プロローグ(“ナインオーガ”)

「ねえねえ、『オーガーさん』って知ってる?」
「あのね、すごく追いつめられてどうしようもなくなった人が、それでも手放せない『大事なもの』を持って、夕方とか、深夜とか、人けのない三叉路に一人で行くと、会えるんだって」
「角の生えたお面を被ってて、右手に剣、左手に星とハートを持ってるの。だからオーガーさん。で、その人にだけ聞こえるテレパシー的なコトで質問するの」
「その大事なものをね、『渡しますか?』『拒みますか?』って」
「渡すとね、代わりに右手の星とハートをもらえるの」
「これは平和とか優しい気持ちとかの結晶で、受け取った人は心がぽかぽか前向きになって、少しだけ、運がよくなるんだって」
「でもね、拒んだ人は右手の剣は斬り殺されちゃって、顔も剥がされちゃうんだ」
「どこまで逃げても追って来るんだって」
「こわいねえ」
「こわいねー」




 《一》

 風光明媚。西日本を代表する美港に、フェリーがゆっくりと入港する。長崎県長崎市長崎港。久喜朔隆(さくたか)がここに旅の兄を出迎えたのは、まだ陽が昇ってほどなくの頃、朝の時間帯だった。

「おっ、いたいた! おお~い(サク)!」

 甲板から埠頭を窺っていた老人が、目ざとくこちらを発見し手を振って来た。
 ――やれやれ、相変わらず元気なモンだ。
 朔隆は苦笑した。齢90になっても活力の衰えぬ兄は、停泊から下船に至るまでも、慌ただしく騒々しい。一般的に考えれば、完璧以上に良好な健康状態と云えるだろう。
 無論、それ自体は驚くべきことではない。仔細は後述するが、久喜の人間には歳を経てなお無病息災、健康成就を保てる秘訣があるのだ。当の朔隆自身も、90に迫る年齢ながら背筋はまっすぐに伸び、足腰も非常にしっかりしている。

「よっ、おはよう(ユキ)ちゃん。久しぶり!」
「はっはっはおはよう! 好き船旅だった! ふふ、久方ぶりに久喜、いや九鬼の血が騒いだかな!」

 兄・久喜行隆(ゆきたか)が、ばしばしと弟の肩を叩く。細身の朔隆に比べて肩幅が広く、がっしりした行隆のとるコミュニケーションは、中々に豪放だ。朔隆が顔をしかめるのも、いつものやり取りである。

 さて『九鬼』であるが、これは読者諸兄も御存じだろう。
 かつて戦国の時代、織田信長に仕え、近畿を中心とした西方海域を武力で平定した恐るべき水上の武士たち、“九鬼水軍”。彼らの姓名は異界から呼び寄せた九体の“鬼”と契約して力を得たことに由来し、その鬼との友情を持って日本の西海を制覇した。戦国の史実に詠まれる、あまりに有名な逸話である。
 だがそんな栄華も今は昔。時代の変遷の中で力は失われ、水軍も廃業し、いつしか姓も「久喜」に改まり、今ではそれなりの企業を運営する、「そこそこ歴史のある旧家」程度のものとなっている。朔隆と行隆は、その久喜の男なのだ。

「さて、行ちゃんどうする? 朝市で朝食? それとも」


「キィィッッヒャアアアアーーーーーーッ!!!!」


 悪漢登場!! 今しがた行隆が乗ってきたフェリーが轟音と共に割れ、そこより砲弾の如き勢いで飛び出す影あり!

「カカカカーッ! ここが長崎! 俺様がデンジャラスな生き様を見せつけるのに丁度いい舞台だぜェーーーーーッ!!」

 ジャイロ回転と共に埠頭へ着地し土埃と共に辺りを見回す男! 名は、

「ハァアアアーッ!」
「グォバァーッ!?」

 久喜行隆の拳だ! 脇腹に直撃した男は吹き飛ばされ、悶絶!

「不埒な輩よ! しかも未熟! 貴様の相手などオーソックスでマーブルクッキーで十分!!」

 これはどうしたことだ!? 行隆の周囲にオーロラめいて不定形の影が!?そう、これは行隆のオーラ……“気”である! しかもただの気ではない……『クッ気ー』だ!
 光と闇、二色の気が陰陽の如く行隆の周囲に流転、大きな力が練り上がる!

