽くする手段があるのかそれともどこからかサファイアでも察知できない手段で魔力を得ているのか。どちらにせよ底知れない相手だ。
 正直なところセイバーの隣というのはいつでも殺されかねないので気が気ではない。教会にバーサーカーが居たことも感知能力が高いという彼女ならわかっているだろうが、もしやそれでセイバーのマスターを殺したのがバーサーカーとその命令を下した自分であると疑っているのかもしれない。セイバーはこちらへの牽制で隣に位置したのではないか、セイバーのあの剣裁きならバーサーカーを実体化させるよりもサファイアが障壁を張るよりも首を飛ばされるのではないか、あの一閃なら障壁ごと絹を裂くように身体を二つにされるのではないか、と悪い考えが頭のなかでぐるぐるしていると「わかりました、まずは私がお話しします」と男の声が聞こえた。教授、と呼ばれているあの男に関して美遊が知ることは少ない。とはいえそれが今から、本人の口から話されることになりそうだ。


「皆さんの中にも既にお察しの方がおられるかと思いますが、我々は少佐殿……ライダーにより召喚されました。」
「我々という軍集団の上に立ち指揮する、故にライダーということなのでしょうな、確かにこれ以外のクラスは思いつきません。」
「ライダーの宝具はどうやら二種類というか二通りあるようでして、私は単独で呼ばれました。」
「そして今皆さんの周りを取り囲んでいるのもまたライダーが召喚したもの……全戦力を動員する、まさしく切り札です。」


 美遊は教授の話を自分の中で反芻した。思うに、騎英の手綱のような宝具で召喚されたのだろう。ライダーによる召喚、それは宝具で教授や軍隊のサーヴァントを召喚するものとみて間違いなさそうだ。

「サーヴァントを召喚する宝具、か。この催しを考えれば反則に近いものだが、それなら相応の対価はあるのだろう。ライダーが自殺したのはそうでは?」
「それって、軍隊を召喚するためにライダーが、ってこと?」
「指揮する人間がいなくなるのが条件ていうのは、ええっと、本末転倒なんじゃないかな。」

 頭のなかで情報を整理している最中でも話し合いは進展していく。教授の説明に最初に反応したのは、自分が最も警戒しているアサシンだ。あのサーヴァントにはわかっているだけでも変装と暗示、それと魔術的な拠点を作れる能力がある。そして何より直接イリヤと接触してしまっている。もしこの話し合いで何か面倒なことが起こったらアサシンを犯人として吊るすことも考慮しておくべきかもしれない。
 そのアサシンの発言に反応したのが色丞狂介と青ランサーだ。色丞狂介という男を一言で表すなら、意味不明、だと美遊は結論づけている。言動は高遠と大差なく魔力も無さそうだが、彼はあの爆発からどういうわけか生き延びている。しかもパンツ一枚という格好で。理解できない。
 一方、青ランサーの方も別の意味で不気味である。明らかにステータスが低いのだ。何かステータスを偽る手段があってそれで弱く見せているとしか思えないほど弱い。ランサーと比べるのはむごいが、真田幸村と比べても全面的に秀でているところはないと考えられる。これならクラスカードを使わずとも危なげなく倒せるのでは、と感じてしまうほどに。それ故に既に自分がそう思わせようという術中に嵌まっているのでは、と危機感を抱くほどに。


「軍隊の指揮官が自決して、それを条件に弔い合戦のように我々が召喚された、そう言いたいのですかアサシン。なかなかヒロイックな条件ですが、それじゃあツインテールのランサーが言う通り、本末転倒でしょう。私も我々も魔力で召喚されましたよ、それ以外に条件らしい条件はありません。精々、一度に何人もの人間を整列させられる広さの場所ぐらいですかね。」
「だいたいおかしいでしょう、目的としている騎士王がどこにいるかわかって明日にも直接会えるというタイミングで、なんで使ったら死ぬ宝具を使うんですか。年が明ける瞬間を見たくて夜更かしした子供が紅白が終わってゆく年くる年が始まった時に眠りに行くようなものですよ。そこまで待ったんなら子供でも少しぐらい待ちますねえ。」

