滴 陶子プロローグSS 「私の生まれてきた理由」

凄まじく長くなりすぎました。読むの大変でしょうが、すみません。

滴 陶子プロローグSS 「私の生まれてきた理由」

「どすこーーーい!!」

巨大な衝撃が、雑居ビルを激しく揺らす。
2メートル近い巨体から次々繰り出される掌底が巻き起こす、巨大地震と見紛うような振動。

「ふーっ、ふーっ、今日は絶好調でごわす」

壁に向かって勢いよくてっぽうを繰り返し、快調に汗を流しているこの大男の名は岩鉄 巌男(がんてつ いわお)。
魔人高校相撲、小結の実力を誇り、ここら一帯の不良達をその巨体とカリスマで取り仕切るリーダーでもある。

「今週末はいよいよ魔人大相撲でごわす。素晴らしい魔人力士達の取り組みを見に行く前に、おいどんも心身を鍛え直すでごわす」

一息ついた巌男は、再びコンクリート製の壁へと向かい、今度はひたすらにぶちかましを繰り返す。
壁には巌男の繰り出した度重なる掌底や突進の衝撃によって無数の亀裂や凸凹が作られ、その広い部屋はまるで廃ビルの一室であるかのように、薄暗く、朽ち果てた様相を呈していた。

その時。

「ちょっと――」

「フン!フン!フン!」

「ちょっと、貴方~」

「フン!フン!フフン!」」

「ちょっとってば――!」

「――む? なんでごわすか? 何故か女子(おなご)の声が聞こえるでごわすが?」

「空耳じゃなくて、呼んでるのよ。あなたがここのリーダーね?」

巌男が振り返ると、そこには一人の女学生がいた。
風になびく長い黒髪、綺麗に着こなされた冬用学生服の黒一色とコントラストを描く白い肌に、すらっとした長身の痩躯――。
巌男に比べると、小柄なように見えてしまうが、それでも170cmはあろうか。
相撲道一直線の巌男は女性への関心があまり強くないが、その気丈な表情が良く似合う美貌を見るや「おお、これは大和撫子でごわすな」と思わず心で独りごちた。
オレンジ色の暮れかかる夕陽が射し込む中、その少女が佇まっている様子は幻想的ですらあったが――、あいにく似合わぬものが一つ。
他ならぬふんどし一丁、散切り頭でたくましい汗をかき乱す巨体、巌男の存在である。

「おう、これは何と。お主のようななでし――いや、か弱き女子が、なぜおいどんの稽古場に?」

「単刀直入に言うわ。あなたの部下が奪った今週末の大相撲のチケット。あれを返してほしいの」

「――なんと? 何を言っているでごわすか? あれはおいどんの可愛い弟子が、おいどんの為を思って上納したものでごわすよ。奪ったものだなどど、酷い言いがかりでごわす」

「部下を信じたい気持ちは分かるけど――、あれは私のクラスメイトが苦労して予約して取ったチケットよ。あなたの部下がそれをあなたに気に入られようと、こっそり盗み出してあなたに渡したのよ」

「にわかには信じられんでごわす。あやつから直接話を聞かんことには応じられんでごわすな……む? そういえばこの部屋の周りにいたおいどんの弟子たちは?」

「……ちょっと、眠ってもらったわ」

そこで、女学生はばつの悪そうに顔を背けた。
これには巌男も怪訝そうな顔で問い詰める。

「――なんと!? おいどんの弟子たちが何をしたというでごわすか!? むむっ、さては今のように言いがかりをつけて一人一人眠らせたと!?」

「違うわよ! 私はただ本当にチケットを返してもらいに来ただけ!! なのに貴方の部下たちが急に襲い掛かってきたのよ!」

「うーむむ、本当でごわすか……?」

巌男は腕を組み、首を捻って考え込む。
一方の女学生もその様子を見て次の言葉を選んでいた。正直なところ、話し合いに応じる雰囲気であったことが彼女にも意外であったのだ。


「やはり、おいどんは弟子たちを信じるでごわす。だが、おんしの態度にも真摯なものが感じられる。ならば、ここは一つ――!」

巌男は女学生の目をまじまじと見つめた後、両手を大仰に広げた。

「おいどんをお主の全力で倒してみんしゃい。それで、おんしの言葉にも嘘偽りがないかが分かる!」

「――はい?」

思わぬ巌男からの提案に、女学生はやや間抜けた声を上げてしまう。

「おいどんも相撲取りの端くれ――。全力でぶつかり合えば、その人間の心の有り様が分かり申す。そうして、ここにいる弟子たちとも分かり合い申した。
おんしも女子(おなご)とはいえ、例外に非ず――。力いっぱいぶつかってきて、その心を見せてみんしゃい」

「そんな非合理的な――」

「ふん、やはり女子(おなご)か。小うるさい理屈をこねもうす」

「…………(むっ)」

やや小馬鹿にしたような表情を見せた巌男に、女学生は不機嫌になった。
そして意を決し、直立不動の姿勢から、拳を前に突き出し、構えを取る。

「ほーう……空手でごわすか。中々手慣れた構え。これは面白いでごわす」

そして巌男も姿勢を正し、両手を力強く膝へと付ける。
我が国の神事、相撲の最重要動作。四股を踏む態勢へと入ったのだ。

「ぬうううーーーん!!」

ズシン、ズシン、と巌男が鍛えぬいた両脚を踏み鳴らす度、大きな振動が走る。
対峙しているのが並の人間ならば、これだけで震えあがり、腰を抜かすか、逃げ出すかというところであるが、女学生は全く動じず、構えを崩さない。

「――もういいの?」

「ふむ、やはりいっぱしの魔人であるようでごわすな。だが、おいどんの両脚をよく見るでごわす」

「――?」

女学生が視線をやれば――巌男の両脚が灰色へと変色し、硬質化している!
両脚の裏は完全にコンクリートの地面へと張り付いて一体化しており、まさに大地に根ざした二本の鉄柱。

「これがおいどんの能力。『頑鉄相撲』でごわす! 四股を踏むことで両脚を鋼鉄の塊に変え、鉄壁の守りの相撲を完成させる! 決して倒れることが無ければ、相撲に負けることはないのでごわす! この『頑鉄相撲』でおいどんは横綱を目指すでごわすよ!」

「…………」

熱く高らかに宣言する巌男に対し、少女の目は冷ややかである。
その構えは微動だにせず、「で、もう仕掛けていいの?」と言わんばかりだ。

「むう、見かけとは裏腹に、可愛げのない女子(おなご)でごわすな。さては、友達とか少ない方でごわすな」

「……関係、ないでしょ」

「そう言うところが駄目なのでごわす。まあ、好きなようにかかってきんしゃい、その無愛想な面構えからどのような張り手が来るか、おいどんがとくと見極めてやるでごわす」

――少女の手の平が握り拳に変わり、全身に力が入った。
巌男には誤算が二つ、いや三つあった。

一つ、本当に自分とぶつかりあった人間の心が分かるのであれば、彼の弟子たち――地元の魔人不良たちの性根が改心などしておらず、少女の言うことが真実であると分かったこと。
二つ、目の前の少女の実力をあまりにも低く見積もり過ぎていた事。
そして三つ。これは彼自身の責任では全く無いのだが――この少女は筋肉質で太ましい巨漢が元々あまり好きではない、ということであった。

