(三号車、《エルフ》群体を捕捉)

砲手席の43番が彼方に敵機の群を捉え、母機に情報を送信したらしい。
強力な対ジャマー・シールド処理の施された情報共有ネットワークが、高高度に滞空する警戒母機に群体の情報を伝達。間もなく、作戦行動中のすべての防術機に情報は共有される。

42番はHUDに映る可視界を睨む。操縦手席の広角可視センサに敵機の姿はいまだ捉えきれない。群体を長距離から捕捉できるのは砲手席の光学照準装置に限られているから。
ごてごてと装置が飛び出した操縦手席で42番は思い出したように息をつく。42番は思いがけず焦っている自分を捉える。

(一号車より火力支援中隊全車へ、捕捉した《エルフ》群体は調査目標と干渉する位置へ占位しており、調査目標地帯周辺まで接近もままならぬ状況にある)

調査目標へ向かう第五探査小隊から注意を逸らすため、敵性群体へ正面から突撃する第一防術中隊への火力支援が、火力支援中隊に与えられた任務、と42番は作戦内容を反芻。

火力支援中隊の全車は調査目標の都市群を一望できる高台に集結している。中隊所属の防術機はほとんどが支援特化型の《クリストバール》。SEITA製の旧式機《リロード壱型》も配備されているが、それらは既に火器管制系を取り外され、代わりに作業機としての機能を与えられたもの。実質的な戦闘能力は無いに等しい。

42番は作戦開始の合図と思しき信号弾を捉えた。赤色の曳航弾が立て続けに三発。それを確認し、確実に戦闘開始の合図と把握。
打ち合わせた通り、支援中隊はみっつの分隊に別れて行動を開始。三号車を含む第一分隊はその場を動かず待機。高台から移動するふたつの分隊を見送り、42番はHUDの可視界に映る市街跡に目を戻す。遠方で微かに爆光。

爆炎と振動を捉えた。粉塵が舞い、重なる爆発の火柱を遮って拡がる。
交戦開始の合図はなく、《エルフ》側からの奇襲攻撃か。推測を裏付けるように、HUDに投影されている友軍機のマーカーが一瞬で半数まで消失。

(第一防術中隊、マスター三機含む十三機を喪失、無人機二十ニ機が信号途絶により機能停止)

悲鳴に近い母機からの報告。《エルフ》の砲撃により一瞬で戦闘能力を削られて、第一中隊は後退。《エルフ》の群体は一気に進軍を開始する。
分隊全機がやっと移動を完了。一号車から攻撃開始の指示が下る。目標は《エルフ》群後方、特に重砲型および榴砲型を優先。

全車が攻撃開始。立て続けて八十八ミリ砲が斉射され、《エルフ》群の後衛付近に着弾を重ねる。
爆煙と振動。反撃の隙を与えず撃つ、撃つ。《クリストバール》の主砲はわずか三回のバースト射撃で装弾された十六発を撃ち尽くす。一瞬で弾倉が空になる。
三号車は後方に下がり、給弾作業。《リロード壱型》がマガジンを換装する。武器腕の《クリストバール》は自力で給弾が出来ないから。射撃を再開。

(撃て撃て、撃ちまくれ)

一号車から怒号。全車が命令通りに撃ちまくる。着弾の衝撃で、《エルフ》周囲の都市群が残らず破砕される。
やっと《エルフ》が高台の分隊を捕捉。三号車に向けて、重砲型による砲撃。
42番は緊急退避機動をかける。他分隊による応射。首筋の電極に制御信号が流れ、生体の反応速度が瞬間的に上昇する。紙一重で三号車は砲撃を回避。しかし42番の脳組織に損傷。作戦行動には支障なし。
最後の重砲型を撃破。後衛部隊が壊滅した《エルフ》は後退を開始するが、機を逃さずに第一中隊が攻勢に転じる。敵性体のマーカーが着実に数を減らす。

と、都市群中枢の付近から信号弾。作戦終了の合図と確認。
調査目標の解析が完了したらしい。全部隊が撤退を開始する。《エルフ》の母機は完全破壊に至らず、一帯の掃討にはまだまだ時間がかかるだろう。
ふと、例の《スーサイドif》について、手掛かりは見つかっただろうかと42番は思案する。本部のデータベースにも断片的な情報しか残らない、FEL社の失われた《スーサイドif》。終わりのない《エルフ》との戦いに、もしかしたら終止符を打てるかもしれない超技術の探索が、FEL防術機部隊の使命であり存在理由だ。

輸送機隊が待機する合流地点まで、火力支援中隊の《クリストバール》たちは向かう。
きっと自分は廃棄されるだろうと42番は思った。

###

ずっと煩かった対《エルフ》警戒監視のアラートが唐突に鳴りやんだ。輸送機隊はやっと安全圏の境界を越えたらしい。
42eは《クリストバール》一号車のハッチを開け、タラップを伝って格納庫の床に降りた。大型輸送機の格納コンテナは刺すような冷気で充たされていて凍えそうになる。42eはぶるぶる震えながら兵員キャビンの通路へ続くハッチへと向かった。
分厚い防爆ハッチをひいひい言いながら開ける。生体の筋組織が致命的に足りない。目線が低すぎて、190センチもない扉が聳える門のように見えてしまう。やっぱりこの躰は、兵士として扱うには脆すぎると思うのだけれど。まったく。

