レオナルド・ウォッチと如月千早は市街地へと戻ろうとしていた。
先の怪物との邂逅の場である市街地には近寄りたくないのが心情だが、そういう訳にもいかなかった。
マモーが行った放送。その中であった空から降り注ぐ光線。
光線は市街地の方角で発生したものであり、レオと千早いる位置からは肉眼でも確認できた。
砲撃には誰かしらに向けて放たれたものとのこと。
つまり、あの砲撃に巻き込まれた誰かがいるのだ。
殺してはいないと、マモーは言っていたが、それでもあれだけの威力の砲撃だ。
無傷ということはないであろう。
千早とレオは相談し、その巻き込まれた誰かを確認することにした。
二人の知り合いである可能性は無きにしも非ず。
あの怪物に出会わないよう、細心の注意を払いながら、二人は行動を開始した。
森林を抜け、薄暗闇の市街地へ。
夜も明けてきたのか、東の空がわずかに白みがかっていた。
「大丈夫、チハヤ?」
「ええ、平気です」
案ずるようにレオが声を掛ける。
返事とは裏腹に千早の表情は固く、身体も僅かに震えていた。
それもそうだろう。
こんな殺し合いの場に連れられ、いきなり命を狙われたのだ。
恐怖を感じるなという方がおかしいくらいだ。
(アマミハルカ、フタミマミ、フタミアミ、プロデューサーか……)
二人は既に軽い自己紹介を終えていた。
彼女が語っていた仲間達。話によると日本でアイドル活動をしているらしい。
確かに千早は綺麗な顔立ちをしていて、思わずじっと見つめてしまいそうになる。
自分のような荒くれ事に馴れている訳ではない、ただの一般人。
こう見えても、世界の均衡を守るために戦うライブラの端くれではあるのだ。
ここは自分が彼女を引っ張っていかなければならない。
(っと、そろそろ砲撃の地点かな)
『神々の義眼』の恩恵か、レオの視界は昼も夜も関係ない。
視界の不良はなく、視力も人間離れしている。
その視力でもって目を凝らすと、大きな破壊の痕が刻まれた森林地帯が見えてきた。
「少しそこで隠れてて。少し様子をみてくるよ」
「は、はい……」
あれだけの出来事があったのだ。
自分たちのように集まった参加者が、その参加者を狙う危険人物がいないとも限らない。
レオは物陰に隠れながら、その目でもって慎重に周囲を見回した。
(誰もいないか……)
人の姿はない。砲撃に狙われたとされる人物もいなかった。
誰かが介抱しているのか、自力で気が付き移動したのか。
死体もないという事は、ひとまず無事ではあると信じたいのだが……。
小さく息を吐き、破壊の痕に背中を向けるレオ。
誰もいない以上、この場に長く留まる理由はない。
ひとまず千早のもとに戻ろうかとしたその時であった。
(っ、人……!)
レオは発見する。
会場の外周に面するオフィスビル。
その一角から覗く男の姿。
薄暗闇かつビルの中のにある一つの窓に立つ男。
常人であれば確実に気付けはしないだろうが、レオの目はそれを捉えられる。
男の姿形だけでなく、その手中にある道具まで。
リボルバー式の拳銃。
銃口が向く先には―――如月千早。
気付くと同時に、レオは走り出していた。
距離は数十メートルと離れている。
男は今にも拳銃を引き絞らんとしていた。
(間に合え……!)
時の流れがゆっくりに感じた。
必死に足を動かすが、身体がちっとも前に進まない。
こちらを見てくる千早の表情には困惑があった。
何故、そんな慌てた様子でこちらに駆け寄ってくるのか?
表情が、そう語っている。
「チハヤ、逃げ―――!」
銃声が響き渡ったのは、レオが声を張り上げたのとほぼ同時であった。
市街地に、炸裂音が木霊した。
◇
「ちっ……」
銃声の主・次元大介は紫煙昇る銃口を揺らしながら、小さく舌をうった。
ただひたすらに胸糞が悪かった。
女子供は殺さないと信条にしておきながら、拳銃を撃ち放った自分。
御大層な信念からではない、マモーへの恐怖心から自分は撃ってしまった。
3人の人物を生還させるという、マモーの言葉。
この殺し合いにいる自分の知り合いはルパン三世と石川五エ門。
自分を含めればぴったり3人だ。
そう、つまり仲間以外を殺害してしまえば、助かるのだ。
マモーに刃向わず―――仲間たちを死なせず、生還できる。
「くだらねえ……」
傭兵稼業、雇われ用心棒、殺し屋……。
様々な荒れ事の中で何人もの同業者に狙われてきたし、その過程で幾つもの命を奪ってきた。
ルパンの相棒となってからも、そうだ。
今さら人を殺す事に忌避を覚える訳がない。
殺らなきゃ殺られるという状況なら、躊躇わずに殺す。
相手が女子供だったとしても、だ。
所詮は、血に染まった両の手だ。今になって綺麗事を抜かすつもりはなかった。
そんなセンチな男じゃあない。
「はっ、ならこりゃ何だってんだ」
次元の口元に浮かぶのは自嘲の笑みだった。
薄暗い市街地。さきの放送につられて現れた参加者を狙い撃とうと、近場のオフィスビルに陣取った。
読みは的中し、のこのこと現れた男と女の二人組がいた。
どちらもまだガキ。こちらに気付く様子もなく狙撃の態勢は容易く整った。
薄暗闇の中とはいえ、外す要素はなかった。
途中どういう理由か男のガキの方は自分に気付いたが、それでも問題ではなかった。
相棒をいつもの通りに引き絞り、弾丸が発射される。
結果、弾丸は外れた。
女の右腕を掠るに終わり、女と男はそのまま路地裏へととんずらを決め込んだのだ。
逃げながらこちらを睨んできた男の瞳がやけに印象に残る。
女を傷付けられた事に対する怒りがありありと浮かんでいた。
「……くそったれ」
何故、外したのかは誰よりも次元大介自身が理解している。
だが、次元にそれを認める訳にはいかなかった。
認めれば、立ち向かわなければならなくなるからだ。
恐怖の対象・マモーに。
立ち向かうこととなる。
そんな事は、今の次元大介には不可能であった。
「……救いようがねえな、まったくよ」
実際クラシックだよ、おまえって奴は。
相棒がかつて言い放った一言が、何故だか頭の中で繰り返されていた。
最終更新:2018年01月26日 22:43