それはこの少女が小学校時代、『自分の名前』のことで散々からかってきた少年もまた太ましい巨漢(もちろん小学生なので目の前の巌男よりは余程小さいのだが、周囲と比較してずば抜けて大きい少年だった)であったことに起因する。
まあ、その少年はおそらくこの少女の事が気になってたがゆえのからかいだったのであろうが、この少女に与えた印象は最悪であったし、その少年が辿った末路は――この後に巌男が味わうものとほぼ同様である。
これを読んでいる諸兄もくれぐれも名前だけで他人を判断したり冷やかすのはやめておくよう、切に忠告する。

話が大きく横道へと逸れたが――ともかく、先ほどの挑発と相まって、巌男がこの少女に与えてしまった印象は最悪であった。
巌男が悪人でないことは気づいていた少女であったが、しかしそうした様々な要素が重なり、少女は「そこまで言うならやってやろうじゃないか」と、巌男に対して手加減する気持ちを完全に失っていた。

ぞわ……と巌男は全身が総毛立つものを感じた。
見れば、目の前の少女から只ならぬ気配が、不穏な風が巌男の方へと吹いて来ているのを感じる。
少女の瞳は血のような紅色に変わり、長い髪の毛が今にも逆立つかのように震えている。
開いた口元から覗く食いしばった歯と歯の間から、よく見れば牙のようなものが見えるではないか。
少女は今や、美しい顔立ちはそのままに、ただ眼前の敵へ激情をぶつける事のみを目的とした修羅の形相へと変わっているのだ。
その姿、まさに鬼神――。

そんなことを考えた瞬間、巌男の顔面には掌底が飛んでいた。

「―――!!?」

その衝撃を頭が理解する間もなく、暴風が巌男へと飛び掛かる。
二連、三連、四連……、次々少女から繰り出される張り手の嵐。その一発一発がこれまで巌男が受けたことのあるどんな掌底よりも重かった。

(お、おぐうう……うおおお……)

とてつもない勢いで大きくのけ反る巌男。
そのまま倒れ込んでしまった方が楽なのだが、自らの魔人能力で大地に貼りついてしまった両脚がそれを許さない。
いや、これで気を失わないだけでも巌男の常人離れした耐久力が伺える。それは全く幸せな事ではないが――。

ガスッ――!

その時、巌男の側頭部へと思わぬ衝撃が走った。
見ればすらりと伸びた少女の前脚。華麗なるハイキックが岩男の頭部へと見事にヒットしたのだ。
相撲道には存在しない(厳密にいえばルールで禁止されているわけではなく、使う人間がいないだけな)技であるが、生憎、少女には相撲など関係ない。

バゴオッ――!!

更に少女は間髪入れず、逆の脚で今度は巌男の顔に正面から堂々蹴りをかます。
その威力は張り手の三倍程――、巌男の身体は海老反りのようになり、地面へと向かうが、まだその背中を付けることは許されない。巌男は、既に思考を八割程奪われていたが、まだ気を失ってはいなかった。

(――――おおお、おおおお……!?)

既に朧気となった巌男の視界が、突如完全な闇へと包まれる。
少女が、のけ反った巌男の顔面をその細い手で、鷲掴みしたのだ。
その細指からは考えられぬ、巨大な万力で掴まれたかのような衝撃が巌男に走る。
メキメキ……と巌男の足元から音がする。少女が巨大な力で巌男を地面へと押しつぶそうとしているのだ。それによって巌男の鋼鉄の両脚が無理やり地面から引き剥がされようとしている。
このままで両脚が千切れてしまう――そう判断した巌男は魔人能力を解除した。
その瞬間、巌男はわずかに開いた少女の手の平の隙間から、彼女の表情を見た。
血走った両眼、二つの小さな牙がはっきり見える程開けた口元――。

笑っている、楽しそうに――。

「中々美しい表情でごわすな……」と思った瞬間、巌男の意識はそこで途切れた。


ドガシャアアアッ――――


巌男の身体は激しく叩きつけられ、爆雷でも投下したかのように地面を激しく粉砕した。
コンクリートの粉塵が巻き起こり、少女と巌男の姿を覆う。
だが、凌辱はそこで終わらなかった。
バゴオッ! ドゴオッ! 砂埃の中から激しい破壊音が鳴り響く。巻き上がる粉塵に、赤い色が混ざっていく。
既に少女の両手は掌底から握り拳へと変わり、巌男の上に馬乗りになって、その怪力を打ち付けていたのだ。
――世の中には、女子高生に馬乗りになって殴られるなんて羨ましい!という特殊性癖の人もいるそうであるが、果たしてこの光景を見ても同じことが言えるのであろうか?
とにもかくも、このまま続けば強靭な生命力を持つ魔人の巌男であっても、深刻な状態になりうる危険があったが、この時、ようやく幸運が巌男に、そして少女に味方した。
巌男の口から噴出された血糊が、少女の顔――眼元へとぶつかり、その視界を覆ったのだ。
それによってようやく少女は正気へ戻った。
紅く染まった瞳が、黒くつぶらな物へと戻る。

「あ――」

眼元を拭い、眼前に広がる光景を捉えた少女は瞬時に自分が引き起こした事態を理解した。
顔面がぐちゃぐちゃになり、血だらけになって破砕された地面にめり込む巌男。
それに馬乗りになり、血に濡れた両拳を握る自分。

「ま、また……やっちゃった……」

少女はわなわなと体を震わせた後。きょろきょろと周囲を見回す。
既に周囲は日が暮れ、暗く、目撃者はいない。
少女は部屋の端に置かれた大きな鞄に目を向ける。おそらく、あれが巌男のものだろう。
そそくさと向かい、鞄の中をがさごそと探る少女。

「あった……」

それは少女がここに来たそもそもの目的。
彼女のクラスメイトが入手した今週末の魔人大相撲のチケットだった。
目的のものを手にした少女は、再度巌男へと視線を向ける。
未だぴくぴくと伸びており、目を覚ます気配は、ない。

「ご、ごめんなさい……」

少女は涙目になって俯く。

「ごめんなさああーーーーい!!」

そうして脱兎のごとくその場を去り、その後携帯で119番して救急車を呼んだのであった。


********************************


「どうしてこうなってしまうのかしら……」

先ほど雑居ビルの一室を血に染めた少女は今、洗面鏡の前に腰をかけ、その長い黒髪を解いていた
不良や巌男の血で濡れた体を洗い流し、表面上はさっぱりとした感じで落ち着いていたものの、その心はどんよりと曇っている。

「そんなに悪い人じゃ……なかったわよね……」

クラスメイトのチケットを奪ったうえ、話を聞きもせずヒャッハーと襲い掛かってきた不良共はともかく、そのリーダーであったあの相撲取りの恰好をした男には、少なくとも悪意は無いようだった。
冷静に話し合えば分かって貰えたはず……だったと思うが頭に少し血が上り、能力を発動させてしまったのがまずかった。

