「これ、すごいな……」
『全くだ。建物全てを模倣するとはな』


 泉新一は『東福山市役所』の中で息を飲んでいた。
 『東福山市役所』を一通り見て回ったが、その外装から内装まで実物と全く遜色がなかったのだ。
 違うの建物がある場所だけ。それ以外は本物と言っても過言ではない。

『どれだけの労力と資金が掛かるか……それだけの権力と富を有しているという事になるのだろうが』
「うへぇ……そんな奴に対抗しなくちゃいけないのかよ」

 市役所一つを丸々真似して建築する、など正気の沙汰ではない。
 他にも施設はあるが、それも全部同様に模倣されたものなのか。
 だとすれば、どれ程の力を有しているのか。
 腕っぷしのような単純な力ではなく、社会的な意味での力。
 あの老人は、その究極系なのかもしれない。

『対抗する必要はないさ。他の参加者を殺してしまえば―――』
「だから、それは却下だって」
『むぅ……』


 敵は確かに遥か強大。
 この殺し合いといい、ただただ圧倒されるだけだ。
 だが、だからといって殺し合いに乗る選択はない。
 それだけは、人間として選択してはいけないのだと、新一は信じている。

「一通り見て回ったけど、人の気配はないな。誰もいないみたいだ。脱出につながりそうなものも何もないし……。別の施設に行くか、ミギー?」

 新一は、その人並み外れた五感でもって断言した。
 これだけ静寂に支配された室内で、人を見逃すことはない。

『そうだな。色々と物色もできたし、もう良いだろう』
「? 物色って?」
『ほら』

 と、ミギーは口の形状をしたそこから様々なものを吐きだしてきた。
 ボールペン、メモ帳、ライター、包丁……雑多な物品がでてくる。

「ミ、ミギー、お前また盗みを~……!」
『非常事態だ。少しでも君の生存確率があがるなら、何でもする』

 勝手に伸びて色々やっているとは思っていたが、まさかまた盗みを働いていたとは……。


『それに私が完全に寝てしまった場合、君一人の力で何とかしてもらわねばならないのだ。
 君の力ならこの小道具一つで十分に戦えるだろう』
「うう、悔しいけど頼もしいと思ってしまった……」

 そこまで言われればぐうの音も出なかった。
 まぁ、無人の様だし建物もレプリカ。この緊急事態であれば致し方なしだろう。
 気を取り直して、新一は道具をデイバックに仕舞い、前を向く。

『次はどうする?』
「うーん、ここから一番近い『本能寺』に行ってみるか。どこかしらの施設やその周りの方が人もいるだろうし」
『そうだな。警戒は怠るなよ。人間を察知する能力は君の方が遥かに長けているのだから』
「わぁーってるよ。全く世話焼きなんだから」


 右手に気を使われながら、泉新一は『本能寺』があるであろう方角へ足を向けた。
 そんな時だった。


 ―――ピーンポーンパーンポーン♪



 ポケットの中のi-Phon●から、住宅街に設置されたスピーカーから、電子音が鳴り響き始めたのは。


『久し振りだね、諸君。私だ、マモーだ。……ああ、そう言えば名乗るのはお初かな?』


 そして、あの老人がモニターの中に現れた。








「な、何だよ、これ……!」

 その少し後、泉新一は●Phoneをもったまま固まっていた。
 突然始まった放送。
 あの老人……マモーが見せたデモンストレーションは驚異的なものだった。
 天空から走る赤い閃光。森林は焼け、地面が穿たれる。
 理解を越えた光景が、モニターから流れていた。

『凄まじいな。うっかり会場から出ないよう、注意しなくてはな』
「なんでそんな冷静なんだよぉ~! あんなんあったら脱出が~!!」

 謎の光。
 あんな力があるのならば、会場からの脱出は到底不可能だ。
 新一は頭を抱えて空を見上げる。

『可能性はゼロじゃない。あれがマモーとやらの能力であろうと科学兵器であろうと、何かしらの付け入る隙はあるだろう』
「おまえって結構ポジティブだよな……」
『そうでもないさ。可能性の話をしているだけだ。この世に完璧なものなど存在しない』
「……さいですか」

 何処までも冷静なミギーの言葉を聞いていると、確かに何とかなりそうな気がするから不思議であった。
 溜め息一つ。
 新一は歩みを再開する。

「おっ、見えてきたな」

 数分後、彼は二つ目の施設に辿り着いた。
 本能寺。
 実際に行った事はないものの、名前は聞いた事がある。
 かの戦国大名、織田信長が死亡した寺だ。
 門を潜ると、瓦屋根の木造建築物が見えてきた。
 本堂へと続く階段の前に賽銭箱。
 ぱっと見た感じでは、そこらへんにある寺院と大きく違った様子はない。
 新一は慎重に周囲を探りながら、進んでいく。

「あ……」
『どうした、新一』
「誰か、いる……」

 そして、彼の五感は人の気配を察知した。
 息遣い、衣擦れの音。
 それらが静寂を切り裂いて、彼の鼓膜を叩く。

『人数は?』
「一人……こっちには気付いてないと思う」

 更に目を凝らし、闇を透かす。
 賽銭箱後ろの階段部、そこに腰を下ろす人物がいた。
 ミギーが無言で戦闘態勢へと移行。外から見て気付かれないよう、指の部分だけを刃状へ変化させる。

