それは夢現の最中であった。
 銃火でもって世界を鳴らし、剣火でもって世界を照らす。
 交錯する数多の想いが、阿鼻叫喚の怨嗟となって世界を揺らす。
 誰もが戦い、誰もが死に、誰もが生きていた。
 夢半ばで倒れ、夢を成し遂げて倒れ、夢すら忘れて倒れ、夢を捨てて倒れ、夢を想い倒れ、
 倒れた事すら気付ずに倒れ、倒れて尚も立ち上がりまた倒れ、
 誰もが、誰もが、誰もが、
 そこにいた。そこで狂い、もがき、死んでいく。
 死んでいく、死んでいく、死んでいく。
 狂信者も、戦争信奉者も、市民も、人外も、万物一切の区別もなく。
 死んだ、死んでいった。

 そして、私も。
 暁の中、死を、消滅を自覚する。
 ああ、と思う。
 いつもこの光景だ。
 私が死んだ光景は、いつもこれだ。
 幾度も思うのだ。
 日の光とはこんなにも美しいものだったとは、と。


 私は、瞳を閉じる。
 死を自覚し、主に別離の言葉を残し、
 消え、そして―――、



「吸血鬼アーカード」



 何もない。
 暗闇のなかなのか、なんのかも分からない深淵の中に、奴が、いた。


「君に闘争を用意しよう」


 奴は、そう語り掛けた。


「全力で戦い、死力を尽くして戦い、戦い戦い戦い……それでも尚勝利し得ない極上の闘争を用意しよう」


 奴は、言った。
 確かに、そう言った。


「さぁ、目を覚ませ。『枷』は外れた。君はもはやただの暴風でしかない」


 パチンと、指のなる音がした。
 私は、目を覚ます。
 目を覚まし、全てを理解する。
 青白の肌の老人。その足元にいる白色の獣。
 それらを見て、理解する。
 業の深い人間がいたものだと。


「願いは叶ったかね。化け物」
「願いは今から君が叶えてくれるさ。化け物」


 ああ、と私は思う。
 こいつは殺す、と。
 私の全存在を掛けて鏖殺しよう、と。
 心底から思った。


「私から、女達を奪ったのだ。愛しい愛しい女達を。どうなるか分かっているだろうな」
「知らないさ。主はもう変わった。彼女から私へ。狗よ、頭を垂れろ」


 私は這いつくばり、主命を待った。


「見敵必殺だ、アーカード。私に、君に敵対する全てを殺して回れ」


 男は言う。
 魂を弄ばれ、弄ぶ男は、言う。


「―――ルパン三世に、最大の苦しみを与えろ」


 小さな小さな望みを。
 矮小で、愚劣で、下賤な願いを。
 男は、言った。


「了解、我が主よ」


 私は受け入れる。
 つまらん男だと唾を吐き捨てながら、了承をした。
 そして―――、









「どぅぇぇぇええええ、何なの、今の……」

 セラス・ヴィクトリアは鉄塔の頂上に立ちながら、嘆いていた。
 空から奔った一筋の光。
 彼女の第三の瞳は全てを見通す。
 衛星軌道上に浮かぶ兵器。それから放たれた光。
 森林を焼き、地を穿ち、会場を監視している。

「引くわー、こんな殺し合いに衛星兵器って引くわー」

 両手をあげて、首を左右に振りながら、ドン引きするセラス。
 セラスだけならまだしも、他の参加者を守りながら突破できるかと言われれば自信はない。
 力に任せた強行突破は困難であろう。

「うーん、何か方法を考えないとなあ」

 衛星兵器の突破。
 どうすればそれを成せるか、セラスはない頭を必死に回して考える。
 だが、浮かぶのは全て身体能力と頑丈さに物を言わせたごり押し手段のみ。
 完全に吸血鬼脳である。

「あー、ちょっと無理デスネ……あとから考えマショウ」

 オーバーヒート寸前の脳をシャットダウン。
 思考はいったん置いといて、セラスは眼下の景色を見た。
 会場で一番高い位置から会場を見下ろす。
 既に殺し合いが始まり数時間が経過している。
 死者はでてしまっているのか、マスターはやらかしてないだろうか……胃がきりきりするような悪い考えばかりが浮かんでくる。
 特にマスターの事を考えると、胃に直接手を突っ込まれて握り締められるような痛みを覚える。

