爆破と同時に瓦礫は百メートルを越える高さから散弾のように地面へと降り始める。爆音で竦むまばらな通行人と車に容赦無く降り掛かるそれに、一人の男が混じっているなど、誰も気づくはずもない。無論NPCも。無論サーヴァントも。
 その男――アーチャーのサーヴァント、ワイルド・ドッグは、霊体化を活かして瓦礫の雨と共にアスファルトに降り立つと、ホテルを一睨みして歩き始めた。

 ワイルド・ドッグのスキルであり彼の代名詞とも言える、爆破。それは彼の武装解除、即ちサーヴァントとしての凡そ全ての能力と引き換えに彼に安全な逃走と高い自己保存性を約束してくれる。それこそAランクを超えるような追跡能力でもなければ影を追うことすら困難を極めるであろう。難点があるとすれば、このスキルが発動したということは彼の雇い主が死んだということであり、つまりマスターと聖杯を手に入れる権利の二つを同時に失っているということだ。

 消防や警察、マスコミや野次馬の群をすり抜けて歩く。今のワイルド・ドッグはまさしく亡霊、負け犬だ。盛り塩でもダメージを受けるほどにその力は低下している。実体化できるとはいえ消耗を考えれば一般人にも遅れをとりかねない。通行人がアクセサリーとして着けるロザリオにすら怯えておっかなびっくり小一時間歩くと、彼はようやく目当ての場所である、今は亡きマイケル・スコフィールドが住んだマンションへと辿り着いた。

 辺りを見回すと、目当ての物を見つけ素早く実体化し、侵入する。今のワイルド・ドッグは変態仮面により服を脱がされパンツ一枚のままである。こんな格好ではそれこそ警察を呼ばれかねない。普通のサーヴァントのように魔力で服を編むこともましてや武器を実体化させることもできない今現在、おちおち実体化もできないのだ。それでも、なんとか人目を憚り彼は目的の物を手に入れる。それは電話ボックスにあった電話帳だった。

(タカトオ……高、鷹、貴……)

 手近な街路樹へと登り太い枝の上に座ると、彼はページを捲り探し始める。何を?もちろん人物を。誰を?もちろんマスターを。
 彼は、聖杯戦争を諦めていなかった。彼の中にはこのままこの冬木を漂う凡百の悪霊のように座する気は全く無い。
 当たり前だが、ワイルド・ドッグは自分の状況はわかっている。マスターを無くしサーヴァントとしての権能を無くし、できることなどもはや何もないと一見思える。これならば、むしろマスターの方がまだマシかもしれない。その上途中で途切れた――大方誰かに消されたのだろう――ルーラーの通達では、自分は名指しで賞金首にされている。チェックメイト同然であろう。そうわかっている。だがそれで諦めるようなら最初からサーヴァントになどなっていないのだ。

(――!アインツベルン……アイリスフィール・フォン・アインツベルン……)

 賞金首になっているのは何も自分だけではない、わかっているだけで三組、わかっていないのも含めれば五組
存在する。そして賞金首はそれ以外の主従に比べて否応無しに戦闘せざるを得ないだろう。そうなれば当然、死傷者も出る。それが賞金稼ぎ側かもしれないがそんなことは関係ない。ようは賞金首の周りでは殺しが起きやすいということが重要なのだ。
 ワイルド・ドッグが探すのは、高遠いおりの住所であった。彼が気絶から覚めた後もじっと堪えていたおかげで、彼女もそのサーヴァントもどんな人間かはある程度わかる。あれならば主従揃って雑魚――もっとも、それでも明らかに彼とマイケルの主従より格上だとはわかっていたが――なのでいい感じにやられるだろう。サーヴァントの方もなかなかのお人好しそうなのでマスターの高遠だけ生き残るという展開も期待できる。ホテルの爆破に乗じて自宅へと逃げ帰った所を見張りチャンスを待つ、そう考えタウンページを捲るが、残念ながら見つけることはできなかった。一つは、彼はつい癖で中国読みで漢字を読んでしまうため『高遠』という苗字を見つけても目が滑ってしまうため。二つは、彼はまだ変態仮面の成敗のダメージが抜けていないため。三つは、そもそもNPC役の母親が前年に離婚して冬木市に来たという、高遠本人も全く知らないロール上の設定のためにそもそも電話帳に載っていないためだ。だいたい深夜に街頭の灯だけで電話帳を捲るなど無謀である。だがワイルド・ドッグはサングラスを外すと頭を切り替えて諦めることなく探した。ただし、探す名前はもう一人の賞金首であるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンの方であるが。
 カタカナは苦手ではあるがサーヴァントとしての知識はかえって彼に癖のないカタカナの知識を与えてくれていた。またつい日本人の名前の方が見つけやすいと思いそちらを探したが、ここが日本であることを思い出して非日本人の名前に集中すれば、自然とアインツベルンの名が浮かび上がってきていた。またここが冬木市であるために元からある建物の多くがあらかじめ電話帳に載っていたのも幸いと言えるだろう。調べ始めて十数分、彼は目当ての名を見つけその住所を頭に叩き込んだ。

