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狂走の果てに」(2016/03/12 (土) 01:40:28) の最新版変更点

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「ど、どうしましょう、どうすれば……」  事の始まりは十数分前。  褐色肌の男性と遭遇してしまった事が、すべての発端であった。  男は出会うやいなや、石川さんを挑発し、あまつさえ抱腹絶倒の大爆笑をしてみせた。  確かに……確かに、だ。  石川さんの恰好は普通とは言えないかもしれない。  袴一着に、腰には刀(木刀だろうか?)。ざっくばらんに伸びた髪は背中まで届いている。  道場などではよく見かけるが、日頃からそんな恰好をしている者はいない。 (でも……何もあそこまで馬鹿にしなくても!)  だからといって、男のとった行動は許容されるものではない。  完全に小馬鹿にし、笑い転げ、嘲った。  結果として、石川さんは刀を抜き、褐色肌の男性もそれに受けてたった。  刀と刀がぶつかり合い響く、小気味のよい音。  挙動は両者ともに早く、薄暗闇という状況であるにしても、長年武を収めた自分であっても見切れぬほど。  暗い森林をものともせずに駆け、ぶつかっては離れてを繰り返す。 「かぁぁぁぁぁっ!」 「うおらぁぁぁっ!」  互いに殺意はないのだろう。  証拠にどれだけ斬り合おうと、どれだけアクロバティックな動きをしようと、二人が大きな傷を負う事はない。  ハラハラして仕方がないが、言うなればじゃれ合いみたいなものなのだろう。  こうしてみると体の大きな子どもが喧嘩をしているようだった。 「も、もう二人ともやめてくださいーっ!」  何度目かの声かけ。  それはもはや二人の耳に届くことはない。 (お、お願いです、だれかあの二人を止めてくださいっ……!)  思わず天を仰いだその時であった。  私の、石川さんの、褐色の男性の、●Phoneが一斉に鳴り始めたのは。 ◇  放送が終わる。  先程までは剣劇に勤しんでいた二人もさすがに手を止め、放送をみていた。  空から降った謎の光線。破壊された森林。脱走者を睨む監視の目。  褐色肌の男が舌打ちをする。  気に食わないと、その瞳が語っていた。 「これは、あの時の……」  石川さんも空を見上げて、呟く。   何かを知っている様子だが、多くは語らなかった。  二人は思いの外冷静であった。  あんな日常とは遥かに掛け離れた光景を見ても、まるで心を揺らがすことはない。  私は、駄目だった。  気付けば駆け出していた。  さっきの光景が目に焼き付いて離れない。  空から放たれる光。  あのマモーと名乗った老人は言っていた。  脱走を企てた者がいる、と。  殺しはしなかった、と。  でも、だ。  もしもという考えが頭の中で渦巻いて離れなかった。  穂乃果とことり。  その脱走を企てたという人物が二人の内のどちらかであったら。  親友の二人があの砲撃に狙われたのだとしたら。  私は、居ても立っても居られなかった。 「園田!?」  石川さんの声が聞こえる。  でも、振り返る余裕なんてなかった。  殺しはしないと、マモーは言っていた。  でも、死にはしなかっただけで怪我を負ってしまっていたら。  死にはしなくてもさっきの砲撃気を失ってしまっていたら。  弱った二人に危険人物が近付いてきたとしたら。  思考は、悪い方、悪い方へと落ちていく。  もう止まらなかった。  行き先も分からず、ただ闇雲に彼女達を探して走りまわる。 (穂乃果ぁ……ことりっ……!)  嫌だ。嫌なのだ。  二人と別れるなんて。  二人ともう会えないだなんて。  今の私がいるのは二人のおかげで、二人がいたから私は進んでいける。  もし、二人を失ったら。  そう、考えるだけで喉が干上がり、呼吸すらうまくできなくなる。 (会いたい……二人に、会いたいっ……!)  走り続け、走り続け、走り続け。  木の根や石ころに何度と足を取られて、それでも走り続けた。  そして、森林を抜けて草原に到ったその時、私は見た。  草原の真ん中に立つ男。  黒のタンクトップとジーンズを履いた男性。  あ、と思い立ち止る。  完全に我を忘れてしまっていた。  二人のことを考える余りに、用心を忘れて、私は男の前に立っていた。  立ち止り、後ずさろうと右足を引いたその瞬間であった。 「あ、れ……?」  衝撃が、走る。  