(無題)


秋から冬へと移り行く近頃の夜は、骨の髄まで沁みる寒気が満ちている。
山乃端一人が落命し、戦渦が漣打ち広がる希望崎学園の中庭は、黒く濃く藍い夜空に照る月が眩い。
刈入れられた庭木。水の流れぬ噴水。しんと冷え切った無人のベンチ。
寒々しく青い世界に、長い影を伸ばし、この夜、藍堂晒と弓の二心一体の姉妹は、予期せぬ人との出会いを果たしていた。

『「私達は敵同士……ってことですよね? ――らちか姉様」
 「らちか姉さんの肌は前から“気になってた”し、丁度良いコレクションに出来そう」』

晒達が語りかける相手は、晒達と比較するに――醜悪な肉塊まで含めるならば――圧倒的に小さな少女の影。

「らちかちゃんの妹さんだよ。確か、晒ちゃんと弓ちゃん。覚えてる?」
「……ダメみたい。全然ピンと来ないけど……私の妹?」
「ああ、それじゃあ気にしないで。そのまま、さっきまでと同じ。私が話を合わせるからさ」
「……緊張してるのね。貴方にしては珍しい」
「冗談の通じない相手――より質の悪い、冗談みたいな理屈で世の中を引っ繰り返す相手だからね~」
「まあ、でも……さっきの電話の男の人……声を聞いて、背筋を虫が走るみたいな感じ……だった」
「ふふん、らちかちゃんも言うねぇ。ま、そういう人が関わってるんだもの。碌でもない事態だよ。本当に」

それは独り己に対し会話を続ける少女。傍から見るならば晒達と同様、独言の多い娘と言われよう少女。
千坂らちか――来る第12次ハルマゲドンにて、晒達番長グループと敵対する生徒会陣営に属す少女であった。

一夜の邂逅は神の悪戯か、悪魔の仕業か。
血統に依らず精神的繋がりを以て形成される異能殺人集団『裸繰埜一族』。
藍堂晒と弓が、裸繰埜鵺岬晒と裸繰埜矢岬弓として名を連ねる集団。
千坂らちかが生前、裸繰埜夜見咲らちかとして名を連ねていた一族。
その家族が敵対者同士として向き合う運びとなった此度の戦場。
事態を一層に混迷させるかの様に、戦闘開始の合図を前にして、二者はここに顔を合わせていた。

『「ねえ……らちか姉様」
 「私のコレクション入りに備えてしっかりお風呂に入っておいてくださいね」』
「そうだねぇ。晒ちゃん弓ちゃんは全身洗うのも一苦労だろうしねぇ。ああでも、腕を生やせば楽なのかな?」

言葉で牽制をし、晒達はゾロリと全身を震わせる。地の陰から、軟体や節足、種々様々な腕がざわめき伸びる。
らちかもまた、飄々と言葉を躱し、地面を蠢く肉片達を避け、花を渡る蝶の様に舞う。

暫し、夜闇の中庭は手を取り合わぬ月光蝶のダンスホールと化す。
――やがて戯れに飽いたと、晒達は全身の蠕動を止め、口を開いた。

『「それじゃ……またね。らちか姉様。相馬兄様にもよろしく伝えておくよ」
 「ハルマゲドンを楽しみに待っててください、らちか姉さん。ああ、それと――」』

幕引きの言葉を述べる晒達。
後は本番の日まで待とうとの、休戦の言葉。
しかし、晒の放った「相馬兄様」の名に、らちかは幽かに眉根を寄せていた。

らちかの脳裏に浮かぶのは、晒達との邂逅の最中、何処とも知れぬ先へと繋いだ一本の電話――



 * * *



「おう、魂消たなァ。盆はとっくに過ぎてンぞ? アレか? 近頃はハロウィンに帰ってくるってかァ?」
「……貴方……は」
「まァ、なンだっていいやな。俺が態々言うことなンざねェ。お前は誰でもねェ。ソイツらと好きにやってな」
「貴方は……貴方は……私は……?」
「アン? ざまァねェな。人の記憶を奪う能力者が、今じゃ被害者様と同じお気持ちですッてか。笑えもしねェ」
「私は……」
「俺から言う事があるとすりゃァ――お嬢ちゃん? 壊れた人形でいつまで人形遊びしてンだ。往生際が悪ィ」
「私は好きにやる。好きにやっていいんでしょ? 貴方にだけはとやかく言われたくない」
「ハッ! 違げェねェや! 失敬失敬。――ま、好きにすりゃイイ。人様の趣味にゃ金輪際口出ししねェよ」
「それじゃあ、失礼します」
「おう、もう化けて出るンじゃねェぞ」