「ミギー……!」
『用心のためだ』
「まず話してみてからだ。危険な奴だったら殺さずに無力化するぞ」
『了解だ』
「こ・ろ・さ・ず・に・な!」
『分かっている』

 状況が状況だ。
 新一も初めて出会う他の参加者に鼓動が早まるのを感じていた。
 敵意を感じさせないよう、両の手をあげて、近付く。
 相手も新一に気付いたようであった。
 顎に手を当て、何かを考える様子であったが、顔を上げた。

「あ、あの、おれ、泉新一って言います。はは、大変なことに巻き込まれちゃいましたね……。そ、その、おれ殺し合いには乗ってません。なので……」
(『ばか……もっと自然に話せ』)

 ミギーの小言が耳に届くが無視。
 とにかく警戒されたら面倒な事になってしまう。
 穏便に、穏便に。
 言葉を選んで話しかける。
 座していたのは、初老の男であった。
 男は何も語らない。
 ただじろりと新一を一瞥するだけで、何も話そうとはしなかった。

(な、なんか不思議な恰好してるな、この人……)

 近付くと、男の異様ないでたちが見てとれた。
 胸部に牛の頭蓋を思わせる薄気味悪い装飾が施された甲冑。
 さらに歴史ドラマの登場人物のようなちょんまげ。顎や鼻下は髭に覆われている。
 その服装から顔へ、新一の視線が下から上に動いていく。
 そして、見た。
 その双眸。
 真っ直ぐに新一を射竦める両の瞳は、それまで見てきたどんなものとも違っていた。
 パラサイトと人間を見分けられるという男のそれとも、自分を殺害の対象としてとらえていた後藤のそれとも違う。

(『新一……どうした、新一!?』)

 服の中を通って耳元で囁くミギーの声も届かない。
 ただ震えが、止まらなかった。
 何かを見定めるかのような男の瞳。
 その視線に、呼吸の仕方すら忘れてしまったように息が荒くなる。


「童、話せ」


 何が、とは言わなかった。
 ただ男の一言に泉新一は、震える声で話し始める。
 気付けば殺し合いの場に連れてこられていた事、マモーについては何も知らないという事、後藤と言う危険な存在がいるという事。
 それらを一息に話してしまう。
 話し終え、再び場が静まり返る。
 男は新一の言葉を吟味しているようであった。


「京は、安土はどうなっておる」


 唐突な問いに、新一は口を止めた。
 予想外の問い掛けに答えを持ち合わせていなかった。
 数度口を動かしただけで、彼はそれきり動きを止めてしまった。
 まるで蛇に睨まれた蛙のようであった。



「下がれ」



 その様子に、男はそれだけを言った。
 言葉に新一は何も言わずに、男へ背中を向けた。
 それきり全速力で走り出す。
 男の姿が見えなくなっても、全力で、全力で。


『新一! どうしたというのだ、新一!』


 ミギーの声が届いたのか、数百メートルは走った所でようやく新一は足を止めた。
 壁に手を付き、己を落ち着けるように、深く深く息をすった。

「信長だ……」
『なに?』
「織田信長だよ、ありゃあ!!」

 興奮冷めやらぬ様子で、叫ぶ。
 彼からすれば珍しいくらいに取り乱していた。

『馬鹿な。信長は数百年も前に死んでいる』
「知ってるよ! でも、そう思わされたんだ。あの恰好、あの目! あの時の殺人鬼が子猫に思えるくらいの目だ!!!
 理屈や道理なんてか関係ねえ!! そんなの飛び越えたところで、分かっちまったんだよ!! あれは織田信長だって!!!

 身体がまだ震えている。
 まるで見てはいけない深淵を覗きこんでしまったかのようだった。
 必死に呼吸を整えようとするが、中々に上手くいかない。

(『あの新一がここまで動揺するとは……まさかな』)

 胸を押さえながらあえぐ新一に、ミギーですらもしやという思考が過ぎる。
 確かにミギーからしても異質な雰囲気を纏って見えた。
 その風貌もさることながら、彼の知る日本人とはまるで掛け離れた威圧感。
 まるで後藤を前にしている時のようですらあった。

(『興味深い、が……』)

 好奇心は抑えられないが、今の新一にあの男の所まで戻れとはとてもじゃないが言えなかった。
 異質との邂逅に二人はそれぞれの驚嘆を覚えながら、時を過ごす。







 織田信長は思考する。
 本能寺での明智日向守光秀により謀反。
 焼け落ちる本能寺の中から、気付けば連れられていたこの場。
 周囲に火の気はなく、兵の姿も見えない。
 先程の童から聞いた情報は、殆ど役に立たなかった。
 何故自分がこの場にいるのかという疑問の答えは出ず、京や安土の情勢も不明。
 唯一興味を引いたのは、中で聞いた後藤という物の怪の話くらいである。

「是非もなし」

 信長はそれだけを呟き、立ち上がった。
 西洋のそれのような大剣がひと振り掲げ、彼は歩き出す。
 謀反を起こされ、死の際に立たされ、兵も側近もなくした現状。
 だが、魔王と呼ばれた男の眼光は些かの陰りもなく。
 男は、殺し合いの場を進んでいく。

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最終更新:2016年02月28日 21:06