同時に、右手に焼けるような感覚があった。  何故だか、傾いていく身体。  斜めになっていく視界の端で、何かが、舞っていた。  くるくる、くるくると。  とても見覚えのある何かが、いつもいつも見ていた筈の何かが。  私の右手が、宙を舞っていた。  何で、私の右手があんな所にあるのだろう。  あれはあそこにあってはいけないものだ。  あれは右手になくちゃいけないものなのに。  何で、何で、だろう。  ああ、そうだ。  見てみれば、分かることだ。  あれは右手にあるのが正しいのだから。  だから、さっきのは間違いなのだ。手が宙に舞っている筈がない。  視線を移す。  私は見る。 「あ……あ……?」  血が、  すごい、すごい量の血が噴き出す、  わたしの、うでを 「あ、ああぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁあああああああああああああああああ!!!」  獣のような叫びごえが聞こえ、意識は暗闇の中に吸い込まれていった。 ◇  後藤は、噴出する鮮血を無感情に眺めていた。  小手先の一閃すら避けられず、右手を失った少女。  園田海未への興味は既にない。  その興味の対象は別の人物へと向けられていた。 「貴様ッ!」  海未を抱きかかえる侍風の男・石川五エ門。  そもそも後藤に海未を生かすつもりはなかった。  その胴体を一薙ぎにするつもりで右手を刃状と化して振るい、だが後方から風のように疾走してきた五エ門により阻害された。  宙を舞い、斬鉄剣により後藤の一撃を叩き伏せ、攻撃の軌道をずらす。  後藤の刃は胴体を引き裂くことはなかったが、結果として海未の右腕を飛ばすこととなった。  結果は変わらない。  すぐさま充分な医療機関で治療ができるのならまだしも、このような状況で右腕を失えば死あるのみだ。  即死が、ほんの少し時間を置いての死に変わっただけであった。  だからこそ、石川五エ門は悔恨し、憤怒する。  侮辱に我を失い、海未への意識を弱めてしまっていた。  マモーの放送が海未に与える影響を予測することもできず、暴走を止められなかった。  追いかけ、追い付くまでの間に起きてしまった惨劇。  止められた筈の、惨劇であった。  海未のすぐ側にいれば防げたはずの一撃であった。  己への怒りに、五エ門は唇を噛み締める。 「やるな、人間」  後藤は、五エ門を賞賛でもって迎えた。  後藤の一撃を刀一本で弾いた五エ門。  その身のこなしはこれまで出会ったどんな人間よりも上等。  後藤は思考する。  こいつは与えてくれるのだろう。  戦いを、おれに、と。 「ほー、これまた人間なんだか化け物なんだか、中途半端な奴がいたもんだな」  次いで、遅れて現れる褐色肌の男。  ザップ・レンフロという名の男は、五エ門に追い付くやいなや、凝固させた己の血液でもって海未の傷を塞いだ。  噴出する血が止まる。だが、出血は既に相当なものである。  命が助かるかどうかは分が悪いとみて良いだろう。 「貴様……!」 「そう睨むなよ。勝手に走り出したのはコイツだろうが」 「よくもそうぬけぬけとっ……!」  ザップを睨む五エ門。  その敵意に満ちた視線を、ザップは何食わぬ顔で受け流す。  とはいえ、わざわざ二人の後を追ってきて、すぐさま海未の腕を止血したのだ。  (クズな)彼であっても思うところはあったのだろう。 「ここでいざこざやってる暇はねぇだろ。  今、おれたちに出来ることはこの中途半端野郎を速攻でボコして、少しでも早く嬢ちゃんを治療する。それだけだろうが」  血液の刃を掲げ、後藤と相対するザップ。  あまつさえ知り合いでもない五エ門と海未のために刀を抜くとは。  ザップ・レンフロにとっては相当な珍事といっても過言ではない。 「分かっておる。だが、こいつを片付けた後は覚悟しておけ」  一足飛びに距離を取り、上着を脱いでその上に海未を優しく寝かせた。 「すまん、園田。直ぐに戻る……」  優し気に声を掛け、相棒の日本刀へ手をかける。  そしてザップの隣に戻るや、斬鉄剣を抜いて、態勢を整えた。  二人の殺意が重なり、後藤を貫く。  凄まじい気迫。  人間にはこのような者達も存在するのか、と後藤は知らず笑みを浮かべていた。 「来い、人間」  後藤、ザップ・レンフロ、石川五エ門。  少女を救うべく、怪物と人間たちとの戦いが始まった。

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