「デェエエエーーーイッ!!」
「ギャハァーッ!?」

 拳が再び男に直撃! 大きく弾かれる。そして……拳を受けた顔面がひしゃげるだけでなく、腹部にも衝撃が炸裂! 男は吐血した。

(がいき)のバター、(ないき)のチョコ……朔! 行ったぞ!」

 そして男が跳ばされる先には久喜朔隆の姿!

「やれやれ、僕はクッキー苦手だからね。魔人能力(こっち)でいくよ」

 呟いた朔隆の手に、突如フライパンが出現した。
 久喜朔隆の魔人能力『ちょこっとサイズ☆チヨコレイト』。手に握り込んだ「意志なきもの」を自在に縮小させる力による、武器の携帯であった。
 一閃! 男はフライパンで張り倒され、ノックアウト。
 こうして男のデンジャラスな生き様は敗北し、お縄となった。後に残るのは、少し騒がしくなった長崎港。

「ふっ、儂の呼吸に合わせるその腕……鈍っておらんようだな。嬉しいぞ弟よ!」
「いやその文句勘弁して欲しいんだけど。毎回言わなきゃ駄目なの? 時代物かよ恥ずかしいわ!」

 呆れる朔隆をよそに、朝市に訪れていた市民たちが「おお~」と拍手を送る。あまりに現実離れしたアクションに、非常事態という発想すら忘れていた。

「おっと、いやぁ皆さん失敬失敬。お騒がせした」
「ほら、もう行くぜ恥ずかしい。まったく、僕ぁ明日以降もここで仕事あるんだぞ」
「何じゃい定年してもう30年のくせに。とっくに社長と違うだろうが」
「そう云うんじゃないの! 僕は社長を譲っても、倉庫の隅っこで地味に会社を手伝う、死ぬまで悠々自適お爺ちゃんでいたいの!」

 にこやかにギャラリーへ応じる兄を引きずって、朔隆は移動を開始する。

 読者諸兄は、今の立ち合いをご覧頂けただろうか?
 これぞ久喜家が九鬼であった時代から受け継ぐ戦闘術理『躯伎(クッキー)』である。
 クッキー。契約に基づき、鬼から九鬼ともたらされた秘薬の一つ。
 言霊の概念により、『九鬼』と重なるものとして『クッキー(躯伎)』と名付けられたソレの効果は、霊薬としてのものだけではなかった。
 分量を「量る」、生地を「練る」、型を「抜く」、その製造過程に至るまで、人を護り敵を討つ、驚嘆の戦闘術理だったのである。
 かつて戦国の世、九鬼一族はこのクッキーの力を最大限引き出し、人の可能性を次のステージへと押し上げたという。
なるほどクッキーとは、小麦に糖、卵に果実と、まさに大地から送られる生命の結晶、命そのものを持ち寄って生み出される、完璧なるエリクシル。
 永い歴史の中、闇に埋もれたその秘奥に辿り着くため、常にクッキーを食し、鍛錬する現代のクッキー伝承者たち。彼らが練った『クッ気ー』で若々しく頑健な肉体を保っているのも当然と言えよう。
 そのクッキーによる強壮効果は現代生理学では追随すらできず、未だ科学的な根拠が発見できないほどだ。

「まったく、朝市って感じじゃなくなったね。一先ず会社でお茶でいい? 休憩室の隅なら、まあ文句も出ないでしょ」

 埠頭から歩き出してそこそこに、三階建ての古めかしいビルが見えてきた。久喜水運本社ビル。朔隆が定年まで、社長を務めていた海運会社である。規模としては小さい方だが、自社船舶も保有している、それなりの会社である。
 入口から書類倉庫の脇を抜け、休憩室へと向かう。そこで、倉庫から一人の少女が現れた。少女は朔隆に気付く。

「……おはようございます、大叔父さま」
「おお、おはよう依織(いおり)ちゃん。いやありがとね、今朝の倉庫確認。でも急ぎの貨物帳簿も無かったし、ホント無理しなくてよかったんよ?」
「いえ、朝の委員会のついでですから」