それは殺人鬼、千坂らちかの――
他者の記憶を奪う魔人能力を持ち、多くの人間の命を奪ってきた簒奪者の、報いであったのだろうか。
何も思い出せぬらちかは、それでも電話口から聞こえた男の言葉に、自らの境遇の原因を嗅ぎ取っていた。



 * * *



『「それじゃ……またね。らちか姉様。相馬兄様にもよろしく伝えておくよ」
 「ハルマゲドンを楽しみに待っててください、らちか姉さん。ああ、それと――」』

幕引きの言葉を述べる晒達。
後は本番の日まで待とうとの、休戦の言葉。
しかし、今宵の舞台はそのまま閉幕するには早すぎる。
らちかの意識が過去へと没入したその瞬間を、弓は見逃さなかった。

『「どうせなら――今日でもいいんじゃないですか?」』

その言葉の直後、晒達の身体はらちかの懐へと一歩、踏み出していた。――急転直下。それは獲物の命に届く距離。
腰溜めに構えられた右手は半開きのまま、脚、腰、背筋をみしりと引き絞る。
弦から放たれた矢の如く、猛禽の爪が如く、その右手がらちかの首をもぎ獲らんと唸りをあげ撃ち出された。

「――ふっ!」

過たず放たれた凶撃は、しかし空を切る。
らちかは右足を軸に身体を半歩分回転させ、軽く上体を反らす最少の動作で晒達の的を外していた。
のみならず、重心の移った左足でバネを効かせ、呼気を一つ。回避動作の勢いをそのまま利用し、顎先を狙う蹴り上げへと連動させた。
らちかは――らちかの身体を手繰る霊は、予めこうなる事態を予測していた。備えていたが故の返し技であった。

腕を差し伸ばし、前傾した体勢の晒達へ繰り出される返し技。
尋常の人間であれば首から上が柘榴と砕けていたであろう。

だが、晒達の身体は決して“尋常では無い”。
体制を崩したままの、人の姿を成す体組織を、足下の悍ましき肉塊がぐいと引き戻した。
晒達の顎先数センチの空間を、逆向きのギロチン宛ら、鋭利な蹴りの軌跡が断った。

七色に燦めく晒達の髪が、逆巻く蹴り足に刈り取られ、幾許か虚空を舞う。
漆塗りの夜天に浮く銀月へ、冷え冷えと虹の輪が架かった。

『「あぁ――」』

弓は、その光景に感嘆の吐息を漏らした。
逼迫した事態も余所に、白い鼻筋を空へと向け、己が肉の一片が創り出した刹那の彩に、瞬時、見惚れた。

「緊張感の無い娘ね。自分から仕掛けてきておいて」

11月の夜気に僅かばかりの温もりを交じえた声が響く。
晒達が顔を戻せば、五歩程度の間合いを空け、仄白く月光に照る金髪の少女が呆れ顔を向けていた。
毒気の抜けたその表情に相対し、暫時。やがて晒はくすりと微笑を口の端に乗せた。

『「ほらほら……弓ったら、らちか姉様に叱られちゃったよ」
 「いいじゃない。らちか姉さんだって本気じゃないでしょ? “今日は”」
 「うん……そうね。“今日のところは”もう充分――ですよね?」』
「そう、だね。貴女達の“調整”具合は判ったし、今晩はお開きかな」

爪弾けば絹裂くソプラノを奏でる緊張は、いつしか闇に溶け散逸していた。
互いに必殺の間合いまであと半歩――その死地へどちらも踏み込む事無く、二者は構えを解いた。
不意に訪れた夜半の命の試し合い。それは、或いは肉食獣の子供達が戯れ合う様であったろうか。



 * * *



「それじゃあハルマゲドンで」
『「おやすみなさい」
 「当日もよろしく」』
「本番ではしっかりと“私”好みの、色白で綺麗な肌を創り上げておいてよね?」
『「へええ……ふふふ」
 「らちか姉さんの目も心も奪う造形美を“見せて”あげるよ?」』

別れ際、交わす言葉は美しい衣を被せた、一皮剥けば両者共に明確な“解体予告”。
詳らかに語らずとも伝わる“家族の絆”を、晒達もらちか達も、相手の笑顔に見て取っていた。