「マスター、大丈夫かなあ」

 もちろん、その身の心配などではない。
 やらかしてないだろうか、の一点のみだ。
 虚無へ消えていった男。
 マスターのマスターである人物の命なしに暴れまわる人ではないが……。

「でもなー、こういう所で大人しくしてる姿も浮かばないんだよなー」

 むしろ喜々として戦っている姿の方がしっくりと来る。
 溜め息が止まらない。ストレスが思いの外にやばい。


「あああ、マスター!! お願いだから何もやらかさないで下さ―――「相変わらずキャンキャンうるさいな、お前は」――― へ?」


 嘆きを胸に叫んでいた最中であった。
 そこに、それはいた。
 鉄塔の天辺、セラスの直ぐ側に、彼が。


「マ、マママママママママ、マスタァァァアアアアアア!!??」


 いつも通りのにやけた笑みで、吸血鬼・アーカードが立っていた。


「ほ、本物! 本物ですか!? そっくりさんじゃなく!?」
「偽物に見えるか」
「み、見えません! こんな薄気味悪い人そうは……ってそうじゃなくて!! どうして、ここに!!?」
「奴は、もう奴自身を認識している。認識させられている。だから、私もここにいる。
 私はもうどこにでもいてどこにもいない。だから、ここにいる」


 化け物(セラス)視点からしても斜め上の回答。
 だからこそのアーカードとすら思えてしまうが、すごいところであった。
 アーカードが、マスターが、そこにいる。
 溢れんばかりの笑みがセラスの表情を占める。
 そんなセラスを、アーカードは優しげに、愛おしげに見つめていた。
 僅かに違和感が、あった。
 何故マスターがそんな表情をしているのかが、セラスには分からなかった。



「―――セラスよ、私を止めろ」




 そして、吸血鬼が告げた。
 困惑するセラスの前で、困惑する下僕の前で、
 アーカードが、そう告げた。


「マ、マスター……?」


 疑問は、加速する。
 どうしてマスターがそんな事を言うのかが、分からなかった。
 どうしてマスターがそんな瞳で私を見るのかが、分からなかった。
 どうしてマスターがそんな寂しげな瞳をしているのかが、分からなかった。
 どうして、どうして、どうして……。


「私はもはやただの暴風だ。無秩序に破壊をまく、暴力の怪物だ。
 『枷』は外れてしまった、外されてしまった」


 セラスを真っ直ぐに見つめて、語る。
 目を離せない、その語りを聴き続ける事しかできない。


「私はお前達の敵だ。人間の、化け物の、王立国教騎士団の、我が主の、お前の―――」 


 化け物から、化け物への。
 吸血鬼から、吸血姫への。
 主から、下僕への。



「―――敵だ……敵なのだ」



 宣戦布告。
 寂しげな、寂しげな、宣戦布告だった。
 あの闘争を愛する主からのものとは思えない程の。
 悲しい、宣戦布告。



「私を止めてみせよ。セラス・ヴィクトリア。王立国教騎士団(ヘルシング)が最大戦力……セラス・ヴィクトリアよ。
 私を、主の敵を、お前の敵を、全ての敵と化した哀れな怪物を止めろ、止めてみせろ」



 正真正銘の怪物となってしまった男の呟きに答える事もできずに、セラスは呆然と立ち尽くす。
 主の身体が、消える。
 まるで最初からその場にいなかったかのように、霞となって消えていく。



「任せたぞ―――セラス」



 残された言葉に、やはりセラスは何も言えなかった。
 その愛おしげな瞳に、泣きそうな瞳を返すことしかできず。
 吸血鬼は、消えた。
 おそらくは殺し合いの会場のどこかへと。
 まるで親とはぐれた童のように。
 消えてしまった。
 彼は災厄の如く暴を振りまくのであろう。
 それを止めるのは、人間か、怪物か……それとも誰にも止める事ができないのか。
 今はまだ誰にも分からない。
 ただ一人、セラス・ヴィクトリアだけがその場にポツンと残されていた。


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最終更新:2016年03月12日 01:32