第1ラウンドSS・出場選手に縁の深い場所、土地その2

『イート・ライク・ユー』

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戦場地形『出場選手に縁の深い場所、土地』

枯葉塚 絆 VS 狐薊 イナリ
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どうしてこの場所が戦場に選ばれたんだろう、
枯葉塚絆はそんな疑問を浮かべながら人々が行き交う中を歩く。

戦場として選ばれたのは、少しおしゃれな商店街だった。

枯葉塚 絆はこの場所を確かに知っている。
自宅から自転車で15分で来ることができるここは、
昔よく遊びに来たところ、ぐらいの認識だ。

(もっとも 数年前にあのシュークリーム屋さんがなくなってからはほとんど来なくなっちゃったけど)
たしかにこの商店街は絆に馴染みのある場所だ。
小学生のころ、よく通っていたことも覚えている。

だが、縁の深い場所、とまで言われると、少し違和感がある。
いくらボンヤリ生きてきた絆とはいえ、もっと縁の深い場所はいくつか想い浮かんだ。

「まぁ いっか!戦いにはあんまり関係ないだろうし!」
そう笑顔でとぼけながら、彼女の足は自然と件のシュークリーム屋へと向かう。
事前に運営から得た戦場の知識によれば、ここにはなくなってしまったシュークリーム屋が存在しているはずだ。
どうやら彼女がよく通っていたころの、昔の商店街が再現されているようだ。
であれば、お気に入りだったシュークリームを食べない道理はない、というのが彼女の思考だった。戦え!


「わーー、人がいっぱいなのじゃー!おいしそうなお店もいっぱいじゃ!」
目的地に向かう途中で、狐薊 イナリを見つける。
イナリにとって、0と1が露出している電脳世界以外の場所に来るのは初めてのことだ。
テンション爆上げになるのも仕方がない。
だが、ここは戦場なのだ。こんな状況では不意打ちされても仕方がない。やっちゃえ絆!

「あなたがイナリちゃん?」
ば バカ!なに堂々と話しかけてるんだ!アサシネイトしろ~~!

「おう!そうじゃぞ!おぬしが枯葉塚 絆か!
 ぬう、少しは食べ歩きをしてみたかったのだが――」
「お、気が合うね。せっかくだから戦う前にいろいろ食べようよ!」
「おお!おぬし、話が分かるおねーさんじゃな!食べ歩きわーいわーい!」
「おねーさん… いい響き…。
 いいでしょう、このおねーさんが色々おごってあげる!」
「マジなのじゃ!!?わーいわーいわーい!」
た、戦えーー!
バトルを求めている読者たちの票を落としてしまう~!!

「このシュークリーム、とってもおいしいんだよ」
「あ、甘くておいしすぎるのじゃ…。これが『味覚』…。味に目覚めるのじゃ…」
「よかったよかった。他に何か食べたいものある?」

なお、こんな甘い会話をしている間も、
イナリの周りにはいくつもの武器が衛星のように浮かび、
絆は持参した鉄パイプを引きずっている。
周囲の人々は奇異の目でふたりを見ていた。
頼む!その武器ではやく戦ってくれ!

「パフェとかプリンとかも、食べてみたいのじゃ!」
「お、たしか向こうにプリンパフェがあるお店があったかなー」
「プリンパフェ…?プリンとパフェが一度に楽しめてしまうのか?
 そ、そんな悪魔的な食べ物がこの世に存在するのか?」
「悪魔的に甘くておいしいよ~」
「のじゃー!!」
それ食べたら戦ってくれー!!

プリンパフェを頬張りながら、絆はかつてのことを思い出した。
小学生のころ、よくこの商店街で遊んでくれるお姉さんがいた。
彼女は絆のことをよく可愛がってくれて、
ちょうど今日の絆とイナリのようにおごってくれた。

「ファイトマネーのおかげで、結構お金はあるんだ」とそのお姉さんは言っていた。
食べることが好きな人だった。

(どうして、会わなくなっちゃったんだっけ?)
絆は記憶をたぐり寄せる。

最後に会った日も、なんでもない日だったはずだ。
いつものようにシュークリームを二人で頬張って、
お姉さんは「明日また戦ってくるんだ」と言っていた。
絆は、お姉さんが何と戦うのはよく分かっていなかったけれど、
笑顔で「がんばって」と言ったはずだ。

それ以来、お姉さんはいなくなってしまった。
何度絆が商店街に向かっても、お姉さんと出会うことはなかった。
しばらくはひとりでシュークリームを食べていたけれど、
そのお店も無くなってしまってからは、ほとんどこの商店街には来なくなってしまった。