『鬼面獣心・血々涙々』

彼女の魔人能力――だが、これは通常の魔人能力とはやや異なり、彼女の意志を持って覚醒した能力ではない。
彼女の中に代々受け継がれる、『鬼の血』によるものだ。
ひとたび彼女が自分の意志によって魔人能力を発現すれば、全身を滾る『鬼の血』が彼女の貌を、身体を、その心までをも『鬼神』へと変える。
全身が沸騰するかの様に熱くなり、ただ目の前の敵を引き裂かんとする『暴走状態』を引き起こすのだ。

「頭に血が昇ると、いつもこれだ」

その激しさは能力発現時の彼女の感情に連動する。実際のところ、あれだけの惨状を引き起こしながら、彼女は今回そこまで怒っていた、というわけでもなかった。
ちょっとムッとした、という程度である。
過去にはより凄惨な事態を引き起こした事もある。もっとも、それは相手により大きな原因がある場合なのだが。

「いつまでも、これじゃあ駄目だと思うんだけど……」

彼女は本来、戦いは好きではない。
だが生来、間違っている事、曲がっていることは許せない性格である。
そして他人のために何かできることがあるならば、動かずにはいられない。
そんな矛盾した性質であるから、普段はできるだけ人との接触を避けようとしても、これまでいくつもトラブルを起こして来た。
今日の不良たちとの諍いも然り、そしてやがて迫りくるハルマゲドンへの参加も然り、である。

「次の戦いは、本当に何が起こるか分からない……」

ダンゲロス・ハルマゲドン、それは本当に過酷で容赦ない殺し合いの場だ。
彼女の力はそんな中で、おそらく主力として期待されることになる。未だかつてない戦場という中で、一体彼女の力は何を引き起こしてしまうのか。
一体、誰を殺すのか。そもそも自分は生き残れるのか。

「…………」

――ぐっと、鏡の中の自分の姿をのぞき込む。
最近、とみに考えるようになる。
この自分は、何のために生まれて来たのかと。






―――――彼女は、今日、その意味を、とてつもなく残酷な形で知ることになる。

10 名前:滴 陶子[] 投稿日:2016/11/07(月) 21:58:57





(ああ~~、さて、いい加減第12次に送るキャラ考えるか……)




「――――!!?」


突如、彼女の脳裏に男の声が響いた。
それと同時に頭の中に映像が浮かぶ。
こことは違うどこかの部屋。机の前に座った男が、ノートPCを操作している。
男の顔は分からない。――いや、少女の脳内と男の視点とが今一致しているのだ。少女の脳が捉えられるのは、男の指がキーボードをぱちぱちと叩く姿と、その眼前のディスプレイだけである。
そこには「第12次ダンゲロスハルマゲドン」というページが開かれている。


(色々忙しくて投稿開始日から大分過ぎちゃったしな……GKからは最初の週の内に送るように言われていたのに……申し訳ない)

「(なに……これ……)」

少女にはこの光景が何なのか、理解できない。
だが、何かとてつもなく嫌な予感がする。全身に悪寒が奔る。
それは鬼の血がもたらす直感なのか。それとも運命が仕組んだものか。

(うーん、そうするとストックにあるようなガイドライン外の凝ったようなのはもう送れないな……。そんなに複雑じゃないとは思うけど、流石にこのタイミングでGKに手間取らせるのは駄目だろう)

少女は悪寒を抑えつつ、男の声に耳を傾ける。
聞いてはいけないという警鐘と、聞かなければいけないという使命感という相克した感情に支配されながら。

(レギュレーションを見ると、今回30人までなんだよな……となると弱いのを送ると陣営に迷惑がかかるから、まあスタメン鉄板のような奴をガイドラインで作るのが無難か)

男は「レギュレーション」と書かれたページをスクロールしながら眺めている。
これは一体何なのか……? 少女には分からない。「第12次ダンゲロスハルマゲドン」、それは確かに、少女が今度赴くことになる戦いの名前だが……。

(すると精神削りとか、移動系能力とか、後は無難に20アタッカーか……)

――その時。
少女の身体がどろり、と崩れ、白い不定形の固まりへと姿を変えた。

「(ア―――、アー――ッ)」

少女――否、既にその形を失ったものは鏡の中の自分を見る。
白いドロっとしたものがウネウネと蠢いている。
これは一体何だ――? 思考は何とかできるが、驚きに叫び声を上げようとしても、言葉すらうまく出てこない。

声を、形を、自分のアイデンティティを奪われた。

その現実が、少女だったものに突き刺さる。

(ふむ、どれにすべきか、考えがまとまらんな。こういう時は転校生を見てみよう。あまり強いようだったら転校生殺しも考えないといけない)

ウネウネとした白いものは、ただ男の声を、視線を追っていく。
男はひとしきり思案した後、「転校生」というリンクをクリックして、そのページを開いた。

(はあー、結構柔らかい転校生なんねえー。能力もそんなに目立って強くないし、今回は随分良心的な部類だな)

開かれたページに書かれた名前は「芹沢 銀侍」
記述された特徴、能力、数値――の意味はよく分からないが、紛れもなく今度のハルマゲドンで「転校生」として現れると言われている存在だ。
ならば、この男が今していることは――まさか――。
白い物体の中にある悪寒がまずます激しくなっていく。

(この転校生なら特に対策とかは必要ないな。柔らかいから殴って殺せるキャラ、20アタッカーがどれだけいるかが重要になるかな?
 なら無難に20アタッカーにするか)

その時、白い物体が徐々に人の形を成していく。
鏡に映るその姿を眼に捉えた物体は、ようやく自分が生まれるのか、と思う。
何でも良い、とにかく早く安心が得たい、とその物体は切に思う。

11 名前:滴 陶子[] 投稿日:2016/11/07(月) 21:59:20
(特殊能力は……この前の自重ダンゲで壁に苦しめられたし、壁殺しにするか。この転校生、耐久25だから、攻撃5アップで殴れるキャラにすれば、壁殺し、転校生殺しの両面を達成できる、便利キャラの完成だな)

いよいよ白い物体は人型で安定してきた。
ややがっしりとした筋肉質な体つきであったが、白い物体はきっとここから自分の元の姿に戻るんだ、と思う。

(うむ、これはスタメン間違いなしだなー……やれやれ何かまたつまんないキャラになってしまった気がするが、まあいっか)

それにしても……と白い人型は思う。

(さて、攻撃5上昇、同マス通常攻撃だとFSはいくついるんだっけ? ガイドラインと計算用Excelを開いてっと~)

脳裏に浮かぶこの男。思考が実にゆるい。
どうやらキャラクターを作ろうとしているようだが、仮にも一つの生命を生み出そうというのに真剣味がまるでない。

(はあー、FS2で作れるんだこれ。まあ鉄板で強い能力だしな~)