(今の教授の言葉――)

 〈その魔力はどこから?〉
 〈紅白?〉
 〈黙っておく〉

『ここは黙っておこう。サファイア、どう思う?』
『今の教授の言葉に嘘はありません。』
「つまり、ライダーが死んだのは宝具とは関係ない、そう言いたいのか。」
「ええそうですとも、と言いたいところですが、関係はあるんです。因果関係が逆転していますがね。私が見た限りでは、ライダーは自決させられる寸前に最後の力を振り絞って宝具を使ったように見えました。ルーラーの通達が停電と共に途切れてから少しして突然拳銃を出したと思ったら自分に向けて乱射したんです。」

 自決させられる寸前に抵抗しようとして宝具を使ったということだろうか。となると、誰がライダーを自決させようとしたのかと言うことだが、素直に考えれば洗脳能力を持つ者だろう。ライダーを直接操ったのかそれともそのマスターを操ったのかは不明だが、それができそうなのは犯人ではない自分とサファイアを除けば、アサシンとキャスターの二人である。キャスターが当時ホテルにいなかったことを考えるとアサシンが怪しいだろう。たしか、アサシン達に与えられた部屋はライダーの部屋の向かいだったはずだ。隙をみてライダーのマスターに暗示をかけ、ライダーを自決させると証拠を消す為にどこかに拐ったのではないだろうか。『それならあの爆発自体がアサシンによる証拠隠滅の可能性があります』とサファイアも賛成した。なるほど、あの爆発と火災なら確かに死体を発見するのは難しいだろう。それにあの爆発でアサシン達に目立った怪我はない。更に言えば、あの爆発の瞬間、まるで爆発が起こるとわかっていたかのように真田幸村は前に出て炎を振るった。彼らにとっては厄介な同盟相手であるはずのアーチャーとそのマスターが死んだことを考えると、あの爆発は真田幸村により起こされた可能性もある。
 そう考えていると、だんだんアサシン達が怪しく思えてきた。彼らならライダーの自殺の強要もあの爆発も起こせるのだ。しかし先入観はいけない。この程度のことは暗殺犯も考えているだろう、思考を誘導されている恐れがある。もっとも、そう考えるこちらの裏をかこうとしているのかもしれないが。それに、アサシンが殺したとすれば、その理由がわからない。なぜあの日付が変わったタイミングで仕掛けたのか。あの自爆した人間はなんだったのか、不透明な点があまりにも多すぎる。考えれば考えるほど、彼らが犯人とも思えるし犯人でないとも思えてきてしまうのだ。よっていったんこの事は考えるのが良さそうだと結論づけてアサシン達を見ていると、ポツリ、とつぶやく女性の声が聞こえた。

「あの……それって誰かがライダーさんを脅迫して、自殺させたってことですかね?だったらこの中に犯人がいないかもしれないんじゃ……」
「!ますたぁ、しかし、これはこの中に、裏切った者がいないことを確かめるという……」
「でも……仲間の中から犯人を探そうなんて……それに、犯人探しの為に、ひ、人を……!」
「……」

