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「愛は太陽じゃない?」(2016/02/15 (月) 16:08:48) の最新版変更点
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イーサン・ハントはアメリカが誇る最強の特殊工作員である。
IMF-Impossible Mission Forceに所属し、幾度となく世界崩壊の危機を阻止してきた。
彼は今、殺し合いの場にいる。暗い住宅街の中、街灯と月夜の明かりだけを頼りに道を進んでいた。
手中には一丁の拳銃。油断なく構え、周囲に警戒を飛ばしている。
(殺し合い……)
彼は驚愕していた。
まるで気配すら悟られず拉致された事実に。
そして先程の暗闇の中で垣間見た、参加者たちの面々に。
異常であった。
あの常識が崩壊した世界であっても、更に異常な事態。
そう、確実に言い切れた。
世界の裏を見通すIMFは知っているからだ。
例えば、世界を股にかける大怪盗アルセーヌ・ルパン三世。
例えば、一介の刑事でありながら数多のテロリストグループを潰してきた男ジョン・マクレーン。
例えば、反キリストの怪物たちから英国を守護する組織・ヘルシング機関が最大戦力・不死王(ノストラフェア)アーカード。
例えば、イギリス・ロンドンで超大規模テロを引き起こしたナチス残党のトップ・少佐と呼ばれる人物。
例えば、ニューヨークに一夜で現れた魔人都市にて世界の均衡を守るために暗躍する組織の面々。
個人で世界情勢を塗り替えるような人物たちが、あの場には集結させられていた。
中には、既に消滅したもの、死亡したとされる者たちまでいる。
(一体、何が目的なんだ。あの老人は何をしようとしている……?)
手掛かりの一切ない状況。だが、危機は確実にそこにある。
何とかしなければならない。
バックアップがなかろうと、IMFの一員として、危機に立ち向かわねばならない。
当面の目的地は、会場の東側にあるとされるオフィス街であった。
まずは外界と連絡を取る手段を探す。
支給されたi-Phon●はオフラインとなっており、使用できない。
オフィス街ならば何らかの通信手段が生きている可能性がある。
(……限りなく可能性は低いだろうがな)
だが、可能性があるなら試してみる。
駄目なら、そこから考えるしかない。
イーサン・ハントの力は、鍛え抜かれた精神にある。
どんな危機的状況だろうと、あと十数秒で核ミサイルが発射されるという状況であろうと、彼は折れない。
折れず、冷静に最善を探り、遂行する肉体が精神力がある。
イーサンは進む。
これまで通りに、今まで通りに、世界の危機を救うために歩んでいく。
(……ん?)
住宅街の端まで辿り着いたと同時に、イーサンは立ち止まる。
何かが聞こえたような気がしたのだ。耳を傾け、周りの音に集中する。
(歌……?)
細いメロディが遠くから流れてくる。
位置は遠くはっきりとしないが、何かの曲のようであった。
音の方向へ引き寄せられるように歩いていく。
十数メートルほど先の民家。音はそこから聞こえてきた。
裏手へ回り込み、身を低くして軒先から中を覗く。
そこには二人の少女がいた。
歌う少女と、それを聞く少女。
まるで殺し合いの場とは思えないどこか温かな光景が、そこには広がっていた。
◇
イーサン・ハントがその場に辿り着く少し前の事。
高坂穂乃果は一人住宅街を歩いていた。
電柱などの物陰で身を屈め、きょろきょろと辺りを見回し、誰もいない事を確認しては次の物陰に移ってく。
持ち前の明るさも今は鳴りを潜め、緊張した面持ちで進んでいく。
(う~……一体なにがどうなってるんだろう……)
先程の出来事すべてを信じる訳ではない。
でも、だからといって今の状況が普通だとは到底思えない。