二者は無言で闇の静寂へ、本分の棲家へと隠れて消えた。
真白く冴える月が、地上を這うグロテスクな影を最後まで見つめていた。



★一三三一六プロローグSS★


「残念ながら、全身に腫瘍が広がっています。一年、生きることができたら奇跡と言っていいでしょう」

三三一六に対し、生後一ヶ月を待たずして伝えられた死の宣告である。
先天的に全身を覆い尽くしていた悪性新生物。
短く儚い命に「ミサイル」と名付けたのは、せめて力強く空を飛んで欲しいと願う、親心であろうか。

全身にチューブを繋がれ、新生児ICUで小さな命を辛うじて保っている三三一六。
この世に生を受け、母親の温もりを感じたことすら指折り数えるほどの哀しい命。
いまにも燃え尽きてしまうかもしれない、弱々しい命。
そんな宿命を、決して認めない者がいた。

【『に』にっこり笑って】

深夜。新生児ICUに忍び込む小さな影あり。
三三一六の、兄である。
手にするは、銀色に輝く映像ディスク。
少年は、妹が眠るベッドに忍び寄り、枕元の液晶ディスプレイに繋がれた再生装置へディスクを差し入れた。

【『の』のぞみを捨てずに】

三三一六の目に映ったのは、力強く戦うロボットの姿であった。
どんな敵にも負けない鋼の戦士。
このロボットのように強く、病気に打ち勝ってほしい。
三三一六の兄は、そんな願いを妹に伝えるために面会謝絶のICUへと忍び込んだのである。
そして、巡回している看護師に発見されてスグにつまみ出された。

【『ま』まえだけを見て】

新生児ICUが面会謝絶であることには意味がある。
ただでさえ弱い新生児が、治療薬の影響で更に免疫力を下げていて、しかも病気によって体力も低下しているのだ。
ちょっとした細菌の感染が命取りになりかねない。
そして、三三一六の兄が潜入したことには、結果的に意味があった。

ロボットの映像に、どれほどの効果があったのかはよくわからない。
効果があったのは、三三一六が兄の魔人能力から至近距離で影響を受けたことである。
真実を知るものは数少ないが、少年の能力の効果は「家族に奇跡を起こすこと」である。
対象を強引に「家族と見なせる存在」にして運命を覆す過程で誤解されることばかり多いのだが、実の妹に効果を発揮するならば『トラブル』は必要ない。

【『え』えんじょい、ゆあ・らいふ!】

そして、三三一六は魔人として覚醒した。
彼女が手に入れた『傲然たるホーリー・マカラル』は、クソったれな運命を不敵に笑い飛ばしてサヴァイバルするための能力。
たちまち病魔は爆発四散!
三三一六は、健康な体を手に入れたのであった!

ただし、少々副作用がありまして……

●副作用1
気を良くしたお兄さんがロボット番組を熱心に見せたせいで、ロボット大好きっ娘になってしまいました。

●副作用2
家族に甘やかされて育ったせいで、お菓子大好きっ娘になったのは良いとして、その、肉付きの方が……

まあ、どちらの副作用も男子ウケは悪くないはずなので、キャラ作りでやってる不安定なロボしゃべりさえやめたら相当もてると思うよ。
なお、体型については、ほとんどの人が可愛らしいと思える程度のぽっちゃりですよ、ということは改めて強調させてください。

(おわり)



『料理対決? VR vs AR!』


ガラリ。「VRうどん」と書かれた扉が開く。

「VRうどん……なんかロボっぽい感じの響き! ロボの端くれとして食べぬわけにはゆきますまい。VRうどん一丁くださいロボ!」
入店してきたのは、一三三一六だ。

VRうどん部の部長、木佐貫夏男が出迎える。
「いらっしゃーい。おや、格好いい眼鏡だね。もしかして、ビームとか出る?」

「ふふふ、もちろんロボたる私ですから目からビームぐらい出したいのは山々。でも残念ながらこれはARグラスなのでビームは出ないんですロボ」

「そっか。ARだったらビームは出ないよね。ま、VRもビーム出るわけじゃないんだけど」
そう言いながら夏男はどんぶり鉢を右手に持ち、左手でVRゴーグルをくいっと操作した。

「すごいっ! ゴーグルからまるでビームの如くうどんがにゅるんにゅるんと出てきてどんぶり鉢を満たしてゆくロボ……! とってもヴァーチャル・リアリティ!」

三三一六のARグラスが赤く光を放つ!
その視界の中で、次々にVRうどんを赤いマーカーがロックオンする。
マーカーからは引出線が伸び、ランダム生成された英字メッセージや数値が表示されロボ気分を盛り上げる!

