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 答えの出ない問いを続けている。



 ずっと……ずっと。







「それでですね、穂乃果ちゃんたら面白いんですよ~」
「ははは、楽しい人だね、ホノカという子は」

 暗闇の住宅街を歩く二人がいた。
 南ことりとスティーブン・A・スターフェイズ。
 片や日本で活躍するスクールアイドルと、片や世界の均衡を守るために戦う秘密結社『ライブラ』の一員。
 本来の日常の中でならば邂逅する筈のない二人であったが、彼等は出会った。
 この殺し合いという異常なる空間の中で、出会ってしまった。
 二人は音ノ木坂学院を後にして、住宅街を探索していた。
 ことりの親友である高坂穂乃果と園田海未を探すためだ。
 空も白み始めた市街地。だが、二人は今だ物音の一つも聞いていなかった。
 唯一、聞いたものといえばマモーが流した放送くらい。
 空から奔る光線に、スティーブンは見覚えがあった。
 『ライブラ』の監視対象となっていた、とある暗殺組織を見張るために設置されていた衛星兵器。
 あの光線ととても良く似ていた。
 ルパン一味が破壊したと聞いていたが、情報自体が嘘だったのか、よく似た兵器を入手したのか。
 分からないが、ともかく衛星兵器が監視している事に違いはない。

(突破は、難しいだろうな)

 少なくとも自分の力だけでは突破は不可能だと、スティーブンは考えていた。
 戦闘機すら撃墜するという衛星からの砲撃。
 彼の同僚たるドグ・ハマーのような超耐久、チェイン・皇のようなステルス能力があれば話は別だろう。
 だが、さしものスティーブンであっても衛星からの砲撃を回避し続ける事は不可能に近い。
 何らかの手段を考えねばならない。

(手段、か……)

 コントロールを奪う、上記の二人のような衛星兵器すら突破できる協力者を得る……確かに手段はなくはない。
 単純な可能性としてはあるだろう。
 しかし、現実主義者としての彼は思考してしまう。
 もう一つの手段。
 生還という目的へと至る最短のルート。
 それが、どうしても頭を過ぎる。
 過ぎって、しまう。

「スティーブンさん?」

 不意に声が掛けられる。
 気付けば隣にいた筈のことりが前へ回り込み、心配するようにスティーブンの顔を覗きこんでいた。

「どうしたんですか? 何だかボーッとしてましたよお」
「あ、ああ、すまない」
「それに……」
「それに?」
「……ううん、何でもありません。ことりだけの秘密です」
「そ、そうか……はは、心配させちゃったみただな。すまない」
「謝らないでくださいよぉ~。こうして一緒に行動してくれるだけで、とーっても心強いんですから!」

 そう言うと、ことりは眩しいくらいの笑みを残して前を向いてしまう。
 強い少女だと、スティーブンは思う。
 こんな事件に巻き込まれて、それでも立ち止まらずに前を向く。
 恐怖が無い訳がない。
 必死に抑え込んで、親友たちのために行動しているのだろう。
 ただの女子高生でしかない彼女が、だ。
 その勇気は、尊重すべきものだ。
 だからこそ、スティーブンも彼女を守りたいと思うし、彼女と親友たちとを再会させてやりたいとも思う。

「あ……」
「どうした、コトリ」

 ふと、前を歩くことりが立ち止った。
 明るみ始めた路地の先、一人の男が走ってくる。
 スーツに身を包んだ男。男は慌てた様子でこちらへ近付いてくる。

「た、た、助けてくれぇ! か、怪物だ! パラサイトがでやがったぁ!!」

 後ろを指さしながら、息もきれぎれで走る男。
 男はことりの前に立つと両手を膝につき、荒れた息を整える。

「だ、大丈夫ですかぁ?」
「だ、だ、大丈夫なもんかよぉ! いきなり、いきなりだったんだ、前を歩いていた男がいきなり―――」

 震えた声でそう言う男は、肩で息をしながら顔をあげた。
 屈めていた上体を起こし、ことりとスティーブンを見る。
 一閃。
 上体を起こす動作と共に、男は何時の間にか取り出したのか隠し持っていたナイフを振るう。
 南ことりは、瞬きすらできなかった。
 必死に助けを求める男が危険な人物だとは思っていなかったし、こうも躊躇いなく人を殺せる人間がいるとも思っていなかった。
 だから、ことりは反応すら出来ない。
 瞬きも反応もできないままに、見た。



「―――ふざけた事をするのは止めた方がいいぞ、小悪党」



 地面から突き出した氷の塊。
 それが男と自身の間に割って入り、殺意の白刃を受けて止めている光景を。
 驚愕に目を見開く男とことり。
 男が動こうとする間もなく、その顔面に蹴りが突き刺さった。








