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「何も、ないですね……」
「うむ」

 梶隆臣とクラウス・V・ラインヘルツは暗がりの海岸線を二人で歩いていた。
 考察に従って海岸線を歩いていた梶だが、成果は芳しくない。
 何も、ない。
 向かって右側には延々と草原が、左側には切り立つ崖があるだけ。
 木々の一本とて生えてはいない。精々梶が最初にいた地点でみたくらいである。
 寄せては打つ波の音が何ともいえぬわびしさを感じさせる。

「すみません、貴重な時間を無駄にしてしまって」
「気にすることはない」

 肩を落として溜め息をつく梶。
 クラウスの優しい言葉が余計に申し訳なさを駆り立てる。
 その表情にわずかの焦燥が見えるだけに猶更だ。
 おそらく、クラウスは今すぐにでも人々を助けるために動きたいのだろう。
 人はおそらく施設の方角、もしくは中央部に集まる筈だ。
 だが、梶を置いてそちらに向かう事もできない。
 迷いながらも、梶に付いてきてくれているのだ。

「本当にすみません……」

 申し訳なさが声となる。
 クラウスは困ったように気にするなと言ってくれるが、それで心が晴れる事はない。

(でも、この施設の配置だ……何かが、何かがある筈なんだ……)

 そもそも探索の場所が広すぎる。
 彼が目を付けた海岸線とは、1キロ四方の地点が横一列……およそ8キロ×1キロの広大な土地だ。
 適当にあたりをつけて探索したところで何が見つかる訳ではない。
 地図を見詰めるも、答えは出ない。

(くそっ……駄目だ、落ち着け……殺し合いの場だろうと、いやだからこそ、冷静に考えなくちゃ……)

 落ち着けと念じて落ち着ける人間は、そうはいない。
 刻々と過ぎていく時間、成果のでない現状。
 梶は焦燥を募らせながら、それでも思考を回そうとする。
 そもそもの情報が不足している。
 地図ひとつだけの情報で答えを導きだそうという梶の思考が、ずれているのだ。
 焦りが彼の思考を邪魔していた。




 ―――ピーンポーンパーンポーン♪




 そして、焦燥の中で彼は聞いた。
 彼のパートナーたる男が原因である放送を、聞いた。








 空の端で細い細い赤色の線が見える。
 それは数秒の斉射の後、霞のように消えていった。
 驚愕に目を見開きながら、梶は固まっていた。

(あれは……なに……? 兵器……それとも何かの力? アルター能力? 異界の力?
 あはは……じょ、冗談でしょう、あんなのあったら逃げ出せる訳が……)

 空から奔る極光。
 まるで御伽噺のような、神話の世界のような、それ。
 脱出、という目標がすさまじい勢いで暗闇の中に消えていく気がした。
 何かの崩れ落ちる音が聞こえた。
 膝が折れ、立ち上がることができない。
 異常につぐ異常。
 幾度の修羅場を潜り抜いてきた梶であっても、心がきしみをあげていた。


「いやあ、すごいですねえ。あのマモーという男はそれなりの力を有しているようだ」


 その最中、男は現れた。
 闇の奥から、ヌルリと。
 紫のサングラスを装着した男が近付いてくる。


「ホーリーアイのような衛星兵器なのか、アルター能力なのか……はたまたまるで別の何かでしょうか!」


 男は高揚を隠そうともせずに、梶とクラウスに語り掛けてくる。
 梶は答えを返すことができない。
 先の絶望的な光景に、まだ己を取り戻すことができないでいた。


「ふーむ、そちらのあなたはどうやら違うようだ」


 その空白は、殺し合いの場に於いては致命的だった。
 男の周囲の地面が削れ、虹色の発光が始まる。
 出現したのは黒白一対の螺旋状の何か、
 それが男の両腕のあった位置に鎮座する。


「力のないものは必要ありません。では、さようなら」


 螺旋の切っ先から紫電が走った。
 雷撃は一瞬の内に梶へと到達する。
 梶は指一本、まばたきの一つとすることはできなかった。
 バチリと、鋭い音がなる。
 梶の身体は一瞬の内に紫電に焼き尽くされ、その命が儚く消える―――、




「ほお……」



 事は、なかった。
 何時の間にあったのか。
 赤色の巨大な十字架が、梶の眼前に突き刺さっていた。
 それが梶の代わりとして電撃を受け、命を救っていた。
 サングラスの男の表情が笑みに染まり、双眸が動く。
 十字架を発現させた者へと、クラウス・V・ラインヘルツへと、視線がいく。