「冷たいつゆをぶっかけて……さあどうぞ! 麺を湯がく必要すらないVRうどんならではの迅速提供!」

「ごちそうさま!」

「えっ、もう完食!? 食べるの早っ!?」

「えへへー、美味しかったからすぐ食べちゃいましたー。とっても美味しかったです!」

「お、おう。ありがとな。280円になります」

「はい」
ちゃりんちゃりん。
「あ、そうだ。とっても美味しかったので、お礼にこれあげますね」

「どうも! ふむ……これは、高さ3cmぐらいのロボットのフィギュア? しかも手作りだ。ずいぶん器用なんだね」

「うふふー。美味しく食べてくださいね!」

「これ食べられるの!? ぺろり。あ、甘い。これマジパン?」

「ひとつひとつ手作りだから全部違う形なんですよー」

「これは凄いな。食べるのが勿体ない……あっ新メニューを閃いた!」

「……悪い予感がするロボ」

そして、VRうどん部に新メニュー「マジパンうどん」が誕生した。
賑やかな飾り付けによる見た目の楽しさに加え、マジパンの甘さとつゆのしょっぱさが奏でる絶望的不協和音が一躍話題に!
ガリガリ君ナポリタン味級のダメージを受けたVRうどん部は、具材を調達する予算すら失ってしまった……。

「ぐぬぬ、うどんだけならノーコストで出せるからぶっかけうどんは提供できるのがせめてもの救い……こうなったらハルマゲドンを利用して一稼ぎだ!」

「……また悪い予感がするロボ」

(おわり)



『番長の決意』


第12次ダンゲロスハルマゲドン開戦の前日。場所は希望崎学園の校舎裏。

「おりやぁああああああああああああ!!!」

「ぐへぇ!?」

豪快な掛け声と共に大柄な男の体が宙を舞って、潰れた声と共に校舎の壁に叩きつけられる。

「大勢で囲んで、男として恥ずかしいと思わんのか!男なら正々堂々とせんかい!」

「ぐぅ…」

1人の男が拳を握りながら、一喝するように言い放つ。その周りには複数の男が仰向けやうつ伏せに倒れている。
バンカラ帽子に長ランと見た目は完全に往年の番長の出で立ちをした男の名は番長(つがいはじめ)、希望崎学園の3年である。

「あの…!ありがとうございました!!」

1人の女子学生が頭を下げながら、お礼を言ってくる。

「なーに、気にすることじゃなか。わしゃこういった事が大嫌いじゃけぇのう。」

男子学生の言葉にに何事もないように返答すると、その場を立ち去っていく。一体何が起こっていたのか…事の顛末はこうだ。
事件は昼の休憩に起きた。番長が校舎内を歩いていると、ふと複数の男子生徒が1人の女子学生を校舎裏へと引っ張っていく
光景が見えたのであとを追うと、嫌がる女子生徒に男子学生達が群がり迫っている所だった。
その言動に激怒した番長が嵐のごとく割って入り、今に至るというわけである。

「全く…1人の女子に対して複数で迫るとは、嘆かわしいことじゃのう。」

校舎に戻る途中、首を振りながら今の出来事を振り返っていた。男が無理矢理にということもあるが、何より性分でもあった。
番長は不正や曲がったことなど大嫌いであった。この学園の入学してから、幾度となくそういった場面に遭遇し、理不尽に思えば
たとえ女性だろうが上級生だろうが教師であろうが、容赦なく介入していった。そのため一部の生徒や教師は快く思ってはない。

「よう番長(ばんちょう)!今日も頑張ってくれよ!」

「こんにちは番長(ばんちょう)、昨日はありがとうね」

「ああ」

廊下を歩いていると、様々な学生から挨拶やお礼の言葉をかけられ、それに返事をしていく番長。
どんな相手でも関係なく介入して解決していく姿に感謝する生徒が増えて、今やほとんどの生徒が信頼を置いていた。
ちなみに言動や格好そして名前もあり、呼び方が本来の「はじめ」から「ばんちょう」へと途中で変わっていった。

「(今回のハルマゲドンも嘆かわしいことじゃ…)」

番長はとある部屋の前で立ち止まり、掲げられたプレートを見つめた。

『生徒会室』

そう書かれた部屋のドアを開けると、中には何人かの生徒が椅子に座りながら、それぞれが自分のしたいことをしていた。
                    ・ .・ .・
これらは今回のハルマゲドンの生徒会のメンバーである。番長も開いている椅子に腰掛けると腕を組みながら、バンカラ帽子を深くかぶり直した。

