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 後藤は、最強なるものであった。  五体のパラサイトが集結し、一つの意志で統合された存在。  それが後藤。  同類のパラサイトからして、後藤に叶うものなどいない。  紆余曲折を経て強大な力を手に入れた泉新一でさえ、彼とまともにぶつかれば勝ち目はなかった。  およそ最強と称するに相応しい存在。それが後藤である。  彼は今、殺し合いの場に連れられていた。  突如巻き込まれた、この殺し合い。  何十もの人間を殺害せよと、人間に強要されるこの状況。  後藤は、思考する。 (この俺を参加させ、殺し合いをさせるとはな……面白い)  理由や動機など、いくら考えども分かりはしなかった。  あの老人の、人間の考えなど、理解できる訳がない。  パラサイトと人間とはまるで別種の生き物。  理解などできると思っていないし、そんな事は後藤にとってどうでも良かった。 (戦い……)  彼は自覚していた。  己の生きる意味、己の存在の意味。  パラサイトの中でも変わり種であった田村玲子が考え、求め続けた命題。  彼は、彼なりの答えを手に入れていた。  彼にとってのそれとは、 (そう、おれにとって戦いこそが……)  戦い。  それこそが、後藤の存在理由。  あの市役所での戦いを経て、彼はそれを知った。  人間が創意工夫をもってパラサイトの殲滅に挑んだ、あの日。  長い年月を掛けて作り上げたコミニティは数時間の内に崩壊し、後藤だけが残された。  そして、後藤は人間と相対した。  パラサイトを殺すための装備、隊列を成してやってきた人間達と相対し、壊滅させた。  最中で、気付く。  これこそが―――戦いこそが、己の生きる意味であるのだと。  彼は本能のままに動く。  戦い、刻み、人間という種を食い殺す。  その命題に従って、殺し合いの場を進んでいく。  後藤が活動を始めて数分。  幸先のいいことに、後藤は他の参加者を発見する。  細身の青年。  ポケットに両手を突っ込み、猫のように背中を丸めながら歩いている。  目つきは鋭く、険しい。  殺気、とまでは言えずとも周囲を威圧し続ける気配を自然と身に纏っている。  不思議な人間であった。  彼が見てきた如何なる人間とも違う。  その姿は、まるで獣。  正面から歩いてくる青年を、後藤は立ち止り興味深く観察していた。   「何だテメェ?」  視線に、男も気付いた。  鋭敏な感覚。鈍重でのろまな人間とは、やはり違う。 「おもしろい人間だな」 「あァ?」  後藤の物言いに、男の眉間の皺が深まる。  なるほど単純な奴ではあるらしい、と後藤は思案する。 (おもしろいが……だが、野生動物としては出来損ないだな)  彼我の戦力差も察知できずに突っ掛かってくる男。  後藤の右腕が、動く。  いや、正確には右腕の形をしたパラサイトが、後藤の意志により、動いた。   刃状に変形しながら男へ向けて横薙ぎに一閃する。 「ッ!」  常人であれば知覚すら困難な一撃に、男は反応する。  身を屈め、刃をやり過ごす。  数本の頭髪が宙を舞うが、男に傷はなかった。 「はっ、ご挨拶だな。ならよぉ!!」  目を見開き動きを止める後藤を前に、男が動く。  右手を掲げ、後藤を見据える。  地面が三カ所唐突に抉れたかと思いきや、次いで男の右腕が白色の光に包まれた。  虹色の粒子が男に集結する。  光が晴れた時、男の姿は変わっていた。  鎧に包まれた、右腕。  それは、全てを破砕する、右腕だった。 「衝撃のぉ―――」  脅威。  後藤が覚えた事のない感情。  それを眼前の男から、男の右腕から、感じ取る。  気付けば後藤は両の手を硬質化と共に交差させていた。 「―――ファーストブリットォ!!」  直後、男の体が加速する。  背中から緑色の光を噴出させながら、それを推進力として、後藤へ迫る。  右腕はやはり前に構えられていた。  後藤の両腕と、男の右腕とが激突する。  衝撃が、空間を走った。  一瞬の膠着の後、吹き飛んだのは後藤の身体であった。  木々をへし折り、数秒間ほど宙を舞う。背中から地面へと落下した。 「ぐぁぁぁあああああああ!!?」  絶叫が、響いた。  痛みにのたうち、地面へと倒れ付す。  激痛が意識を支配し、身体から意志を奪う。  勝負は一瞬でついていた。  二つの異形が交錯した時、全てが終わっていた。 「てめぇ……!」  倒れ付す男の姿を―――『後藤』が見ていた。  そう、激痛に身悶えし、蹲っているのは男の方であった。  男の右肩から先が、消失していた。  