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 この聖杯戦争の本戦が始まってよりずっと、その者は座して待っていた。




 自らが動くタイミングを。自らがもっとも効果的に動けるタイミングを。




 制約は厳しく情報は足りず人材にも問題がある。だがそれでも、いやそんな状況だからこそ、その願いの為に動く。この敗者なき戦争に幕を引く為に。




 夜明けは近い。満願不成就の朝が来る。




 その時まで後――



 -1:00:00 決戦!!襲撃される遠坂凛!!


「ここ、って、貴女は知ってるんだっけ。」
「はい……そうだよね、私の家があるならリンさんの家もあるよね。」

 その重厚な佇まいに相応しい大仰な門を潜ると、遠坂凛とイリヤスフィール・フォン・アインツベルンは遠坂邸へと足を踏み入れた。
 間桐邸の同盟への宣戦布告から半時間ほど、彼女達は何事もなく目的地へと到達していた。頭の上を抑えていた飛行機の編隊は、いまやその機影を一つにまで減らしている。それが間桐邸のアリスのアーチャーのものだということを知る凛は、僅かに口角を上げながら庭園の脇の道を歩いた。
 ここに来るまでの間に、編隊は皆東へと飛んでいった。凛が知る限り、そこには何もない。精々、冬木市立図書館とそれに併設するように建っている月海原学園程度だ。高度を落とし見えなくなった飛行機に引き続き今もイリヤのサーヴァント、カルナが見張るその建物は、特段の変わりもなくそこにある。また市の南西端の辺りにある柳洞寺という寺に逃げ込んだもう一人のイリヤ達の同盟も、特段の動きを見せてはいなかった。といっても、結界らしきものがあるその寺はサーヴァントの眼力を持ってしても内側を伺わせない。故にサーヴァントが発する魔力を目印にカルナは結界の端を油断なく見据えていた。その眼光から逃れるにはよほどのアサシンでもなければ不可能だろう――もっとも、既に唯一のアサシンは死に、その同盟にアサシンの真似事をできる者もいないのだが。

「……セイバー。」
「いえ、なんの気配もありません。ただ……」
「嫌な予感がする、でしょ。」

 間桐も、もう一人のイリヤも、動きを見せない。また両者に集中するあまり優先順位が下になっているが、ナチスの吸血鬼達もだ。その事実を優位と考えず、これから起こる脅威と凛は判断した。

「イリヤ、カルナ、貴方達のわかる範囲で、サーヴァントやマスターに動きはある?」

 屋敷に入ってそうそう、凛はそう問いかけた。と同時に、その周囲に光の板のようなものが現れる。ややあって屋敷全体に広がる魔力が強まったのを感じながら一同は柳洞寺を望める一室に移りつつ、それぞれに自分が知る情報を公開する。だがその中に凛が知らないものは無かった。

「気休めかもしれないけれど、この屋敷の結界は最大限まで強くしてる。まあ元からあった物に手を加えただけだけど、ある程度のセキュリティは保証するわ。で、全員本当にそれだけ?だとしたら、かなりマズイことになってるかも。」
「そもそも私達はずっとボッチだったんで情報とか言われましてもね〜。ぶっちゃけ私達が知ってることはランサーさんが全部知ってますし、というわけでランサーさんもう一度お願いします。」
「わかった。イリヤ、構わないか?」
「うん。でも、ランサーさんその格好のまま話すの?」
「ああ。」

 窓の前で仁王立ちし、寺に睨みを利かせながら背中で答えるカルナに、イリヤは顔の作画を崩しながら「リンさん良いですか?」と問う。「そのままでいいから」という凛の言葉を受け取ってか、カルナは話し始めた。

「先に言ったことの繰り返しになるが、間桐邸も柳洞寺も変わりない。どちらも結界で内が伺えないが、そこから出たとは考えにくい。」
「間桐の方は屋敷が燃えてるんだし、火事に乗じて脱出した可能性は?」
「あの屋敷の周りには無関係な人間が集まっている。見つからずに突破するなら魔術を使わなければならないだろうが、その痕跡は無い。もちろん死角から逃げたとも考えられるが、それでもあの炎を魔術無しで凌ぐ必要がある。」
「たしかにあれだけ消防隊とかいたらキツそうですね。」
「ええ。そして私達が見た限りあの中で魔術に頼らずにあそこから脱出できる人間はいなかった。吸血鬼達なら可能かもしれないが、もう一人のイリヤ達からの攻撃で大尉と呼ばれていた男以外は全滅したはず。少なくともあの屋敷にいる人間に見つからずに外に出ることは不可能と考えて良いだろう。」
「あっちにいるのは慎二とキャスターにアリスとアーチャー、それに安藤って名乗ったアーチャーとのび太に吸血鬼の大尉。動けるこの七人じゃ確かに難しいか……わかった。じゃあランサー、柳洞寺からイ――偽イリヤ達が動けるかは?」
「あの森からマスターに逃げられれば我の目でも捉えることは難しい。サーヴァントならば結界から出れば捉えられるが、アサシンのような手合なら我も見落とす恐れはある。」
「向こうの言葉を信じるなら、あっちは偽イリヤとバーサーカーのヘラクレスに他二組。さっきの攻撃を考えるに、片方はほぼアーチャーね。ここにクロって名乗ったもう一人の偽イリヤがマスターとしても、あとの一組は完全に情報がないわ。それがアサシンってことも考えておくべきね。」
「この時間まで情報がないってあり得るんでしょうか?」
「ルビー、私たちがそれ言っても……」
「……仮に、不明な一組をXとするわ。本当はクロ×不明なサーヴァントと不明なマスター×不明なアーチャーってことも考えられるけど、考えを簡単にするためにね。で、セイバー。このXみたいなタイプの聖杯戦争の参加者ってどう思う?」
「……率直に言うのなら、何がしたいのかわかりませんね。伏せて身を隠すのも、あえて名乗りを挙げるのも、どちらもあり得るでしょう。だが、あのタイミングで自分達の存在を匂わせる意義が薄い。何より、それまで身を潜めていたそのXはなぜイリヤスフィール達――失礼、偽イリヤ達と行動を共にしているのか。これがわからない。」
「ありがとう。私もだいたいおんなじ考え。Xが隠れてたならなんで偽イリヤに接触したのか動機がわからないのよ。もしくは偽イリヤに見つかったにしても、なんで貴方みたいに索敵能力の高いサーヴァントではなくバーサーカーを従えた偽イリヤなのか。セイバーにランサー、それに何騎もいる目ざといサーヴァントを差し置いてね。」

 いつしか話はまだ見ぬ一組の話に移り一同は頭をひねる。まさか相手がただ聖杯戦争を夏休みのように過ごしていた為に全く警戒に引っ掛からなかったなどとは夢にも思わない。というか殺し合いの場でそんなことをしている参加者がいるなどと真面目に考える人間はいないだろう。それが真面目に聖杯戦争をやっている彼女達ならばなおさらである。
 ――なおそのバカンスのように過ごしていたルナとバーサーカーの名誉の為に言っておくが、彼女達は何も遊んでいたのではない。巡りあわせの結果レンタカーを(切嗣が)借りて、ファミレスに(切嗣の奢りで)行って、バッティングセンターで(切嗣の金で)遊んだだけだ――
 「あの」と小さく手を挙げイリヤが発言を求める。今までの話し合いで殆ど話していないこともあり何か言わねばというのが本音だ。凛から水を向けられると彼女は話し始めた。

「最初からそのX?が私のニセモノと一緒に聖杯戦争に参加してたらどうかなって……ないですかね?」
「そういえばクロって方もアインツベルンって名乗ってましたね。イリヤとクロと謎のマスターXが全て同じアインツベルン陣営である可能性も……?」
「それはないと思いたい。でないと今の状況はその三組が狙って作った可能性まで考えないといけなくなるわ。」
「美遊様とイリヤ様が共に巻き込まれたことを考えますと、親しい人間がまとめてマスターになっていることもあり得るかと。」
「しかし、それではイリヤスフィール。貴女に関わりのある人間ばかりこの聖杯戦争にマスターとして参戦していることになる。たしか、先程のルーラーの放送では残り十六組。その内の五組が貴女に近い人間というのは奇妙に過ぎる。」

 そう言うとちらりとアルトリアと凛は視線を交した。自分で言っていてなんだが、もし本当にイリヤに関係のある人間ばかりマスターになったとしたら、この聖杯戦争そのものへの疑念がどうしても浮かんでしまう。二人ともイリヤが小聖杯の可能性を考えてはいるが、それでも全体の三分の一、生き残っている数で言えば今や過半数がイリヤという予測をすんなり受け入れることなどできなかった。
 そしてそんな彼女達と同様に、二本のステッキの間で魔力が飛び交う。ややあって、イリヤの脇で浮いていたステッキ、ルビーが羽をパタつかせ喋った。

「そのあたりのことを考えるにはもう一度情報交換するしかないと思います。時間が許すなら改めて再確認したいんですけど、皆さんどうします?」

 この話題は重要なことかもしれないが、あまり悠長に話している時間はない。そう言外に込めてルビーは問いかける。実際はイリヤに隠していることについてこれ以上ボロが出て刺激したくないということやイリヤの出生について勘ぐられたくないというのが本音だが、言っていることに間違いはない、はずだ。「四時過ぎか。ランサー、やれる?」との凛の言葉を最後に話題はいつ敵に仕掛けるかについてに移り、ルビーとサファイアは内心でホッと息をついた。
 「いつでも問題ない。あらかた傷は癒えた」とのカルナの返事に、凛は無言で頷く。「コーヒーを入れてくる。最後の作戦会議よ。」と言って凛は部屋を出、サファイアが監視を名目にそれに続いた。