「調査はどうだった、中隊長殿」

42eは通路を越えて、管制キャビンに足を踏み入れる。コックピットに座るパイロットで技師の男が訊いてくる。半ば無視するように視線を遊ばせる。キャビンの壁面に大きめの面積を充てられたキャノピからは眼下の景色が望める。
調査済のエリアだとしても、《エルフ》やMSC爆弾に蹂躙された土地には重力異常と磁場異常が根強く残ってしまう。緑青で錆びついたように変色した地表は痛々しくて、42eは嫌でも大戦期の悪夢を思い出してしまう。視界が歪み、吐き気がする。頭を振る。

「ほとんど空振りだったとか」

眩暈を誤魔化すように答える。回収できたのは既知のデータばかりで、if技術に向けて進展は望めないらしい。

「結局、余計に部下を潰しただけだったよ」

「機体の損害はゼロだったんだろ」

男は意外なように訊く。

「防術機のパイロットなんていくらでも造れるじゃないか」

わかりきったようなことを、子供に諭すように容赦なく言ってくる。
いや、この解釈は僻んでいるだけかもしれないと42eは諦める。自分がこの躰でいるのも、男を含めて、すべては彼ら技師の悪趣味が原因だから。少女性愛者どもめ。ちいさく舌打ちする。42eは答える。

「戦死者は42番体のコピーだった」

男は顔だけ悲しげな表情。けれど目は好奇に歪んでいるかも知れない。42eは睨みつける。男は降参したように手を挙げる。

「すまない中尉、その姿だとついからかいたくなるだけなんだ」

彼はコックピットに向き直り、オートパイロットを調整。機体が姿勢制御ののち、再び安定する。

「大型機に一人きりだとどうにも寂しくてね。他社の機体ではAIなんて小洒落たものが喋っていたりするけれど、ああ言うのはFEL社には合わない」

「人間の兵士をクローンの少女に置き換えるよりは良い趣味嗜好だと思うけれど」

「個人によって意見の別れるところだとは思ってる」

機体が唐突に雲の中へ突っ込む。キャノピから見える視界がゼロになる。

「ところで、今回の戦闘はどうだった。特に前回と比べて《クリストバール》の戦果が知りたい」

露骨に話題を変えてくる。ただし《クリストバール》の情報が欲しいというのは彼の本音だ。《クリストバール》の基礎設計をしたのは彼だから。
機体が雲を抜けた。42eは答える。

「次はないと思ってる」

「何故」

「前回は《エルフ》母機まで潰してデータを消せたけれど、今回は母機を逃した」

「二度あることは三度ある、とまで上手くはいかないのかな」

「仏の顔も三度まで、が正しいかも知れない」

「三度目はないのか」

くだらない談笑。ただし三度目で潰されるわけにはいかないから、彼は対策を考え、施さなければならない。

「意見を求めるよ、中尉殿」

「自力で考えなさい」

「今の口調も表情も最高」

「キモい黙れ、どうして私の意見が必要」

「純粋に、支援中隊長の意見が欲しいだけだ」

「対策するなら、装弾数の改善と近接攻撃手段が無難だと思うけれど」

「何故」

「たぶん次は、開幕で重砲型がこちらを狙ってくるか、機動型が近接して迫ってくる戦術が予想できるから」

《クリストバール》のウィークポイントとしては、その装弾数の少なさと近接戦闘能力の完全な欠如が挙げられる。そこを衝かれると完全に戦力として期待出来なくなるから。彼はそれぞれに対策案を挙げる。

「近接対策はソード・ユニットを付けてみるか、装弾数は、マガジン形状の変更、または口径を変えてみるとか」

「あまり装備を盛りすぎると、重たくなるうえ、SEITA社の認証を越えられなくなるけれど」

「戦車用のERAを装甲に貼り付けて近接対策にするのはどうかな」

「応急の対策にはなるけれど、根本的な解決にはなっていないから」

「結局、あまり設計を変えたくないんだ。FELにはそもそも新型機を次々造る余裕はないうえに、防術機の生産コスト自体が世代を重ねるごとに高くなっている。《クリストバール》一機で《クーガー》型が何機買えると思う」

「コストを気にして機体を失っては元も子もないと思う」

「技師の判断をもう少し信頼して欲しいな」

「でもこの躰は使いづらいのですが」

「言い訳はしないよ」

「変態め」

「あーそろそろ本部施設に到着するので静かにしてて戴けますかな中尉殿」

「なんたる理不尽」

キャノピから、本部の偽装施設を捉えることができた。本部のほとんどは大戦時からジオフロント内部の都市群に収まっていて、地上はただの荒廃した都市群といった有り様だ。

その一角が土煙をあげて陥没する。現れたのは輸送機を迎え入れるための滑走路と大型エレベーター。大型の鯨のような輸送機がベクタードノズルを精密に可変させ、SVTOL機用の滑走路に着陸。

機体がエレベータ上で完全に停止してから、42eは機体を降り、マンガン鋼合金製の床を踏む。エレベータの昇降装置が稼働し、ゆっくりと全体が下降する。唐突に地上連絡系閉鎖のサイレンが鳴る。42eは顔を顰める。既に輸送機群の全機が帰還したようで、頭上へ目を向ければエレベータの開口部が重たい音をたて閉じてゆくさまが望めた。地上では既に滑走路の再偽装作業が行われているだろうか。

ふと報告書の作成や、対エルフ戦へ更なる対策など、仕事が山積みされていることに気付き、溜息を吐く。折角生きて帰ってくることができたのだから、取り敢えずは休みたいと42eは思った。

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最終更新:2017年04月26日 01:26