 浦上が覚醒した時、既に事態は終わっていた。
 どこかの民家の寝室。
 両手・両足を椅子へと縛り付けられた状態で、浦上は拘束させられていた。
 身を捩るが、拘束は強く外れる様子はない。

「目が、覚めたようだな」

 声が、掛かる。
 見るとそこに先程の男がいた。
 助けを求めるふりをして殺害せしめようとした二人組の片割れ。
 演技を見破り、訳の分からない現象で殺人を止めた男だ。
 男の瞳は冷淡だった。
 まるでゴミでも見るかのような瞳。
 殺される、と浦上はその冷たい瞳に思った。

「ま、待ってくれ! お、おれは、し、死にたくなかったんだ! だ、だから思わず、あ、あんなことを!」

 弁解の言葉は、まるで届いていなかった。
 その瞳をぴくりとも揺らがせることなく、浦上を見下ろす。

「黙れ。声をあげるな。声をあげれば、今すぐに殺すぞ」

 浦上は口を開けた状態のまま、固まった。
 声を呑み込み、逆再生のように口を閉ざす。

「僕も、こう見えてそれなりに場数は踏んでいてね。お前が異常者かどうかくらいは見分けがつく。
 君が着てるスーツは新品同然。到底着慣れたものではない。サイズもやや大きいし、おそらく会場のどこかで盗んだものなのだろう。
 当初着ていた服は返り血でもついてしまったのか? 着替えるにしてももう少し吟味をするべきだったね」

 男の言う通りであった。
 最初の少女を殺害した後、警戒されてしまうと思い、適当に服を見繕った。
 服一つで歩き回るのは手間だったため、最初に入った家のタンスからスーツを拝借したのだ。


「それに重心が僅かに左に寄っていた。大方左手の袖あたりにでもナイフを隠し持っていたのだろう。
 また何かの脅威から逃げてきたにしては表情に余裕があり過ぎた。君は気付いていなかったかもしれないが、ことりを見た後に、僕に視線を移した。
 本当に恐慌状態にある人間はそんな事しないさ。最初に見た人物に全力で助けを求めるものだからね」

 もはやぐうの音もでない。
 あの一瞬でここまで見破ったのだ。
 相手をするのが悪かったとしか言えなかった。
 浦上は己の不運を呪った。 


「さて、と」


 浦上の対面へと椅子を引き摺り、腰をかける男。
 男と浦上の目線が合わさる。
 浦上はこの窮地を抜け出す方法がないか、必死に思考していた。


「死にたくない、か?」


 男の問いに、浦上は首を大きく縦に振る。
 せっかく自由の身になったのだ。そう簡単には死にたくなかった。


「なら、命は奪わないでおこう。代わりに―――」


 チクリと、痛みが走った。
 首筋に、わずかに。

「楔を、打ち込ませてもらう」

 次いで男は何か白色の針のようなものを取り出した。
 細い細い針。目の前にわざわざ見せられねば、とても気付けるものではない。

「これは僕の技だ。ヘルサレズムロッドでの、と言えば信じて貰えるかな」

 ヘルサレズムロッド。異常が日常と化した狂気の街。
 社会と隔絶にあった浦上であっても、その名は知っている。
 男は壁に向かって、針を投げ捨てた。
 針がくるくると回りながら、壁へと刺さる。
 その、瞬間であった。
 壁が白一面に塗り替わる。いや、違う。
 壁が、凍り付いたのだ。白色の壁から痛いほどの冷気が伝わってくる。 

「この針を、君の体内に打ち込んだ」

 ゾクリと、肌が粟立つのを感じた。
 心臓が鼓動を早める。
 まるで心臓そのものを握られるような不快感があった。

「針は、ある条件によって力を発動するようにしてある。条件とは―――ある人物の殺害」

 男は五本の指を立てて、告げた。
 呼ばれた名は五つ。
 クラウス・V・ラインヘルツ、レオナルド・ウォッチ、ザップ・レンフロ。
 高坂穂乃果、園田海未。 
 一人を告げ、指を一本曲げていく。
 男は名と共にそれら人物の外見や性格、特徴をあげていった。

「ま、君ごときが殺せるとは思えない人物も数人いるがな。一応だ。
 この五人の内の誰かを殺害した時、君の身体は凍り付き、死亡する」

 言い終わるや否や、男は浦上の拘束を外した。
 痺れる手足を揉みながら、浦上は男を見る。


「な、なぁ、条件は本当にそれで良いのかよ」


 下卑た笑みと共に紡がれた問い。
 問いに、男は一瞬だけ動きを止めた。
 ほんの一瞬。だが、浦上はその静止を見逃さなかった。

「はは、なんだよ。おまえも―――」

 と、浦上が言葉を続けようとした瞬間、蹴りが飛んだ。
 返答がわりの一撃は、やはり浦上が反応できるものではなく、その顔面を捉えた。
 再び、浦上は暗闇の中に意識を落した。