 頭を下げる。滝のようにまっすぐな黒髪の、色の白い少女だった。
 夏の蒸し暑い空気の中でも、そこだけ「しん」と気温が下がる。そんな佇まいの少女だった。

「確認したリストも、問題ありません。……ところで、そちらの方は」
「おはよう、お嬢さん。直に顔を合わせるのは初めてになるかな(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)? 久喜行隆というものです!」
「兄ちゃんね、僕の」
「……そうでしたか。あの、すみません、どこかでお会いしましたか」

 つい、と依織が窺うように行隆を見上げる。その瞳から、彼女の思惑は窺えない。不信も警戒も現れない、蔑みも感じられない。只々ひんやりとした視線だった。

「いやなに、本家で度々話を聞いていただけよ。現当主の妹御――君の姉さんにな。……む、妹だったか?」
「ああ、そうでしたか。それは」
「おっとすまん。引き留めてしまったか」
「……いえ、大丈夫です。では大叔父さま。私は学校に」

 失礼しますと頭を下げ、依織は去って行った。見送る二人。

「ふむ。直に見ると本当に同じ顔だなあ、さすがは双子。中身は真逆だが」
「僕は逆にそっちの双子さんを見てないからねえ。ピンと来ないよ」
「あの依織くんの評判自体は、度々噂になるのだ。バイトながら器量は確かなのだろう? それにあの立ち振る舞い。おそらくかなりの使い手……相当のクッキーを積んでると見える。継承権を放棄したのは、ちと勿体なかったかもな」
「……ふぅん。まあそれはいいじゃん? 積もる話ってんなら、もっと楽しいネタにしようよ」

 二人は二階の休憩室に移動する。給湯室もすぐそこであり、飲み物にも困らない。朔隆が冷茶を淹れ、運ぶついでにテレビを点ける。

「はっはっは、それもそうだな。ふむ、ではどうだ会社の調子は? 現社長も脂がのってる時期ではないか?」
「それ、結局楽しいヤツじゃないなあ。知ってるだろ? E.Uのやったイギリス壊滅。ここだけの話、かなりきついよ。社長も部長もすごく頑張ってるけどさ、さすがに相手が悪い」
「む、確かにな。本家傘下の企業もてんてこ舞いだよ。輸入がな……」

 暗黒の災厄経済圏・欧州(EU)。大英帝国がこの迫る脅威に対抗し、逆に国ごとのみ込まれたニュースは、遠く離れた日本にも有形無形の影響を及ぼしている。具体的には株価だ。今後、多数の企業が苦難に立たされることになるだろう。
 暗い話題に二人の空気も沈む。

「本家と言やさ。どうなんだいそっちは? 僕ぁもう殆ど顔出してないけど」
「……それなんだがな。現当主がな、いよいよやばい」
「……そっかい」
「槇坊の子だからな、儂らも何とかしてやりたかったが」

 先代当主・久喜槇久(まきひさ)は朔隆と行隆の兄の息子であり、二人にとって甥に当たる。60そこそこで世を去った槇久の後を継いだのが現当主だったが、若き身で病に侵され、余命幾ばくもなかった。

「クッキーも万能じゃないねえ。本家の原理主義者さん方には悪いけど、アレで元気溌剌ってのはやっぱ個人差あるよ」
「まあそれも時代の流れだな、仕方あるまいよ。だが問題は後継でな、当主は子がおらん。次の代は弟妹のうち誰かで凌がにゃならんが……」
「揉めそうかい? ……やだなぁそりゃ」

 言葉を切る行隆。兄の様子に、朔隆も眉をひそめる。……だが冷茶を飲み下した行隆の返答は、うって変わって明るいものだった。

「ふっ、大丈夫よ。みんな聡いし、むしろ当主なんて面倒ごとだと思っとる世代だからな。……大体この平成の世に跡目争いも流行らんだろうが」

 ニッと口元を上げて言う。

「そもそもだな、お家が永く続くのは良いが――」

 その時だった。

『……えー、ああ』

 芸能ニュースを流していたテレビ画面が、突然切り替わった。続いて、場違いな音声。元よりテレビを気にしていなかった朔隆と行隆も、目を向けざるを得ない。

『まずは、謝罪をさせていただきます。国民の皆様方には、突然のご迷惑を……』

 そこに居たのは一人の老人だった。皺に覆われ、枯れ木のように細い老人。
 息を呑む朔隆の顔に、冷や汗が流れる。この男は――。
 千代田茶式。元・中央幕僚監部第二部長による、狂気の戦の宣告だった。



