ゆでダコというのは料理の一種であり食材の一つでもあるが場合によっては人間の状態を指し示す言葉でもある。
 バーサーカー・ヒロはタコを見たこともないし食べたこともなかったが、それを言葉としては知っていた。吸盤という丸いぶつぶつのついた八本の足が丸まり、体が真っ赤に変色して質感がぐにぐにとした、とても食用には向かないもののようだがそれでも食べると美味らしい。珍味というものだろう。そういえば東の国ではそれを小麦で包んで焼いた『たこ焼き』なる食べ物もあるという。コンビニにも置いてあるのだろうか?

(なにをわけのわからないことを考えてるんだ私は……)

 暫し茫然としていたバーサーカーは我に返るとまさしくゆでダコ然としたマスターからアーチャー・クロエへと視線を移した。
 アーチャーは、少し前までのバーサーカーと同じようにルナに釘付けになっていた。無理もないだろう、あんな動きをするマスターを、いや、生物など、バーサーカーは見たことがない。噂に聞く人類最強の男でもルナには速さでは劣るのではないか。そう思うほどだ。

「……なに?」
「……いや、別に……」
「……そう……」

 視線に気づいたか、アーチャーはバーサーカーを見て、目が合う。
 なんとなく気まずいものを感じて、バーサーカーはそれだけ言って視線をルナへと戻した。



 クロエのマスターである衛宮切嗣は、コンビニのビニール袋片手に西へと向かっていた。
 目的地は、アーチャー達がいるビルの屋上。敵の主従がいるその場所だ。

(日の出すら向かえられないとは。)

 空いている手を顔の前にかざす。先程コンビニで買った安物の手袋に隠れて見えないが、その下にあるのは赤い刺青のようなマスターである印、令呪だ。未だ一画たりとも失うことのないそれだが、切嗣はそれを全て失うことを既に覚悟していた。

(ルナ、だったか。)
(こうなったのなら仕方ない。)
(動けないマスターを殺す。)

 腹は決まっていた。
 あれだけの異能を持つマスターだ。敵に回すわけにはいかない。
 さりとて味方にするには危険すぎる、あのマスターは幼すぎる。
 ならば、今、弱りきったこのタイミングで殺しきるしかない。

(さっきはわからなかった、だが。)
(よく見れば、クロエよりも小さい。)
(……彼女も抱えて、聖杯戦争をするのは不可能だ。)

 殺すのか?また?

 心の中で、問われた気がした。
 理解している、こんな正義の味方はいないだろう。
 だがそれがどうしたというのか。今の衛宮切嗣にとって重要なのは娘であるクロエであり、どこか遠くのイリヤ達であり、聖杯戦争を起こさせないことだ。
 そのためだ、そのために衛宮切嗣は自分の生存を度外視してサーヴァント達の空間を目指しているのだ。

 衛宮切嗣は、自分の意思で、自分の手で、年端もいかないマスターは殺す。
 既にそのための凶器はビニールの袋の中にある。チャチな刃物に武器として使える雑貨。あのような身体能力を持つ相手でなくても頼りないにも程がある装備だが、これでやるしかない。
 経験則だが、あれだけの動きをすれば大なり小なり反動はあるだろう。気絶したのはその証左だ。今なら、今ならたった一本のナイフとすら呼べないような刃物で殺せる。裏を返せば、今を逃せば自分にもクロエにもまず、殺しきることはできないだろう。

 大切なのは、タイミングだ。
 首尾よくあのマスターを殺せても、バーサーカーがいる。クロエが抑えるというのは期待できない。期待してはいけない。ならば、どうすれば、バーサーカーからクロエを守れるか。それは。

(令呪は三画。)
(一画で転移させる。)
(残りの二画で、可能な限りの魔力を渡す。)

 ならば、自分の魂を用いるしかない。

 切嗣は、足を止める。ビルを見上げた。



 気絶した人間はちょっとやそっとでは起きない。外部からの刺激ーー代表的なもので言えば痛覚を刺激するためにはたいたりするが、そういったものを受けても起きることはない。死体のように表情を変えないこともままある。嗅覚を刺激するかのようにアンモニアを嗅がせることもあるが、気付け薬ですら起きないときは起きないのだ。
 さてルナはというとその気絶は早くも睡眠に変わりつつあった。原因としては、慣れだろうか。バッタリ気絶してそこから睡眠に移行することもある程度にはルナも修羅場をくぐっている。あるいはルナが子供だからという理由も考えられる。六歳児程度までは心停止の状態から生還する確率が高いという報告もある。それが気絶にもあてはまるのか。またルナが半妖であり、彼女が妖力を解放していて、なおかつ彼女が生命力に長ける九尾の血をひいているからかもしれない。

