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 梶隆臣は、南端の海岸線に一人立っていた。
 打ち寄せる波の音と、空から降り注ぐ月光。
 状況が状況でなければロマンチックともいえる光景の中、彼は思考していた。
 一本だけポツンと生えていた木の陰に隠れて、顎に手を当て、脳髄を稼働させる。

(殺し合い……生還できるのは最後の三人……)

 彼は知っている。
 人間は何処までも残酷になれる生き物だと。
 ある男と出会い、様々な賭けを通して、知った。
 だからこそ、今回の場においても考える事を辞めない。
 死に怯え、思考を止めた時こそ、本当の意味で死が近付くのだから。

(貘さん……あの行動は……)

 斑目貘のとった、あの行動。
 貘がこんな殺し合いに乗る筈がない事は、誰よりも梶が知っている。
 斑目貘は悪人、善人の極端な括りをするとするならば、間違いなく悪人である。
 ギャンブルを通して、数えきれない程の人生を破綻させ、それを喰らい生きてきた。
 相手が死に至ることだって何度もあった。
 それは梶と知り合った後もそうであったし、知り合う前も恐らくそうであったのだろう。
 斑目貘は悪人だ。
 悪人だが、卑劣ではない。
 見知らぬ人々を殺害して生き残ろうなどと考える男ではない。

(貘さんが殺し合いに乗る筈がない……あの挑発行為は、探りを、入れていた……?)

 斑目貘は、およそ常人の及ばぬ観察眼を持っている。
 嘘を喰らい、勝ち続ける者。
 その果てについた異名が『嘘喰い』だ。
 彼は叩き続ける。
 己が言葉を武器に相手の心を叩き、その反応を見る。
 自分は実力者だと周囲に示し、その生の感情を観察したのだろう。
 唐突に参加させられた殺し合い。
 老人が語り始め、終えるまでの間に、斑目貘の思考は其処まで行き着いた。
 参加者たちの情報を得るために、誰よりも迅速に行動をとった。

(ハハ……やっぱ凄いや、貘さんは)

 梶はただ急転する事態に混乱するだけだった。
 やはり違う。
 自分とは思考の速度が、思考の次元が、違う。

(何を今さら……僕は僕で出来ることをするんだ)

 気を取り直し、梶隆臣は考える。
 この殺し合い。
 他者を殺す以外にも生還する手段はないのか。

(賭郎のような調停者がいる訳ではない……身体を拘束されてる訳でも、ない)

 手足は問題なく動く。
 身体には傷一つなく、少なくとも直ぐ傍で誰かが監視をしている訳でもない。
 見知らぬ場に連れられたものの、監禁・軟禁状態にある訳でもなかった。
 逃げようと思えば、逃げ出せる。

(今いる場所は南の海岸線か……ここらへんには何もないようだけど)

 i-Phon●の地図には、様々な施設が記されていた。
 地図の中央に鉄塔が。
 オフィス街には『765プロダクション事務所』、『廃ビル』、『NY市警』。
 住宅街には『東福山市役所』、『音ノ木坂学院』、『本能寺』。
 北の草原地帯には『ヘルシング邸』、『ルパン三世のアジト』、『中央要塔<セントラルピラー>』。
 といった具合に、施設の名称が青色の文字と点で記されている。
 どうにも嘘くさい名前の数々だが、彼の琴線に触れたのはそこではなかった。
 会場の南端。
 彼が今いる海岸線。
 そこには何の施設もないのだ。
 東西北と施設は点在しているのに、南側だけ何もない。
 地図は縦横8×8マスの区画で区切られている。
 縦列はA~H、横列は1~8の計64マス。
 H列の海岸線は、その下半分は殆ど海という事になっている。
 大地の部分は緑色に、海の部分は青色に染められている。

(……施設に参加者を向かわせる事によって、参加者同士を出会い易くするため、とか……?)

 殺し合いというゲームの特性上、参加者同士が遭遇しない事には話は進まない。
 そのため施設の配置を偏らせ、参加者を施設に向かわせることにより、参加者の分布を偏らせる。

(でも、それなら会場自体を狭くすれば良い話だ……)

 確かに考えられない事ではなかったが、それなら会場の大きさを調節すれば良い。
 何故、このような施設配置にしたのか……。

(南側に参加者を集めたくない理由があるのか……?)

 確かにそう考えると辻褄は合う。
 だが、何故そんな事をするのか。
 会場の南。何てことはない海岸線。
 切り立つ崖により、とても下に降りる事はできない。
 周囲を見渡すも草原が続くだけで、何かがあるようには思えなかった。

(……少し探索してみるか。何かあるのかもしれない)

 海岸線は広く、長い。
 虱潰しに探していくには余りに広大。
 だが、自分の考察を捨てきれない梶は、ともかく探索を始めようとした。
 隠れていた木陰から身を出し、歩き始める。



「申し訳ない。そこの方」



 と同時に、声を掛けられた。
 後方。
 気配は感じられなかったが、そこには人が立っていた。


「うわっ!?」


 驚き跳び退る梶の瞳に飛び込んできたのは、そこに立つ男の姿。
 ずっしりとした体躯。身長は梶よりもずっと高く、肩幅は一回りも二回りも大きい。
 梶は男を目に捉えると同時に、動きを止めた。
 プロの格闘家のような体付きに驚いて、ではない。
 その男の顔を見て、
 梶は動きを止めてしまった。
 憤怒に満ち満ちた鋭い三白眼。下顎からは口に納まりきらぬほど巨大な犬歯が覗いている。
 その眼光に特徴的な犬歯も相まって、まるで今にも噛み殺さんと牙を鳴らす猛獣のようであった。

(あ、僕死んだ―――)

 男の視線に射竦められ、梶は己の死を察知した。





「申し訳ない。驚かすつもりはなかったのだが……」
「い、いえいえ、僕が勝手に驚いただけなので……」

 数分の時間が経過した後も、幸運なことに梶の命はまだ現世にあった。
 何てことはなかった。
 男は、別段梶を襲おうとしていた訳でも、梶を噛み殺そうとしていた訳でもない。
 ただ普通に話しかけただけとの事だった。
 男の名はクラウス・V・ラインヘルツ。
 その鋭い眼光も、素なのだと、男は紳士然とした様子で謝罪していた。
 男自身、自分の強面は分かっているらしく、出来るだけ柔和な表情で声をかけたとの事であった。

(それでも怖すぎだよ!)

 と、思いつつも何とか平穏に対応する梶。
 未だ恐怖に顔が引き攣ってはいるが……。


「レオさんとザップさんとスティーブンさんですか……残念ながら、僕も初めて出会ったのがクラウスさんでして」
「むぅ……」
「力になれなくてスミマセン」
「いや、私の方こそ有益な情報を提供できず済まない」


 情報の交換をしたものの、成果はゼロと言えた。
 互いに互いが初めて出会った参加者である。
 他の参加者のことはまるで分からないであった。


「どうだろう。カジが良ければ共に行動したいと思っているのだが」


 梶の目からしてもクラウスが殺し合いに乗っているとは思えなかった。
 願っていもいない提案に肯首する梶。

「すみません。こんな状況ですが、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼む。カジ」

 梶隆臣とクラウス・V・ラインヘルツ。
 二人は握手を交わし、ここに協力を誓いあった。