スマフォやお財布など持ち物を奪われた状態で、気付けばこんな見知らぬ土地に立たされているのだ。
おかしな出来事に巻き込まれているのは間違いなかった。
(殺し合えって、さっきのおじいちゃんは言ってたけど……)
殺し合い、なんて言葉は映画や漫画のお話しだ。
ロンドンでのテロや、ロストグラウンドでの事件など、確かにニュースなどで血生臭い事件などが流れる事もあるが、それは遠い土地の出来事でしかない。
スクールアイドルとして女子高生ライフを満喫する穂乃果には、まるで別世界の出来事のようにしか思えなかった。
だが、今穂乃果は現実として事件に巻き込まれている。
殺し合いを強制されるという、異常な事件に。
「うう……」
考えれば、考える程、悪いイメージしか浮かばない。
もう皆に会えないのではないか。
そう思うと涙が込み上げ、視界が滲んでしまう。
必死に歯を食いしばり、涙を流さないようにするので精一杯になってしまう。
進もう、進もうとするが……遂には足が止まる。
怖い。怖い。怖い。
恐怖が彼女の身体から自由を奪っていた。
「ひ、ひっぐ……えぐ……」
怯えにまかれた身体はもういうことを聞かなかった。
涙が次から次に溢れだし、止まらない。
それでも何とか穂乃果は身を隠そうとした。
直ぐ近くの民家に近付き、玄関から入っていく。
そこで我慢の限界が来たのか、座り込み大声をあげて泣き出す―――、
「う、ううう……」
寸前で気が付いた。
自分以外の泣き声が、家の奥から聞こえてくるのが。
「いやだ、やだよぉ……」
恐怖で震える少女の声。
そっと声のする方に行くと、居間の隅っこの方で小柄な女の子が膝を抱えて泣いていた。
明るいピンク色の髪に大きな瞳が特徴的な可愛らしい顔立ち。
でも、それも今は涙と恐怖に染まっている。
少女を見ている穂乃果から既に恐怖の感情は消えていた。
何とか少女を泣き止ましてあげたい、そう思い、行動する。
「ね、ねぇ、大丈夫?」
「ひ、ひっ!?」
出来るだけ優しく声を掛けたつもりだったが、少女の反応は芳しくない。
恐怖に顔を引き攣らせ、距離を空けようと必死に身を捩る。
「だ、大丈夫! 私は何もしないよ!」
「いやっ、来ないで、来ないで下ださい!」
もはや言葉は届いていなかった。
泣きながら、辺りにあるものを投げてくる。
デイバック、座布団、テレビのリモコン……色々なものが飛んできた。
「うわわっ、危ない、危ないって!」
思わず穂乃果は再び玄関へと退避していた。
少女の姿は見えなくなり、啜り泣く声と二人の荒い呼吸だけが場に響く。
(ど、どうしよう……どうすれば落ち着いてくれるんだろう……)
穂乃果は考える。
このまま少女を置いていく訳にはいかない。
でも、今の状況で少女が付いてきてくれるとは思えない。
(自分に出来ること、出来ること……そうだ!)
考え、考え抜き、穂乃果は思いつく。
今、自分が出来る唯一のことを。
すぅ、と大きく息を吸う。
吐息に混じって出てきた音は旋律となり、空気を揺らす。
「愛してる、ばんざーい。ここで良かったー♪」
静寂を打ち破り、音が空間を支配する。
温かな、温かな声。
少女の悲しみの感情を和らげたいという一心から産まれた唄は、どこまでも優しかった。
啜り泣きが、止まる。
少女が恐る恐るといった様子で今から首だけを出して、穂乃果を見てきた。
そんな少女に微笑みかけながら、穂乃果は歌を続けていく。
伴奏も何もないアカペラで、だがそれまで少女が聞いてきたどんな唄よりも心を揺さぶってくる。
皆にではなく、少女だけに向けられた唄だから。
恐怖に塗り固まった心が、溶けていく。
そして、唄が終わった。
「どうも初めましてだね。私は高坂穂乃果! あなたは?」
同時に声をかける穂乃果に、少女の眼がわずかに見開かれた。
「わ、私、鹿目まどか、です……」
「そう、よろしくね、まどかちゃん! どう、ちょっと落ち着いた?」
