「うーーん、さっきのは一体……」
暗闇の市街地で首を傾げる少女がいた。
名はセラス・ヴィクトリア。
吸血鬼が始祖の眷属にして、己も有数の力を持つ人外の存在である。
「ヘルシング邸で寝てたはずなのに、気付いたらこんな所だし……あぁー、おーこーらーれーるぅー」
脳裏に浮かぶは額に青筋を立てて静かに怒る、ヘルシング機関の女当主の姿。
数少ない戦力の内、最も大きな戦力がこのザマなのだから怒られるのも致し方ないだろう。
あのロンドンでの一夜を経て成長したつもりであったが、いきなりこんなヘマをやらかしてしまうとは……。
「うぎぃー、何もかもあのおじいちゃんのせいだぁー。こんな事に巻き込んでぇぇええ」
満月が輝く夜空に向かって、ぎりぎりと歯ぎしりをしながら、涙を零す。
その姿だけ見ればただの少女であるが、実際のところそんじょそこらの吸血鬼であれば素手で粉砕するほどの実力者なのだから恐ろしい。
「はぁー、とにかく早く帰る手段を考えよ」
大きく溜め息を吐き、セラスは身の回りを確認した。
さすがにハルコンネンは回収されてしまったのか、装備はなし。
右肩には何時の間にやら持たされていたデイバックがある。
中身はiPhon●が1つと充電器と携帯充電器が1つずつ、あと懐中電灯と水と食糧。
iPhon●は当然のように圏外であり、既存のアプリも削除されてしまっている。
存在するアプリは『地図』と『参加者名簿』のみであった。
「へー、『参加者名簿』……って、うぇぇぇぇええええええ!!?」
何気なく開いてみた『参加者名簿』。
そこには彼女も良く知る名前があった。
アーカード。それは彼女のマスターの名前。
あの日、暁の中で虚数に消えていった主人の名前であった。
「マ、マスター……!?」
姿を消した彼が本当にこの場にいるのか。
全くというほど気配は感じ取れない。
だが、彼が本当にこの場にいるとするならば……、
「……うーん。当面の目標はできた、かな」
もしアーカードがこの場にいたとして、どんな行動を取るかはセラスにも分からない。
考え得る最悪のケースを選択する事も充分に有り得るだろう。
だが、それでもセラスは思った。
アーカードに会いたい、と。
会って、共に帰りたい、と。
インテグラの待つあの屋敷に帰りたい、と。
「よーし。それじゃあ行きますか!」
片翼を広げて、吸血姫が暗闇に跳ぶ。
マスターよの再会を夢見て、夜天を行く彼女に待つものは果たして―――、
◇
「スッゲ……飛んじゃったよ、あの人ッ……」
そんな吸血姫を見上げる者が一人、いた。
両の瞳を驚愕に見開き、だがしかし口元は堪え切れぬ感情に弧を描く。
地上最強の血を引く、若き格闘士(グラップラー)―――範馬刃牙がその人である。
(そりゃ、噂くらいでは聞いたことあるけどさ……ッ、マジか~~~~~……)
刃牙は知っている。
この世には、常識の範疇を遥かに越えたモノが存在することを。
例えばロストグラウンド。例えばヘルサレズムロッド。
どちらも人界から隔絶された地域として有名だ。
前者にはアルター使いという超常の力を振るう人間がいる。
後者にはそもそも人類ですらない者が蔓延るという。
興味がないといえば嘘になる。
一日と欠かした事のない鍛錬。地上最強の男に追い付かんと力を求め続ける日々。
あらゆる者と戦ってきた。
世界最高峰の格闘士達、世界各国の刑務所から脱獄した死刑囚達、
空想の中では人間サイズの昆虫とだって戦った。
遥か古代から蘇った原人とも戦い、遂には地上最強の生物とだって戦った。
(俺は……一体どこまで通用するんだッ!)
刃牙は知りたかった。
超常に対して自分は何ができるのか、自分の力はどこまで通用するのか。
そして、その機会は来た。
殺し合いという異常の中で、その機会が目の前にあるのだ。
「やってやるよ……やってやろうじゃねぇかッ!」
範馬刃牙は地面を蹴る。
丸太の如く両の脚が刃牙の身体を前へと進める。
夜空を行く存在は、既に影も形もない。
それでも彼は追いかける事に寸分の躊躇いも持たなかった。
一歩、一歩と加速していく身体。
緊張の入り混じった笑みを浮かべながら、地上最強の少年が走り出す。
最終更新:2016年02月15日 16:04