「―――前を向くのだ、カジ。諦めるにはまだ早過ぎる」


 梶の肩に手を置き、サングラスの男を睨み付け、クラウスは語る。


「殺し合い、成果の得られぬ数時間、参加者を狙う謎の砲撃……膝を屈するに十二分な状況かもしれない。
 だが、折れれば、真の意味で魂が敗北してしまえば、この殺し合いは本当の意味で絶望を振り撒き始めるだろう」


 前を見詰め、身体に十全の気合いを迸らせ、言う。
 淡々と、己が魂を言葉に込める。
 熱い何かが心中に注がれるように、梶は感じた。


「目を凝らし、思考を続けるのだ、道は必ずある」


 前へと、歩み出る。
 右腕を盾の如く前へ掲げ、左腕を大槍の如く後ろへ掲げ、敵と相対する。


「ブレングリード流血闘術、推して参る」


 その背中は、どこまでもどこまでも大きく。
 分厚く、強固な、力無きものを守りぬく城壁のようであった。
 クラウス・V・ラインヘルツが、男―――無常矜持と、相対する。
 言葉と同時に、クラウスが躍り出た。


「あっはっは、いいですねえ、震えますねえ!」


 同時に放たれる電撃。
 クラウスは―――構わず突進した。
 両の手から出現した十字架が、電撃とクラウスの間に刺さり、的確に防御していく。
 雷撃の雨を抜け、距離を詰める。
 間合いは一瞬で近接距離(クロスレンジ)に。
 踏み込むと同時に、クラウスは拳を振るった。
 必殺の左拳。
 常人の知覚外の速度で振るわれたそれは、


「遅いですねえ」


 男を掠めることも、その不敵な笑みを崩す事すらも、出来なかった。
 僅かに顔を横に動かし、拳を避けたのだ。
 クラウスが三白眼を見開く。
 刹那の硬直。
 だが、瞬きの後にクラウスは再びの拳を振るう。
 今度は一度ではない。
 両の手を使い、何度も何度も何度も……。
 一で駄目なら十を、十で駄目なら百を振るえば良い。
 愚直な、だからこそ強力な連撃であったが―――無常には通用しない。

「本当に遅い」

 全てを、紙一重で見切る。
 まるで微風の中に立つかのように、優雅に、無駄の欠片もなく避けた。
 驟雨の如く連打すら避けられ、クラウスに隙が出来た。
 体勢が僅かに崩れる。


「ホワイトトリック」


 そこに、電撃が飛んだ。
 閃光と共に、クラウスの身体がびくりと硬直した。
 身体から湯気があがり、その巨体が傾ぐ。


「ブラァァァックジョーカー!」


 次いでの電撃。
 クラウスの身体が衝撃に後方へと弾け飛ぶ。
 地面を数回バウンドし、クラウスが地に転がる。

「終わりですか? 無様ですね、情けないですねえ!」

 爛々と輝く瞳がクラウスを見下ろす。
 男は息を上げることすらない。
 全霊のクラウスの拳を避けきり、その場に絶対者として君臨する。


「さあて、次は―――」


 と、殺意の矛先が、その戦いに見とれていた梶へと向かった瞬間であった。
 クラウスが、跳ね起きる。
 地を蹴り、宙空に身を置き、無常へ迫る。

「しつこいですね」

 そのしぶとさに、僅かに表情を曇らせながら無常は再度両手から電撃を放つ。
 ダメージにより鈍る反応、鈍る身体。
 だが、瞳は死んでいない。闘志は些かも鈍っていない。
 両手から現界した光の壁が、電撃を防いだ。
 窮迫しながら、クラウスは左手を振るった。
 繰り出されたのは三本の十字架。
 血液が凝固してできたそれが、剛槍の勢いで無常へ飛来する。

「いい加減、学習したらどうです?」

 だが、如何な剛槍であろうと当たらなければ意味はなく。
 それらは無常の周囲の地面を砕くに終わる。
 当然、その肌を掠めることすら不可能であった。
 再度の攻撃も、結果は変わらず。
 無常矜持は、無傷でそこに立つ。
 対するクラウスは二度の電撃で全身にダメージを負っていた。
 ほんの数分の戦闘で、二人の姿には歴然とした差が生まれている。


「なっ……!?」


 しかし、その時であった。
 それまで常に無常の表情を覆っていた余裕という名の笑みが大きく崩れたのは。


「―――ブレングリード流血闘術39式・血楔防壁陣(ケイルバリケイド)」


 無常矜持の後左右。その全てが赤の十字架で遮られていた。
 さきの三撃の意味は攻撃だけではなかったのだ。
 攻撃かつ布石。
 無常の回避空間を殺す、二重の罠。


(逃げ道が、ない―――)