 高価な茶器に合わないインスタントコーヒーをキッチンに並べると、凛はやかんを火にかけながら再び光の板を出す。ウィザードとしての能力の手の内を明かさぬためクロノやキャスターの前では控えてきたが、その為に情報収集は予定よりも遅れていた。無論その分のリターンとしては十分なものが得られてはいるが、だからといって慢心することはない。こちらは真名が割れているのに対し、他の五組中四騎は正体が不明だ。Xにいたっては外見すらわからない。裏切るタイミングは正解のはずだったが、優位には立てていても万全ではないと凛は自身の肝に銘じる。
 そして凛は一体の人形に向けコンソールを叩いた。数体しかない人形だが、使い方によっては貴重な労働力である。彼女はそれがレインコートなどで最低限の変装をしたのを見ると、裏口から家を出させて東へと向かわせた。目的地は、月海原学園。新設校のため古い地図には載っていないが、そこに併設されている冬木市立図書館では真名の検索が可能である。これで少なくとも間桐邸のサーヴァント達の正体にあたりをつけたい。
 音を立てて沸騰を知らせるやかんの火を止めながら、続いてここ数時間のニュースに目を通す。今自分にマスターとしてできるサーヴァントの情報収集はこれ以上なにもない。故にここからはレジスタンスらしく社会の情報収集だ。こんな都市でドンパチやっている以上、どうしたって情報は出回る。西欧財閥による検閲もない2014年のインターネットは、彼女にとって格好の狩場だ。
 事前に粉末を入れておいたカップに少し慎重に熱湯を注ぎつつ警察庁のサイトをクラックする。国家を超える相手と渡り合ってきた彼女にとって、半世紀も前の一行政機関のセキュリティなど回線の遅さに比べればほんの些事だ。そのままめぼしい情報をダウンロードさせつつまずは冬木署の署長のPCをクラックする。この混乱では現場レベルで情報が止まっていることも考えられるし、自衛隊などの他の行政機関との伝達はこのレベルでも行われるという目星をつけての行動だ。そもそもネット上にまで情報が上がってないことも充分あり得るが、それはそれ。やれることからやっておく。
 「サファイア、何人飲むか聞いてきて」と言いつつ二杯目のコーヒーに熱湯を注ぐ。そして慣れない旧式のインターフェイスにやや思考して、凛は署長のメールフォルダを開いた。「イリヤ様と、セイバー様、ルビーの三杯です」と言うサファイアの声に生返事を返しながらその件名に目を通す。どうやらかなり混乱しているようで、昨日今日でメールのやり取りは百倍以上に膨れ上がっていた。「あのステッキがコーヒーを……?」とこぼすも四杯目を注ぐ。そして注ぎ終わると、一つのメールを開き言った。「サファイア、これ持っていける?」
 凛の開いたメール。『アインツベルン氏からの連絡について』という件名のそれの文面を見た途端、自身の再現された脳内シナプスに痛痒が走るのを彼女は覚えた。ウイルス、そう発想すると同時に対抗が始まる。数秒のめまいの後、彼女は眉間にシワを寄せながらも口元に笑みを浮かべてそれを読んだ。

(魔術的な暗示を画像としてメールに添付する……てとこね。古典的な手だけど作りが荒い。)

 内容は、四時からアインツベルンのマスター達が記者会見を柳洞寺で行うというものだった。記者会見という言葉に引っ掛かったが、どうやら土着の魔術師やその関係者の政府の人間向けのものらしい。となると先の暗示は魔術師とそれ以外を選別するようなものか。凛はそう判断するとメールを読みすすめながら行っていた政府高官へのクラックに目を移す。予想通り、政治家、秘書、官僚と立場はバラバラなものの、数十人規模で同様のタイトルのメールが見て取れた。そして彼らの多くがそれに返信していることも。

(署長がこれに返信した形跡はない。消した可能性も見た限りゼロ。返信した人間は魔術師と見て間違いないかな。それよりこのURLって王立公園庁って書いてあるんだけど……胡散臭さ満点ね。)

 更に続けてクラックを進める。彼らのPCの画面を表示すると、そのほとんどが動画を見ていた。ウィンドウの中では、いまいち日本の知識には乏しいがそれでも寺とわかる場所で、三人の銀髪の少女が机に置かれたマイクを前に話している。その真ん中の人物は彼女にも誰かわかった。
 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。今先程の部屋でコーヒーを飲んでいるであろうイリヤと同姓同名瓜ふたつの少女がそこにいた。
 ご丁寧に、彼女の前のテーブルには折ったコピー用紙に安っぽいフォントで名前が印刷された名札がある。彼女の右にいる褐色のイリヤがクロエで、彼女の左にいる似てないイリヤがルナというらしい。あの念話を行っていたのはクロエということか。そして謎のマスターXはルナだろうか。コーヒーに口をつけながら思考を巡らす。そしてどうやら自分の危惧は現実のものだったと噛み締めていたところに、サファイアが戻ってきた。
 怪しまれたか、そう凛は警戒する。だがサファイアから発せられたのは全く別の言葉だった。

「凛様、門の前に警官が来ているようです。」

 凛は微かに指を動かしボリュームを上げた。彼女の脳内に直接響く音は、今はイリヤの声がハッキリ聞こえる程だ。そしてそうなると、彼女が何を言っているかもハッキリわかるようになった。

『――セカンドオーナーである遠坂家の暴挙を止められず神秘の暴露を許したこと、また彼女のサーヴァントであるセイバー、アルトリア・ペンドラゴンが第四次聖杯戦争に続いて冬木市へ被害を広げていること、謹んでお詫びいたします。』
(アイツ……)

 苦い顔で凛はコーヒーを煽った。この発言にこのタイミングでの警官。そしてあのメール。三つ揃えばイリヤが警察を動かしたのは間違いない。御三家という立場(ロール)を利用してNPCを動かすなど邪道も良い所だが、こちらも立場上は御三家、やられた自分が甘かったと自戒する。どうやら無意識の内に彼女の幼いアバターに惑わされていたようだ。

「あの警官が操られてる可能性もある。イリヤ、暗示はできる?」

 部屋に取って返すと凛は開口一番に言った。既に敵は仕掛けてきている。あちらが警察を動かしてきた以上、聖杯戦争が長引くのは不利だ。冬木市から出たらどうなるかわからないが市内に留まれば常に警察に追われ続けることとなる。その面倒臭さはテロリストとして国際指名手配された彼女には嫌というほど理解しているものだ。またキャスターが存在することも忘れてはならない。マスターがあの慎二であるのに一日でそれなりの陣地を作られたのだ、時間は彼らの味方である。
 故に、ここで決戦を強いる。こちらの強みは対軍宝具による戦略爆撃と圧倒的な白兵戦能力。つまりは戦闘力の高さだ。それを押し付け押し切る。アインツベルンと間桐が手を組まないうちに各個撃破するのだ。また聖杯戦争はタッグ戦、相手のマスターさえ宝具で吹き飛ばしてしまえばたとえ神話の大英雄でもどうということはない。宝具を打ち込みマスターが倒せればそれで良し、出てきたところを殲滅しても良しだ。

(セイバーには令呪を使うことになるだろうから最後の手段だけど、ここまで来たら考えておいた方が良い。)
「はい。じゃあ私が話してきますね。サファイア、リンさんに着いてて。」
「この家の間取りは知ってるわね。もしものときは直ぐにダイニングに来て。私はセイバーとバリケードを作っておくから。セイバー!」

 凛の言葉で柳洞寺を見張るランサーを除いた全員が動き出す。イリヤはいつでも転身できるようルビーを握りながら玄関へと移動した。インターホンがまた鳴る。サファイアの話では凛は一回目のインターホンの音に気づいていなかったという。それを凛の疲労によるものだと判断して自分が頑張らねばと気負うと、彼女は少し緊張した声で応えた。

「はい、もしもし。」
『あ、冬木警察署の尾留川と申します。発砲事件について注意喚起に参りました。』
「は、はあ……ルビー?」
「ありがちな口実だと思いますよ。理由は何でもいいんでとにかくこっちをおびき出そうっていうパターンですかね。とりあえず凛さんについて聞かれたらはいないって言っときましょう。」
「そっか……ええっと、オルミ?さん、発砲事件って何ですか?」
『ええっと、二件ありまして、一つはこの近くで男性が銃撃された事件と、もう一つは深山町の商店街で自動小銃が乱射された事件です。』

 イリヤとルビーは視線を交した。なんだか思っていたのと話が違う。相手は普通に事件の話をしだした。というかそもそも凛について少しも聞かないどころかインターホン越しに話すことについてもなにも言わない。そもそも本当に警察なのだろうか?とイリヤは疑問に思うも、「凛さんから来ました。冬木警察署には尾留川っていう生活安全課の婦警がいるみたいです」と言われまた疑問が深まる。相手は警官だがなにか警官らしくない。

「尾留川さん、詳しく教えてもらえますか?」
「はい!まずこの近くであった発砲事件は、今から三十分程前に発生しました。コンビニから帰る途中に通話しながら歩いていた男性が何者かに撃たれたとのことで、その男性と通話していた方から通報がありました。事件現場はここから川の方に数百メートルほどの場所だと思われます。不審な物音などは聞きませんでしたか?」
「えー、寝てたんでわかんないです。今も何が起こってるのか全然わからなくて……」
「そうですよね……隕石が三回も落ちたり巨大な雹が降ったり。本当に……」

 どうやら慎二も警察に頼ったようだと凛は推測する。この聖杯戦争の御三家はやけに警察と関係が深いようだ。

「ああ、ええっと、商店街での事件はどんな話ですか。」
「あ、すみません!で、はい、こっちの事件はさっきの事件とほぼ同時刻に起こりました。隕石で被害を受けた場所に自衛隊が展開していて、そこから被疑者が自動小銃を持ち出し、マウント深山で数十発乱射したようです。被疑者はその後駆けつけた警察官と銃撃戦になり車に乗り逃走、またその際に少女を人質にしました。被疑者は――」

「――衛宮切嗣、五十歳。」

 イリヤは気づけば足を靴に入れていた。

「ダウト!衛宮切嗣は警察のデータベース上に存在しない!そもそもその男は十年以上前に死んでる!罠よ!」
「って凛さんも言ってますよってダメだこのパターン聞こえてない!斬捨御免!」
「グハッ!?」

 ルビー越しに話された凛の言葉も耳に入らず、イリヤは玄関の鍵を開けようとする。それをルビーはどこからか取り出した怪しい薬剤を皮下注射することで押し留めた。イリヤの脳内がキマっていく。しかしその感覚も次の衝撃で消し飛んだ。

『柳洞寺に動きがあった。強い魔力が来る。』
「皆!間桐から何か来る!」
『青のBMWに乗って逃走中。ちょうどあんな感じにナンバーを隠した――ってあれだ!?』

 寺から炎の波が飛んでくる。ランサーが迎撃に宝具を放つ。遠坂邸に宝具が突き刺さる。セイバーは素早く地下へと向かう。インターホンから婦警の悲鳴が上がる。なぜかBMWから発射されたカノン砲が門を吹き飛ばし遠坂邸の敷地に猛スピードで乗り込む。

「令呪を持って命ずる、来てくれクロエ!」
「令呪を持って命ずる、やっちゃえバーサーカー!」
「令呪を持って命ずる、ここに来てバーサーカーさん!」
「パパッ!?」
「イリヤッ!?」
「ニセモノ!」
「イリヤ!ルビー!」
「なんで私の名前を!?」
「イリヤが二人――来るぞルナ!」
「――急々如律令!」
「■■■■■■■■■■■■!!!」

 マスターが、サーヴァントが、あるいは礼装が、それぞれに声を上げ動き出す。かくして4時9分30秒、この聖杯戦争最後の戦いが遠坂邸を舞台に始まった。



 -1:23:45 埋没交渉・間桐慎二はサーヴァントを見つけられるのか?