 たしか、日野茜だったか。発言を考えるに、彼女は魔術とは無縁の人間に思える。演技という可能性もあるが、あの死人のように青ざめた顔で力なく車椅子に座る姿からはなんの覇気も感じられない。アイドルとはいえそれが演技とはまるで思えなかった。そういえば先程の見せしめで一人だけ派手に吐いていたのを記憶している。半分程しか生きていない高遠ですら悲鳴を上げるぐらいだったが、彼女は失神もしかけていた。マスターの中でも一番に軽視していいと美遊は判断していた。
 そのサーヴァントである真田幸村もどうということはない。青ランサーに比べれば手強いだろうが、既に満身創痍なのだ、今のバーサーカーなら完封できるだろう。ただ真田幸村は知将として知られている。真名を晒しているのはなんらかの策によるものか知れないのでそこには気をつけたい。
 そしてここまで一言も発さないのがアサシンのマスターである九重りんだ。彼女について自分が知ることは非常に少ない。その声すら二三回しか聞いたことがないほどだ。そのため彼女という人間から魔力が感じられないという程度しか情報がなかった。それに何より、彼女が身に纏う雰囲気が嫌いである。理由はわからないが、彼女のことを意識するだけで心がざわついてなかなか治まらないのだ。
 一瞬九重と目があった気がして、とっさに目をそらす。彼女の虚ろな目は見たくない。意識して話し合いに集中する。あれから日野の発言により場は混乱していたようだ、それぞれに次に何を話すべきかでもめていた。一度全員のアリバイを話し合おうと言うものやルーラーの通達について話すべきと言うものや外部から侵入された痕跡がないか確認すべきという声も上がっている。話し合いはここからが本番と言えるだろう。故にここはなるべく長く結論が出にくい話題が望ましい。話が長引けば長引くほどランサーがホテルを襲撃するまでの時間を稼げる。そうすればここにいる連中は一網打尽にできるから。確か放送では残り16組のはずだ。あの時はセイバーのマスターとアーチャーのマスター、それにライダーが死ぬ直前だったので、今は残り13組。ここから更にこの場の4組が落ちればイリヤと自分を除いて7組。そのうち自分達に敵対的なのは5組。なんとかまだなんの情報もない2組を引き入れることができれば、いよいよ優勝は現実味を帯びてくる。逆にこの同盟を崩壊させられなければ十組近くの主従とライダーが喚んだ千騎近いライダーのサーヴァントによる包囲網に自分達は押し潰されてしまうのだ、なんとしてもここで状況を打開せねばならない。通達にイリヤの名前が出てきて反射的に教会をバーサーカーに襲わせたらなぜか一緒にいたセイバーのマスターごと殺すは近くの鉄塔も倒して停電が起きるはでどうしたものかと思ったが、運良く誰かがホテルにかがり火を焚いてしかも二組も潰してくれたのだ、この幸運は絶対に逃せない。ランサーをけしかけても怪しまれない上に疑心暗鬼で統率のとれた行動ができない今、ここでゲームの主導権を握るために動く。

「――私も、セイバーの意見に賛成。自爆した人間がどこから入り込んだのか、招き入れた人間がこの中にいるのか、それを明らかにするのが最も重要だと思う。」
「これで五人。外部から入り込んだのか、が一番多くの人間が気になっていることだ。」
「当たり前のようにバーサーカーを数にいれるな。」
「お前達だってマスターを数に入れているだろう。これぞダブルスタンダードだ。」
「……まあまあ、そうまで話したいのなら、良いんじゃないですか?どうしてもというのなら首輪を使えばいいんですし。」

 自分が賛成したことでセイバーとキャスターの意見が推しきる形になる。その事に他の人間の幾人かは不満を露にしている。これでいい。これでこのままランサーが襲撃する手筈になっている二時まであと小一時間ほど不毛な議論を進める。その過程でもし犯人が見つかればそれもよし、今度は犯人の処遇についてでも議論を持っていこう。その間にランサーの襲撃があれば犯人とランサーが内通していると思わせることもできるかもしれない。なんならその犯人を抱き込んでもいい、敵の敵は味方という言葉があるが、孤立したところを狙えばこちらと組まざるをえないだろう。逆に、表立って動かずとも犯人の逃亡をそれとなく手助けするのもよいかもしれない。そうだそれがいい。そうすればイリヤとランサーから目をそらせる。
 流れはこちらにあるのだ。絶対にこの流れに乗ってみせる。



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 本聖杯戦争における一大同盟の新都の集まり、その本拠地とも呼べる冬木ハイアットホテル地下で行われている話し合いは始まって小一時間は経ったであろうが新しい情報はほとんどなく、答えのでない議論が延々と繰り返されていた。コンクリートに響く誰かのため息、どこからか聞こえる声にならない呟き。そして水を打ったように無言を貫く病院からの仲間達の中、ランサー・真田幸村は独り苦悶の表情を浮かべていた。西軍で、そして大阪城での戦いで身に染みた怨嗟、悲哀、憎悪、そして腹に抱えながらも吐露することのない思惑を持つ仲間……否、これはもしやそれより酷い。あの戦場では仲間への害意を持つものなど一握りであったはずだ。だがここでは皆が皆を信用していない。名目上の同盟と言われても否定はできないような集まりだが、それでも到底仲間に向ける感情とは思えないものを持っているのが感じられた。

