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「雌伏の者達」(2016/02/28 (日) 21:02:01) の最新版変更点
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「ああ、また敗けたのか」
男は敗北を自覚する。
半世紀を掛け、己が持つすべてを賭け、敗北に次ぐ敗北の末に勝利を確信し―――だが、それすらも実は敗北だった。
あの怪物が動いているのだから、あの怪物が存在するのだから、それは勝ちではない。
負けだ。
何回目かの、何十回目かの、何百回目かの、敗北だ。
「そうか、敗けか」
男は、笑う。
敗北を目の当たりにして、己が全てを否定されて尚も、笑う。
勿論だ。
敗北の先にはあれがある。
男が待ち望む、男が大好きな、男が愛してやまないあれが。
「そうか、ならば一から始めよう」
何度も、何度も、何度も、何度もしてきたことだ。
「戦いを、争いを、闘争を、戦争を、」
何度も、何度も、何度も、何度も待ち望んできたものだ。
「―――一心不乱の大戦争を」
また心躍る戦争を、始めよう。
◇
「ああ、そうか」
男は立ちはだかる困難を理解する。
半世紀を掛け、己が持つすべてを賭け、敗北と勝利を繰り返し末に泰平の世を確信し―――だが、それすらも虚実だった。
あの男達が動いているのだから、あの男達が生きているのだから、それはまだ戦乱を意味するのだ。
「未だ、耐えるのみ……か」
男は、笑う。
困難を理解して、困難を自覚して、尚も笑う、
何年、何十年と耐え忍んできたのだ。
たったの数日の争乱などあってないようなものだ。
「これだから人の世と言うものは面白い」
戦乱の世の終わり、泰平の世の始まりは、すぐそこにあるのだから。
「忍び、耐えた先に見えるは―――我らが天下よ」
だから、再び雌伏の時へ。
男は熱き心を、静かに燃やす。
◇
8キロ四方の殺し合い場。
中央にある鉄塔、その最上階にある狭い狭い部屋の中に、男達はいた。
二人は偶然としてそこで遭遇した。
一人は物珍しげにその天守閣を登り、一人は殺し合いの場を見下ろすために鉄塔を登った。
そして、一番の上のてっぺんにて彼等は出会う。
出会い、わずかに言葉を交わし、机を一つ挟んで向かい合った。
「あーかーど、か」
「そう、アーカードだ。」
入口から見て向かって左側。
丸々とした小柄な男は、語った。
己が宿敵の存在。
不死身で、無敵で、最強たる人外のもの。
小柄の男の行動指針は変わらない。
この化け物を殺す、それだけの為に彼の闘争はある。
「槍で刺され、鉄砲で撃たれ、尚も死なない存在か……俄かには信じられんな」
「事実なのだから信じる他はあるまい。実際に見てみるのが手っ取り早いが、その時には君は死んでいる」
向かって右側。
知的に整った顔立ちの男。
両の目の下にはタヌキのような隈がふちどられている。
隈の男は、小柄な男の話を淡々と聞いていた。
「死なぬ存在……ならば、お前はどうするつもりだ?」
「分からんさ。私の策は、半世紀もの時間を賭けて練り上げた唯一無二の策は、哀れに無惨に敗れ去ったらしいからな。
今の私には何もない。武器も、兵も、技術も、策も、何もかも持っていない」
問いに、小柄な男は両の手を挙げて答えた。
「それで勝てるのか?」
「勝つさ。勝つつもりがなければ、戦争は戦争たりえない」
そう、当然のように言い切る。
小柄な男の双眸にはどす黒い何かが渦巻いている。
その黒い輝きを見て、隈の男はわずかに微笑んだ。
「そういうもの、か」
「そういうもの、だ」
どちらからともなく、二人の男は笑い始めた。
半世紀の雌伏を経て勝利を掴んだ者と、半世紀の雌伏を経て敗北した者。
二人の声が交わり合う。
「あい分かった。同盟成立だ」
「協力感謝するよ。イエヤス殿」
隈の男は、小柄な男の瞳に見た。
己と同じ下剋上の光を。
弱者の立場から、強者の位にいるものを喰らい、這い上がる。
その暗い輝きを、見た。
「私は東へ向かおう」
「なら、私は西だな」
「明日の明朝にまた、此処で」
「ああ、戦果に期待するよ」
隅の男は東に。
小柄な男は西に。
それぞれが、アーカードを殺すために動く。
細かな方針など微塵もない。
参加者を見つけ、何かしらの情報を見つけ、開示しあう。
たったそれだけの拙い同盟。
「君の方は、オダノブナガとトヨトミヒデヨシだったな」
「そうだ。お二方に出会った時は、是非この天守閣へ連れてきて欲しい」
オダノブナガとトヨトミヒデヨシという人物との連絡。
隈の男が提示した同盟の報奨は、それだけだった。
「それでは、ショウサ殿」
「それでは、イエヤス殿」
それだけを残して、二人は別の出口へと向かっていった。
雌伏の時が、始まった―――。