「そうだ!孫悟空だよ!」
「は?」

 アリス・マーガトロイドが「この磯臭い男は何を言っているんだ」と言わんばかりの目で慎二を見る。他の人間も大なり小なり似たようなものだ。だがそんな視線にはもちろん気づかず慎二は一人指を折っていく。「とうとう狂ったか」とアリスはそれを横目で見た後、天井を見上げた。
 クロエ達から攻撃を受けて約一時間。間桐邸地上部をほぼ吹き飛ばした砲撃は甚大な火災を引き起こしていた。堅牢な地下に損害はないが、地上部の基盤にヒビを入れられたことで天井の一部が断裂している。そこから消防車からの放水でもたらされた水が止めどなく流れ、花々をしとどに濡らす。そんな花を踏み締めてウロウロと檻の中の熊のように歩き回っていた慎二はニヤリと笑いながら言った。

「ヘラクレスの方のイリヤと一緒にいるサーヴァントは知り合いなんだよ。」

 一同――フドウは除く――に驚愕と困惑が走る。狂ったと思われていた男からもたらされた突然の情報。それは更に彼女らを振り回すこととなるのであった。

 さてもちろん孫悟空などというサーヴァントはいない。これは野良サーヴァントになっているだとか消滅したとかいう意味でなく、元からそんなサーヴァントはいないのだ。ではなぜそんなサーヴァントの存在を慎二が確信しているかというと別に彼が発狂したわけではない。彼には孫悟空という存在に心当たりがあるのだ。
 ちょうど今から24時間前、彼はあるサーヴァントと出会い、そして警察に補導されるハメになった。そのサーヴァントこそ孫悟空。金髪で派手な服を着ていてクラスはライダーで筋力B耐久B敏捷B+魔力D幸運A、というのが慎二の見たそのサーヴァントだ。そして残る主従の数。日付が変わったタイミングでは残り十六組。うちホテルの八組とクロノ組の計九組がマスターかサーヴァント、またはその両方が死に主従を解消している。残りはオリジナルと同じく七組。内訳は間桐邸の慎二&キャスターにアリス&アーチャー、先程宣戦布告してきた凛&セイバーとイリヤ&ランサー、そしてイリヤ&バーサーカーとクロエ&不明なサーヴァントに、不明なマスターと不明なサーヴァントだ。この不明なサーヴァント二騎のうち一騎がライダーの孫悟空なのだ。となると残る一騎はアサシンか。慎二はそう考えるとどうクロエ達と話し合い孫悟空と話をつけるかを考え始める。
 ――もちろんこの考えは何一つあっていない。そもそも孫悟空というのは今から半日以上前に脱落したキャスター・兵部京介のヒュプノによる幻覚であり、そもそも前日に脱落した可能性を何も考えていなく、更に言えばこれは七種七騎の聖杯戦争ではないので残る一騎がアサシンなどと言えるわけもない。だが彼はそんなことはお構いなしにイリヤへと電話をかけた。そして。

『――じゃあ停戦だ。』
「ああ。一緒に聖杯戦争を止めよう!」

 なんか同盟を組めた。

「ちょっ、ちょっと待って下さい!展開が早くて何が起こってるからわからないです!」
(ついて行けない……私が!?)
「うるさい次は警察に通報だ!そうだよ補導されたときあの婦警から名刺貰ってたじゃないか!『あ、もしもし、警察ですか。間桐慎二です。はい昨日の。自分の友達の慎二が、電話してたら撃たれたんですよ。はい、はい、直ぐに捜査してください』よし行けるぞぉ!!」
「どういうことなの……?」

 何やら電話を勢い良くかけ、名刺らしきものを握り締めてハイテンションで捲し立てる。完全にイカれているとしか思えない。だがこの場の誰もそれを止められる者はいない。最大の暴力装置であるキャスターを慎二が独占している以上、彼の行動を妨げることは致命的な事態を招く。故にこの場の人間には彼に気づかれることなく行動する必要がある。だがそれはこの場ではない。
 3時45分45秒、燃える間桐邸の地下で慎二により聖杯戦争の展開を大きく変える狂行が行われる。そしてもう一つの動きが柳洞寺で起きていた。



 -2:22:22 定石無視、クロエ・フォン・アインツベルンの憂鬱……



「貴様ッ!図ったなッ!」
「……僕はただ事実を言っただけだ。」
「信用しない方がいいわ。ズルくて嘘つきだから。」
(僕はこんなに娘から恨まれていたのか……)
「……なにやってんの?」

 2時47分8秒、クロノの発生させた氷塊を認め寺の建物に戻ってきた衛宮切嗣のアーチャー、クロエ・フォン・アインツベルンは、そのマスターが同盟を組んでいるルナのバーサーカーに鎌を突きつけられているところに出会した。
 暗示を使ったのであろう、避難民に解放されていた一室を貸切状態にして集まる聖杯戦争の参加者達の間には険悪な空気が流れる。美遊のバーサーカーの襲撃で収まったと思ったらアーチャーがいない数分でこれである。いったいなにがあったのか、その原因を問うアーチャーに、バーサーカーは鎌をアーチャーに向け直して睨みながら言った。

「衛宮切嗣。お前が今言ったことをもう一度言え。」
「聖杯の悪についてか。悪いが、僕も第三次聖杯戦争で何かあったというレベルのことしかわからない。それとも反英霊についてか。」
「しらを切るか……イリヤスフィール!お前は御三家の一つ、アインツベルン家の人間だな?」
「ええ。」
「アーチャー、お前はイリヤスフィールと双子だな?」
「……そんなこと、はいそうです、って言うわけ無いでしょ(さすがにバレるよね)。」
「まあそうだろうな。それに言わずともお前とイリヤスフィールの魔力を感じ比べればわかる。そしてイリヤスフィール、お前は御三家の間桐、同じく御三家の遠坂としばらく行動を共にしていた、そうだな?」
「そのこと?そうだけど、それがどうしたの?」
「これで最後だ。この聖杯戦争は、『お前達が言う冬木の聖杯戦争とは違う』のだな?」
「ああ、別物だ。そもそも僕は十年以上前に死んでるし、イリヤは「イリヤって呼ばれたくない」……ミス・アインツベルンはこの聖杯戦争に来る前に冬木の聖杯戦争に参加していたという。嘘だと思うなら寺の裏を見ればいい。少なくとも、僕が死んでいたという事実は僕の墓を見ればわかるはずだ。」
「ああ、本当だろう。伝説上の英霊を呼び寄せられるのだ、墓を暴いて死者を呼び寄せるなど造作もないだろう。あの五魔将共のように!」

 音を置き去りにして鎌が振るわれる。空気の断裂する音を響かせアーチャーの元から鎌を離すとバーサーカーは苦々しく言った。

「この聖杯戦争、お前が言う第六次聖杯戦争には、本来の聖杯戦争を行える御三家の人間が全員いる。特にアインツベルン、お前は聖杯はアインツベルンが生み出したと言ったが、そのアインツベルンの人間はここに三人、カルナのマスターも同じ声だったことを考えると都合四人も参加している。これがどういうことがわかるか?」

 そして手の髑髏から炎を迸らせながらバーサーカーは順に一同の顔を見渡し続けた。

「まず間違いなくこの聖杯戦争は御三家の人間を確保することが真の目的だ。儀式を行える人間を幻に捕らえれば、本物の聖杯戦争を行うにあたって大きな財となる。こんな茶番に巻き込まれるとは……!」

 バーサーカーの告げた仮説、それはこの聖杯戦争そのものが本物の聖杯戦争の為に御三家の人間を監禁する檻というものであった。なるほど、とイリヤはその仮説に一応の理を認める。檻自体を聖杯戦争にしてしまえば、御三家が連絡を取り合うことは難しい。それは他ならぬイリヤ自身がそうしようなどと全く思わないからだ。なにせ過去の聖杯戦争でもそれぞれに反則を行っていたのだ、仮に話し合ったとしても絶対に気を許すことも信用することも、ましてや協力することもあり得ない。他の二家が協力して自分達を嵌めようとしている可能性が絶対に残り続けるからだ。その脅威を無視して腹を割って話すほどそれぞれが協力できるのなら、初めから聖杯を御三家で順番に使っている。あり得るとすれば御三家が互いに互いを牽制し合う状態だが、それが膠着状態になってにっちもさっちもいかなくなることも、イリヤは半日前のこの寺での会談で理解していた。ただの情報交換ですらあれだけ時間がかかり結局あの六組で一塊になることはついぞ無かったのだ。ましてや聖杯戦争がまやかしであるなどと言えばその段階で宣戦布告されてもおかしくないだろう。
 だがイリヤはその主張を認めた訳ではなかった。確かにバーサーカーの仮説ならば御三家は確実に協力できない。それだけでなく聖杯戦争を中途半端に知っている人間ほどこの聖杯戦争を『そういう聖杯戦争』と受け入れてしまうだろう。だがそれにしては些か杜遷なところがあるのだ。

「バーサーカー、貴女のお話は面白いけれど、それは考えにくいわ。」
「ふむ、なぜだ。」
「簡単よ。確かに御三家の人間はどこも参加しているけど、一人人質にならない人間がいるわ。」
「貴様の父親のことか。確かにコイツはアインツベルンとはある種距離があると言える。だが貴様や貴様の双子に影響を与えられるという意味では申し分無いだろう。それにコイツは聖杯戦争のリピーター、コイツの存在だけで御三家の協力は破綻する。墓があることを考えれば死霊として呼び出すのも簡単なはずだ。」
(僕は疫病神か何かなのか。)
「キリツグじゃなくて、シンジよ。間桐家の間桐慎二は魔術師じゃない。アレじゃ人質にもなんにもなりはしないわ。」
(間桐慎二……誰だっけ。なんか名前聞いたことあるんだけどなあ……)
(間桐慎二……間桐鶴野の息子か……)
(どうしよう……先から全然話について行けてない……)

 アーチャーが、切嗣が、ルナが、三者三葉に二人の会話を受け止め、話は更に続く。バーサーカーを鎌を消すと右手を顎に当てながら話した。

「その慎二という間桐の人間は、本当に魔術が使えないのか?それにたとえ全く使えなくとも、その身体を調べれば間桐が使う魔術の情報が得られる。そうでなくとも家のものが攫われたとなれば間桐家の人間には充分な抑止力となるだろう。」
「あれが演技だったらそれだけで英霊になれるってくらいに無様な男よ。私、アレより酷いのはキリツグしか知らない。」
「おい衛宮切嗣。お前はいったいコイツに何をしたんだ?いったい何をどうすればここまで嫌われる?」
「……子供のいる前で話すことじゃない。」
「……あっ。貴様、やはりそういう趣味の……」
「撃つぞ。それは断じて違う。」
「自分の娘にそんなわいせつな格好をさせて奴隷として従わせる男を信用するとでも?」
「わいせつな格好言うな。」
「サーヴァントの君がサーヴァントを奴隷と呼ぶとはね。」
「バーサーカー、キリツグは前回の聖杯戦争のとき、サーヴァントを道具みたいに使ったらしいわ。」
「イリヤアンタどっちの味方なの!」
「キリツグの敵。」
「え!?アーチャーさんって切嗣さんの子供なの!?」
「いまさら……あっ。」