 とにかく、ルナは眠りにつこうとしていた。それだけははっきりと言えたし、彼女の顔を見た切嗣もそれはわかった。



 先にビルから降りてきたのはバーサーカーだ。小さな呼吸音を立てて意識を失っているルナをおぶると外付けの非常階段を一段一段下ってくる。
 彼女が降りきって、切嗣の前に立ったとき、クロエも切嗣の前に現れた。手を伸ばせば、切嗣は彼女の背中に触れることができる。それだけの距離。

 二組の主従は、ようやく向かい合った。


「見つけたのは、お前のマスターだったか。」


 数秒無言で向き合っていた二組だ。だがバーサーカーから話を始めた。


「いいマスターを持ったな。」
「ああ、こいつには驚かさせられることばかりだ。」
「だろうな。」

 クロエは思わず二三、瞬きをした。それは二人の会話のためではない。会話と平行して切嗣が送ってきた念話のためだ。

(ーーわざわざバーサーカーと話しながら『すまない、クロエ』てーー)
(ーーイヤな予感がする。)

 クロエは、神経を尖らせ直し、感じる。なにか今ここで、取り替えのつかないことが始まる予感がする。しかもそれは、自分のマスターであり父である男によってだ。
 切嗣は、苦い顔を心だけでつくりながらルナを殺す算段をつけていた。バーサーカーにおぶられている以上、殺しきるにはアーチャーを戦わせるしかない。しかしそれはアーチャーの生存をこそ優先する切嗣にとって出来る限り避けなければならない事態だ。そして同盟というのも可能なら避けたい。あんなイレギュラーなマスターを抱え込むのはダイナマイトの上にねっころがってタバコを吸うようなものだ。切嗣には到底彼女は御しきれない。
 バーサーカーのヒロは、明確な危機感を持っていた。能力が不明なマスターに同じく能力が不明のサーヴァントを、マスターをおんぶしたまま相手にしなくてはならない。それはバーサーカーにとって途方もなく難しいことだ。バーサーカーの攻撃は、人一人をおぶりながら行えるようなものではない。というより人をおぶって戦える英霊など確実に少数派だろう。しかもバーサーカーの武器は大鎌だ。とりまわしという点では極めて悪い。
 そしてルナは。


 ぐぅ~~~。


(……今のは、腹の虫、なのか?いや、あれだけ音が大きいことを考えればなんらかの魔術によるものと考えるのが妥当か……)
(今のお腹の音?動いたからお腹減ったとかそういうの?そんな小学生みたいな……)
(バカな!あれだけ味の濃いものを平らげたんだぞ!?胸焼けで一日なにも喉を通るはずがない!!)


 人は動けば腹が減る。妖怪も動けば腹が減る。これは真理である。
 ならば、大量の妖力を消費し、エネルギー不足に陥ったルナはどうなるか。

 妖力解放による超身体能力は内臓の機能向上という見えずらい特徴がある。戦闘では役に立たないために軽視されがちだが、彼女が莫大な妖力を持つことができるのは食事による非常に効率の良いエネルギー補給があってこそだ。その消化器官が、食べ盛りの男子学生でも食いきれない量の食事を貪欲に消化し、彼女の血肉へと変えるのだ。
 実際彼女の旅でもっともかかったのは食費だ。元の世界では築半世紀の六畳一間に住むなど、彼女の生活は切り詰めたものだった。切り詰めるしかなかったのだ、彼女を健やかに成長させるには。彼女の仲間は、栄養をつけさせようと食事にだけは最大の気を使っていた。エンゲル係数は発展途上国もかくやというほどだ。子供の貧困が叫ばれて久しいが口に入るものには手を抜かない、それがルナをルナたらしめていた。
 しかし、今のルナはどうか。食事は不規則に惣菜、ジャンクフード。栄養の片寄りと添加物が気にかかる。量だけでは力になりはしない。