口調の節々からいい加減さが伝わってくる。
最初こそ頭を捻っている様子もあったが、特殊能力とやらが固まってからはより一層、それが顕著だ。

(さて、まずは特殊能力の清書だな。どうせこんなん過去に作った人何人もいるんだろうな……)

要するに。

(「ダンゲロス 同マス通常攻撃 攻撃力 上昇 消費」……こんな感じで検索すれば……ほら出てきた! 暁ダンゲのキャラか。自分が開催したキャンペーンのキャラじゃないか。宿命だな)

性格が元からいい加減なこともあるのだろうが、この男は。

(おっ、ちゃんと清書してある。偉い! 後はこいつをコピぺして、ちょちょいっと書き換えれば、はい完成っと~。カップ麺作った時より労力かかってないぞ、これ)

やる気が無いのだ。
完全に手癖でもってキャラクターを作ろうとしているのだ。適当なのだ。
そして、そんな適当さでもって生み出された存在こそが……。

(さて、後はキャラ説か……。まーた、特殊能力から入ったもんだから、全然キャラ説が思い浮かばんな……。また適当なキャラになってしまう……)

適当……適当……適当。
その言葉は、人型の心に重くのしかかる。
全く持って適当に、机にひじ付きながら、この男は生命を生み出そうとしている!

(まあ、このステと能力ならどう見ても、パワーファイターだよな。 うーん、ただでさえ適当な能力なのに、どうやっても適当にしかならんぞ、これは)

やめろ、適当というな、と抗議の声を激しく上げるが、男には届かない。
だが次の瞬間、思わぬ展開がその人型を待ち受けていた。

(あ、そうだ、パワーファイターなら、今話題の日の丸相撲の首藤くんにするのはどうだろう)

その瞬間。
人型は、突如、大巨漢へとその姿を変えた。
身長2メートル、体重200キロにも迫ろうかという巨体。
鏡に映るその姿は、逞しく、太い肉体を惜しげもなく晒し、股間に廻しだけを締めている。
そばかすが生え、あまり生気を感じさせない、のっぺりとした顔……。

「コ……コレガ……コーーレーーガーーアタ……シ……」

一体どうした事か。紛れもなく今、姿形はどうあれ、人の身体と心を与えられたかに見えたその存在は、しかし言葉を発しようにもたどたどしく、上手く喋れないのだ。
常人を大きく上回る相撲取りの巨体に、言葉を上手く発せず、たどたどしく思考し、のしのしと徘徊する。
その様はまるで……。

(うん、スモウゴーレム首藤くん! インパクトはあるな!)

自分が今脳内に浮かべたものとまったく同じ言葉を男が発したことに、その巨体は激しく自己嫌悪する。
これまでその巨体となったものは、決して人には偏見を持たない様にと思っていた。
だが、今の自分はこの姿を悪しざまに思ってしまった、こんな姿は、心は嫌だと思ってしまった。
そんな醜い気持ちが自分の中に眠っていたのだ。

12 名前:滴 陶子[] 投稿日:2016/11/07(月) 22:00:39
「アタシ……アタシハ……」

これが自分に与えられた罰なのか? スモウゴーレムとしてこれから生きていくのだろうか?
とてつもない絶望がスモウゴーレムを襲ったが……。

(うーん、しかし今回30人なんだよな。そんな少ない枠の中にスモウゴーレムがででん!と座ってていいものか?
 参加したい!って意欲の高い人が率先して投稿しているだろうし、そういう人がこんないかにも適当に作ってござい!ってキャラを見て、
 しかもスタメンに入ったりしたら、気分を悪くすることもあるのかな……)

男が思考を切り替えると、ゴーレムの姿は再び白い不定形のものに戻る。
その心に、やや安心が戻る。

(やっぱりキャラ説も多少練った方が良いのかなあ……。でもこの能力で凝ったキャラ説って言っても……、このコピペ元のページのキャラも失礼だけど能力原理とか随分適当だぞ、おい)

適当言うな! 白い形から何度目か分からぬ抗議の声が上がる。

(まあ、考えるか……。うーん、無難に可愛い女の子にするかねえ。女の子で攻撃アップとなると、うーん、体内に鬼の血が流れてて、暴走すると攻撃力が上がる、とか……?)

そうして、ようやくにして、その白い不定形は、元の少女の形を取り戻した。
少女はすぐに鏡の中を覗き込む。紛れもない自分の姿だ。
一体、これまでどれだけ悪夢の中を彷徨っていたのか。わずかな時間であったはずだが、永遠の闇の中にいたかのような錯覚を少女は感じていた。

(うーん、でもこんなのやっぱりありきたりな気がするなあ)

こ ん な の。
落ち着いた心に突如投げかけられたその言葉は、鋭いナイフを突き立てたかのように少女の心を抉った。

(くわー、やっぱり面白味が無いなあ……。これ、多分投稿して三年も立って総合名簿を見たら、あれ? こんなキャラ作ったっけ? ってなるパターンだ)

人の人生をこんなの、ありきたり、面白味が無いと容赦なくズタボロに表現する脳内の男。
少女の中に、言いようのない哀しみが広がっていく。

(ファントムとか、塩を使ったキャラの方が、申し訳ないけど、思い出深いし、愛情を注いでるんだよな……)

「(――――!!?)」

男が、『ある過去』に思いを馳せた瞬間、少女の脳にとてつもない激痛が走った。
何が起きたのか分からない。だが、これまで感じていた悪寒など比較にもならないおぞましいイメージが浮かび上がる。
不幸中の幸いにも、それらは断片的過ぎてはっきりとは分からなかったが、一枚一枚が、頭が内部から溶解していくかのような、おぞましい苦悶となって少女を断続的に襲った。

「げぼおっ!! げぼおおおおおおおっ!!」

少女は気が付いたら嘔吐していた。
醜く見開かれた眼から涙をこぼし、地べたをはいずる。
早く、早くやめて――と思った時だった。

「……って、思わずまた嫌なこと思い出しちゃったよ! うーん、やっぱりスモウゴーレムをパパッと送った方が良いかな」

地面に転がった少女の姿は、再び先ほどの大巨漢に戻った。
一体いつまでこんな地獄が続くのか。もういっそ殺してほしい。
鏡に映る、醜く横たわった自分の姿を見ながら、言葉もおぼつか無いゴーレムに戻ったそれは思案した。

(いや、でも首藤くんじゃあ、やっぱりまたこいつ適当にキャラ作りやがってって思われるよな……。いや適当なのは事実なんだけど、それでもやっぱり30人枠なら少しは捻ったところを見せるべきかなあ)

涙に滲んだゴーレムの瞳に移る姿が、再び少女の物に戻った。
もはや適当の言葉に対して抗議する気力もなかった。

13 名前:滴 陶子[] 投稿日:2016/11/07(月) 22:02:22
(あ、ひらめいた!)