 唯一のスペースである前には、巨大な犬歯を生やした巨躯がある。
 ぼろぼろな身体で、だが拳を強く握り締める男が。
 無常の顔に感情が灯る。恐怖といわれる感情が。


「や、止め……!!」


 そして拳が振るわれた。
 凄まじい速度、勢いで。
 引きつり、たじろぎ、懇願する無常であったが、言葉は届かない。
 固く大きな拳が、その拳から出現した巨大な鮮血の十字架が、その腹部へと迫る。


「ブレングリード流血闘術111式―――十字型殲滅槍(クロイツヴェルニクトランツェ)!!!」



 両手のドリルを交差させ防ぐが、その両腕ごと十字型の殲滅槍が叩く。
 衝撃が、両腕を、胴体を、貫いた。


「ごっはああああああああああ!!!」


 防御に徹するが勢いは微塵と揺らがず、後ろの十字架ごと後方へ吹っ飛ぶ無常。
 身体が悠々と宙を舞い、ついには崖を飛び越えて眼下の海原へ。
 朝焼けに照らされながら、無常は水没していった。






「ク、クラウスさん……!」

 無常が視界から消えたことを確認すると同時に、クラウスはその場に倒れこんだ。
 意識を失ったのだ。ダメージは決して少なくないようであった。
 クラウスのもとへ駆け寄った梶は、その状態を観察する。
 呼吸はしていて、脈も触れている。
 意識は失ったが、命に関わるほどではないはずだ。

「クラウスさん……」

 膝を折りかけた自分を叱咤し、強大な敵に臆することなく立ち向かった男。
 すごい人だ、と梶は素直にそう感じていた。
 斑目に感じるものとはまた別種の尊敬の念。
 梶は感情に従って行動をする。
 自分より頭三つは大きいクラウスを背負い、運ぼうとする。
 重かった。その巨躯に伴いとてつもなく、重い。
 だが、梶は精一杯の速度で進んでいく。
 この男を死なせたくないという、強い想いでもって、進んでいく。






「ぶはぁっ……!! はあっ、はぁっ……!」


 無常矜持は、気づけばそこにいた。
 身体中を包むダメージに意識が飛びそうになりながらも、何とか這い上がる。
 崖の間にあった洞窟。
 そこに運よく流れ込むことに成功したのだ。

「あの男……殺す! 殺してやる!!」

 凄まじい一撃であった。
 両手にホワイトトリックとブラックジョーカーを出現させていなければ、両腕ごと身体は粉砕されていただろう。
 いや、出現させて尚、左腕は使い物にならない。
 力を込めるために激痛が走る。完全に折れているだろう。
 胴体にも断続的な痛みがある。肋骨のどれかも折れているかもしれない。

「くそっ、この借りは高くつきますよ……!」

 痛みに喘ぐ身体で、だがどす黒い殺意と執念でもって無常は動く。
 今の状態で崖を登ることは困難。したがって洞窟の先へ。
 懐中電灯を使用しながら進んでいく。

「ここは一体……」

 暗く、湿気に包まれた洞窟。
 海水で濡れてしまった際もあるのか、気温は外よりも遥かに低く感じる。
 慎重に足元を照らしながら歩いていくと、わずかに開けた空間にでた。

「これは、棺……?」

 そして、無常はそれを発見した。
 漆黒の棺。
 まるで突拍子もなく、突然の様子に、それはあった。

「……下らん……」

 薄汚れたそれを、無常は興味なさげに一瞥し、先に進んでいく。
 何故こんな場所に棺などがあるのか、気にはなるが今の無常にそんなことを考えている暇はなかった。
 クラウスへの恨み、そして更なる異能との遭遇。
 それらを目的に洞窟を行く。
 洞窟は徐々に勾配を増していき、右に左にとぐねぐね曲がっていく。
 数分も歩くと行き止まりとなり、上方に人工的な扉があった。
 扉を押し上げると、朝焼けの光が無常の両目に刺さる。
 外界へでたのだ。
 扉の傍に一本だけ木が揺れている。
 這い出ると、扉は自動的に閉まっていった。
 ガコンという音と共に閉まる扉。
 ためしにもう一度引っ張ってみるが、内側からしか開かない仕組みなのか、びくりともしなかった。

「ふん……」

 それきり無常は洞窟へ背中を向けた。
 十数分の洞窟探索を終え、男は再び殺し合いの場に舞い戻った。