(なんで、忘れていたんだろう。お姉さんの名前は何だっけ?たしか――)
「絆おねーさん、パフェもうお腹いっぱいなのじゃ?」
イナリの声で、絆は我に返る。
「うん、いっぱいになっちゃった。イナリちゃん、残りでよかったら食べてくれる?」
「わーい!もちろんじゃー!」

イナリが嬉しそうに食べるのを、絆はみつめる。
そういえば、あのころのお姉さんも、そんな風に自分を見ていてくれていた気がする。

(そうだ、ミカお姉ちゃんだ)
ふとイナリのことが、ミカの印象に重なる。
彼女もよく食べて、よく笑う人だった。

「ごちそうさまなのじゃー!」
「おいしかったね」
「とっても、とってもおいしかったのじゃ!
 ありがとう絆おねーさん、なのじゃ!」
「いーえー。
 ――じゃあそろそろ、戦う?」
「うむ、望むところなのじゃ!
 奢ってもらったとはいえ、手加減はせぬぞ!」

絆の思考が戦闘に移るころには、
彼女はまた阿久津 ミカのことなど忘れてしまった。


■     ■


商店街に、さきほどまでの人混みはない。
絆が「これから私たち戦いまーす!」と宣言をしたら、物好き以外は避難をしてくれた。

「はじめようぞ、絆おねーさん!」
「うん!」
商店街のど真ん中で戦闘が開始される。

「うん!」と同時に絆は所持していた鉄パイプを変形させ、"散弾銃"を繰り出す。
イナリの周囲に浮いていた武具の一つ『強化ぷらすちっくしーるど』が、
弾丸の軌道上に自動的に位置を変えてイナリを守る。

【プログラム:オートガード】
イナリはこの戦場に着いてから常に防御プログラムを起動していた。
考えなしにスイーツタイムにしゃれ込んでいたわけではないのだ。たぶん。

そして、イナリは『すとーんぶれーど』――要するに石の大剣を空中で振るう。

イナリは武器を手で振るう必要はない。
自分の意志で、念動力のように武器を操ることができるのだ。
AI存在の彼女にとって、VR上に存在するものは自身と同じデータであるし、
"属性"が『イナリ』つまり自身であるものはイナリの身体の一部のように自在に動かすことができるのだ。
持ち込んだ武具は、当然"属性"が『イナリ』のものとなっている。

対する絆は鉄パイプに魔法の箒のようにまたがり、空へと飛ぶ。
一時戦闘離脱である。
イナリが持ち込んだ武具はほとんどが非金属性であり、今のままでは勝ち筋がないと判断したのだ。
イナリとしてはそんな武具を集めるためにデータキューブを開けまくり、
主人である海斗にまた怒られたかいがあったと言える。

そして。
「うわーー!」
空を飛ぶ絆をレーザービームが襲う!
イナリが今回持ち込んだ中でも最大火力の武器『れーざーびーむ砲』が火を噴くぜ!
「絆おねーさんの空中機動は厄介だと思っていたのじゃ!」
イナリはVR戦闘は初だが、AIの彼女にとっては電脳空間でやりまくっていたゲームの延長線上である。
絆の情報もきちんと咀嚼し、対応策をそれなりに練っている。戦闘巧者!

絆はあわてて地表に戻り、地面を滑るように鉄パイプに乗ったまま移動する。
金属が必要だ。このままでは勝ち目はない。
ひとまず彼女は老舗の金物屋に飛び込んだ。


■     ■


「むふー、けっこうわらわイケてるんじゃないかのー」
イナリは思っていた以上に優勢に戦えていることにニコニコ顔だ。

しかも、一つ新たな発見があった。
イナリはシュークリームやプリンパフェをきちんと消化して吸収することができたのだ。
当たり前、と思われるかもしれないが、
これはイナリがVR空間に存在していたものを『自分』のものにできたということだ。
VRアバターを初めて使用した彼女だからこその感動と言える。

「ということは、もしかして?もしかして?」
『自己変革アルゴリズム』!意図的に成長する能力!
イナリはそのへんにあった八百屋に置いてある白菜に手をかざす。

ピコーン!
【白菜の属性を『イナリ』に書き換えました】

「おおおおー!!やったのじゃー!やればできたのじゃ!」
VR空間のものを『イナリ』属性にしてしまうことができた!
ということはもちろん
「白菜も自由自在に操れるのじゃー!」
ひゅんひゅんひゅん!飛ぶ白菜!