「は、はい……」
まどかと名乗った少女はまじまじと穂乃果を見詰めていた。
背格好からして女子中学生だろう。それくらいの年代ならば穂乃果の事を知らない方がおかしいくらいだ。
第2回ラブライブ優勝グループ『μ’s』のリーダーにして、スクールアイドル全てを巻き込んだ秋葉原路上ライブの立役者。
女子学生と限定すれば、かの国民的アイドル達にも勝るとも劣らぬ人気を誇る。
「その……ありがとうございます。私、怖くて、訳わかんなくなっちゃって……」
「大丈夫だよ! こんな事になっちゃったんだから、怖いのなんて当たり前だよ!」
頭を下げる少女に、穂乃果は笑い掛ける。
現状の恐ろしさは知っている。穂乃果だってまどかと出会わなかったら、同じ様に泣き続けていただろう。
まどかの気持ちは痛い程に理解できた。
「大丈夫……大丈夫だから」
「う、うう……」
優しい声掛けに、まどかの瞳に再び涙が滲む。
恐怖からではない。先程とは真逆の温かい感情から出る涙だった。
安心させるようにまどかの手を握りながら穂乃果は、再び大きく息を吸った。
腹部に手を当て、口を大きく広げる。
「あー、ほのかな予感から始まりー♪」
また、歌う。
まどかを元気づけるように、新しい唄を。
歌う少女と、それを聞く少女。
まるで殺し合いの場とは思えないどこか温かな光景が、そこに広がる。
曲は、まどかも聞いた事のないものだった。
でも、やっぱり温もりを感じる優しい曲調だった。
「NO no no~、いまが最高―――」
歌い終え、穂乃果は恥ずかしげに頬を掻く。
「えへへ、どうだったかな? これまだ発表してない新曲だったんだけど」
「す、すごいです! とってもいい曲でした!」
「そ、そう? そう言ってもらえると嬉しいなあ」
興奮したように拍手をするまどかに、穂乃果も笑顔を見せる。
二人は気付かない。
拍手がまどかのものだけでなく、もう一人分重なっている事に。
二人しかいなかった民家に、もう一人の人物が侵入している事に。
「―――良い唄だったよ」
二人が気付いたのは、侵入者が声を掛けたその時だった。
まどかと穂乃果の身体がびくりと震える。
「だ、誰……!?」
庇うように、前へと出る穂乃果。
まどかが震えているのが、背中を通して分かる。
彼女を守らなくては、その一心で穂乃果は侵入者と相対する。
「驚かせてすまない。俺はイーサン・ハント。アメリカの諜報機関で働くエージェントだ」
所々に金色の混じった茶髪。整った顔立ちに高い鼻。蒼い瞳は白人特有のものだ。
男の手中には拳銃があった。
拳銃。人を殺傷させるための道具。
それを見て思わず悲鳴をあげそうになる穂乃果の前で、男は慣れた手つきで拳銃を分解する。
「君達に危害を加えるつもりはないよ」
拳銃を投げ捨て、両手をあげる。
男……イーサン・ハントは真っ直ぐに穂乃果を見据えて、言葉を続けた。
「どうだろう。俺と行動してくれないか? この状況で君達を放置していく事は僕にはできなくてね。
共に行動してくれるなら、僕は全力で君達を守ると誓うよ」
その力強い瞳に、その力強い口調に、穂乃果は頷いてしまっていた。
頷くと同時に、全身から力が抜ける。
張りつめていた緊張が解けていく。
守るというイーサンの言葉に、安堵し、身体が弛緩する。
「ふっ……ふぐっ、うぇぇぇぇぇぇぇん……」
もう止まらなかった。
まどかと出会い、まどかを守らなければという使命感で押し殺してきた感情が、爆発する。
「ほ、穂乃果さ……う、うわぁぁぁぁぁん……」
泣き崩れる穂乃果の姿に、まどかもその心情を察したのだろう。
そこまで想い、無理をしてくれていた穂乃果の優しさに、まどかもつられて泣いてしまう。
二人の少女の泣き声が、民家を包む。
寄り添い泣き合う二人の姿は、人間の怖さを誰よりも知るイーサンすらも温もりを感じる、優しい優しい光景であった。