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 ザップ・レンフロは中央部の鉄塔側で煙草を吹かしていた。
 愛用のジッポをパチパチと開け閉めをしながら、満月を眺める。
 何十人もの人々が集められた殺し合い。
 彼の考える事はただの一点だった。


(はぁぁぁぁぁ、ダッッッリィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!)


 休日前の夜。
 今頃はヤり部屋であの娘やこの娘とあんなことをやったり、あんなものを打ったりして楽しんでいた筈なのだ。
 それがこれ。
 何が楽しくて、こんな殺し合いなんてもの参加させられなければならないのだ。
 というか、ヘルサレズムロッドでは殺し合いなんてものは日常茶飯事、欠伸もの。
 何を今さら仰々しくやらされなければならないのだ。

「あのクソジジィ、次あったら殺す、斬って殺す、焼いて殺す、爆破して殺す、締めて殺す、殴り殺す
 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…………」

 ブツブツと老人に対する怨念を零すザップ。
 その姿は世界の均衡を守るために戦う『ライブラ』の一員とはとても見えない。
 まぁ激務も激務のライブラにおいて、花金を邪魔された代償は大きいのだろう。

「あぁー、ムシャクシャするわー。ここに陰毛王様がいらっしゃればなぁー。いじり殺せるのになあー、はぁー」

 煙草を吐き捨て、チンピラのように肩をいからせながら歩き始める。
 今の彼の思考を占めているものは、殺し合いの打破や参加者の救護などといった正義感あふれるものなどではない。
 この苛立ちをぶつける相手……端的に言えば八つ当たりの相手が欲しい。
 ただ、それだけだった。

「おっ、盛り上がってるねえ」

 獲物を探しながら歩いていくと、森林の向こう側が黄金に輝いているのが見えた。
 夜の闇を切り裂く、凄まじいまでの発光現象。
 不思議で、不可思議で、非日常の光だが、今のザップにそれを気にする思考はない。
 さっそくドンパチしてやがりますので、混ぜてもらおう。
 そんな風に考えながら、喜々として発光現象のもとに近付いていった。







「むぅ、今のは……」


 その時、園田海未は一人の人物と暗闇の中を歩いていた。
 肩ほどまで伸びた黒髪に、紋付き袴の男。
 男は隙のない動作で闇の先へと視線を向けていた。

「な、何だったんでしょうか……? い、石川さん……」

 石川五エ門と名乗った男。
 男は恐怖の中で我を忘れる海未に、不器用に、だが優しく声を掛けてきた。
 最初は軽いパニック状態になった海未であったが、五エ門は刀を置き、落ち着くように説得をしてくれた。
 それでも何分もの時間が掛かり、今だって完全に警戒は解けていない。
 五エ門からは数メートルの距離をとり、怯えたように話しかけている。

「分からん……が、何かあったのは間違いないだろう」

 海未の視線の先、五エ門は厳しい顔で森林の奥先を睨む。
 いつでも抜刀できるように、手中の刀に手が置かれている。
 海未は、石川五エ門という名に聞き覚えがあった。
 歴史上の盗賊としてでなく、ごく最近何度か耳にすることがあった気がする。
 あまり記憶にないという事は、そこまで大々的に取り扱われた訳ではないと思うが。

「……行くか?」

 五エ門が問い掛ける。
 謎の光の先。
 誰かが何かをしたのは間違いない。
 もしかしたら、誰かが殺し合った結果の現象なのかもしれない。
 今、世界は異常で染まっている。
 ヘルサレズムロッド、ロストグラウンド……海未であっても、その話は聞いた事がある。
 それどころかロストグラウンドには実際に行って、ライブをした事もある。
 ヘルサレズムロッドやロストグラウンドで広まっているとされう異常なる力。
 あれだけの光を引き起こすのも可能なのかもしれない。
 海未とて園田流の跡取りとして古武術や剣道を学び、学園の部活では弓道にも勤しんでいる。
 腕に覚えはあるが、あれほどの現象を引き起こす者と戦えるとは思えない。
 怖い。
 近付けば、その力の主と出会ってしまうかもしれない。
 でも、それでも、


「い、行きます」


 引く事は、できない。
 この場にいる二人の親友。
 彼女達がいる可能性が僅かにでもあるなら、園田海未に逃げるという選択肢はなかった。
 石川五エ門は、強固なる海未の意志に首を縦に振るだけだった。
 導くするように、守るように、海未の前を歩き、進んでいく。



 歩いて十分ほどが経過したその時、彼女達はその場に辿り着いていた。
 大きく抉れた大地。
 木々は根元から薙ぎ倒され、へし折れている。

「こ、こんな……」

 海未はその場にぺたんと座り込んでしまう。
 まるで自然災害のような光景だった。
 こんな現象を引き起こす力や道具が、この殺し合いの場にあるというのか。
 諦めが、脳裏に過ぎる。
 どれだけ頑張ったところで、こんな力から生き延びる事なんかできやしない。
 思わず、そう考えてしまう。

