I-8にある集落にある家の1つ。その中に居る男、側後健彦は体を休めつつ持っているプレーヤー、謝債発行機で曲を聴きながら考える。
何について考えているのかというと、自身の能力についてである。
自分の能力で出したプレーヤーは、ただ音楽を再生するだけではない、はずだ。
だが現状はプレーヤーでしかない。
それ以上の事を起こすには、何らかの条件があるのだろうか。
ならば、これに入っている曲にも何らかの意味があるのではないか。
そう思ってしばらく聴いていたが、どう聴いてもただの洋楽のアルバムである。
曲名に意味があるとか、歌詞にヒントがあるとなれば絞り込むのは難易度が高い。
「チッ」
ここまで考えて出した結論は、『これ以上聴いても大した意味は無い』だった。
その考えに至った健彦は舌打ち混じりに音楽を止め、イヤホンを外した。
考えてどうにかなる問題ではなく、答えを探る方法も無いのなら一旦後回しでもいいだろう。
最も、襲われた場合は能力を用いて戦うことは出来ないだろうがそこは割り切る。
それに能力を使いこなしている参加者は少ないのではないか、と健彦は思う。
ヒューマが渡した能力が何らかの創作物を移植したものである以上、その作品について知っていなければ使いこなすことは出来ないはずだ。出来るにしても完全ではないだろう。
丁度今の私やこのガキみたいに。
作品の知名度が有名なら話も変わって来るが、それならば対処法も同時に有名であってもおかしくはない。
「待て……」
そこで健彦は別の可能性に行き当たる。
彼はヒューマが言っていたある言葉を思い出した。
『五十嵐椿……IQ180でありながら平穏無事を嫌い混沌を好んでいる性格で殺し合いをかき乱してくれると思ったが、その荒事を望む性格が仇になったな』
この言葉、ヒューマが五十嵐椿という女を惜しんでいる台詞だがここからもう1つ情報が読み取れる。
それは、ヒューマが決して参加者を適当に選んだのではなく、ある程度精査した上で殺し合いを開いたという事だ。
ならば、参加者がどんな作品を知っているかも調べているだろう。
となると、知名度が低くても知っている参加者に強力な能力を渡すことも出来るはずだ。
更に言うなら、精査して集めた以上殺し合いに抵抗の無い参加者もいるに違いない。
例えば近頃、名前は忘れたがどこかの町で絞殺遺体が何体も見つかり、連続殺人だとマスコミが盛り上がっていた。
その犯人をここに呼び出せば、ヒューマの望むとおりに動くことだろう。
いや、そんなシリアルキラーである必要はない。
追い詰められて、もう後がない人間を呼び出せばいい。
追い詰められた人間は思考回路がまともに働かない。普通ならおかしいと思う言葉を信じ、破滅の道を突き進み最後には自分で幕を下ろす。
私は幾人も人を精神的に痛めつけ、自殺に追い込んできた。だから分かる。
そんな人間にとってこの殺し合いはまさしく釈迦が伸ばした蜘蛛の糸。
カンダタは人を蹴落としたせいで地獄から出られなかったが、このゲームは人を蹴落とさなければ地獄から出ることは出来ない。ならば蹴落とさない理由が無い。
そいつに強力で殺人に使いやすい能力を持たせれば、そいつは無条件でヒューマのマリオネットになるだろう。
「くっ……」
となるとこの状況はかなり拙い。というよりここにいる少女が拙い。
この少女の殴られた痕、イジメか虐待か分からないがおそらくまともな環境にはいない。
リスクは承知だった、しかしそのリスクは最初に考えていたより遥かに大きいことに気付いた。
しかしここで殺して何になる。
殺し合いに乗るか反るかも決めていないのに、自分から手を汚してもマイナスでしかない。
なら置いて逃げるか? それも出来ない。
日も明けていない暗闇の中、1人で行くあてもなく彷徨うなど冗談じゃない。
「こうなると、このガキにはなるだけ長く眠ってもらうしかないな……」
朝になったら起きるかもしれないが、その頃になればこの集落にも人が集まるだろう。
その時になったら殺し合いに乗っていない集団を見つけて押し付ければいい。
行き違いで恐がらせてしまったとでもいえば理由としてはもっともだろう。
だからなるべく大きな物音など起こるな、と健彦が思った所で
ガチャ
と扉が開く音が響いた。
◆
天草友秋はただひたすらに集落を目指して歩いていた。
その間に他の参加者に出会い、戦いになる可能性も考えていたが杞憂に終わり、何事もなく集落に辿り着いた。
「フッ……」
何の障害も無く目的地に辿り着けた事で思わず笑う友秋。まるで俺の行いを誰かが祝福しているみたいだと。
だが油断は無い。まだ殺し合いが始まってから自分が行った事は、異能を確認して2つ東のエリアへ移動しただけなのだから。
「他の参加者を探すか……」
集落に着いた友秋は、まず他の参加者を探すことにした。
アイドル共や天草一族、もしくはあの側近やプロデューサーが居るのなら話が早い、迷うことなく殺してやる。
