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 薄暗闇の中、一人の男が立ち尽くしていた。
 中肉中背、どちらかといえば整った顔立ちに細縁の眼鏡。
 数々の少女達を日本でも知らぬ者のいないトップアイドルに育て上げたプロデューサー。
 それが、彼であった。

「くそっ、何がどうなってるんだ……!」

 彼は焦燥していた。
 突然に始まった謎の出来事。
 顔も知らぬ何十もの人々で殺し合えと言われた。
 生き延びるのは、最後まで生き残った三人だけだと言われた。
 狂っている……そうとしか思えない現実が、そこにあった。

「っ、駄目だ。俺がしっかりしなくちゃ……!」

 頬を叩き、活を入れる。
 自分と共にこの場にいるアイドル達。
 天海春香、如月千早、双海真美、双海亜美。
 自分の大切なアイドル達だ。
 こんな事で傷付けさせる訳にはいかない。
 自分が動かなくては。
 大人である自分が彼女達を支えてあげなければいけない。
 デイバックに入っていた拳銃を手に握る。
 人を殺す道具を持っているという重みに、腕が震えた。

「俺が、俺が、皆を守らなくちゃいけないんだ……!」

 言い聞かせるように男は呟く。
 苦渋の表情で、それでも自らを鼓舞して拳銃を両手に持つ。
 アイドル達を救うため、市街地の中を行き先も決めずに走り出した。








 プロデューサーが歩く場所からほんの少し離れたビルの3階。
 そこに次元大介は音もなく潜んでいた。
 視線の先に、プロデューサーを捉え、何も言わずに見詰めている。
 不意に次元は煙草に火を灯した。
 周囲は暗く、赤く灯る煙草はそれだけで目立つ。
 殺し合いの中、誰が見ているかも分からない状況では、余りに大胆な挙動と言えた。
 紫煙で肺を満たしながら、だがそれでも次元の表情は固まったままだ。
 鋭く、冷たい視線で、プロデューサーの背中を見詰める。
 徐々に小さくなっていく背中。
 遂にはその姿が闇に消えようかという瞬間、次元大介は不意に動いた。
 眼にも止まらぬ速度で彼のオンナであるS&W M19―――通称『コンバット・マグナム』を抜く。
 銃口は、プロデューサーの背中にぴたりと向けられていた。
 引き金を引けば、プロデューサーは死ぬだろう。
 何を成す事も、何を守る事もできずに、死ぬ。
 今、彼の命は次元が握っていると言えた。
 マグナムの矛先が静止したまま、一秒、二秒と時間が流れていく。
 次元はそれ以上動かなかった。
 引き金を引くこともせず、されども銃を降ろす事もなく。
 時間だけが流れていく。
 プロデューサーの姿が闇へ消えるのにそう時間は掛からなかった。
 弾丸は放たれることなく、マグナムは沈黙を守り抜いた。


「く、くく……」


 マグナムを構えたまま、次元は肩を震わせる。
 いや、肩だけではおさまらず、全身が揺れる。


「くははっ、くーーーーはっはっは!! ははは、ひぃーーーっ! おあっはっはっは!!」


 次元は、笑っていた。
 帽子に手をあて、おかしくて堪らないという風に口を大きく開ける。
 笑い声が、響き渡る。
 ひとしきり笑った後、彼は息をついて拳銃を腰にさした。
 荒れる呼吸を整え、そして、


「―――くそがっ!!」


 マグナムのグリップを窓硝子へと叩き付ける。
 甲高い音と共に硝子が破片となり、月光に照らされながら、地上へと降り注いだ。
 破片で傷付けたのか、その右手から血がしたたり落ちる。
 両の手は痛いくらいに握られていた。強く、強く、彼の感情を表すように。

「何で……何でまたアイツが現れやがる!?」

 彼は知っている。
 マモーという存在が死んだ事を、ルパン三世という存在が殺した事を。
 知っている。知っているからこそ、恐怖する。
 マモー。
 およそ常人の範疇を越えた現象を引き起こし続けた、異常人物。
 あらゆる修羅場を潜りぬけてきた次元大介という男を、心胆から寒からしめた存在。
 次元大介は覚えている。
 マモーとの戦いの中、相棒に付いていくことができなかった己。
 相棒に嫌気がさしたからではない、相手に興味がなかったからでもない。
 ただ怖く、恐ろしく、だから付いていけなかった。
 死中に向かう相棒の背中を、ただ見守る事しかできなかった。
 結果として、ルパンは勝利した。
 あの怪物を殺し、帰ってきた。
 その筈なのに、奴は生きていた。
 まるで変らぬ様子で、あの場に立っていた。
 一度死に、そして蘇る。
 それはまるで、まるで――――神の、所業。

「……くそっ」

 乱暴に煙草に火をつけ、口にくわえる。
 これほどまでに味を感じない煙草は初めてだった。
 次元大介は迷走していた。
 初めて感じる心底からの恐怖に苛立ちを覚え、先の見えぬ殺し合いの場を進んでいく。
 自分がどうしていのか、どうするべきなのかも理解できずに、孤高のガンマンが闇を歩く。
 ただひたすらに、バーボンが飲みたくて堪らなかった。