「やはりなんど考えても外部からの侵入は現実的ではありません。ホテルの内外には爆破予告の警戒をしていた警察がいますし、そうでなくとも普通に立ち入れるのは三十階のレストランまで。そこから上へはエレベーターを使おうにもスイートの鍵かホテル側の専用の鍵が必要です。無論、エレベーターの防犯カメラにはもっぱら我々しか写っていませんでしたし、そこに写っていたホテルマンもこうして尋問していますが、白と見て良いでしょう。階段も三十階からスイートのある三十三階までは警報付の扉がある上にこちらも無駄に監視カメラが付いています。そして同じように写っていたのは我々だけ。更に三十三階から上は我々で拠点を作っているのに加えてサーヴァントも何騎もいます。初見でこれを突破できる人間がいると思いますか?」

 そう言って教授《ドク》は足元に転がるホテルマンを足蹴にする。教授が中尉と呼ぶ、半身に刺青を彫った女が連れてきたその数人は、恐ろしく生気のない表情で聞かれた質問全てに答え、今は捨て置かれていた。この建物全体を覆っている瘴気が強く感じられたことから、もしやこの建物の内部の人間はあの女により皆同じようになっているのかもしれない。そしてそのホテルマン達に暗示のようなものをかけて尋問したアサシンもまたそれ以来沈黙を保っていた。

「それは全てサーヴァントなら解決する問題だろう。現に、爆発の直後にお前達の親衛隊が拠点化されていた最上部の三階に来ている。サーヴァント擬きでそれなら、本職の、それもアサシンなら問題はなにもない。」
「確かにアサシンならばね。しかし不明な二組がいずれもアサシンであるというのは随分な主張ですねえ?」
「クラス毎の数の配分を考えればなにも不自然ではない。アサシンAが教会を襲撃したのに合わせてアサシンBがホテルを襲う。日付の変わったあの時ならルーラーの通達もあったんだ、タイミングを合わせるのは簡単な上に一方が教会を攻撃したこともわかる。タイムラグなく、しかも偽りなく、な。」

 そんな教授に対して真っ向から反論を述べているのがキャスターである。今の今まで話し合いはこの二人、もとい二騎のサーヴァントで行われていた。

 幸村としては、この集まりは非常に、非常に居心地の悪いものと化していた。
 片や、共にカルナ相手に共に立ち向かった男のサーヴァントであり、この戦いに消極的であるため茜を任せられえる男であり、そして幸村達と盟を結んでいるアーチャーを糾弾した不届き者である。無論幸村は、マイケル達を殺したのがキャスター等とは思っていない。そんなことは考えずともわかる。しかし、どうやら先方からはそう思われていないようで、幸村が何か言ってもキャスターやセイバーに加えてバーサーカーのマスターの美遊も冷淡であった。彼らが冷静な人間だからだと幸村は思ったが、客観的に見れば、それはいささか都合の良い解釈だと言えるだろう。
 そして一方の教授は、ホテルに来た時と爆発の後の二度に渡って茜を救った恩人であり、そしてその首に爆弾をくくりつけ人質にした許しがたき男である。勿論、幸村としても教授達の主の仇を討ちたいという気持ちはわかる。それも、この場にいる者の裏切りによる可能性があるのだ、こんな凶行に走るのもわからなくもない。しかし、だとしても、これは余りに人の道から外れているのではなかろうか。

(俺は――ここまで無力かっ!)