それ以外なら相手次第。殺しに来るなら返り討ち、殺しに来ないなら精々利用してやる。
もし誰も居ないなら、適当な家に入って誰か来るまで待っていればいい。
「まずはあの家にするか……」
そう呟いて友秋は目に着いた家のドアを、日本刀を構えながらノックをすることも無く開け放つ。
ノックくらいするべきか、と思う事は無い。
人が中に居るとして、そいつが殺し合いに乗っている可能性がある以上わざわざ自分の存在を教える義理は無いのだから。
そして友秋は家の中を見る。
そこはなんて事の無い民家であり、特に目を付けるものはない。
だが1つ、否2つだけ目をやるべき存在がある。
それは2人の参加者だった。
1人は友秋と比べて歳が下であろうスーツを着た男。
もう1人は、眠っている小学生位の少女だ。
そこで友秋は、眠っている少女に暴力を受けた跡があることに気付く。
この痕はこいつが付けたのか、そう思った友秋は持っている日本刀を目の前の男に突きつけながら問う。
「おい、その少女に何をした」
言葉だけ聞けば正義感に熱い人間の台詞だ。
だが友秋にとっては実際の所どうでも良かった。
もし少女を暴行したのが目の前の男なら問答無用で斬り殺せばいい、。して少女を助けて利用すれば、殺し合いに乗っているとは思われなくなるだろう。
男が何もしていないというのであればそれもいい。利用する対象が1人増えるだけだ。
そんな友秋の思いに気付いているのかいないのか。
表情1つ見せる事の無いまま男はこう答えた。
「いいえ、私は何も」
「……本当か?」
「ええ、私は傷一つつけていません。
この子がこうやって眠っているのは私のせいかもしれませんが」
そう言って男は少女が眠っている理由を話しだす。
男は最初、小学生位の少女が1人でこんな場所に居る状況を心配して声を掛けたそうだ。
しかし少女は能力を使ったのか、男の意識を一時的に飛ばしたのだ。
それを問い詰めようとした所で、少女は絶叫し気絶してしまったらしい。
「恐らくですが、この少女は虐待に遭っていると思われます。
その影響で大人の男性という物に怯えているのではないかと」
理路整然と話す男に友秋は「そうか」と返事をして刀をしまう。
そして男に一言。
「すまなかったな。いきなり武器を向けて」
「いえ、この状況なら当然かと」
友秋は男に謝罪した。
勿論この謝罪に心など籠めていない、形だけの物である。
それを目の前の男は分かっているだろう。
話が早いのは助かる、と友秋は思った。
「それで、情報交換をしたいのですが」
「分かった」
そして始まる情報交換。
まずは自己紹介から始めた。
「まずは私から。私の名前は側後健彦、弁護士をしています。
そしてこちらの少女の紹介ですが、名前を聞いていないので出来ません」
「……そうか。
俺の名前は天草友秋、今は……無職だ」
友秋は無職という名乗りづらい役職を名乗ったが、健彦はなにも反応を見せずそのまま話を進める。
友秋はその事実を嬉しく思った。
次に2人はこれまで出会った参加者について話そうとしたが、お互い情報が今この場に居る人間の分しかなかったのでやり様が無かった。
なので友秋はこう切り出す。
「そうだ、最初ナオ・ヒューマが殺し合いを告げたあの場所。あそこに知っている参加者はいなかったか?
恥ずかしい話だが、俺はあの状況がどういうものか把握するのが精一杯で周りを見る余裕が無かったんだ」
これは嘘ではない。
友秋はあの時、アパートからコンビニに行くという日常から急転直下で殺し合いという非日常に落とされたのだから。
最も、把握してしまえばそれに怯える事は無かったが。
「そうですね……」
一方、そんな思いを知らない健彦は表情を変えることなく考えるそぶりを見せ、やがて話し始めた。
「私の個人的な知り合いは見た限り居ませんが、テレビで見たことのある人なら居ましたね」
「……芸能人か?」
「ええ、まずは俳優のレオパルド・ガーネット」
レオパルド・ガーネット。芸能関係に疎くても知っているであろうハリウッドの大スター。
直接の面識はないが、当然の如く友秋は知っていた。
そんな大物も呼ばれていたのか、と友秋は少し驚く。
「後はアイドルの郷音ツボミに、天草財閥の総裁である天草時春を見ましたね」
だが友秋のさっきまでの驚きはこの2人の名前を聞いて吹き飛んだ。
天草友秋。血の繋がった実の兄にして、俺のプライドをズタズタにしてくれた男。
俺がこの手で屈辱を与えなければならない男。
郷音ツボミ。元俺の事務所に所属していたアイドルにして、俺の妻と娘を自殺に追い込んだ女。
俺がこの手で殺されなければならないクズ。
殺し合いの外では、この2人を殺す事は友秋の力では無理だった。
大財閥の総裁である時春は勿論、一介のアイドルであるツボミもなぜかガードが固く、友秋が使えるレベルの非合法な手段では2人に手が届かなかった。
しかしここなら殺せる。