「(まさかこんなことになるとはのう…)」

今回のハルマゲドンで生徒会のメンバーとして招集された番長。
不正やまがったことが嫌いな番長だが、争いが好きなわけでない(介入した結果争いを起こしているのは置いておく)。
ここにいるメンバーはもちろん、番長Gのメンバー誰もが普段から番長を信頼している。
しかし声をかけてくれていた番長Gの生徒の数が徐々に回数も減っていった。その理由は明白、ハルマゲドンの開戦であった。

ハルマゲドンのために、生徒がバラバラになることを良しとしない番長は真っ先に参戦を名乗り出たわけである。
ちなみに余談として生徒会に選ばれたのに多少ビックリしたのはここだけの話だ。

「(アルマゲドンはもう決定してしまった。あとは戦うしかない……ここからはわしのやれることをやるだけじゃ!)」

決意を改めて固める番長。ハルマゲドンまで残り1日……開戦の時は近い。



『みさいるちゃん vs 巨大怪獣』


――属名、Hitogata

南氷洋の深き海で、そいつは見ていた。
高い知能を持った、その巨大生物は、人間の営みを観察していた。

――種小名、Ningen

霊長類ではないのか。
いや、鯨の仲間でしょうJK。
様々な仮説が提示されているが、脊椎動物の一種であろうという以上のことは、誰も断言できない。
16S rRNA塩基配列を用いた系統解析によると、いかなる四肢動物との類縁性も示されず、肉鰭類の姉妹群である可能性が示唆されたに過ぎない。
そもそも解析に用いられた漂着肉片がヒトガタ・ニンゲンのものであるかどうかについてすら議論がある状態だ。
完全な標本が得られていないのを良いことに、真顔で巨大甲殻類であると主張する学者さえいる始末である。

正体が何なのかは不明だが、確実なことがひとつある。
その個体は、Twitterをやっていたということだ。
彼は「#シンゴジラ実況」というハッシュタグを見つけ、思った。
(このタイミングで日本上陸したら超人気者じゃね?)
そして、海の巨獣は希望崎に現れた!

体長、およそ40m。
のっぺりとした質感の、氷山のように白い皮膚。
上半身は人間に近い形で、下半身は鯨のようなヒレになっている。
上陸したヒトガタ・ニンゲンは、ズルズルと蒲田くんのように這い、希望崎学園の校舎を目指した。

「ウワアアアーッ!! 怪獣だーっ!!」
「ギャー、助けてーっ!!」
「怪獣に対抗できるのは……ウルトラマ……いや、ロボット!」
「誰かロボットの方はいませんかーーっ!?」

颯爽と現れる銀の衣を纏いし少女!

「はいっ! ロボならここにいますロボっ!」

「わーっ! ヤッター!!」
「ロボットが来た! これで勝てる!」

(あ、あわわわわ、しまった……ついノリで出てきちゃったけど、あんな大きな相手は無理……)

「そう言えば、聞いたことがある……」
「何っ、知っているのか?」
「うむ。戦闘破壊家族の一員、一三三一六(にのまえ・みさいる)……能力は肉体をミサイルに変えて発射する『からだミサイル』。その威力は火山の噴火に匹敵すると言う!」
「うおおーっ! そいつはスゲエ!」
「流石ロボット! 格好いい!!」
「みーさいる! みーさいる!」
「みーさいる! みーさいる!」

(うええええーーんっ! 自分で言った嘘の能力説明に尾ヒレが付いてメチャクチャ期待されてるーっ!? 本当はミサイルなんか出せないのにーっ!)

「ゴモオオォオオーッ!」
困っておろおろしている三三一六に向かって、ヒトガタ・ニンゲンが猛突進を開始する!

「危ないっ!!『出でよ 僕らのアルカディア(仮)』!!」
三三一六の窮地に生徒会の仲間である高架下周道が駆け付け、巨大な絨毯を展開する!
三三一六とヒトガタ・ニンゲンの間に、絨毯ロールが転がり防衛ラインを構築!
絨毯から無数の小鬼や槍が飛び出す!!

「ゴモオオォオオーッ!」
ヒトガタ・ニンゲンは立ち塞がるモンスターやトラップを意に介さずやすやすと突破!
大木の如き白い腕を降り下ろし、三三一六を叩き潰す!
「ぎゃーーーっ!」
平らに潰れて赤い血溜まりと化す三三一六!