少女の絶望とは裏腹に、男は明るい声を上げる。

(自分が適当に作られた存在であるってことを知ってしまった少女……ってのはどうだろう。これは中々良いアイディアだし、面白いキャラ説になりそうだぞ)

明るくなった男は勢いよく文章をタイプしていく。
少女は失われた気力の中、かろうじてその文章を追っていく。

(残酷な運命に立ち向かう少女……キャッチ―ではないか。更にこの少女の寿命は今回のハルマゲドンで尽きることにしてしまおう。どっちにしても、今回のハルマゲドンが終わったら、忘れられる命だしねえ。うむ、実に良い設定だ!)

何を言っているのか!? 少女にはまだ男の思考が理解できない。

(よし、キャラ説終わりっ! ああ、名前を書くのがまだだった。これはもう決まってるよん)

少女の心を諦念が支配していく。
もはやどうにもならない。運命は止められないのだ。

(適当に作ったから、滴 陶子(てき とうこ)。これは俺がいずれ適当に作ったキャラに使おうと思って温めていた名前だ。光栄に思えい)

男が名前欄に刻んだ文字、滴 陶子(てき とうこ)。
――紛れもなく、自分の名前だ。
その由来だけは、誰に何度からかわれても散々否定してきたのに。

(よし、これで書き終えた、送信っと!)

男は、一仕事終えた爽快感で、大きく伸びをした。
少女は未だ立ち上がる気力なく、鏡をぼおっと見つめている。

(いやー思ったより時間使っちゃっけど、良いキャラになったぞ。これでスタメンで活躍したらいうこと無し。お前はそのために生れて来た生命なのだ。頑張ってくれい)

そうして、少女の脳内から男の見ていた映像が消えた。
後にはただ、鏡に映る倒れ込んだ自分の姿が見えるのみ。
だが――その首筋に、大きな痣が浮かんだのが見えた。

「あれ……は……」

少女の頭に、自分の両親の姿が浮かんだ。
あれは両親が死ぬ数週間前のことだ。
鬼の血を引く魔人の寿命は、短い。
そして死ぬ前に、その兆候として首筋に痣が現れる。
その痣が全身に広がった時、鬼の血を引くものの命は途絶えるのだと、両親は遺言を残して、その通りその僅かな後に死んだ。
お前はきっと、もっと長く生きられる。
お前の名前は決して適当に付けられたものではないと、言い残して。

「嘘よ……こんなの……」

だが、その全ては今日否定された。
あまりにも残酷な運命が、彼女の目の前を覆っていた。

「嘘よおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!!」

少女、滴 陶子(てき とうこ)の絶叫が、夜の闇の中へ溶けて、消えた。


********************************




「て、適さん――どうしたんですか?」

翌日の朝――。
窓の外をじっと見つめたまま黄昏ていた滴 陶子に声をかける一人の少女があった。

「え、いや……な、なんでもないけど?」
「なんでもないって、もの凄く青ざめてましたけど……」
「…………」

陶子の顔が、暗く、沈む。
隠し通せるはずもない、未だ彼女の心はズダズダに引き裂かれたままだ。
どうやって今日、学校に来たのかも覚えていない。何とか気力を振り絞ったのだと思う。

「あ、あの、もしかして、今度のハルマゲドンの事、ですか?」

その言葉はある意味では間違っていない。しかし、致命的な捉え違いをしている。
ハルマゲドンへの恐れは確かにあった。だが、昨日までのそれと、今抱えているものは全く違う。
自分の寿命は、今度のハルマゲドンが終わった時点で無いのだ。
いや、自分という存在自体が今度のハルマゲドンのためだけに生み出されたものに過ぎなかったのだ。
そんな残酷な真実を突き付けられ、一体どうやって明るく上を向けというのか?

「うん、まあ、そんなところ。でも大丈夫よ。心配かけてごめなさい」

それでも、と陶子は気丈に振る舞う。
ハルマゲドンが不安なのは周りの皆も同じである。自分の事情がどうであれ、深く沈んだ様子を見せてしまっては、そんな周囲の心配を煽るだけである。

「陶子さん……無理、しなくてもいいんです」

しかし、そんな陶子に、少女は優しく声をかけた。

「……え?」
「これ、陶子さんですよね。取り戻してくれたの」

少女はポケットから一枚のチケットを取り出す。
昨日、陶子が岩鉄 巌男から取り戻した魔人大相撲のチケットだ。

「私の靴箱に入れられてましたけど、すぐに分かりました。陶子さんだって。陶子さんはいっつも周りのために頑張っている人です。私、知ってます」

少女は震え、ギュッと制服の裾を摘みながら陶子に語り掛ける。

「だから……ハルマゲドンなんかで陶子さんが命の危険を冒すことなんて……ありません」

少女の震えは目に見えて大きくなっていく。
それでも顔を上げて、彼女は陶子の眼を見つめて、言った。

「陶子さんは辞退してください。私だって一応魔人なんです……私が……私が代わりに……ハルマゲドンに出て……」

ああ、そうか――と陶子は思う。

あの男は私をハルマゲドンのスタメンにするためだけに作ったと言った。
ということは、私の運命は決まっていても、ハルマゲドンの運命は決まっていない、ということだ。
皆、ハルマゲドンを前に、今言いようもない不安に襲われている。それを少しでも取り除くのが自分の使命なのではないか。
――例え、自分の未来が無くとも、皆の未来はあるのではないか。そう、目の前の小さな少女を見て思う。
希望は、失われてはいないのだ。

「ありがとう、でもそんな必要はないわ」

陶子は、スッと立ち上がった。

「私、強いもの。ハルマゲドンなんて、楽勝で勝って戻って来て見せるから」

えへんと、陶子は胸を張る。
震えていた少女は顔を上げ、彼女の明るい笑顔を見た。

「だから、貴方は安心して待っていて。皆の未来は私が守る」

そうして陶子は勝利を誓った。
仲間のために、友のために――。

「陶子さん――」

うっとりとした表情を浮かべる少女。
暫くして、意を決し、陶子へ再び語り掛ける。

「わ、分かりました……。そ、それじゃあ、別にお願いが――」

「ん、何?」

明るさを取り戻した陶子もまた、微笑んで返事をする。

「このチケット、実はもう一枚あるんです。そ、それで……今週末――」

少女はそこで声を張り上げる。

「わ、私と、『相撲』を見に行きませんかっ!!」

「……………」


相撲――相撲――スモウ。
その瞬間、陶子の脳裏に昨晩のスモウゴーレムの姿がフラッシュバックする。

「す、すもう……相撲は――」

陶子は両手で頭を抱え、涙を浮かべる。

「相撲はいやああああああああああっ!!」

そうして取り乱しながら、その場を後にしたのであった。





――――果たして彼女の運命は!!?
神も書いててあまりに悲惨に思ったので救済は歓迎です!