 効率良く情報収集できるのならば他のマスターの住所も調べておきたいが、把握している非日本人名のマスターが少ないので電話帳での調査を切り上げると、ワイルド・ドッグは移動を再開した。よく調べればナノカ・フランカの工房も広告付きで載っていたのだが、プロスペロの名を冠するそれを視界に入れはしてもそれがあの小娘の拠点などとは夢にも思わない。ただただ頭の中で住所を繰り返しながらエレベーターを降りると、玄関をすり抜けてマイケルの家へと入った。
 必要はないが、エアコンをつけてみる。パソコンをスリープから立ち上げる。冷蔵庫から昨日買っておいた栄養ドリンクを無表情に飲みながら住所のメモをとる。VSSEの真似事をするはめになるとは思いもしなかったが、やるしかない。
 パソコンが立ち上がったのを認めると点け忘れていたテレビを点け、さっそく住所を検索欄に打ち込む。待つこと一秒、アインツベルンの家とされる建物の外観写真とその地図が表示される。テレビからは停電で闇に沈む街と、その中で炎上するホテルが映る。

 窓を見ると、小雨が降っていた。

 ワイルド・ドッグはアインツベルン家周辺の地図と写真を印刷すると、それがプリントアウトされる音を聞きながらクローゼットを漁った。主を無くしたスーツは彼の目に叶うほどではないが、今は着られればそれでいい。マイケルが小道具として用意していた眼鏡も着け、同じく小道具として日の目を見ることの無かったカツラで髪をグレーに変えれば、元の印象とは大きく違って見える。そして、逃亡生活の癖だろうか、小さなカバンに纏められていた荷物にプリントした紙を入れると、ワイルド・ドッグは部屋を後にした。彼がそうしたように、ホテルの人間もこの家を特定することは充分に考えられる。マイケルが拘束された段階で既に把握されていたと考えて良いだろう。それでも彼がこの家へと帰ったのはもしやライダー側のサーヴァントがいる可能性を考えてのものだが、意外にも誰も待ち構えていない。あちらもなかなかに面白いこととなっているのだろう。

 ワイルド・ドッグは傘を一つ持って家から出る。一応行き先は決まった。これからが『ワイルド・ドッグ』の本領である。



【新都、某マンション/2014年8月2日(金)0059】



【アーチャー(ワイルド・ドッグ)@TIME CRISISシリーズ】
[スタンス]
生存
[状態]
筋力(1)/C、
耐久(1)/C+、
敏捷(1)/D、
魔力(1)/E、
幸運(1)/D+、
宝具(0)/E
爆破スキルの影響下(ステータス低下、スキル無効化、宝具無効化)、精神的ダメージ(大)、変態仮面に対するトラウマ(?)、左腕喪失、魔力消費(極大)。
[思考・状況]
基本行動方針
優勝するためには手段を選ばず。一応マスターの考えは尊重しなくもない。が、程度はある。
1.アインツベルン(イリヤ(pl))邸を目指す。
2.潜伏し他のマスターと再契約が可能か試みる。そして他の主従が疲弊するのを待つ。
3.マイケルを殺した人間を警戒。
[備考]
●トバルカインのマスター(少佐)と三人で話しました。好感度はかなり下がりました。
●ランサー・カルナの真名を把握しました。
●爆破スキルの影響下にあり、霊格が一般人並まで低下しています。そのためステータスが一般人並となり、爆破と単独行動以外のスキル・宝具が無効化されます。



「……ま、そりゃいないよね。」

 テーブルの上に放置された栄養ドリンクやまだ微かに温かいパソコンに触れながら、シュレディンガー准尉は部屋をざっと見回した。

 最後の大隊残党も含めて全員が死んだと思っていたワイルド・ドッグだが、一応死亡が確認されていない人間を捜索しようという話が持ち上がったのは、間桐邸にマスターの移動を終えた後のことであった。茜の自白も終わり負傷者の後送はカルナへの対処の後ということになり、とたんにすることの無くなってしまった教授が適当に思いつきで言い出したのが始まりである。シュレディンガーにしてみればどこであろうと一歩で行けるため、ゾーリン達のところ行くついでに寄ってみたのだが、どうやらあの男は生きているらしい。もっともマイケルに同棲相手がいたという線もありはするが。
 うーん、と腕組みしてシュレディンガーは考えてみる。部屋の状況的に生きてる可能性は高い。だがぶっちゃけ、どうでもいい。あの男を探す為に人を割くのは割に合わない。ミレニアムとしても彼には死んだことになっておいてもらった方が面倒くさくない。

 少しして、シュレディンガーは部屋の中から姿を消した。一応教授には話すが、アイツは死亡扱いで良いだろう。



【新都、某マンション/2014年8月2日(金)0202】


【シュレディンガー准尉@ヘルシング(裏表紙)】
[スタンス]
エンジョイ
[状態]
筋力(10)/E、
耐久(20)/D、
敏捷(10)/E、
魔力(40)/B、
幸運(5)/D、
宝具(0)/なし、
魔力消費(微)。
[思考・状況]
基本行動方針
少佐と聖杯戦争を楽しむ。
1:少佐殿死んじゃったしな~どうしようっかな~。
[備考]
●冬木市一帯を偵察しました。何を目撃したか、誰に目撃されたかは不明ですが、確実に何人かの記憶に残っています。



【アーチャー(ワイルド・ドッグ)@TIME CRISISシリーズ MIA】
最終更新:2017年07月01日 03:13