 気絶した浦上を置き、寝室をでるスティーブン。
 後ろ手に扉を閉め、スティーブンは扉へと寄りかかる。

「これで、良い……良い、筈だ……」

 顔を抑えて、何かを考え込むように、俯いた。
 その状態のまま、彼は、動こうとしなかった。
 数分の時間が経過しても彼は、そのままの状態でいた。

「スティーブン、さん……?」

 そうしてどれだけの時間が経過した時か、名前を呼ぶものが現れた。
 南ことり。
 端の部屋で待っているように言ってあった筈だが、心配になって見に来たようであった。


「ああ、すまない。少し疲れてね」
「大丈夫……ですか?」
「もちろんさ。それよりもことり、君の方はどうだい? 少し落ち着いたかな」
「はい……もう、平気ですっ!」


 先の邂逅の直後、ことりは相当なショックを受けていた。
 見ず知らずの人物にいきなり殺されかけたのだ、その衝撃は如何ほどののものか。
 既に裏の世界にどっぷりと浸かったスティーブンであっても、それがとても大きなものだとは分かる。
 ことりは平気だと、笑った。
 それは、あまりに痛々しい笑顔だった。
 無理を推してつくった笑顔。スティーブンは痛ましさに思わず目を伏せる。


「約束通り、奴を殺してはいないよ。この部屋で拘束してある」
「そう、ですか……ありがとうございます」
「ただ自由にする事はできない。逃せば、脱出の手段が見つかれば、また戻ってこよう」


 そう言い、スティーブンはことりの背中を押して、外へ出るように促した。
 いくつかの嘘を残して、二人は殺し合いの場に戻っていった。








 浦上は、気付いていた―――スティーブン・A・スターフェイズの真意に。


 スティーブン・A・スターフェイズが浦上へと使用した術。
 『エスメラルダ式血凍道・絶対零度の小針(アグハデルセロアブソルート)』。
 目に見えない程の氷の小針を打ち込み、任意での発動により、対象を凍り付かせる強力な技だ。
 さて、ここにスティーブンはブラフをうった。
 『絶対零度の小針』に発動条件があるというブラフ。
 そう、『絶対零度の小針』は飽くまで任意で発動する術であり、条件による自動発動といった特性はない。
 そんな特性などないが、スティーブンは大胆にも嘘を吐いた。
 浦上が対象の五人の内の誰かを殺害すれば、嘘はすぐに発覚するだろう。
 浦上は死なず、その全身が凍り付くこともないからだ。
 だが、この嘘は到底ばれる筈のないものである。
 命という強大なリスクを背負ってまで、対象の五人を殺害するメリットが、浦上には存在しないからだ。
 その内の誰かに恨みを持つ、どうしても殺害せねばならない理由があるならこのブラフは成り立たなかっただろう。
 しかし、スティーブンは浦上がただの快楽目的の殺人鬼だと見抜いていた。
 ならばこそ、浦上にわざわざ命を懸けて対象の五人を狙うメリットなどない。
 浦上が無差別に人を狙う殺人鬼だと見越しての、ブラフであった。


 ならば、浦上が気付いていたというのは、スティーブンのブラフについてか。
 答えは、否。
 浦上にブラフを暴く観察力もなければ、情報もない。
 条件を満たせば術が発動すると、彼は信じ込んでいる。
 彼が気付いたもの、それはスティーブンが提示した術の発動条件の『本当の意味』であった。
 対象の五人を殺害する事で発動する術。
 それは、言い返せば―――対象の五人以外を殺害しても、術は発動しないという事。
 浦上に対して鋭い読みを展開したスティーブン。
 彼が、その条件の穴に気付かない訳がない。

 つまり、目の前の男は、正義感をきどっている男は、スティーブン・A・スターフェイズは―――――参加者の死を望んでいる。

 それに気づいたからこそ、浦上は笑ったのだ。
 ある少女を救おうと、冷酷な瞳を見せようと、仲間を殺させんとしようと、
 つまるところは、変わりはない。
 自分と、快楽のために人を殺す自分と、快楽を得るという目的のために他者を殺す自分と、
 何ら、変わりはない。
 奴もまた―――人の死を望む者なのだ。

 浦上は、理解した。
 理解し、笑った。
 何も変わってはいない。
 ほんの数人殺すことが出来なくなっただけだ。
 状況は変わらない。
 殺して、犯して、遊ぶことができるのだ。

 眠る殺人鬼。
 覚醒の時は、刻一刻と近付いている。