なぜならここでは、外でどれだけの存在であろうとただ1人の人間にすぎないのだから。
異能という不確定要素はあるが、それはこっちも同じ事。やりようはある。
ああ、畜生。
今すぐこの2人の元へ行き、与えられる限りの屈辱と絶望を与えてやりたい。だがそれは出来ない。
なぜなら俺はあいつらの居場所を知らないからだ。
無為に飛び出して見つかる保証は無い。だからここは抑える。
集落であるここなら人は集まるはずだ、情報を集めるのは難しくないだろう。
だから
―――俺と出会うまで、死んでくれるなよ
友秋は、強くそう思った。
◆
イカれているな、この男。
それが、健彦から見た天草友秋の評価だった。
初対面の印象から、目つきが正気じゃないとは思っていた。
しかしそんな物はあてにならない。見た目が強面だろうと善人は居るし、穏やかな外面の悪人も居る。
だがこの男はイカれている。それが分かったのは健彦が郷音ツボミと天草時春の名前を出した時だ。
あの瞬間、友秋の目には歓喜が宿った。
それも知り合いがいたという喜びでは無く、もっと黒い喜びだ。
そこから導き出せる答えは1つ。
復讐、か。
天草友秋は郷音ツボミと天草時春に何らかの恨みを持っている。
そしてそれをこの殺し合いで晴らそうとしている。
手段は恐らく、殺人で。それが一番分かりやすいだろう。
そう考えた健彦が出した結論は、これは放っておくしかないだった。
目の前に人を殺そうとする人間がいる以上、止めるのが人道かもしれないがそうすれば間違いなく友秋は健彦を殺しにかかる。
最終的な結論はともかく現状こちらに害のない人間を、わざわざ捨てる理由が健彦には無かった。
それに別の問題もある。
健彦は横に顔を向けた。そこには、未だ眠ったままの少女が居る。
この少女がどう動くか分からない以上、警戒は必須。
ならばもし戦う事になるとするなら、1人よりも2人の方が良いに決まっている。
更に、この男はイカれているが頭が悪い訳では無い。
それでいて目的も見えているから利用も難しくなさそうだ。
復讐に関してはもしそんな素振りを分かりやすく見せたら、こっちは形だけ止めるが極力関わらないようにすればいい。
こんな極限状況で、人としての善意など大して意味は持たないだろうから。
健彦が今後の行動方針をまとめていた所で
さっきまで眠っていた目の前の少女が、体を起こそうと動いていた。
「目が覚めたのか……」
目覚めた少女を見て健彦は考える。
どうする、どう対処する。
私は無理だ、おそらく私に対して恐怖を抱いている。
ならばこの部屋に居る男、天草友秋に頼るか。
それしかないのか。
こんな見ただけで狂気を感じさせる男に、壊れた子供は耐えられるのか。
健彦には、それは分からなかった。
◆
ウソつきの男は、狂った復讐者と動きが読めない少女に挟まれながらも必死に次の手を考える。
狂乱した男は、ただ己が憎む対象の情報を待ち望んでいる。
壊れた少女は、目覚めたばかりで変化した現状を何も理解していない。
この3人がどうなるか、それは誰にもわからない。
【一日目・2時00分/I-8・集落】
【側後健彦@謝債発行機/HUNTERxHUNTER】
[状態]:精神疲労(小)、焦り
[装備]:謝債発行機@HUNTERxHUNTER
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~2(確認済み)、『オマケ』のイヤホン
[思考・行動]
基本方針: 生き残る。一先ず自身の能力の”本質”が分かるまでは様子見。
1:このガキの対処を考える。
2:天草友秋をうまく利用する。
3:この音楽プレイヤー(謝債発行機)については一旦保留。
[備考]
※伊丹沢妙の能力を見ました(能力レンタルの第一条件を達成)
【天草友秋@ドラゴンオルフェノク/仮面ライダー555】
[状態]:狂乱(自覚なし)
[装備]:日本刀
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~2
[思考・行動]
基本方針:参加者をうまく利用して勝ち残る、そのためには何が犠牲になろうと構わない
1:郷音ツボミと天草時春の情報が集まるまで、集落に滞在する
2:娘を死に追いやった郷音ツボミは俺が必ずこの手で殺す。他のアイドル共も参加していれば殺す
3:天草時春には俺と同じ屈辱を味わって貰う、他の天草一族も参加していれば同様
[備考]
※自身のオルフェノク化には気づいてません
※支給品の刀を妖刀と信じています
【伊丹沢妙@略奪/Charlotte】
[状態]:体中に殴られた傷と痣、精神疲労(大)、寝起き
[装備]:なし
[道具]: 基本支給品一式、不明支給品(0~2)
[思考・行動]
基本方針:???
1:お母、さん......
2:側後への恐怖
[備考]
※自身の能力を、まだ使いこなせていません
最終更新:2018年01月12日 10:09