 じゅる、と涎を吸う音がした。もちろんルナだ。驚くべきことに気絶から数分でルナは眠っていた。再びぐぅと音がする。振動はバーサーカーを揺さぶる。腸の蠕動運動、それだけで数十デシベルの音を響かせるのはやはりルナの身体能力の高さをその場にいるもの達にこれでもかと知らしめた。

「……君のマスターは大丈夫なのか、ゆでダコのように真っ赤になってるが(あれだけの発汗、やっぱり魔術か)?」
「……そうだな、持っていて熱い。下ろしたいな(こんな形で驚きたくなかった)……」
(あ、シリアスにいくんだ。)
「マスターがその調子じゃーーまて。止まれ。」
「どうした。」
「なんでこっちに近づいてくる。」
「下ろしたいんだ。」
「なぜこっちに来る。」
「一度持たせようと思ってな。」
「……わからないな、自分のマスターを他人に預ける真似をする気か?」
「同盟を組むなら他人ではない。」
「(!そういうことか!)まだ同盟が組んでもいないのにそういうことはーー」

 次の瞬間、バーサーカーはルナを投げた。
 投げた異形の左腕はルナに狙いをつけるように向く。
 五メートル程の距離を緩やかな回転をかけながら幼女が飛ぶ。
 バーサーカーの腕に炎が現れる。
 「同盟を組むなら受け止めろ!」とバーサーカーは叫んだ。

(あの音はバーサーカーの魔術か!)
(受けとめなければ自分のマスターごと焼くだと!?)
(あのマスターなら耐えられるのか!!)

(なんで投げんの?)
(え、これ、取らないといけないよね?)
(なんなの先からもう!!)

(戦闘になれば恐らく負ける!燃やしてもルナが死ぬ!同盟をここで取り付ける!!)
(取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ取れ。)
(取れええええええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!!)

「取るんだクロエ!」
「え、うん?!」
「よし!」
「待ーー」

 ぽふり、と音がしてルナはクロエに抱き止められた。

「ん?」
「取ったな、我がマスターを。」
「これが同盟相手で良かった。でなければ私の炎でお前達を骨すら残さず焼くところだった。」

 バーサーカーが左腕を一閃する。横にあったガードレールが飴細工のように真っ二つになった。

(さすがにあれだけの炎を受けて、この子が生きられるとは思えない。)
(謀られた……!)

 切嗣とクロエの前に、バーサーカーが立つ。差し出すのは人間同様の右腕、握手のポーズだ。

「これで『我々の安全』は大いに増す、そうだろう?」

 視線を向けてくるクロエに頷く。未だ左腕に炎を宿すバーサーカーを前にして、もはや選択肢はない。
 切嗣は、ぎこちなく手を差し出そうとした。しかし、止まった。クロエだ。クロエが一歩前に出てバーサーカーとの握手に応えようとしていた。

「サーヴァント同士のほうがいいでしょ?」
「私は構わない。」
「じゃあ、そういうことで。」

 切嗣は惨憺たる思いだ。他の主従、それもバーサーカーに出し抜かれ、娘に気を使われる。マスターどころか父の威厳すらない。

(どこで、間違えたんだ?)