「うわああーっ!? ミサイルちゃーん!?」
防衛失敗した周道が叫ぶ!
だが、悲しんでいる暇はない!
希望崎を守らなければ!
「アルカディア……イン・フレイム!!」
ヒトガタ・ニンゲンを囲うように四角く配置された絨毯の防衛ラインから、猛火が噴出し、炎の壁がニンゲンを閉じ込める!
南極産まれのヒトガタ・ニンゲンは熱さが苦手だ! 動けない!

「ゴモー……」
ヒトガタ・ニンゲンは仕方がないので、炎が収まるまでTwitterでも見て時間を潰すことにした。
きっと、自分が大評判になっていると期待して!

『なんか希望崎にキモいの来たんですけど』
『うっわー、女の子を殺した。最悪ー』
『炎に包まれて動けなくなってるwwwだせえwwww』
『ていうか何こいつ、シン・ゴジラ人気に浮かれてやって来たの?調子に乗ってやらかすのって寒いよね……』

散々な書かれっぷりだった。
おまけに、世紀の怪物が本邦初上陸なのに、Twitterの話題はトランプ大統領誕生でもちきりだった。
来たのが少し遅かったのだ……。

「ゴ……ゴモ…………」
Twitterにはまってるぐらいだから元々メンタルがそんなに強くないヒトガタ・ニンゲンは、落ち込んだ。
そして、アルカディアの炎が収まると、すごすごと海へと帰っていった……。

(おわり)



高架下周道の紹介用の文 (書いたのは同じ迷宮解明班のメンバー)


『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』
数多の冒険者の血、殺人機械から漏れ出た潤滑油、それらに群がる羽虫によって、洞窟入口にはまるでそのような文句が書かれているものと幻視してしまいそうになる。
私達は国土地理院に所属する迷宮解明班の者である。古代遺跡の一種であるとも言われるこのような迷宮、俗にいうランダムダンジョンは近年多くの問題を生み出し、社会的にも注目を集めている。昨年、雨宿りのつもりで洞窟に足を踏み入れた男性が重傷を負った事件や、誘拐犯が追っ手を撒くために迷宮の奥まで立ち入ったことで捜査初動が遅れ、警察が見つけた時には誘拐犯も人質も死体に変わっていたという痛ましい事件は多くの人の心に傷痕を残した。
そこで、私達国土地理院が地図作りと並行して迷宮内の安全性を保障する運びになったわけである。これら迷宮は基本的に立ち入る度に姿を変えるが、どこぞの科学者が開発した装置を最奥に設置することで、変化が起こらないようにすることができるようになった。あとは、この地における生態系や罠を把握しデータを取ることで、迷宮を踏破したことになる。

キャスター付の椅子が十個以上召喚され、その上を影が跳び移る。椅子が敵を取り囲み、足の上をトゲ付きの車輪が轢き潰している中で、その影は敵の顔面に一撃必殺の蹴りを繰り出す。首から上を削り取られた敵は正面に向かって倒れた。
敵、と呼んだのは現在はモンスターに近い存在だが、本来は冒険者だった存在、『冒険者狩り』である。彼らは特に生計を立てる手段を持たない魔人が軽い気持ちで冒険者となったものの、奥まで進む実力を持たなかった者達、遂には他の冒険者から宝や持ち物を奪うことを生業とするようになった者達だ。
この迷宮から漏れ出る瘴気はここを住処とした魔人達の理性も遺伝子も歪め、やがては鎧と皮膚が一体化したような生物に変えてしまう。奴らはZ染色体と呼ばれる染色体で人間の男を孕ませて子を作ることができるというのは、あまりにも有名である。「死人に口無し、されど尻有り」ながく冒険者をしていれば、そのような言い伝えすらも聞くようになるらしい。何故男との間に子を作るようなことができるようになったかという議論では、基本的によほど強さに自信があるのでなければ、女性は冒険者にならないことが原因では無いか、という説が有力だ。
私達の班は例外的に女性が多く、男は一人しかいない。しかしその絨毯の人は今、希望崎学園の地下ダンジョン調査の許可を貰いに行っている。噂によれば近々ハルマゲドンが勃発するらしいが、まさか巻き込まれてはいないだろう。
私達の迷宮伝説は、まだ始まったばかりなのだから。

未完

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2016年11月20日 22:52