 やっちまったと言わんばかりの表情をするアーチャーの顔を見てほくそ笑みながらバーサーカーは考える。とりあえずこれでアーチャーが切嗣の娘でありイリヤと血の繋がりがあることは確定した。となると更に謎が深まる。英霊がサーヴァントになるという前提がある以上切嗣の娘は英霊ということだが、果たしてそんなことがあり得るのか。イリヤの魔力は確かに素晴らしいが、ここから成長すれば英霊になれるのかというと、微妙な線だろう。もっともアインツベルンは言わば聖杯戦争の主催者、この聖杯戦争でも裏技を使ったかあるいは真の主催が仕向けたか。考えられる仮説はいくつかある。だが今は、まずは先の問題からかたをつけるべきであろう。

「お前達が父娘だというのは置いておいてだな、その慎二には人質としての価値は無いのか?」
「家族からも嫌われてそうだし無いと思う。」
「……切嗣、お前は慎二という人間は知らないか?一般論としてどう思う。」
「無くはないが薄い。魔術の観点から見れば、大した痛手では無いだろう。間桐は使い魔の蟲を使うことに特化している都合上、本人の肉体に残る魔術的痕跡は一般的な魔術師に比べ限定的だ。なにより魔術は一子相伝が原則、十を超える頃までに魔道を修めていないのなら、後継者というわけでもない。」
「そうか……では、単純に家族として考えれば。」
「無いな。」
「断言するな。その根拠は?」
「間桐の当主を一言で言うと、人間の屑だからだ。」
「えぇ……」

 バーサーカーの中で人間の屑である切嗣から人間の屑と呼ばれる程の人間。彼女にとっては想像の埒外の代物である。

「一回目の聖杯戦争から生き残っている怪物。それが間桐の当主だ。第四次聖杯戦争では魔道とは無関係な自分の息子をどういう理屈かはわからないが魔術師にして参加させた。僕が知る限り、そんなことをすればまず身体が保たない。どんな魔術を用いてもね。」
「その息子は何歳だった?」
「26だ。」
「まあ無謀な年齢だな。息子を道具として使い潰したか。待て、そうなるとこの聖杯戦争で一番得をするのは間桐では?」
「さっきと言っていることが違うぞ。」
「私は柔軟な人間でな。さて、こうなると間桐は後継者の跡目争いの可能性を減らし、更に最低でも遠坂一人にアインツベルン二人を抑えたことになる。特にイリヤスフィール、お前とお前のバーサーカーがいなくなれば、本物の聖杯戦争は大きく間桐が有利となるだろう。」
「それってもしもの話でしょ?」
「ああ。だがこのもしもで誰が得をするのかはハッキリとしたはずだ。」
「えっとつまり、これからどうするんですか?」

 一人話から取り残されていた竜堂ルナが頭上にハテナマークを浮かべて問う。するとそれまで饒舌だったバーサーカーははたと黙った。

「こういった幻は内から強い力を加えればなんとかなるものだ。宝具か何かで……」
「サーヴァントを召喚して戦わせるような結界をサーヴァントの力で壊せるとは思えないんだけど。」
「……これは……打つ手が無い……いや!そんなはずは!」

 詰んだ。

「あ、でも聖杯が溜めた英霊の魂が座に戻る時に孔が開くからそれを使えばここから出られるかも。」
「それだ!」

 なんとかなった。

「そもそも孔が冬木の聖杯みたいに開くとは限らないんだけど。まあでも第二魔法ぐらい実現できるはずだわ。並行世界に行くのと同じ要領でここから出られると思う。」
「私としてはとりあえずは、その聖杯を確かめて見たいな。ところでその聖杯はどこにある。まさかこの世界の内側に無いなどと言うことはないだろうな。」
「……聖杯はサーヴァントが倒れるほど現れやすくなる。今回が第六次なら、御三家の遠坂の屋敷よ。」

 言葉を濁すイリヤを無視してバーサーカーは顔をほころばす。イリヤがなにか言い淀んでいることはわかっているが、それを考えるのを後回しにしようとして、しかし彼女が悩む理由とは全く別のことでバーサーカーはイリヤが言い淀んだ理由を勝手に察した。

「遠坂は間桐と同盟を組んでいたのでは?」
「ええ。さっき飛び蹴りしてきた同盟。」
「……まさか、既に屋敷に奴らが……」
「それは違うわ。私が射ったのは遠坂邸とは明らかに違う。」
「となると、間桐の家か?なら遠坂邸は空いているということは考えられないだろうか。重要拠点を空にするのは危険も大きいが、御三家同士で同盟を組むのならそのぐらいのことは求められるもの、というのは願望が過ぎるだろうか。」
「そうだとしてもあっちは遠坂邸のすぐ近くよ、こっちが近づいていったらどうやってもバレるわ。」
「今だって私達の上にはアーチャーの使い魔が飛んでるもの。」

 二人の切嗣の娘の言葉にバーサーカーは嘆息する。なんとか起死回生の可能性を見つけたが、気づけば彼女の危惧どおり他の御三家が障害となる展開になってしまっていた。だがここでヘタれるようでは魔王などと名乗っていない。
 しばらくして、バーサーカーは唐突にニヤリと笑う。その顔はイタズラを思いついた子供のような顔であった。


「で、これ?」
「ああ。」
「説明して?」
「記者会見だ。」
「なんで?」
「決まっているだろう、嫌がらせだ。」

 ある一人のマスターが凶弾に倒れたのとほぼ同じ時刻、柳洞寺のお堂はだいぶ様変わりしていた。避難民も住職もなぜか皆建物の外に出て、中にいるのは奇抜な服や奇妙な杖や珍妙な動物を有する者達ばかりだ。そう、彼らは魔術師であった。

 ここで今回のバーサーカーの策略を説明しよう。バーサーカーの奇策、それは『他のサーヴァントの破壊工作への便乗』と『NPCの抱き込み』である。
 まず『他のサーヴァントの破壊工作への便乗』、これはライダー、少佐の出した破壊工作の怪文書を自分が出したものとしてNPCの警察を脅迫するという手を取った。ライダーの怪文書にある夜15時という記述に想像がいくように夜の三時丁度に警察に電話をかけ、寺の森の一角をバーサーカーの魔術で燃やし盗んだ自衛隊の装備を写真で送れば、拍子抜けするほど非常に簡単に騙すことができた。爆破予告のあった七ヶ所中四ヶ所で爆破があり更にもう一ヶ所で爆弾が見つかったとなれば警察も動かざるを得ない、というNPCに残っていたライダーの破壊工作スキルの影響にも期せずして便乗する形になったのだ。
 そして『NPCの抱き込み』、こちらはバーサーカーの原案に切嗣が手を加えることで記者会見という形となった。当初バーサーカーはそのカリスマでNPCを間桐邸にけしかけようと考えていたが、「お前では無理だ」と判断した切嗣により、彼の持つある情報で全く別のものとなる。それはNPCの魔術師の伝手であった。時計塔に聖杯戦争のマスターとして連絡をとると共にNPCの魔術師の名前を出せば、間もなく寺にいた避難民の中から魔術師と名乗る人間が名乗り出てくる。そしてそのまま魔術師達との情報交換という名の間桐遠坂同盟ネガティブキャンペーンへと移ろうというのだ。彼ら魔術師達を指揮することはできないが、流す情報を操作することでわかりやすい目標を与えることはできる。こうして今まで全く役に立たなかった軍略スキルと破壊工作スキルがついに日の目を見る時が来たのである。

「それだけではない。あの時計を見ろ。時間が十分早くなっている。これを利用すれば我々の動きを十分誤認させることができるのだ!」
「なるほど(単にライブではなく十分タイムシフトすれば良いだけだな)。」
「ふーん(ライブを遅らせれば良いんじゃないの)?」
「そう(意味あるのそれ)……」
「(それなんか意味あるのかな)……」

 気がつけばだんだんと話が大きくなりいつの間にかマスター達皆で時計塔の回線で生放送をすることにになっていたりもしたが、概ね計画通りである。警察への脅迫も署内の人間の手引きで魔術師が侵入し更に効果を増す事ができそうだ。さすがに警察の装備を獲得するのは難しいが何かしら引き出せる物はあるだろう。
 切嗣は缶コーヒーを飲み干すと一度境内に面する廊下へ出た。ドタバタとしている間に聞かされた氷塊というのはここからでもよく見える。ミサイルのようなものが氷漬けになっているのをなんとも言えない表情でしばし眺めていると、後ろからアーチャーの声が聞こえた。

「で、私はマスター役なわけ?」
「ああ。イリヤ、クロエ、ルナ、この三人でマスターとして会見する。僕が故人だと知っているNPCも多い。さっきの電話は暗示で一般人を喋らせたということにしておいてくれ。今何時かい?」
「今は、3時34分、違う、十分早いから3時24分。」
「ならあと6分で初めてくれ。魔術師達には20分遅らせて放送するように。」
「急ぎ過ぎてない?」
「時間が無いからね。この時差で釣り出されればそれで良しさ。僕達はまず大聖杯を抑えなくちゃならない。この聖杯戦争を調査するためにも、僕達が優勝したときのためにも。」

 そして聖杯を破壊するためにも、とは言わずに言葉を切る。ここから先はあまりに変数が多すぎて予測など不可能だがなんとかしなくてはならない。
 切嗣の元に警官が現れる。先の脅迫の結果、NPCからもう少し爆破予告犯らしく行動することが求めれていた。わざと警察を挑発するような行動が。
 切嗣は最後に一度クロエを見ると参道ではなく森を降り始めた。



 -58:01 のび太の聖杯戦争


「狂介さん!狂介さーん!!」

 柳洞寺で記者会見が始まったのと同じ頃、のび太は深山町を走る。方角的にはこっちで合ってるはずだと信じ、人が隠れているであろう路地や物陰も丁寧に探す。声を上げ返事が帰ってくるのを待つ。無論それに答える声は無いが、彼はひみつ道具をライト代わりにして狂介を捜索していた。
 彼の持つひみつ道具、テキオー灯は彼がドラえもんのポケットから引き当てた三つのひみつ道具のうちの一つだ。あとは銃型のイマイチ使い方が思い出せないものと、よりによってなんの役にも立たないものを引き当ててしまった。結果まともに役立っているのはこれだけ。直接戦闘に役立つものはゼロである。そのテキオー灯も使用経験が多いことが幸いして間桐邸の火災に使って切り抜けられたが、今は単純にライトとして使用しているに過ぎない。そしてそれももうすぐ電池切れになろうとしていた。
 のび太が叫びながら走り回ること十数分。ついに息が続かなくなり公園の近くでへたり込む。深山町の南部は丘になっていて意外と体力を削られる。声を出して走ればなおさらだ。そして足を止めると思い出されるのは、狂介の最後の姿。凛の姿、美遊の姿と次々に出てくる。誰も彼もつい一時間前には共にこの聖杯戦争を止めようとする仲間だったはずだ。それなのになぜ……
 奮起して立ち上がろうとし、膝が上がらずまたへたり込む。もとより運動神経が悪いのび太ではひみつ道具の助けがあっても限界はある。そんな自分を情けなく思いながらも休むことしかできないと、自然頭だけ動いていた。