【無題(その1)】


 自他境界線、それはわたしがわたしであること。あなたがあなたであるということ。
 それが揺らぐということ。それは愛する人の肉を喰らうと言うこと、人の肉を食するということ(カニバリズム)のひとつの解釈として愛する人と、強い人と一緒にありたいという願望だという。

 肉と肉が融け合って、ふたりが独りになれたらねと、手と手をつないだ命がいた。
 今では“バケモノ”がいる。



 免疫反応――少女アポトーシス。
 それは私が“わたし”でない“あなた”であるということ。
 深い森の中で、独りの少女が二人してなにかに腰かけている。
 傍目では宙に浮いているように見えるだろうか、だが常人が自我を保つためにかける厚いもやを外してみれば、それはぶつ切りにされた人体や種種の蟲を核に、それをつなぐ菌糸が歪な茸【キノコ】のような配色を見せた。

 ただ、なにかおぞましいものだとわかる『それ』もまた少女の一部であった。
 ふたりの姓は『裸繰埜』、森の一角を占める膨大な肉の塊を一緒に使ってる。それが彼女たちの共通項。『鵺岬(やみさき)』と『矢岬(やみさき)』のミドルネーム、それも彼女たちの共通項。

 図らずも、夜の化粧をされた森の奥でふたり姉妹のその名はよく似合っていたのかもしれない。
 姉妹の妹『弓』固有の魔人能力を持ってして、自分自身から切り出した一本の腕を『晒』は、『弓』は、じっと見た。これはもう自分のモノではないと愛しむように。

 一対の瞳な虹色に輝いて、文字通り『虹彩』を成すのだけれど、生きた魚の目が、無数の人の目が、一個体が百以上を持つという貝の目が、身体と比して特に巨大な頭足類、時に機知を持った脊椎動物から無機質な下等生物まで、目という括りで言うなら地に潜むすべてが“彼女”を見つめている。

 人という括りで裸繰埜姉妹について語るとしても持っている手足はダースで済まない。十二ダース=一グロス、それを重ねて重ねて、やっと届くだろうか。
 そのたったひとつを人としての手で持ち上げて、ふっと吐息をかける。

 「山乃端一人(やまのは・ひとり)さぁん?」
 ビクリ。腕一本になってさえ、怯えを感じるのかと思って晒は笑った。逃げることなど出来はしないのだと、知っていたから。
 もちろん筋肉の反射だろうか? と冷静に考える脳髄は万とある。
 だけど、弓はそうでないといいなと思うのだ。

 『「だって今晩もあなたをすこうし殺すのだもの。ちょっとずつ、ゆっくりと……死んでいってくれないとこまるわ」』
 そう――山乃端一人は生きていた。八割くらいまだ生きている。

 今は、首なし。
 弓とよくよくおしゃべりしたあの口も、晒を楽しませた綺麗な眼差しも、いなくなって久しい。落ちていって、応接室の絨毯に吸い込まれていった、かんばせを拾おうとしてふたりはやめた。
 玉砂利のような白い歯のかけらだけを残して、取られてしまった。趣味はこれくらいにしなければ、死亡証明にはこれが必要だと思っても惜しいものは惜しかった。

 ああ、なんてもったいないんでしょう。
 だけど、裸繰埜は。
 裸繰埜が裸繰埜として生きるためには人を殺さないといけない。継続的に、休みなく。
 もちろん二人のノルマはとっくに果たされているのだけれど、何分彼女たちは真面目だから。

 晒と弓のからだの一部でなくなった山乃端一人の何分の一かがここでゆっくり死んでいくのを名残惜しそうに、見つめ続けていた。
 丘に上げられた魚のように跳ねていた腕の血の気が失せる。死後硬直がはじまる。

 裸繰埜鵺岬晒と裸繰埜矢岬弓、彼女たち姉妹の殺しは緩急が激しい。
 気に入らない下等生物は無惨に鏖殺して残った肉片を泥濘に漉き込む一方、気に入ったいきものは自分たちにする。爪先から五臓六腑の奥底に至るまで愛で尽くす。
 飽きて放り出すにしても、その期間はとみに長い。代謝に従って一般的な人体の構成成分が真すべて入れ替わる時間よりは長い。

 だからだから、毎夜毎夜。
 少しずつ、少しずつ、愛する肌を、その裏に隠された糸筋の束を丁寧に解していく。
 みちりと配された柔らかな構造物を、黄の脂が埋めていく。未だに付肉された白く艶やかな尺骨を足元から延びる長い舌で削り取った。いつしか靴もソックスも取り去って、美しいものを踏みつけにすることで甘えも未練も取り去って、山乃端一人のうでをムシケラどもの餌に変えていく。




 有象無象など、もってのほかか。無数の口が嗤った。響き渡る絶叫を咀嚼する。ハルマゲドンを前にして間引きがはじまっているのか。
 いつになく両手両足では余るだけしか集まらなくなった生徒会と番長G。肉塊から肉界へ。足元が肉の海に変わっているとも気づかないおろかな一年生は彼女の誘いを断らない。
 ずぶずぶと、足元から喰らわれた一人の魔人がまた裸繰埜に変わる。一時間後には足の腱しか残らないのだとしても、きっと彼は幸せなのだと姉妹は信じていた――。

【無題(その2)】


 生と死――、姓と氏、氏(うじ)と姓(かばね)。ふたりは今日の授業で学んだことを思い出していた。弓は脈絡のない連想ゲームだと思った。晒は意味のない言葉の羅列に意味を込めるのが人間だとたしなめた。
 そして、ふたりして笑った。名は体を成すっていうけれど、それって生まれつきなのかなって。

 もう夜半か。山乃端一人を愛でるもここまでとしよう。
 ぷんと、独特の芳香が漂う。ぐう、と間の抜けた音が鳴ってまたふたりして笑う。遅めの晩餐にしようと思って、足下の大口からぷっと吐き出したソレを見る。

 月光に照らしだされた熟熟とする肉の色は、血抜きも為されなかったためか赤黒い。
 あまりにも巨大な影に、肉腫から突き出された腕のひとつひとつに掬い上げられてしまう程度の量だったけれど、それは実に美味しそうだった。
 一匹の蠅が肉の塊に止まった。膨大な方でなく、ちっぽけな方に。

 蛆(うじ)が屍(かばね)に寄り付いて、死から生が生まれる。たとえどれだけおぞましく見えようとも、それは自然の営みなのだ。数ある生物の器官の内、切断に向いたものを適当にナイフ代わりにした。

 ポケットから取り出したクラッカーに薄く切った胸肉を乗せる。カナッペは酒の肴に供されるものだが、この肉は独特の芳香を放っている。つまりは酒精に他ならない。
 ここまで熟成されるまで何年の人生を歩んできたのかと、弓は思った。染み渡った肝はよく冷えて、独特の香味を吐き出す。

 『「兄様姉様、皆様方は私が相手することを肉屋送りにするだなんて言うけれど……」
  「失敬な。私はお金を取ったりしませんよ?」』
 むしろ食べる方ですと咀嚼しながらつぶやいた。

 先達の皆さんの有難い言葉を思い出す。苦笑い半分は妹の弓のもので、続く半分の微笑みは姉の晒のものだ。まるっきり同じ顔を使っているハズなのに与える印象はまるで違う。
 『「寝てる時に折牙に食い散らかされた時には困りましたねー」
  「あの時はコレクションを引っ込めておいて助かったわ。誰が肉布団兼冷蔵庫なのかしら?」』
 親愛なる家族の名前をこぼす。そう言えばこの間は変な夢を見たとか言っていた。私は足が遅いからなかなか追いつけないけれど、たまには遊びに行ってあげようか?