 ぬるり。頭の片隅で内向けの思考をしていた切嗣に謎の感覚が襲う。熱い。そして重い。

「はいこれ。」

 下を見る。元凶となった汗だくのルナが押しつけられていた。

「手は空いたか。」
「二度と塞ぎたくないわ。」
「私もだ、熱いし濡れるしけっこうかさ張るからな。それじゃあーー」
「「今後とも宜しく。」」



 とにもかくにもここに魔術師殺しと妖界ナビゲーター、二組の主従による同盟がなされた。



【新都・前回アーチャー達がいたビルの近くの路上/2014年8月1日(金)0450】

【衛宮切嗣@Fate/zero】
[状態]
五年間のブランク(精神面は復調傾向)、精神的疲労(小)、ルナを抱っこしている。
[残存霊呪]
三画。
[思考・状況]
基本行動方針
聖杯戦争を止め、なおかつクロエを元の世界に返す。
1.……同盟は、組みたくなかった……
2.バーサーカーなら前衛を勤められるだろうが……むしろマスターのほうが強いのか?
3.戦闘は避けたいが協力者を募るためには‥‥?
4.装備を調えたいが先立つものが無い。調達しないと。
5.自宅として設定されているらしい屋敷(衛宮邸)に向かう。
6.明日の正午に冬木教会に行くと約束はしたが……
[備考]
●所持金は約4万円。
●五年間のブランクとその間影響を受けていた聖杯の泥によって、体の基本的なスペックが下がったりキレがなくなったり魔術の腕が落ちたりしてます。無理をすれば全盛期の動きも不可能ではありませんが全体的に本調子ではありません。
●バーサーカーとそのマスター・ルナの外見特徴を知り、同盟(?)を組みました。
●コンビニで雑貨を買いました。

【アーチャー(クロエ・フォン・アインツベルン)@Fate/kareid liner プリズマ☆イリヤ】
[状態]
筋力(10)/E、
耐久(20)/D、
敏捷(30)/C、
魔力(40)/B、
幸運(40)/B、
宝具(0)/-
精神的疲労(小)
[思考・状況]
基本行動方針
衛宮切嗣を守り抜きたい。あと聖杯戦争を止めたい。
1.同盟、ねえ……
2.なんなの、アイツ(ルナ)……ホムンクルス?少なくとも人間ではないと思う。
3.あんまりコイツ(ルナ)からは魔力貰いたくない……
4.教会に行くっていったけど多分キャンセルだろうなあ。
[備考]
●赤色の影をバーサーカーと、銀色の影をマスターの『ルナ』と認識しした。
●ルナをホムンクルスではないかと思っています。また忌避感を持ちました。
●バーサーカーと同盟(?)を組みました。


【竜堂ルナ@妖界ナビ・ルナ】
[状態]
封印解除、精神的疲労(小)、肉体的疲労(大)、妖力消費(大)、睡眠、お腹減った、汗だく、ちょっと熱っぽいかも、靴がボロボロ、服に傷み、切嗣に抱っこされている。
[残存令呪]
3画
[思考・状況]
基本行動方針
みんなを生き返らせて、元の世界に帰る。
1.???
2.明日のお昼に教会に行く。赤いサーヴァントの女の子(クロエ)とは仲良くなれるかな?
3.学校の保健室を基地にする‥‥いいのかな‥‥
4.誰かを傷つけたくない、けど‥‥
5.バーサーカーさんを失いたくない。
[備考]
●約一ヶ月の予選期間でバーサーカーを信頼(依存?)したようです。
●修行して回避能力が上がりました。ステータスは変わりませんが経験は積んだようです。
●新都を偵察した後修行しました。感知能力はそこそこありますが、特に引っ掛からなかったようです。なお、屋上での訓練は目視の発見は難しいです。
●第三の目を封印解除したため、令呪の反応がおきます。また動物などに警戒されるようになり、魔力探知にもかかりやすくなります。この状態を解いて休息をとらない限り妖力は回復しません。
●身分証明書の類いは何も持っていません。また彼女の記録は、行方不明者や死亡者といった扱いを受けている可能性があります。
●食いしん坊です。

【バーサーカー(ヒロ)@スペクトラルフォースシリーズ】
[状態]
筋力(20)/D+、
耐久(30)/C+、
敏捷(20)/D+、
魔力(40)/B++、
幸運(20)/D、
宝具(40)/B+
精神的疲労(小)、魔力消費(小)。
[思考・状況]
基本行動方針
拠点を構築し、最大三組の主従と同盟を結んで安全を確保。その後に漁夫の利狙いで出撃。
1.危なかった、本当に……
2.マスターの介抱。実体化できるうちにやっておく。
3.学校に拠点を構える。
4.マスターがいろいろ心配。
5.一応教会には行くか……?
[備考]
●新都を偵察しましたが、拠点になりそうな場所は見つからなかったようです。
●同盟の優先順位はキャスター>セイバー>アーチャー>アサシン>バーサーカー>ライダー>ランサーです。とりあえず不可侵結んだら衣食住を提供させるつもりですが、そんなことはおくびにも出しません。
●衛宮切は&アーチャーと同盟(?)を組みました。
最終更新:2016年08月05日 05:12