(美遊ちゃん……なんであんなことしたんだろう。)

 頭に浮かぶのは、一番の疑問だ。凛の裏切りも、冷淡な慎二達も、彼の頭でだってなんとなく理屈だけはわかる。だが美遊だけは違う。全くわからない。故になによりも頭に残る。酸欠気味の脳でもそれを追い出すことはできない。

(うーん……なんか大事なことを思いついた気がしたんだけどなあ……)

 だがその答えを出すことなどのび太にはできなかった。美遊はなにかとても大事なことのためにあんなことをしたのだろう。それはわかるか、それだけだ。真相に辿りつくためのピースは、残念ながら彼の手元には無い。あの間桐邸に置いてきてしまったそれは、のび太を答えから遠ざけていた。いや、のび太から遠ざかったのだ。そして彼は近づいてしまった。この聖杯戦争で息を潜める仇敵に。

「スッゴい深刻そうだね。大丈夫?」
「うわあ!?」

 公園の植え込みをひょいと飛び越すようにのび太の頭上に現れたのは、シュレーディンガー准尉だった。
 どこにでもいてどこにでもいない、その特性を持つ彼は自在に場所を行き来できる。彼は間桐邸に伝令として戻ったところ慎二の発狂とのび太の不在を目撃し、こうして彼を『保護』しに来たのだ。
 のび太からすればドラえもんとナノカを殺したことが濃厚な相手である。自然と身構えるが、しかしそれが無駄な抵抗だとはわかっていた。今の自分にはなんの武器もない。それでは吸血鬼どころか同い年の小学生とだって喧嘩にならないだろう。
 だがそれでも負けてなるものかとのび太は立ち上がる。ドラえもんとナノカの意思は生きている。それを生かすも殺すものび太次第だ。止まらない限り道は続く。その道を歩くのは、誰でもないのび太だ。
 勇気、蛮勇、熱意、決意、殺意。様々な感情がのび太の中で荒れ狂う。だがその行動は淀みない。准尉のホルスターから拳銃を抜きそのまま撃つ。それをワンアクションで実行せんとし、猛然と腕が伸び。そして。

 銃を先に抜いたのは、准尉だった。

「――どういうこと……」
「うーんとね、良い事考えたんだ!」

 ホルスターごと銃をベルトから外し、准尉は笑いながらのび太へと差し出す。手の中に重たい感触と寒気が拡がる。その外見年齢相応な笑みにのび太は言い知れない不安を覚えた。そしてその不安を増す言葉が告げられる。

「僕と契約して、マスターになってよ!」



 -54:59 ヘラクレス、侵攻


「■■■■■■■■■■■■!!!」
「……っ!」

 遠坂邸周辺の民家をなぎ倒しながら進むバーサーカー・ヘラクレスの振るう斧剣がランサー・カルナへと迫る。純粋な筋力をフルに活かした暴力はランサーといえど防御ではなく回避を選択せねばならぬものだ。カルナは回避の勢いを利用してそのままバレルロールのように回転し、バーサーカーの背中を狙う。ヘラクレスの異様とも言える反応速度を魔力放出による更なるスピードと技巧で上回り槍が深々と突き刺さ――らない。深度ゼロ、1mmもその槍はヘラクレスの表皮を破らない。

「■■■■■■■■■■■■!!」

 雄叫びと共にカルナへと迫るは、ヘラクレスのカウンター。それを後方に飛ぶことと民家を緩衝材にすることでやり過ごすとカルナは炎で高度をとる。一秒前まで自分がクッションにしていた家がきれいにヘラクレスに整地されたのを見ると、そのカルナの目に光が宿る。宝具だ。

「『梵天よ、地を覆え』!」
「■■■■■■■■■■■■!!!」

 絶叫しながら上空へと跳躍するヘラクレスの眼球にブラフマーストラが直撃する。瞳に捉えたのならば外すことはない、光速のAランク宝具だ。それを受けたバーサーカーはその眼球から脳、頭部を須く焼かれ――ない。そのまま何事もなかったかのように突っ込む。そしてカルナの防御の上から殴り飛ばすと未遠川の水柱へと変えた。

 ヘラクレスのマスター、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン達柳洞寺の三組のマスターの遠坂邸奇襲より五分。ヘラクレスは都合三度殺されていた。
 3時30分に始め45分に終えた記者会見から今までの約三十分間、マスター達はそれぞれ柳洞寺の森から山を降り(イリヤはルナに抱えられてだ)、警察車両によって密やかに遠坂邸へと接近していた。途中切嗣がカバーストーリーへの協力として深山町商店街での銃乱射などもさせられたりしたが、このことで魔術師達は聖杯戦争の損害をなんとかテロと警察に記憶処理をできると希望的に考えていた。もちろんそうなるといったい犯人は誰だという事になり、それが死んだはずの衛宮切嗣となれば彼らも非常に困惑しているのだが、そんなことは聖杯戦争全体から見れば些事だ。あまりに被害が大きすぎてとてもではないが死人一人にかまっていられない。まるでドラゴンボールのセルゲームがごとく全世界に生中継される聖杯戦争の前では単なるワンイベントでしかないのだ。そんなこんなで魔術師達からの追及も逃げ切り、切嗣はやたらと武装が充実したBMWを暗示をかけられた警官から『強奪』していた。
 さて、ここで彼らの作戦を再度見直そう。基本的には彼らの第一の目的は『遠坂邸の制圧』であり、そのために警官や魔術師のNPCを利用している。と言っても指揮を執れるわけではないのだが、地元の名士であり魔術師の顔役でもある御三家の周りに理由をつけて人を集めることは簡単なことだ。なにせ御三家はこの神秘の世界的暴露を招いた『容疑者』である。またその御三家のうちの二つが焼けた間桐邸の地下に潜んでいるというのも良い。消防隊に紛れてNPCが立ち入ることが容易であるからだ。
 だがここで三つ、彼らに誤算があった。
 一つは間桐と遠坂ともう一人のイリヤが同盟を組んでいるという誤算だ。会見が終わる直前という微妙なタイミングでかかってきた間桐慎二からの突然の電話、記者会見に臨むイリヤから携帯を預かっていた切嗣に告げられた「孫悟空に話がある」という開口一番のハイテンションな発言。「なるほど、コイツはイカれてる」と思わず言いそうになった切嗣だが、自分達の動きが露見した可能性や何らかの符号の可能性も考えて慎重に対応していたら、強引に停戦を締結させられた。もちろん切嗣としてはそんな停戦に応じる気はさらさら無い上に慎二が本当に停戦するなどと全く思っていないが、圧倒的に有利な彼らからの提案をむざむざ跳ね除けるメリットはない。先のライダーキック以来、カルナにアルトリアに他二騎も抱えるのが遠坂間桐の同盟だという認識のままでいたからだ。
 そしてもう一つの誤算は、遠坂凛ともう一人のイリヤが遠坂邸にいたことだ。彼らの認識としてはまさか凛が裏切っているなどとは思わない。三対四をわざわざ三対二対二にするなどというのはレアケース中のレアケースだろう。だがそのレアケースが起きた。彼らが四と思っていたのは聖杯戦争に勝利しようとする者と聖杯戦争を破壊しようとする者との呉越同舟、一枚岩どころか不倶戴天の敵同士である。そして彼らは自分達は間桐や遠坂に追い詰められていると考えていた。だがそれは間桐も同様であったのだ。その両者の判断ミスと情報の非対称が、奇妙な誤解に繋がった。
 そして今から五分前。無人の遠坂邸をどう制圧するか相談していたマスター達の前で最後の誤算が発生する。それは彼らが意図しないNPCの行動だった。間桐慎二が色丞狂介捜索のために通報した警察、それは彼がちょうど一日前に補導された尾留川という婦警のNPCであったが、彼女には二つの情報源があった。一つは彼女の名刺を頼りに通報してきた慎二からの色丞狂介捜索の通報。実は慎二は凛への嫌がらせとして彼女が狂介の動向を知っているように電話のあとメールで送っていた。そしてもう一つは警察からの情報。こちらも切嗣の銃乱射やそれに引っ掛けて凛の安否が不明であるという魔術師サイド、つまりは切嗣達の意思が介在した情報源だ。その二つが交ざった結果、彼女の中で『二つの銃撃事件で関係者として名前が上がった人物』と凛のことが立ち上がってくる。そしてたまたま深山町側にいたというのと新人の彼女が混乱する指揮系統からまたも放っておかれるという偶然が続けておき、彼女の遠坂邸訪問という更なる偶然が発生したのだ。マスター達の思惑と冬木警察署の組織のいい加減さ、そして単なる「近かったから」という偶然、それらが重なり切嗣達の前に彼女が現れる。
 そして婦警がインターホン越しに会話を始めたことで、切嗣は遠坂邸襲撃を決断した。ここが天王山であると認め、NPCと柳洞寺に残るルナのバーサーカー、ヒロに連絡を取る。まずヒロの破壊工作で敵拠点の動きを鈍らせ、その隙に切嗣達マスターはBMWを頼りに敷地内に突撃、その後動きを察知させないために寺に残していたサーヴァントを令呪で呼び出し、電撃的に敵サーヴァントを襲撃する。その間にマスター達は敵マスターを抹殺あるいは拘束する。これがその作戦の要旨だ。というかこれ以外に相手の対軍宝具をやり過ごす術がないので突っ込むしかないというのが本音だ。相手の索敵能力を高く見積もっていたからこそ、切嗣達は死中に活を見出す危険な手を合理的な作戦と判断して進んで行おうとしていた。

「■■■■■■■■■■■■■!!」

 そして今現在、切嗣達の賭けは正に正念場だった。ヘラクレスは『梵天よ、地を覆え』の一回とそれで死んでいる間にされた槍での死体蹴りの二回の合計三回死んでいる。これで残機は残り三。そして得た耐性はカルナの槍と一番使い勝手の良い宝具。こうなるとカルナは更なる宝具を切らねばヘラクレスにダメージを与えられず、またヘラクレスも更なる宝具を切られれば今度は殺しきられる。この状況、辛うじて不利なのはカルナだ。ヒロやクロエでは手出しが難しい高速戦闘をし続けねばならず、宝具を使おうとすれば二人から攻撃が飛んでくる。半人半魔のスキルを持つヒロの炎はカルナをしても無視できぬものであり、またクロエの矢もその爆発は侮れない。一方のヘラクレスはそんなものお構いなしに戦闘できる。流れ弾が当たらないわけではないがそれは彼に耐性を与えることにほかならない。結果カルナだけが彼女達の攻撃まで防御しなくてはならない分、最初は押していたがじわじわと拮抗状態へと持ち込まれていた。
 カルナは横目でクロエ達を見る。彼女達がいるのは、遠坂邸の屋根。彼の宝具を警戒してのことだ。これでは炎を使うことも難しい。では直接槍を、となるとあのヘラクレスをマスターのイリヤに近づけることとなる。それは避けねばならない。