 肉は元々の滋味か、とてもやわらかかったのだけど人間の歯では少々荷が勝るようで。
 痛いと、弓は言った。
 お酒が和らげてくれるわと、晒は言った。
 『「宵の口には酔い頃合いですよ。どうですか、一口?」
  「夢見ヶ崎さんは元気ですか、せ・ん・せ・い?」』

 極上のアルコールは彼女が私の身体を踏んづけていたことも気にはさせなかった。未成年の彼女たちが飲酒を行うのは厳密には法律違反なのだけれど――。
 そのことを裁く法はここ希望崎にはなく、人間が何かという哲学的論争は一切無縁で、美しい妖精を思わせる風貌を前にしては見て見ぬふりをしたい、それが姉妹を知る人間のすべてだ。

 虹色の髪、虹色の瞳。もちろんその髪は一本一本吟味したうえでいただいたものである。
 肌も、手足の指先も、抜き差しして確かめた眉の形からはじまって、五臓六腑と言うありふれた表現では足りない内臓や肋骨の本数に至るまで、研究に研究を重ねた努力で理想の美少女(わたし)を作った。魅入ってくれないと困る。
 特に弓はそう思っていた。晒は出来るなら私のすべてを見てほしいと思う。

 だけど、それは叶わない。 

 世界は彼女たちの本質を観測しない。理解した瞬間に終わってしまうからだ。
 すべてを私に受け入れたいと願った晒がいけないのか、私でないすべてを拒みたいと思った弓がいけないのか、それはわからない。 
 たった一人の人間の自我が砕ける音でも、何分耳がたくさんあるので何百という絶叫を一度に味わうことになる。面白い経験が出来て嬉しいのだけど、少しばかり寂しい思いもある。

 結局、真に私たちを理解してくれるのは“家族”だけなのだろう。
 良い香りがすると、たとえば榊兄様はそう言ってくれた。だから弓はあの人のことが好きだ。姉の晒としては、さほどではないのだけれど……。むしろ互いにとって良くないことだと思っている。


 遺伝子のキメラ――視肉プロップマン。
 触れ合いたいという願いは混ざり合いたいという欲望に上書きされる。それでも、晒は弓の愛する存在も愛していた。むしろ弓を愛したいがために己を見失いたくないと思った。
 だから、晒は今も自分たちを無数の目で見続けている。

 酒飲みの肝に寄りかかった蠅が落ちた。そこは年頃の娘、手ではたくのは汚らわしいと思ったのだろうか。

 ある種の茸は傘を舐めただけで蠅を落とす種があるというが、彼女たちが腰かけるソレも同じことだ。
 赤を基調に白の斑紋が散る、愛らしく幻想的な毒キノコ「ベニテングタケ」を模したと主張する、それは彼女たちの少女趣味――。

 爆散した。

 「……自分に酔うのも大概にしたら? お嬢さんたち」
 『「え……?」』
 尾てい骨から接続していたキノコが粉々に打ち砕かれ、立つことを忘れていた姉妹は為すすべなく肉の地面に打ち付けられた。反射! ふわり受け止められ傷はない。見た目だけの柔肌には染みひとつない。
 ただ驚愕のみがあった。ここ一面は彼女たちの領域、侵入者は蠅一匹たりとも逃しはしないというのに、なぜ私たちは奇襲を受けたのか? 疑問は瞬間瓦解する。

 そこにいたのは消息を絶った女教師「滴 苛子(てき いらこ)」。ご存じ第十二次ハルマゲドンに参戦するためだけに作られた番長グループの魔人「滴 陶子(てき とうこ)」のアル中な姉――?

 ……ではなく、その写真を顔に貼り付けた胸が豊満な女性、ぺらりと剥がし地面に落とす。現れた顔は。
 『「一 四一(にのまえ よい)……!」』
 「まさか、こんな手で騙せるなんて。やはりあなたたちはその人型の部分が本体で、それ以外の部分は情報を処理するだけの頭が追いついていないみたいね……」
 直立不動から間断なき警戒を保つ構えへ、所々が切り取られた仮の職場の同僚の死体を一瞥する。

 無論、その一瞬を見逃すふたりではなかったものの――、四一は肉の絨毯をヒールで抉り込む様にして蹴飛ばし、続く反動で有象無象の肉手を見もせずに後方へと飛んだ。
 流し目に瞬きだけ見せた哀しみは織り交ぜずに、ゆわりと本当の地面に降り立った。

【後編につづく】

滴 陶子SS 「私が番長Gにいる理由」


これは滴 陶子がその残酷な運命を知る少し前のお話である。


世の中には、間が悪い、ということがある。
その間の悪さによっては、自分が一体どうしてこんなところにいるのか分からない、ということもあるだろう。


第12次ダンゲロスハルマゲドン、開戦――。希望崎学園を戦乱の空気が包む中、滴 陶子は自問を繰り返していた。
生徒会と番長G。対立する二つの陣営の、どちらに自分は身を置くべきか、ということである。

彼女の魔人能力は強力だ。それはこのハルマゲドンに現れる巨大な第三勢力『転校生』を一撃で倒すことができる、数少ない力の一つである。
ともすれば彼女の存在一つでこの戦いの趨勢を大きく傾けてしまうことにもなるだろう。
まるでこの戦いのためだけに生まれてきたような力――実際、その通りなのだが、皮肉にも彼女は心の中でそんなことを考えてしまう。

(でもやっぱり、生徒会に付くべきなのかしらね――)

元来、戦いが好きではない彼女がハルマゲドンに向かう理由は一つ。それはこの愚かな争いを沈めることに少しでも自分の力が役に立つのなら、という想いである。
その為に転校生を殺す必要があるのなら、喜んでこの鬼の血を振るおう。例え同じ学園の仲間が敵でも修羅となろう。

だがこの戦いはどちらがより『正しい』のか――? それがよく分からない。戦いに正義など無い、が――より学園の、世界のためになると思えるのはどちらの陣営なのだろう。
秩序を守ろうとしているのは生徒会であるように思えるが――。

「あれは――」

そうして滴 陶子の足が自然と生徒会室の前に向かった、その時だった。
彼女より前に『生徒会室』と書かれた札の書かれた扉を開けんとする男が一人。
バンカラ帽子に長ランという非常に古風な出で立ちに、がっしりとした筋肉質な、いかにも漢の中の漢といった体躯――。
それはどう見ても……

「ちょ、ちょっと待ちなさい!!」

陶子は思わず駆け寄り、その男を呼び止めた。

「む、なんじゃあ?」
「あ、あなた……ハルマゲドンの前に殴りこむのはルールで禁止されてるわよ!」

そう、その男はどう見ても『番長』であった。
その見事な番長スタイルとその男が醸し出す戦闘的な空気が、滴 陶子の目にはどう見ても番長が勢い込んで生徒会に殴り込みに行くようにしか見えなかったのである。