「……犠牲となった人物はいないようだ」

 五エ門は破壊の痕を一回りし、そう言った。
 怯むこともしない。
 強く、冷静な行動であった。

「……どうする?」

 再びの問い掛け。
 返事をする事は、できない。
 恐怖と諦念に、思考は止まり、身体は動かなかった。

「園田よ。俺を見ろ」

 身を掲げ、その肩に手を置き、五エ門は真っ直ぐに海未と目を合わせた。

「お主が武に身を置く理由は、何だ?」

 淡々と呟かれた言葉に、海未はビクリと肩を震わせた。
 武術を学んでいる事は話していない。

「立ち居振る舞いを見れば分かる。日常の中にまでその所作が滲み出るほどだ。
 良い師を持ち、相応に鍛錬をせねばそうはならない」

 石川五エ門は、その慧眼でもって察知していた。
 園田海未が武術を嗜んでいること。
 相当な鍛錬を日々積んでいるであろうこと。 
 気付き、だからこそ海未と行動を共にしようと思ったのだ。


「わ、私は……園田流の跡取りで……」


 園田流の跡取りとして、その名を継ぐために、武と舞を学ぶ。
 答えは間違いではない。
 彼女が日々武術を学ぶ理由はそこにあった。


「それだけでは、あるまい」


 強く、鋭い瞳が海未を貫いた。
 海未は再び、肩を震わせた。


「使命感だけで、これ程の振る舞いは手に入れる事はできぬ。
 それ以外にも、何かがある筈だ」


 跡取りだから、跡取りとして、日々鍛錬を積む。
 嘘はない、心根からの回答。
 だが、それ以外にも理由があると五エ門は言った。
 それは、多分海未自身ですら自覚していなかった領域。
 武を極めんと人生の全てをそこに賭ける求道者だからこそ、見抜いた答えであった。


「私は……私は―――」


 この命懸けの状況、石川五エ門からの言葉。
 それらを切っ掛けとして、海未は己の根幹に行き着いた。
 答えは、一つ。


「―――皆を、二人を、守りたい……!」


 そう、その為の、力。
 『μ’s』の皆を、二人の親友を守るための、力。
 それが原初だったのだ。
 多分、幼いながらの決意だったのだろう。
 武を習い始めた時の、まだ小さな小さな頃の想いだったのだろう。
 二人に並びたいと、二人を守りたいと、そう思って。
 何時の間にか心の奥底に埋もれていた想いだったが、多分それは無意識の内にも輝いていて。
 園田海未は、女子高生の身でありながら、石川五エ門の目に止まるほどの武を身につけた。


「私、守りたいんです! 二人を、穂乃果とことりを!」


 自覚は、少女に力を与える。
 瞳に灯りが、身体に力が漲った。


「それだ―――その想いを、忘れるな」


 そういう五エ門は、優しげに微笑んでいた。
 彼からすれば珍しい表情。
 二人は立ち上がり、絶望に負けぬ心でもって歩き出す。


「あっ」
「むっ」
「おっ」


 その時であった。
 彼等が出会ったのは、出会ってしまったのは。


「……下がっていろ、園田」


 構え、一歩前に出る五エ門。
 油断なく相手を眺め、いつでも抜刀できる体勢をとる。
 対する男はポケットに手を入れた状態のまま、動きを止めていた。
 銀髪に褐色の肌。
 自然体であり、存外に隙はなかった。
 石川五エ門をして、この男はやると思わせた。


「ぶっ」


 音が、漏れた。
 真剣な表情のまま男の頬が何故だか膨れている。



「ぶーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」



 直後、噴き出す。
 堪え切れず、耐えきれず、男は唾や何やらが混ざったものを噴き出した。



「ぶぁっひゃっひゃ!! 今時、袴に日本刀て!! セップクハラキリブシドーってか!! 無駄にストレート、やべえ、つぼった!!」


 ぐひゃぐひゃと腹を抱えて下品に笑い転げる男。
 海未の視界の中、五エ門の背中は震えていた。
 これヤバイやつなんじゃ、と海未が焦り始めた時には、もう遅かった。



「キェェェェエエエエエエエ!!!」
「あぁ、やんのか、ゴラァ!!!」



 怒声と共に斬りかかる五エ門と、当然のようにそれに呼応する男。
 五右衛門は鞘から刀を抜き、男もまた何処かに隠し持っていたのか赤色の日本刀を抜刀した。
 ぶつかり合う刃と刃。

「ちょ、ちょっと五エ門さん!?」

 海未の静止の声も届かず、男たちの喧嘩が始まった。