「■■■、■■■■■■■ッ!!」
「――ゥッ。」

 ヘラクレスの黒く隆起した筋肉が躍動しカルナを強かに打ち据える。槍と鎧があるにもかかわらず単純に痛い。鎧で再生したばかりの半身の動きの鈍さが、かわせるはずの一撃まで受けてしまう。そのままヘラクレスは、カルナの左肘を極めながらのしかかった。生前の美しいレスリングとは似ても似つかぬ荒々しい技だが、単純な筋力でカルナを地に沈め、だからその違和感に気づかなかった。ヘラクレスからしてもタフと言えるカルナが、その時だけやけに貧弱だったことに。

「日輪よ(ヴァサヴィ)、――」

 槍の穂先が変形する。カルナはそれを自由な右足の指で操る。ヘラクレスを楯にし迫る炎と矢を耐える。そしてそれはクロノが美遊にそうしたようにヘラクレスの腹へと突きつけられた。

「――死に随へ(シャクティ)」

 カルナの目に炎が揺らぐ。一泊後、冬木に光が満ちた。



 -51:02 航空参謀赤城


 カルナの第四の宝具がヘラクレスを貫いたその頃、遠坂邸の地下でも戦況は変化していた。
 単縦陣でのセイバー・アルトリアとの反航戦。狭い地下と足の遅さも相まってマスター達の壁にしかなれないアーチャー・赤城と、それを楯にして銃撃するアーチャー・まほろ、その二騎に攻撃がいかないように矢面に立つキャスター・フドウであったが、既に開戦より十分弱経っている。そうなると不利なのは、赤城達だ。

「――はっ!ガハッ!?なんだ、体中が……痛い……」
(よし、戻った。)

 アリスは慎二が意識を取り戻したことを認めると、かけていた回復魔術を身体全体から令呪のある腕に絞る。そこにあるべき赤い痣は、既に一画使われていた。

 赤城達がなぜ今遠坂邸で戦っているかというと、それは同盟内での議論の結果だった。結局慎二の暴走後彼がしたことは、ヘラクレスの方のイリヤへの電話とNPCの警官の電話のみである。それ以外は何もしていない。会話らしき会話もゼロである。そうして十分近くに渡って沈黙が支配する無為な時間が流れたことで、赤城は独自の行動を求められることなった。まずはアリスからの念話による求めにより18機6編隊の零戦の内5編隊をアリスの家に向かわせ、彼女の家から人形を取ってくるという任務だ。実際には鞄の封印さえ外せば後は自立して大型の物はアリスの元目指して動き、小型の物はそれについて動いてくるのでこれだけの大編隊で行くことは意味が薄かったが、期せずしてそれはカルナの目に留まることとなった。そして残る3機は、それぞれ冬木上空を旋回しての情報収集である。撤退したヘラクレスの方のイリヤ達や裏切った凛、出て行ったのび太の捜索を行っていたのだが、その際に新都からの発光信号を認めた。最後の大隊の吸血鬼達からの合流を望む連絡だった。
 ここでアリスは悩んだ。今のこの状況が続くのならば、アリスも離反してミレニアムと連携を深めるというのは悪くない選択肢だ。そうでなくとも彼らの戦力は魅力ではある。まず彼女はここで手札に一枚ワイルドカードを加えた。
 また赤城は、まほろからのび太捜索を発光信号で頼まれていた。先の零戦の旋回ものび太捜索を一つの目的としていたが、こうなるとなおさらである。結果赤城はミレニアムにのび太捜索を依頼することとなった。独自の行動を模索せざるを得ないアリスによって、間桐邸での存在感が減っていた彼らは再び表舞台に登る機会を得た。
 以上が赤城のここ最近の聖杯戦争の動きであったが、しかしこれらは赤城らが遠坂邸に殴り込みをかける直接的な理由ではないだろう。彼女がやったのは少しばかりの航空隊に指示を出しただけだ。ではなぜ彼女らは遠坂邸に殴り込みをかけたかというと、それはなんてことはないショボい理由、すなわち『間桐邸が火事だったから』に尽きた。
 クロエの攻撃より一時間。起こった火災は既にかなりの大事になっている。残っていた家屋も大部分が倒壊し、今も消防隊の懸命な消火活動が行われている。もちろんそれには間桐邸の中に踏み込んでの住人の捜索も含まれた。
 さてこうなると一番神経質になるのが慎二である。自宅を燃やされ、しかも外部の人間が踏み込んでくるなど今の彼にとっては看過できないものだ。また彼のキャスター・フドウが告げた「NPCに魔力を持つ者がいる」という報告も彼を追い詰めた。これは切嗣達がけしかけた魔術師達を察知してのものであるがもちろんそんなことは慎二は知らない。ただ彼としてはどうやってこの地下に踏み込ませないか、もし踏み込んだらどこに逃げるのかを考えるのみだ。

「風王(ストライク)――」
「カァァァン!!」
「――鉄槌(エア)!!」
「そこっ!」
「っ!やるな!」

 フドウの妨害に体制を崩しながらもアルトリアが放った風王鉄槌が、まほろが放った輝ける闇に解けるように消える。高い直感と技量でその射線から逃れた彼女の後ろには、今赤城達がいるトンネルと同型の穴が開いていた。

 これぞ赤城達が今ここにいる理由である。まほろの宝具『輝ける闇』は、その威力と操作性は折り紙つきだ。加えて魔力消費はゼロである。傷つき疲弊したまほろでも使うと決意さえすればどうということはない。彼女はこの宝具を交渉材料に慎二に持ちかけたのだ。「ここから誰にも見つからずに脱出する方法がある」と。その方法こそ「同じ町内にある遠坂邸まで宝具で岩盤を刳り貫いてトンネルを作る」というものである。新都で美遊と合流した凛より先にこっそり遠坂邸に行き乗っ取ってしまおうというのだ。この方法ならカルナの眼力もやり過ごしてとりあえず安全な場所を確保できるし、遠坂邸を使えなくすることもそこから別の場所に避難することもできなくはない。それに少なくとも救急隊員に付き添われてここから出ていくハメにはならないだろう。そして迷う慎二を後押しする理由もあった。カルナとヒロによる砲戦の発生である。ヒロの発した魔界粧・轟炎は遠坂邸だけでなく間桐邸まで巻き込んでいる。フドウの陣地により損害は軽微だが、慎二を脱出に向けてパニクらせることには成功していた。
 そして現在、空き巣に入ったら居留守を使っていた住人と出会し戦闘となっていた。実はまほろが脱出案を提案した時には既に凛達が家に帰っていることを赤城は航空偵察により知っていたのだが、アリスからの命令により黙っていた。アリスとしては一戦闘で一令呪を切らねばサーヴァントを戦わせられない慎二に付き合うなどデメリットが大きい、もうそろそろ相手の一騎か二騎のサーヴァントと差し違えてほしいと思っていたからだ。適当に慎二組をぶつけて後は柳洞寺の同盟に乗り換える。劣勢でも彼女だけならば転移もできるのだ、最悪赤城を殿軍にして後で令呪で呼び出そうという腹積もりであった。だが、残念ながら彼女のあては外れた。こちらはサーヴァント三騎にマジックアイテムも有しているのに、相手のセイバー一騎落とせる目処も立たない。それどころかこの戦闘で間桐の同盟は全滅しそうですらある。そしてどうやら柳洞寺の同盟も遠坂邸を攻撃している。こうなった以上勝ち目のない相手に勝たねば各個撃破されて終わりだ。

『急ぎ過ぎてたかしら……アーチャー、この場から貴女の力で脱出することはできる?』
『……戦艦としての私になれば、建物を壊すことになりますが、可能です。』
『そう。考えておいて。』

 そしてここで、アリスは聖杯戦争を自分の優勝で終わらせる決意をした。
 赤城が空母としての真の姿を表せば、この屋敷のマスター達はその巨体に圧殺されるか瓦礫に埋もれるかでまず死ぬであろう。そしてもしこの屋敷に全てのマスターがいるならば、それだけで優勝の目処が立つ。そして今、この聖杯戦争でサーヴァントを従える七人のマスター全員がここにいる。もしこれを止めようとすれば赤城の高い耐久を抜くほどの一撃が必要だが、それを振るえるのはまほろのみだ。他のサーヴァントはその余りの威力に室内で撃てば建物を倒壊させ自らのマスターを殺しかねない。故にここはまほろをその行動に賛同させれば勝利である。
 アリスは片手間に慎二を治癒しながら携帯を手に取る。慎二に更なる令呪を切らせる、吸血鬼達をこの鉄火場に呼び寄せる、赤城に宝具を使わせる、様々な手札がある。彼女はそのそれぞれのカードを吟味しながら戦況を見守った。



 -46:06 イリヤのパパはパパじゃない


 アリスが四騎のサーヴァントが渡り合う遠坂邸の地下で方針の転換をその内心で行っていた頃、遠坂邸の地上部の玄関では四人のマスターが睨み合いを続けていた。

 一人はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
 一人もイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
 一人は彼女達の父親の衛宮切嗣。
 そしてもう一人はイリヤ達と無関係な竜堂ルナ。

 その四人は、切嗣を中心に三角形になって話し合うことになっていた。議題は切嗣の手に持たれる一丁の拳銃。そしてそれが向けられるのは、彼の顎。

「もう一度言う。」

 緊迫の表情を浮かべるイリヤ達に向けて切嗣は言った。

「全員動くな。動けば僕は自殺する。」


 玄関前で出会いそれぞれにサーヴァントを展開するイリヤと柳洞寺の三組は、サーヴァントがその屋外で戦う一方でマスター達は玄関内での戦闘になっていた。反射的に魔力弾をもう一人のイリヤへと撃ちながらイリヤは後方に下がる。それをもう一人のイリヤは髪から生み出した使い魔で防ぎ反撃し、ルナが一息でイリヤへと距離を詰める。そして切嗣が一人反応が遅れ、それを見たイリヤは切嗣への接近のために着地した足を前に向ける。亜音速でルナとすれ違うと、イリヤはもう一人のイリヤと切嗣を挟んで向かい合った。

「梵天よ、地を覆え」
「■■■■■■■■■■■!?」
「アーチャー!屋敷を背にしろ!」
「言われなくたって!」

 開け放した玄関からはサーヴァントの激戦が音と土煙としてマスター達に届く。しかしそれを衛宮家の人々は感知しない。匂いも衝撃もヘラクレスの魂が削られていくのも無視して凍りついたように見つめ合う。一人ルナが困惑しながら「バーサーカーさん、頑張って!」と令呪を切り、とりあえず廊下の角で立って見守ることとした。