 そしてなによりそんな二人の間で柄にもなく板挟みになり身動きできなくなっている己の不甲斐なさがどうしようもなく情けなく、腹立たしかった。
 こんなとき、父である昌幸ならば周りから敵視されていようと逆にそれを利用し口八丁で皆を纏めていただろう。部下である猿飛佐助なら飄々と話の流れを変え不毛な議論などさせない。そしてあの、『戦神』、武田信玄ならば、ただの一喝でこの場を治めたに違いない。
 しかし幸村には彼らのようにはなれなかった。
 そもそも彼らならば、己がマスターにあのような首輪を着けさせなかっただろう。だが幸村には教授への負い目があった。主の恩がある彼の頼みを無視するなど、幸村の倫理観、道徳観、あるいはそんな肩肘張った言葉ではなく例えるならば、心意気、それに反するものである。誰が二度も命を救ってくれた者の頼みを断れようか。そしてもっと正直に言えば、幸村は茜を失うことを恐れた。ようはそれに尽きる。周りを取り囲む兵達に襲い掛かられれば、城の中で謀叛を企てるようなことをすれば、そして茜の容態が急変したとき教授の助けがなければ、幸村は茜を守ることが果たしてできるのか。その問いに、幸村は教授の暴挙を黙認する道を選んだ。他人の命を、守るべき者の命を賭けられるほど彼は無責任でもなければ腹も決まっていなかったのだ。

 未熟者、臆病者、不覚悟者。
 自らを罵倒する言葉は頭の中に次々に浮かび脳裏にこびりつく。
 故に幸村の心は散り散りになるように締め付けられる。

(――しかれど!見ていてくだされ!父上!!御舘様!!!)

 故に、幸村の心は燃え上がる。
 この真田源次郎幸村、己の失態に対しての対応は圧倒的な熱量を持った前進あるのみ。

 幸村は出来の悪い次男坊なれど、凡百の武士でもなければ勿論暗君でもない。戦国を駆け抜けその最後の輝きとなった漢だ。書に通じ詫び錆びを感ずる等というのは門外漢も良いところだが、今誰が何を必要としているのかはわかる。回り道が近道でも問答無用に道なき道を突き進むのがその流儀。なればこの暗闘の場においても必要なものはその嗅覚で嗅ぎ付ける。ではそれは何か?それは目的である。
 幸村は教授という人間もキャスターという人間も信用している。この二人が、幸村でもわかるほどに無意味に時間を浪費することはないと信用している。彼らの有能さを信用している。そんな彼らが今こうしているということは、つまりそれが二人にとって有用な策であるはずなのだ。
 では彼らは何を目的としているのか。恐らくそれは話すだけでは得難いものだ。ならばなにか。話ではないものだ。つまりそれは。

(人を見ているのか……?)

 この話し合い、それに臨む者の立場は大別して二つ。マスターを殺された者と殺されなかった者。今の状況で舌戦を続けているのは。教授とキャスター。しかしキャスターはセイバーと主張をともにしている。これはあの爆発の前に行動を共にしていたためか。またバーサーカーのマスターもセイバーに同調している。そういえば、バーサーカーは、キャスターとセイバーがアーチャー達を送り届けに行った後教授に頼まれて教会に赴いたはずだ。カルナらしき気配を察したというのがその理由であったが、それならアサシンにもわかるのではないか。
 そう考えると、この話し合いに積極的な人間とそうでない人間との間に差が見えてくる。教授と、キャスター、セイバー、バーサーカーのマスター、これらは皆爆発の一時間前頃からそれぞれホテルの外に出ているか容易に外部に出られた者達だ。対して幸村ともう一人のランサー、そしてアサシンは違う。なによりこの三人はサーヴァントもマスターもアサシンが所在を確認していたはずだ。

(!?まさかこの話し合いは――!!!)

 頭に走る電流。閃いたのは一つの可能性。咄嗟に茜へと念話すると共にアサシンへ顔を向ける。聡いアサシンなら幸村が言わずとも分かっているかもしれぬがそれでも、と思ったところでその顔が強張っているのを認めた。

