「寄り添い合い、生きるもの」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「寄り添い合い、生きるもの」(2016/02/15 (月) 16:11:13) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
「一体どうなってんだよ、こいつは!」
『新一、落ち着け。無駄に騒ぐんじゃない』
「無理だっつーの! こんなん!」
住宅街の一室にその少年はいた。
寝室のベッドに腰掛けながら、少年は誰かと会話をしていた。
室内に少年以外の姿はない。
ただ一人で、だというのに何処からともなく返事がくる。
『落ち着け。できる筈だ。新一、きみなら』
声に従うように、新一と呼ばれた少年は大きく息を吸う。
左手を胸に置き、吸い込んだ空気を長く長く吐き出す。
それだけの動作で、確かに新一の表情には落ち着きが戻っていた。
寸前までの焦燥が嘘のように、けろっとした顔で座っていた。
『頭は冷えたか?』
「……ああ、ありがとう。ミギー」
孤独な会話は続く。
いや、良く見ると言葉を放つ口はもう一つあった。
こねてる途中のパン生地のように、奇妙に伸びた右腕。
その先につぶらな瞳が一つと、口がある。
右手が、喋っていた。
「それにしてもどうなってんだよ、本当に」
『わたしにも分からん。気付いたら先程の場にいて、気付いたらここにいた』
「マジかよ……だぁ~、やっぱり落ち着けねぇ~!!」
話す右手を、新一は当たり前のように受け入れていた。
気味悪がる様子も、驚く様子もない。
中々にシュールな光景がそこに広がっていた。
「……さっきのあれ、本気かな」
『本気、だろうな。伊達や酔狂でこんな事が出来る訳がない』
「だよなあ……どうしようか、ミギー」
最後の三人だけが生還できるという殺し合い。
さきの暗闇では相当な数の人がいた。
『殺してしまえば良いだろう。自分以外の参加者を』
右手……新一からミギーと呼ばれる怪物の答えは明快である。
参加者の殺戮。
成る程、今存在する最も明確な生還方法だった。
「んなことできるかよ……」
新一は首を横に振り、ミギーの案を却下した。
そう返答すると分かっていたのだろう、ミギーは続ける。
『だが、それが最も簡潔だ。なに、今のきみならただの人間が何人揃ったところで負けはしない』
「そういう話じゃないだろ! こんな状況だろうと人を殺すってのは……ダメだよ」
『そうか……。ならば、どうする』
答えは、出ない。
少なくとも新一の側に見出せる答えはなかった。
沈黙が場に重くのしかかる。
『……まずは会場を見て回るか。何か脱出手段が見つかるかもしれない』
「ミギー……!」
先に沈黙を打ち破ったのはミギーであった。
『きみは強情だからな。他者の殺害が無理なら他の手段を考えるしかあるまい』
「ありがとうな、助かるよ」
i-Phon●を開き、地図を見る。
東側にオフィス街、南側には海、西側に住宅街、北側に草原。
中央は森林地帯が広がり、地図の中心点に鉄塔がある。
また各地には施設があるらしい。
オフィス街には『765プロダクション事務所』、『廃ビル』、『NY市警』。
住宅街には『東福山市役所』、『音ノ木坂学院』、『本能寺』。
北の草原地帯には『ヘルシング邸』、『ルパン三世のアジト』、『中央要塔<セントラルピラー>』。
南側の海岸線には何もない。
「……なぁ、ミギー。これ書いてあること本当かな」
『どうだろうな。嘘を記すメリットはないだろうが』
とてもじゃないが信じられる中身ではない。
『765プロダクション事務所』は東京の大田区にある。
その近くに『NY市警』がある訳などないし、スクールアイドルで有名な『音ノ木坂学院』だって歩いていける距離にある訳でもない。
『東福山市役所』は新一も良くしっているが、こんな地理上にあった筈はなかった。
まるで嘘のような地図がそこに広がっている。
「訳わかんねえなあ、もう……」
頭をかきながら、新一は立ち上がった。
殺し合いに謎の会場。
考えることが多すぎて頭がパンクしそうであった。
それでも何とかしなければならない。
こんな所で死ぬのだけは嫌であった。
『そういえば新一は気付いていたか?』
「ん? 何が?」
『参加者名簿の名前の事だ』
「有名人から、信長なんていうまた良く分かんない名前までいっぱいいたな。それがどうした?」
『その中に後藤とあった』
「あー、確かにあった気がするなあ。……って、まさか」
『あの後藤だ』
「えぇえ!? だ、だって後藤なんて名前どこにでも……」
『……最初の場で奴の反応を感じた。あちらも気付いているだろうな』
「マジ……」
後藤。
五体の寄生生物が集結して出来た最強の存在。
かつてパラサイトの打倒を掲げ、自衛隊や警察が協力をしたことがあった。
『東福山市役所』を包囲し、対パラサイト用の装備をした兵士が何十と投入。
作戦は思いの外うまくいき、多少の被害を出しながらもパラサイト達を駆逐していった。
だが、その優勢を一人で覆したのが後藤だった。
部隊を全滅させ、包囲網から悠遊と立ち去っていった。
しかも新一を殺害するという最悪の宣言を残して、だ。
まさかこんな状況になってまで、後藤から狙われるとは思いもしなかった。
『何らかの対策を練っておく必要はあるだろう』
「そうだな……」
問題は山積みだ。
思わず溜め息が漏れる。
それでもと、前を向けるのは彼が相応の修羅場を潜り抜けてきたからだろう。
前を向き、民家から出る。
「とりあえず『東福山市役所』を目指すよ。施設が本物かどうか見ておきたい」
『そうだな、それが良いだろう』
新一とミギー。
生き延びるために、寄り添い、進む。
奇妙な一人が、道を進んでいく。