「な、なにを言っととるんじゃ、われえ! わしは……わしは……」
「ごまかそうとしたって駄目よ! 私は今は生徒会でも番長でもないけど、ルール違反を見過ごすわけにはいかないわ!」

陶子は生徒会室の前に立ち、でんっ!と両腕を広げて、その番長? の行く道を塞いだ。

「戦うなら、ハルマゲドンで堂々と周り迷惑かけないように戦いなさい!」
「ち、違うっちゅーとろーが! わしは!」
「何? あんまし言いたくないけど、その恰好の割りに男らしくないわよ!」
「わしは、生徒会の一員じゃあーーーーーーーー!!」




「……………………はい?」

陶子は、実に間の抜けた声を上げて、返した。

「だから、わしは正真正銘、生徒会側の人間じゃって言うとる! 」
「……いや、えっと、でもどう見ても貴方の恰好は番長じゃない? それで生徒会?」
「これが、わしの男のスタイルじゃ! でも今は生徒会の一員じゃ! ほら! こうして生徒会の腕章も貰っておる!」

番長がその太い二の腕に巻かれた腕章をぐいっと陶子に見せつける。
そこには『生徒会 三年 【番長】』と書かれている。

「……番長じゃないの」
「いや、これはわしの名前じゃ! 番(つがい )長(はじめ)と読む!」
「……番長だけど、生徒会?」
「だから始めから、そう言っておる!」
「…………」

ジトっとした目で陶子は番長(つがい はじめ)を見る。
言っていることに嘘が無いように見えるが、どうにも胡散臭い、という感じが抜けないでいた。
陶子は意外と単純なところがあり、どうにも見た目の印象だけで人を捉えてしまうところがあった。
この番長が本当に生徒会だと言うのか? 実は番長Gから送り込まれたスパイでは無いのか?
ハルマゲドンが始まったら、生徒会の初期配置にいながら、いきなり番長Gの指示で動き出して味方を襲うこともあるのではないのか?
そんな有り得ない予感までをも感じていた。要するにそれ程目の前の男は「番長」であった。

「おんしの言いたいことは分かる。わしとて、正直最初は生徒会に召集されるとは思うとらんかった……」

未だ首を傾げる陶子に、番長(つがい はじめ)は真摯に語り掛ける。

「だが、わしはこの学園の皆の事を思うておる……。この争いを一刻も早く沈めるために生徒会の一員として立ち上がったんじゃ!」
(…………ふむ)

番長(つがい はじめ)の言葉に聞き入る陶子。
彼の想いは、陶子のそれと同じである。

「生徒会はこの学園の秩序を守ろうとしている……。わしはその力になりたいんじゃ」

ようやく陶子の心の中に、番長を信じる気持ちが生まれてきていた。
この様な真っすぐな男がいる陣営ならば、自分が力を貸してもいいのかな……そう思った時であった。

「ガブッ……! う、ううん……お、美味しい、こんな美味しいお尻……っ!」
「……!!?」

突如、陶子の小さなお尻に違和感が生じた。
見れば、小柄な金髪、赤い目の可愛らしい女の子が陶子のおケツに?筋みついている。
番長との会話で緊張が薄れ、彼女の接近に気づかなかった……。陶子、一生の不覚である。

「あんっ……。このお尻、良い……こんなの初めて……気持ち良い……」
「ちょ……ちょっと……あふっ……こ、こらっ……」

陶子に流れる鬼の血によるお尻は、吸ケツ鬼には結構、美味らしい。
思わず恍惚の表情を浮かべる陶子であったが、何とかその誘惑を振り切る。

「は、離しなさいっ!」

陶子は何とか、そのお尻に噛みついた少女、ヴェンピィを振り解いた。
そこそこ強い力で吸い付いていたヴェンピィだったが、鬼の力には劣る。

「はあーっ……はあーっ……ちょっと! これが秩序!?」

陶子は再び番長の方を向き、抗議の声を上げる。
廊下に転がったヴェンピィの腕には番長と同じ生徒会の腕章が巻かれている。
この人のお尻へ急に吸い付く少女も生徒会の一員、ということだ。

「い、いや、これは違うんじゃ……。こいつは確かに急に噛みつくような奴じゃが、やりたくてやっているわけじゃなくて」
「お、お願いします……もう少し……もう少し、吸わせてっ! こんな、こんな美味しいお尻初めてで……あっ! いやっ! 駄目なのに……駄目なのにぃ……」

番長の擁護の声空しく、ヴェンピィは再び陶子の尻へと執着する。
実際、彼女が尻を吸うのは体質の問題であり、色々彼女にも悩みがあるのだが……残念ながら完全吸ケツ鬼モードの彼女しか見ていない陶子にはあずかり知らぬことである。

「ていっ」
「あふっ!」

陶子は無表情のまま、鬼人空手でヴェンピィを眠らせる。
ヴェンピィは恍惚の表情のまま、キュウ、と地面に転がった。

「…………」

陶子は再びジト目で番長を見つめる。
再び、「果たしてこの男信用できるのか?」という気持ちが生まれる。

「と、とにかく……生徒会の連中は決して悪い奴らじゃないんじゃ。
 この学園の正義を守ろうとしている……。わしも番長Gの奴らと戦うのは心苦しいが……、お前も生徒会の他の奴らと話しあってみればわかるはずじゃ!」

そうして番長は生徒会室の扉を開いた。
……だが、そこには彼らの思いもよらぬ光景が広がっていた。

「はあ……死体があると興奮するの」

生徒会室一面に広がった、赤、赤、赤……。
そこら中に、ぐちゃぐちゃに損壊したもの言わぬ死体達が転がり、彼らから放たれた夥しい数の血が、部屋いっぱいに充満していた。
その中心にぼけーっと転がっている一人の生きた少女。生徒会にいるクラスでもごく普通の女の子? 捨石愛子である。

「あら、番長(ばんちょう)……お帰り。ねえ、血塗の赤で血塗られた部屋って素敵だと思わない?」

語る言葉とは裏腹に、実に無機質にその少女は番長に語り掛けた。
喜びも悲しみもない、無の表情からは何も読み取れない。この状況を生み出しながら本当に死体への愛があるのかもわからない少女であった。

「……これが正義?」
「ち、違うんじゃ……違うんじゃー!!」

冷たく抗議の視線を向ける陶子と悲しく否定する番長(つがい はじめ)。
番長の叫びが部屋一面の赤へと溶ける中、陶子は静かにその場を後にし、生徒会へ所属する決意を固めたのだった――。




世の中には、間が悪い、ということがある。
中には、どう見ても番長スタイルである少年が、何故か生徒会に所属したり、時には生徒会長にまでなってしまうこともあるだろう。
またその一方で、どういうことか人でもないパンダが番長となることもある。
それは誰かが天上で賽を振った結果なのか、はたまた唯の運命の悪戯であるのか。
ともあれ、第12次ダンゲロスハルマゲドン、開戦の時は近い――。

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最終更新:2016年11月20日 22:45