「――カルナだ。」

 セイバーの声が響いた。



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「状況を説明します。」

 緊張した面持ちで青いランサーが述べる。話し合いは一時中断され、全員がその言葉に耳を傾けていた。

「セイバー、バーサーカー、そしてアサシンの三人が、カルナと思わしき魔力を感知しました。現在霊体化したままこちらへ向けて行軍中。あと十分でホテルに到着します。」

 走り書きされたメモを読み上げると彼女は視線を上げ全員を見渡す。

「――で、どうします?」

「どうしますじゃないでしょうなんでここまで近づかれるまで気づかなかったんですか!貴方達はなんのための感知タイプです!!」
「マスターがいないんで支障が出ていてな。」「こちらも魔力不足だ。それにこれだけ近くに大勢のサーヴァントがいては見えるものも見えん。」「バーサーカーは燃費が悪いから。」
「ふざけてるんですかぁ!?」
「少し考えればわかるだろう。逆光と同じ理屈、周りに千もサーヴァントがいればそれだけ感知は困難になる。」

 激昂する教授に対し揃って三人に反論する。それをきっかけに皆口々に話始めた。

「だいたい考えてみろ。街で一番のホテルが爆発炎上しているのだ、サーヴァントやマスターでなくとも寄ってくる者は寄ってくる。そこにサーヴァントが千騎もいれば見つけてくれと言っているようなものだ。儂ならまず陽動だと疑うな。」
「そもそも火事が起きてる建物で話し合いなどしようとした時点で存在を隠す気はないと思っていたんだが。だから犯人探しに協力したんだぞ。」
「なんなんですか、ええ!?なんで突然正論を言い出すんです!」
「お前とキャスターが延々無駄な話をしていた上に誰も止めないのでな、黙っておいた。」
「ごめんなさい、私も……」
「俺も……」
「良かった、おかしいと思ってたの私だけじゃなかったんですね……」
「え、み、みんなそんな風に思ってたのか!?早く言ってくれよ!」
「いやなんか狂介さんとかスゲー真面目に話してたから水差すのも悪いかなって。空気読んだらさ……」
「――!もしかして、教授はわざと話を引き延ばしてた……?」
「いや引き延ばしてないですよ。」
「嘘。私にはわかる。魔法少女だから。貴方は絶対に引き延ばしてた。」
「ファンシーな杖持ってレオタードだからってなに突然魔法少女アピールしてるんですか!?だいたいなんで貴女は服変わってるんです!」
「その辺りのこと私といおりが話そうとしたら『ルーラーの通達について話すべき』とか『それよりも外部から侵入された可能性も考えるのが最重要』とか散々言ったくせに……!」
「そうだよ俺とランサーしかアリバイ調べようって言わなかったじゃん。狂介さんがパンイチなこととか美遊が魔法少女みたいな格好してることとか俺ずっとスゴイ気になってたんだけど。なんでみんな流してるのかなって。」
「今まで秘密にしてたけど実は私魔法少女なの。隠しててごめんなさい。」
「だろうな。」
「ぜんぜん関係ないけどキャスター主従って巨根だよな。」
「ちょっと、ちょっと待ってよ!魔法少女!?えっ!?」
「ていうかおかしいですよ!!なんでみんな爆弾の首輪着けられてるのにそんな話せるんですか!!だって、だってこれ、爆弾ですよ!!?話し合いなんてムリですムリムリ!!」
「ああもう!准尉!」
「ええ……これ無茶ぶりじゃん。」
「ぬわああっ!!?幽霊!!?」
「あー、めんどくさいから一言で言うと、ドッキリだから。さっき僕が死んだのもあれトリックだから。」
「ドッキリだったんですか!?」
「冷静になろうよ爆発する首輪なんてあるわけないしそれを仲間で試すなんてありえないじゃん(て言っとかないと説明長くなるしね)。」
「もおぉ……悪趣味過ぎますよ……」
「信じるのか……」
「なあ!魔法少女ってなんだよ!ちゃんと説明してくれよっ!!」
「そういえばあの通達で弱い方のランサーが名前を呼ばれていたな。」

「皆様方、干戈を収められよ!!!!」

 迸るのは爆炎。幸村が突き上げた拳から炎が渦巻き天井を焦がす。
 一同の輪の真ん中に進み出ての突然の行動は一瞬全員の意識を集め。

「――取り押さえろぉ!」

 一拍置いてライダーの召喚したサーヴァント達が幸村に殺到した。

「御無礼!」
「取り押さえろぉ!」「熱ぅい!」「誰か取り押さえろぉ!」「熱いっす!」「よし行けぇ!」「熱ゥい!」「発砲の許可を!」「ダメだ!」「俺は防衛を行う!」「セイバー!なにぼさっと見てるんです!」「悪いな、マスターいないから。」「対魔力があるでしょう!」