「イリヤ、なぜ君がここに?ここは遠坂の屋敷だろう?」
「■■■■■■■■■■■■■!!」
「どいてパパ、なんで私の偽者といるの……!」
「バーサーカー!街を火事にする気!」
「偽者はそっちでしょう、二次創作(クローニング)されたのか並行世界(スピンアウト)の私かは知らないけど、このキリツグは私のキリツグよ。」
「■■■■■■■■■■■■■!!」
「っ!!ルビー!!」
「そっちも矢の爆風をなんとかしろ!この屋敷を壊す気か!!」
「イリヤさんクールに!この偽イリヤは凛さんみたいに並行世「■■■■■■■■■■■■■!!」うるさいなサーヴァント!ちょっと黙らせてもらって言いですか!」

 爆炎と爆風と咆哮が一同の鼓膜を揺らす。互いの声は殆ど聞こえない中、ルナが壁を走って玄関を閉める。気休めにしかならないが、一応会話できる体制が整うと、改めて二人のイリヤは睨み合う。違いがあるとすれば、互いの使い魔と武器が互いだけでなく切嗣に向いたことだ。

『姉さん、凛から事情の説明を求められています。』
『事情なんて私がわかるわけないじゃないですか!なんなんですかこれ!』
「パパ、パパも、並行世界のパパなの?」
「だからそう言ってるでしょ。」
「貴女には聞いてない!!」
「落ち着いてくれイリヤ。」
「「落ち着いてる!!」」
「うわあ息ピッタリ。」
「鏡に向かって話してるみたい……て杖が喋った!?」
「あそのリアクション今いいです。」
「リ、リアクションって――」

 切嗣を挟んでのイリヤとイリヤの戦いはヒートアップする。それに合わせるように扉を挟んだ遠坂の庭園では、カルナが宝具でヘラクレスを蒸発させながら宇宙空間まで弾き飛ばしていた。余波で扉ごとルナが弾き飛ばされ、それに巻き込まれてイリヤ達三人もまとめて吹き飛ばされる。いち早く意識を取り戻したのは、イリヤだった。だが切嗣にイリヤと共に抱きしめられるようにのしかかられていて身動きが遅れる。その数秒の遅れのうちに意識を取り戻したのは、イリヤの次に殴られ慣れているルナだ。爆風で壁に突き刺さっていたルビーを魔法少女の杖のようなものと判断してとりあえず抑える。そして同様に飛び散った銃や手榴弾を暴発したら大変と片っ端から集め家の外に投げようとしたところで、彼女の体は再び吹き飛ばされた。

「な、また私の偽者……!」
「イリ、ガハッ、アンタタタ、折れてるなこれ……ルビー?治せる……」
「今度は私のことを知ってるイリヤさん?イリヤさんのバーゲンセールですかね。」
「バーサーカーさん!!起きて!!」
「うぅ……はっ!?バーサーカーとの魔力パスが、消えた……?」
「――マスター、これはどういう状況だ。」

 遠坂邸の外壁をぶち抜き弾丸のように突っ込んできてルナにぶち当たったのは、ヒロとクロエだ。ヘラクレスを屠ったカルナに秒殺された彼女達は、引き続き建物を背にして戦うもクロエ一回のヒロ三回の合計四回のカルナのキックなどで戦闘不能に追い込まれていた。三発ももらったヒロなど気絶している。
 カルナはイリヤの変身が解けているのを認めると、イリヤへと槍を向けた。状況が良く飲み込めないが、まずイリヤは間違いなくイリヤの敵だ。となれば、ひとまずイリヤの安全を確保しイリヤを攻撃すべきである。だがそこに更なる乱入者達がエントリーした。

「凛さん!!」
「今度はだ――のび太だ!?」
「のび太ってあのドラえもんの――のび太だ!?」
「のび太……のび太!?」

 それは野比のび太だった。准尉の考えた良いこととは、鉄火場にのび太を特攻させるということだった。准尉の知る彼とはだいぶキャラが違うが、頭はそう良くないと踏んで「狂介の居場所を凛から直接聞けば良い」とそそのかしたら、何かに取り憑かれたように凛の元へと走り出したのである。
 そして彼には戦鬼の徒に着けられている発信機が持たされている。これで砲撃を誘導する、などということも考えていた。マスターとしての使い道が薄く後一時間で夜明けがくる以上、最後に派手に盛り上げる素材になってもらおうというのだ。
 遠坂邸に吸血鬼が迫る。これで正真正銘、全てのマスターとサーヴァントが遠坂邸に集まる。直径100メートル程のところに延べ500近い者共が集う。その踏みしめる瓦礫と拡がる火災が竹林へと変わっていくなかで。

「これは――」
「『三輪身――正法輪身』」

 そしてついにキャスター・フドウの宝具が振るわれた。



 -5:55 ビターピース

 キャスター・フドウがいつからこの聖杯戦争の幕の引き方を考えていたかというと、そのタイミングを正確に述べることは難しい。同盟が破綻した時か、『必勝法』を知った時か、本戦が始まった時か、予選の間でか、あるいは間桐慎二に召喚されたタイミングでか。
 だが彼が動くタイミングを予想することは簡単であった。彼が自ずから動く時は、常に必要性に迫られてのものであった。その言葉も行動も、常に必要か否かが基準である。ではそんな彼が、聖杯戦争を止めえる方法と、それに従わせる方法の二つを有したらどうなるだろうか?

 七人のマスターと七騎のサーヴァント。フドウがセブンセンシズで把握するその位置は、重なる偶然に導かれひと所になる。その運命を引き寄せたのは決戦を望むサーヴァントの意志と、聖杯戦争打破を望むサーヴァントの意志、そしてそれぞれの思惑で動いたマスターによるものに他ならない。加えてこれだけはフドウにはどうしようもなかった魔力の問題も、慎二の令呪によって解消される。運命からなされた必然的行為は、彼という男をマスターの魔力不足で動けぬ地蔵から必要とあらば剣を取れる明王へと変えていた。この聖杯戦争最後の重戦車にガソリンが注がれたのだ。

 フドウには、一同に会したマスター達に『必勝法』を、すなわち『死者を出さない形での聖杯戦争からの脱落』を強いることは彼にはできない。だがそうせざるを得ない状況に追い込むことはできる。固有結界・三輪身が一つ、正法輪身。その竹林が拡がる世界では、全ての人間の心を鎮め闘争の意欲を無くさせる。まさしく聖杯戦争という儀式そのものを冒涜し叩き潰す、対聖杯戦争宝具とでも呼ぶべきそれ。そこに七組のマスターとサーヴァントを捉えることができれば、もはや聖杯戦争の続行など不可能であった。対軍宝具もここでは、振るわれる前にフドウに阻まれる。それ以前にまともに武具を持つことすら、ここでは許されない。唯一単独でこの世界を砕けるのは、マスターからの妨害も魔力不足による問題も無視できて宝具を放てるまほろだけだが――もちろん彼女にそんなことをする気は無かった。

「さてみんな……結論を出そうか。」

 全身を激痛に苛まれながら目だけはギラついて、慎二は多幸感に満ちた手を広げてマスターとサーヴァントを見回した。既にその手に令呪は一画もない。この固有結界の発動とその効果によるリラックス作用で、彼の発狂はかなり低減している。ついに、ついに彼は勝利したのだ。試合には負けたがそんなことはどうだっていい。聖杯戦争そのものを聖杯戦争に則って不成立にさせたのだ。これは勝負に勝ったと言って良いだろう。全員をキャスターの支配下に置いた、という勘違いだけで彼はもはや満足している。そんな彼からすれば後は帰るだけであり、つまりは必勝法の実行だけが残る行動だ。

「私も必勝法には賛成です。」

 魔力切れを起こしながらも、まほろもそう言って慎二に賛同する。この場でこの結界を魔力切れ以外で破壊できる彼女は、聖杯戦争打破の何よりの急先鋒だ。聖杯戦争続行の切り札が、聖杯戦争続行における大なる脅威だ。

「僕も必勝法に賛成。」

 つづくのはのび太だ。まほろ同様聖杯戦争の参加者としては脱落しているが、それゆえに彼も聖杯戦争続行を希望するメリットが薄い。そして何より、彼の聖杯戦争打破の決意は、まほろに匹敵するほど硬いものだ。

「私も必勝法に賛成。」
「私もです。」

 アリスと赤城も続く。一時は離反も考えたが、フドウがこんな切り札を持っていたとなれば話は別だ。全面的な協力もやぶさかではない。今もアリスはフドウへと魔力供給を引き受け、その令呪までをもこの結界の維持のために使って見せている。そして赤城もまた、アリスの願いが叶う瞬間が目前となった以上、固有結界の効果以上にリラックスして賛同していた。

「僕達も賛成だ。この聖杯戦争には異常な点が多い。僕達の脱出にのみに使うべきだろう。」
「もちろん私もね。これで、六組中三組が賛成ってことになるわ。」

 間桐の同盟に続きアインツベルンの同盟からも賛成の声が上がる。彼らは必勝法の情報を入手すると、二三の要求をしたのみで全面的に協力すると表明した。もとより彼らの大聖杯出現地の確保という目的は形を変えて達成されている。そして他の組もこの聖杯戦争からの脱出を考えているのならば、協力しない手はない。ただ自分の娘のために、「イリヤスフィール・フォン・アインツベルンとクロエ・フォン・アインツベルンの組み合わせが小聖杯としての機能上良い」と眉唾ものの説明をしていたが、これを多くの対聖杯派に飲ませることにも成功していた。イリヤ以外のサーヴァントを有するマスターは全員令呪を使い切り、クロエは令呪によって叶える願いを「この聖杯戦争の参加者全員の原状復帰」へと強制され、またイリヤに強制することとなる。

「アインツベルンの代表として、私も必勝法を受け入れるわ。」

 そしてその談合による優勝候補の一人、サーヴァントを召喚して行われる第四次聖杯戦争が起こった世界のイリヤも、若干難しい顔をしつつ賛意を示す。彼女としてはこのような聖杯戦争の幕引きに思わぬところは無いわけではないが、ヘラクレスを失った彼女に取り得る選択肢自体殆どない。そしてそうでなくとも、この聖杯戦争の異常は彼女が一番理解している。冬木の第五次聖杯戦争を優先しなくてはならないという義務感、を言い訳に彼女は賛意を表明していた。

「私達も賛成です。偽物の魔法のランプなんていりません。」
「そういうわけだ。さて……これで六組中四組、過半数がこの聖杯戦争を終わらせることに合意したわけだが……どうする?」

 そして一人、この場でも変わらず動けるヒロはその大鎌、『ゲート・オブ・ヘブン』を遠坂凛の首筋に這わせて問いかけた。
 彼女の持つスキル、戦の作法。対軍宝具の須くに高い耐性を持つそれを有する彼女は、この場ではまさしく死神だ。その性質上フドウ自身も攻撃が難しいこの静謐なる竹林で、彼女だけはなんの障害もなく行動できる。言うなれば、フドウが丸腰での話し合いを強い、ヒロが全員の殺生与奪を握っている状況だ。
 つまるところ今行われているこれは、単なる儀式であった。フドウとヒロの共闘が成った時点で、他のサーヴァントの勝ち目は限りなくゼロである。もし仮に生き残っている者全てで二人を止めれば勝機もあるが、この場でそんなことをしようとするのは既に僅かに四人、つまりアルトリア達とカルナ達だけであった。