男の一撃が命中した瞬間、後藤は吹き飛ばされながらも右腕を攻撃態勢へと移行していた。  カウンターの斬撃。  反撃を予想だにしていなかった男は反応できず、刃を喰らった。  結果、男の右腕は宙を舞うことになったのだった。 「……やるな」  後藤は、感嘆する。  今まで食らってきたどんな攻撃よりも強力な拳。  後藤が防御を選択していなければ、どうなっていたかは分からない。  これほどまでの一撃を人間が成し得るとは、想像すらしていなかった。 「先ほどの光……アルター現象という能力か」  情報としては聞いていた。  日本のある地域に住む人間のみが生まれ持つという特殊な能力。  周囲の物質を分解、再構築し、己の精神を表す力を発現させる。  その際に虹色の発光現象が発生すると聞いていたが、後藤自身みるのは初めてであった。  ただ、パラサイトの狭いコミュニティの中でも噂されていた。  『ロストグラウンド』は餌場には向かない、と 「おもしろいが……おしいな」  初めて相対したアルターの力は、後藤を驚愕させるには十分だった。  防御姿勢をとり、攻撃に身構えていたにも関わらず、身体が宙に浮いた。  カウンターは成功したものの、その威力自体は後藤の予想の遙か上をいっている。  だからこそ、惜しく感じる。  更なる力があれば、更なる戦いが味わえるのに、と。  表情を変えずに、だが確かに後藤はそう感じていた。  男へ背中を向ける後藤。  右腕切断。充分な治療環境があるならともかく、現状で助かる見込みはない。  後ろ髪を引かれる思い、というのは確かにある。  が、これ以上の戦いはこの場になかった。 「どこに行くんだよ」  再度の驚愕が、後藤を襲う。  後方から掛かる声。  男が、立っている。  獰猛な笑みを浮かべ、尚も変わらぬ戦意でもって後藤を見据える。 「ここからだろうが、喧嘩はよぉ!」  地面に転がる男の右腕が、虹色の粒子と化す。  粒子は男の右肩へと集結し、形を成した。  再び腕の形へと。 「いくぜ、シェルブリットォォォォォォォォオオオオオオ!!!」  形状は、先程のものとは違っていた。  一回りも大きく、色も鮮やかに。  男は右腕を掲げ、叫んだ。  呼応するように右腕が輝きだす。  奔流する光。  男の右腕を中心として、光が溢れた。  直視すら難しいほど強烈に、黄金の色が噴出する。 (防御、いや―――)  判断は一瞬。  後藤は両脚を獣の如く変形させ、地面を蹴り抜き、跳んだ。 「―――バァァァストォォォォォォォォオオオオオオ!!!」  衝撃が、来る。  暗闇に紛れた事で直撃は避けている。  つまりは余波。  余波だけで、後藤の身体は再度宙に舞った。  光が世界を包み込み、色を消していく。  全てが終わった後に残ったのは、数十メートルに渡って大きく抉れた森林だけであった。 ◇ 「逃げられた、か……」  そして、破壊の源である男・カズマは苛立たしげに吐いた。  拳に感触はなく、あの異形を仕留められたとは思えなかった。 「っ……!!」  渾身のシェルブリット・バースト。  度重なるアルターの使用に身体は限界に近い。  能力の使用だけで断続的な痛みが全身を押そう。  だが、カズマは押し殺す。  言葉を飲み込み、泣き言も吐かずに、再び前へ。  カズマという男は何も語らず、進んでいく。 ◇  後藤は再度地面へと転がされていた。  男の二撃目。一撃目のそれを遙かに超越した威力。  回避してこれだ。直撃などすれば全身が弾け飛んでいたであろう。 (これがアルター……人間の力……)  後藤は思考する。  遙かに劣る筈の人間が生み出した強大な力。  道具を用いず、工夫もなく―――ただ、強い。  最強のパラサイトたる自分をも粉砕できるであろう力であった。  そんなものは人間は勿論、パラサイトの中にだって存在しなかった。  それを人間が振るった。  当然のように、その力を行使した。   (おもしろい……)  男と出会い、何度そう思ったであろうか。  後藤は沸々と己の内側から湧き上がるものを感じていた。  殺意でも、怒りでもない。  極上の戦いが待ち受けているという至高。  ただ、胸が躍った。  これから出会うであろう人間たちとの戦いに、期待が高まる。 「やはり、そうだったのだ。戦いこそがおれの……!」  後藤は、気付かない。  本来であれば感情を灯す事のないその表情が、笑みに歪んでいる事に。  その表情がどこまでも人間らしい表情だという事に。  気付かない。  気付かぬままに、行く。  大海を知った最強なるものが、バトルロワイアルに君臨する。  

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