 体から電流の如く発せられる火炎に近づける者はいない。当たり前だ。不死鳥に誰が触れ得ようか。そのまま暴れ、瞬く間に吸血鬼達を蹴散らすと、幸村は槍を実体化させてそれを遠方へと放り投げた。

「御一同!この期に及んで内輪揉めなど愚策の極み!敵方が迫っているというのに小田原評定を為さる気か!!」

 未だ体から熱量を発しながらも、その手を広げ害意が無いことを幸村は態度で示しながら言った。それはあたかも演説を行うかのような姿であった。

「教授殿にみれにあむの者共よ!今は目の前に迫るものへどう向かうかが先決のはず!きゃすたぁ殿!狂介殿!せいばぁ殿!ばぁさぁかぁ殿に美遊殿!かのカルナと相対した貴公らならば、それが必要であるとわかるはずだぁ!らんさぁ殿にいおり殿ォ!彼の者と矛を交えたことはなくともっ、今の我々ではどのような相手だろうと鎧袖一触にされますぞぉっ!!りん殿!あさしん!!ますたぁ!!!この真田源次郎幸村はっ!みすみす座して討たれるなど一分たりとも認めぬ!!!!」

 幸村が咆哮を上げる度に業火が走る。その場の誰もが強制的に幸村へと集中せざるを得なくさせる。
 そうして皆を喝破しながら――しかし幸村はある種、冷静であった。

 幸村は理解していた。カルナという差し迫った脅威に対し、不可思議にも皆がその事から目を背けるかのように様々な話をしていたことに。
 なるほど確かに彼らが言いたいこともわかる。この小一時間、話したくともろくに話すことができなかった反動もあるのだろう。だが、だからといって今すぐに話すべきことではない。そして彼らがそれをわからぬはずもない。そう幸村は理解していた。
 故に幸村は自分に求められていることを理解していた。こういうのを政宗ならばチキンレースと呼んでいただろうか。今のこの混乱はそれだとわかった。カルナという存在を無視しているのではない、誰がカルナに最初に触れるか、誰かがカルナについて話すかを待っていたのだ。なぜなら最初にカルナに触れれば、その者がカルナについて率先して話さねばならなくなるから。この場にいる人間は、それを押しつけられる者を求めていたのだ。
 もし全員がカルナについて話し出さねば、そのままカルナに襲われる可能性は高い。だがそうであるために、誰かがカルナについて話す可能性も高い。意図してかそれとも無意識にか、カルナの話題を避けたのは、自分以外の誰かが、カルナに言及するのを待っていたためだ。しかしこれは、危険な賭けでもある。誰かが話す可能性が高いということは、自分が話さなくても良いということであり、それは全員同じである以上やはり誰もが話さない可能性もあるのだ。だから彼らは、誰かが話すという確証でもなければ誰も言い出さないという場合の損害を常に意識せねばならない。だが、もし誰かが話すという確証があれば、たとえ本当はそうではなくともそう思い込めば、絶対に自分から話さない人間が出てくる。そして幸村はそんな人間が多いと感じていた。それは他ならぬ自分という存在がこの場にいるからだ。
 幸村の人生を考えれば、こういう役割はまず自分である、そう幸村は信じていた。先駆けは自分の本分だと。そして彼らは幸村がそんな人間であることを知っているし実感しているだろうと。自他共に、そこに関しては真田幸村という人間の評価は共通であると。

「今すぐにでも、総力を挙げて、決戦を挑む!これがカルナを討てる無二の機会であり、我々が生き残る唯一の道でありまする!!」

 故に幸村は、貧乏くじを引く覚悟を決めた。ここで声を挙げぬは真田幸村ではない、そう誰もが思っているのだから。ぐいと拳を握る。ここから引くも守るも全て自分の肩に掛かっている、そう腹を決めねばならないのだ。



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