「……私達がYESって言ったら?」
「令呪を全て破棄、または譲渡し、サーヴァントとの契約を切ってもらう。そうすれば、聖杯によってこの聖杯戦争は無かったこととなるだろう。」
「NOって言ったら?」
「お前達の魂を冥界に送り私達で必勝法を実行する。私の鎌で斬られた魂がどうなるかは保証できないが、つまり結論は変わらない。」
「お前が殺した狂介も、カチコチになってるクロノも、まとめて無かったことにしてやるよ。」

 慎二の言葉にピクリとカルナの横にいるイリヤが反応する。それを見て、凛は大きく息をついた。

 自分はどこで失敗したのか。凛はこの空間に囚われてから幾度したかわからない自問自答をする。まさかこんな展開になるとは予想だにしなかった。というかこんなエンディングを予期できる人間がいたなら教えてほしい。世界そのものを塗り替えて理屈を押し付けてくる宝具に、その宝具の影響を受けないスキル。セイバーやカルナの宝具もなかなかのズルだと思うが、ここまで荒唐無稽ではもはや乾いた笑みしか出てこない。あの騎士王を引いても、施しの英雄を引き入れても負けるとは。そう自嘲する一方で、頭のどこかの部分では冷静に次の聖杯戦争について考え始める。聖杯というからには、原状復帰程度は当然にできるであろう。となれば、自分はまた聖杯戦争に参加する。きっとそうなる。なら、その時自分はどうするかだ。

「ごめん、セイバー。ここまでみたい。」
「いえ、リン。私の力不足です。どうやら自分がぬるま湯に浸かっていたと気づかぬほどに、私は弛んでいたのでしょう。」

 凛の事実上の降伏宣言に、アルトリアは言外に追認した。その言葉通り、彼女はこの戦争を見誤ったと痛感していた。特に見誤ったのは、聖杯戦争を止めるというその意志だ。ただの妄言の域にあり実現性は無いと、どこかで判断してしまっていたのだと自戒する。自分が聖杯を手にしようとするのと同じ程にこの戦いを止めようとする人間の覚悟を、甘く見たのだと。

「キリツグ、またも私は、貴方にしてやられたわけか。」
「……セイバー、君は少し真面目すぎるんだ。そこのバーサーカーを見習えとは言わないがね。」
「……!?そうか、そうだったか……」
「……なーんか、セイバーから聞いてたのと人柄が違うわね。」
「僕は、こういう人間だよ。さて……イリヤ。」
「っ!!」

 残るは、カレイドステッキを操るイリヤとカルナのみだ。
 イリヤは切嗣からの視線を避けるようにカルナを見る。その目はこの世界の中でも静かに炎を湛え彼女を見つめ返す。彼はいつだって、彼女の行動を認めるだろう。
 イリヤは手の中の二本のステッキを握る。わかっている。もはや選択肢は無い。そしてそれ以前に、戦う意味はない。この聖杯戦争での終わり方として、彼女が望む勝利の形として、理想の形は何か?それは、彼女の世界の凛や美遊と共に帰ることである。そして今、その願いを叶える一助への協力を求められている。ならば。

「――賛成します。私も、賛成します。」
「なら我もだ。」
「わかったわ、私も。私も賛成する。この聖杯戦争は、これでいいわ。セイバー!」
「……この聖杯では私の望みは叶えられないと判断します。よって、賛成です。」

 ここに最後の賛同者が現れる。生き残った六組のマスターとサーヴァントの全てが、聖杯戦争の話し合いによる集結に合意した。



 -00:00:00 2014年8月2日(土)5時9分30秒


「おっ、いらっしゃいませー。」

 その人物ーー便宜的に彼と呼ぼうーーが最初に見たのは青い髪の少女が事務用らしいデスクの前でにこれまた事務用らしいイスに座って煎餅を食べている光景だった。

 白一色の廊下。そこにデスクを挟んで立っている彼の顔を見ると「おぉっ!?もしかしてもしかすると‥‥」などといって少女は古めかしいMacを操作する。「とうとうあの世界から」とか「でも勝ち残れるかなー」とか「まあ予選次第かな」などと一人で呟いている。それに彼が困惑して声をかけようとしたとき、これまた古めかしいPHSが音を立てた。

「モッテイーケッサイゴニッワラッチャウーノワッアタシノハッ↑ズッ↑ピ。あ、もしもし?そっちもういれちゃっていい?うん、うん、なんかペース早くなってきたね。うん、そろそろルーラーさんにシフト代わるよ。んじゃねー。」

 懐かしの着ウタならぬ着メロを響かせたPHSを切ると少女は彼に向き直りニッコリと笑う。

「おめでとうございます!こちらは第1回ムーンセル聖杯戦争受付です!詳しくはこの廊下の突き当たりにあります面接会場でご説明致します。あ、それとパンフレットどうぞ。」

 そう言うと少女はデスクに山積みされた二つ折りの冊子を彼に渡した。
 彼の困惑は深まったが別の場所で説明するといわれて素直に従おうとするのは彼の性格によるものかそれともこの異様な空間がそうさせたのか。

 とにもかくにもデスクの横を通りすぎて彼は廊下を進み始める。少女の後ろにある段ボールーー中には手に持っているのと同じパンフレットがぎっしりと、恐らく百枚単位で入っている。それが何箱もあることを考えると千枚はおろか一万枚は下らないだろう。ーーに足を取られながらも進んでいく。
 だが、いくら歩いても廊下には終わりが見えず同じ光景が続いている。

 自然目線は彼の手にあるパンフレットへと向いた。

 『第1回ムーンセル聖杯戦争~最強のマスターは俺だ!~』というタイトルの下で全身を金色の鎧で身を包んだ男がアルカイックスマイルで脚組みしている写真が表紙だ。タイトル以外には『七番目のサーヴァントクラス決定!バーサーカー対ビースト完全決着!!』とか『スキルエラッタ プロトタイプルールとどこが変わったの?』とか『不動明王の英霊問答 第一回ゲストは仮面ライダーディケイドさん』とか『ついにあのエピローグが投下!?』などの煽り文句が並ぶ。

 ページをめくると、左のページは七かけ二の十四のブロックに分けられていた。左の列にセイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカー←NEW!と並びクラスなるものの簡単な紹介文が書かれている。右の列にはスキルなるものが存在し、それぞれがどういった効果を持つのかが書かれていた。なかでも対魔力は太字で書かれていて、『魔力の代わりとなるものを用いた攻撃にも対応しました!』などとアンダーラインまで引いて主張している。

 そして右のページの英霊問答というやたらきらびやかでこころもち材質も違うページを読もうとしたとき。




 今までなかったはずの扉が目の前にあった。

 振り返れば白い廊下が延々と続きその果ては見えない。どうやらこの扉を開けるしかないようだと彼は悟ると銀色のノブを廻して部屋へと入った。



「お待ちしておりました。」

 部屋へと入った彼をイスに座って迎えたのは黒髪の青年だった。どうぞこちらへ、という言葉と共にパイプイスを指される。彼は先ほどと同じようにデスクを挟んで青年と向き直った。
「上級AIのルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと申します。」
 そう言って頭を下げるとルルーシュは「規則ですので<価値>の測定を」というとその目に謎の紋様が浮かびすぐ消える。
 彼はここがどこか、聖杯戦争とはなにかを尋ねる。それを聞いた青年、ルルーシュは一つ一つ説明を始めた。


「聖杯戦争とは今回我々『第1回聖杯戦争実行委員会』が主催を勤めます『第1回ムーンセル聖杯戦争~最強のマスターは俺だ!~』の略称です。」

「聖杯戦争は聖杯、つまり願望器の所有権を奪い合う戦いです。参加者の皆様には聖杯が再現した英雄をサーヴァントというプログラムとして操り、そのマスターとして最後の一組になるまで戦っていただきます。そして最後の一組には我々『第一回聖杯戦争実行委員会』から聖杯の所有権を譲渡いたします。」

「次に聖杯について説明します。聖杯は量子コンピューターを魔術的概念によって運用している自動書記装置です。地球が誕生してから地球に関する情報を全て記録しつづけています。それによって過去の英雄を再現することができるのです。」

「英雄を再現する際、一定の書式に基づいて再現されます。お手元のパンフレットの2ページを御覧ください。当聖杯戦争ではその七種類の書式に基づきサーヴァントという形で再現いたします。」

「マスターはサーヴァントを令呪と呼ばれるプログラムを用いることで使役できますが通常サーヴァントは自由意思を持ちます。サーヴァントの行動を強制させる場合令呪を一画以上使用してください。なお、一人のマスターには三つの令呪を予選参加時に支給いたします。令呪を全て使いきる、またはサーヴァントを失う等した場合マスターのデータは失われます。」


「今回、記念すべき第一回目の聖杯戦争を行うにあたりまして広くマスターの参加を募りました。有形無形問わず様々な伝達手段を試した結果、我々の予想を大幅に越える参加希望者が現れました。ですが、一度に適正に管理できるサーヴァントの数には限りがあります。そこで当聖杯戦争では臨時に予選を開催することになりました。」

「予選会場は『札幌』『仙台』『東京』『名古屋』『大阪』『高松』『博多』の七つの臨時サーバーで行われます。会場はそれぞれサーバー名の都市を再現しており、現地に配置されたエネミーを撃破することなどで本選参加のマスター及びサーヴァントを決定いたします。」

「お手元のパンフレットの四ページを御覧ください。そこに書いてある番号が参加希望者のIDです。参加希望者は聖杯戦争に道具を持ち込むことができますが、公正を期すために一度だけ元の世界に帰ることができます。その際再び聖杯戦争に参加するためにはお手元のパンフレットが必要です。また元の世界での準備期間は二十四時間とし、それ以上時間が経過した場合パンフレットが自動で消滅しますので遅れることのないようお気をつけください。また持ち込む道具は手に持てる範囲でお願い致します。浮遊、飛行できる物は持ち込む際それらの機能を無効化して検査いたします。ご了承ください。」

「参加希望者は予選開始まで一時データを凍結させていただきます。その後解凍の際一時的な記憶障害を起こす可能性がありますがただちにデータに影響はないものと考えられます。ご了承ください。」

「聖杯戦争のルールは事前に参加者への予告なく変更する場合があります。ご了承ください。」

「当聖杯戦争における参加者間のトラブルに『聖杯戦争実行委員会』は一切責任を持ちません。ご了承ください。」

「それでは遠坂凛さん。一時元の世界に戻られますか?もしくはデータの凍結に移りますか?」