 《二》

 結局のところ、放送ジャックの時間帯そのものに、大した意味はなかった。今の時勢ならばVTRの録画は勿論、様々な手段で、時と場所の区別なく参照が可能である。市民も放送直後こそ驚いたが、所詮現段階では対岸の火事。作業に追われ、すぐに普段の日常へと戻って行った。

「それじゃ、引き続き婆さんのこと、よろしくお願いしますわ」
「ええ、朔隆さんも体に気を付けてくださいね~」

 市街地の中心から離れた地に建つ、老人福祉施設。朔隆はそこを後にし、しばし徒歩の帰路につく。
 もはや陽は沈みかけ、辺りは夕焼けが支配している。行隆とは数時間前、市内で別れていた。

 ――あら、行っちゃうのかい。もう今日くらい泊まってってもいいんだぜ。
 ――はっはっは! ありがたいが今晩は福岡で水炊きの予約があるのだ! また会おう!

 忙しない話だが、それならそれで都合がいい。一人になったならば、改めて考えなければならないことがある。
 ……懐には、昨日自分のデスクに放置されていた一枚のカード。誰が置いたか、いつの間にあったのか判らない。何のための物かも判らなかった。ただ「気づいたらそこにあった」カードである。だが、今なら判る。しかし、それが判ったとなれば別の疑問がわき上がる。
 C2カード。この札が、自分に送られてきた意味を考えなければならない。
強者としての資格がある者に、このカードは渡されると言う。自分に、その強者の価値があるということだろうか。

 久喜の現当主でも若き親族でもなく、三代前の当主世代の、末の弟でしかない自分に。
 本家からも離れ、地方の末端会社の経営者でしかなく、それもとっくに退いた自分に。
 青春だった防衛庁を去らざるを得ず、公人としての己すら磨き上げられなかった自分に。

 千代田茶式とは、戦中戦後、今の防衛省中幕二部を打ち立てるに当たって、部下として多少の手伝いが出来た程度の関係だ。諜報組織に身を置くには自分は凡百に過ぎたし、事実退役後は数十年の間、手紙を出してもいなかった。
 そしてかつての上官は、すっかり様変わりしていた。だが、細く弱々しく変わり果てた相貌の奥、ほんの僅か瞼に見えた光だけは、数十年前の「いつか」に通じるものがあったように思う。

「――千代田三尉、どういうつもりだい」

 参加すべきだろうか、この戦いに。
 報酬に心惹かれるものがないではない。むしろ現状では大きな助けとなる。
 災厄経済圏欧州による大英帝国陥落。海の向こうの株価変動が日本に及ぼした影響は、思った以上に深刻だ。表だって言及する者は少ないだろうが、水面下ではかなりの鉄火場だろう。久喜水運だって無論、当事者だ。企業として存亡にすら関わる。例え一戦分だけでも、このファイトマネーは渡りに船である。
 しかし。だからと言って軽々に参戦するのも躊躇われる。魑魅魍魎が跋扈する魔人の戦いに加えて、法も味方ではない。
 家に会社。老い先短い自分が、後に続く者へ無用な負担を残してしまう確率は高いだろう。あるいは、もっと直接的な危険に巻き込んでしまうかもしれない。

 ……老いた妻が朔隆の顔も名前も思い出せなくなって、5年が過ぎていた。回復の見込みなど入所前から諦めていたが、見舞い自体はできる限り続けている。殆ど意地のようなものだ。彼女への危害も、避けたい。

 C2バトル開催が宣告されて数時間。今に至るまで周囲を探る“気”を緩めてはいない。だが現在まで襲撃者も、こちらを探る者の気配もない。幸運である。参加を取りやめるなら今が好機だが――。
 帰路の中、住宅の塀と、土手による三叉路に差し掛かった。この辺りの名物だ。ここを過ぎれば、市街地へ通じる国道に出る。いつの間にか随分歩いていたらしい。
 朔隆はたっぷりと時間を使い、息を吐いた。

 ……決めた。思えばどうするかなど、最初からこれしかないではないか。
 このC2カードは――。

 そこで、朔隆は目を瞠った。
 鬼がいた。



 《三》

 朔隆はオーガーさんの噂を知らない。鬼のように見えたのは、ただ一瞬見間違えただけだ。
 鬼ではない。マウンテンパーカーにワークキャップ、フードからは角の装飾が覗いている。顔を覆う仮面には、月のクレーターを思わせる丸い意匠。右手には木刀のような得物、背格好はそう大柄ではない。人間である。……おそらくは。
 仮面の意匠の隅には、明らかに後からつけられたような真っ直ぐな傷がある。それが丸い窪みと合わさって、数字の「9」に見えた。
 その怪人が、朔隆と数メートルの距離に直立している。何も言わず、微動だにせずこちらと対峙していた。
 それだけならば、ただの不審者かコスプレの輩である。脇を通り抜けて引き続き帰宅するだけだ。暴漢の類だとしても、素人相手に不覚を取る朔隆ではない。
 問題は、木刀の根元。柄と一緒に握り込んでいるのは、Yシャツの襟だ。そしてそれに身を包み、引きずられる形で倒れている一人の男。白目を剥き、意識はない。それは先程別れた筈の兄、久喜行隆――!

 ――クキ、サクタカ、カ?

 声が聞こえた。それは声だったのだろうか。それとも朔隆のみに聞こえた幻聴か。逢魔が時、辺りに誰もいない三叉路では、確認する術はない。

「はいはい、いかにもいかにも! 僕が朔隆ですよ。貴方はどちらさん?」

 朔隆が笑い、おどけた調子で答える。不要に明るい声は、実質的な宣戦布告だ。

 ――オーガ。

「はいはい、鬼さんね。それじゃあお名前も窺った所で――ソイツおいて失せな」

 爆発の如き衝撃が道路を叩いた。並の魔人なら反応すら許さぬほどの、圧倒的速度の踏み込み。一瞬にして懐へと飛び込む動きだ。
 だがオーガと名乗った対手に慌てる様子は微塵もない。そも名乗った時点でオーガの持つ朔隆への“敵意”は膨れ上がっている。対応して当然とばかりに左手が翻る。
 オーガの左手に“星”が現れた。比喩ではなく星型の何かだ。朔隆はオーガーさんの噂を知らない。だがそれは無論、愛や平和の結晶などではない。

 直接的な殺傷武器(・・・・・・・・)、手裏剣だ――!

 同時に、オーガの周囲に数多の木刀が展開。無から現れたそれらが、即座に地面へ突き刺さる!

 二人の魔人の激突音が、田舎道に響いた。






「次のニュースです。本日夕方ごろ、長崎市内において魔人による破壊行為があり、巻き込まれた住人数名が重軽傷を負いました――」
「被害にあったのは同市に住む久喜朔隆さん(88)、県外から観光に訪れていた久喜行隆さん(90)、市街地のハンバーガーショップに勤めている山田――」
「重傷の被害者二名は病院に搬送されたましたが、意識はないものの命に別状はなく、県警は意識が戻り次第、事情を聴く方針です。なお、この事件によって市街地の街灯やファーストフード店の一部など、建物にも被害が出ており――」

 こうして、一体の怪人がC2バトルへと参戦した。
 久喜朔隆。カードを奪われ、意識が戻った後、この鬼の追跡を決意する老人は、皮肉なことにかつての古巣・中央幕僚監部からの接触により、その怪人に対するC2カードの形式を問わぬ受け渡しを担う“担当官”となる。
 そして“ナインオーガ”。
 その外見と、噂話の怪人の類似点からそう名付けられた悪鬼は、この後数週間に渡り日本各地で目撃されつつ東京へと北上してゆく。
 これはその最初の姿であった。

 長崎県長崎市。東京まで、約1000㎞。

最終更新:2016年08月28日 19:38