「この調子で、この戦場に存在するありとあらゆるものを、『イナリ』属性に書き換えちゃうのじゃ!」
それが出来てしまえば、イナリは戦場そのものとなり、自在に操ることができるということだ。
強い。強すぎでは…?どうしよう…。


■     ■


イナリは、絆を探しながら、周囲を『イナリ』属性に書き換えることを繰り返していた。
画面的には地味だが、VR戦闘としては異常なことが起こっているといえよう。
直接フィールド自体をハッキングしているようなものだ。

「おお、ここは先ほどプリンパフェを食べたカフェじゃな。
 あれは本当にあまくておいしかったのーー。
 …ん?」

イナリは違和感に気付く。
このカフェ、スプーンやフォークがない。いや、なくなっている。
厨房を覗いてみると、キッチン自体が存在していないではないか。

「なるほど、絆おねーさんは絆おねーさんで、金属を集めまくってるのじゃな」
しかし、大量の金属を集めて絆は何をしようとしているのか…?

「待たせたね、イナリちゃん!私の準備はバッチリだよ。さあ正々堂々と戦おう!」
絆の声が響く。
どうやら拡声器を使っているようだが、どうやら高い位置から声が発せられているようだ。
また彼女は空を飛んでいるのだろうか?
イナリがカフェの窓からあたりを伺うと、その答えはすぐに分かった。

外には巨大な金属製のゴーレムが存在していた!
がしゃーんがしゃーん!スゴイ質量で敵をたおすすごい奴だよ!

枯葉塚 絆は商店街中の金属を集められるだけ集め、自身の金属操作能力で動くゴーレムを作り出したのだ!
自分もその中に入ることで鉄壁だ!ちゃんと空気穴もあるぞ!
ゴメスを感じる!

「ほう、さすがなのじゃな、絆おねーさん。
 であれば、わらわも全力で行こう!」

このカフェの『イナリ』化も完了した。
自分自身と化したこのカフェを、イナリは自由に動かせる。
つまり、このカフェを、浮かせることだってできる!

ベリベリバキバキと音を立てて、カフェが浮かび上がる。
いや、カフェだけではない、これまでイナリが自分の一部にしてきた建物たちも空中に浮かぶ。
巨大ゴーレム VS 街!
少し残っていた物好きたちもわーきゃーひーしながら逃げていく!
まさかこんな戦いになるなんて…!

そこからの戦いはスケールのデカい肉弾戦と化した。
絆が巨大ゴーレムで殴りかかると、
八百屋がゴーレムの足元を払い転げさせる。
ゴーレムは絆の能力によりうまく変形しながら転倒を防ぐ。
しかしすぐに別の建物がゴーレムに襲いかかる…!

どんどんと商店街は破壊されていった。
容赦ないなお前ら!さっきまで商店街を満喫していたのに…!
いくらVRだからって…。


戦況はイナリの有利へと傾きはじめていた。
絆にとっては突然なことに、ゴーレムの右脚がうまく操作できなくなったのだ。
『イナリ』化!カッコよく言うと【プログラム:イナライズ】!
イナリ化した金属はイナリの操作が干渉し、絆の精密な金属操作の阻害要因となっていた。

「絆おねーさん。わらわの勝ちじゃ。
 この辺一帯はすでにわらわの支配下、いやわらわ自身といっていい状態じゃ
 そのかっこいいゴーレムも、もう少し時間を掛ければわらわの一部になるじゃろう
 恩のある絆おねーさんを潰したりはしとうない。降参してはくれぬか」

イナリの心からの進言。
たしかに、絆にイナリを倒す手段は残されていない。

虚をつく攻撃は、イナリのオートガードによって防がれる。
(いま彼女を守るのは、盾どころか建物そのものだ!)
そして、接触した金属をあやつる絆にたいして、
『イナリ』化したものであれば手を触れずに操れるイナリ。
絆の不利は明確だった。

しかし。

「なるほど、イナリちゃんがどうやってこんなことしてるのか分かってなかったけど、
 イナリちゃんが操っているものはイナリちゃん自身になった街だったんだね」
絆はひとりごとを言いながら、
いまや周囲に無数に浮かぶ建物の残骸の一つをゴーレムに掴ませる。

「? 絆おねーさんは何をしておるのじゃ?」
仮にあの残骸を投げつけられようと、オートガードで防げるだろう。
意図が分からず困惑するイナリをよそに、ゴーレムはさらに不可解な行動をとる。

「ロケットパーンチ」
ゴーレムが腕を吹き飛ばす!
原理は"散弾銃"と同じく、金属を一方向にすごい勢いで『伸ばし』、その先端を『切り離す』ことだ。
そして、ゴーレムの腕はイナリとは全く別の方向に射出されたのだ。
それはそのまま飛んでいき、どこかへと消えた。

「な、なんじゃなんじゃ?
 絆おねーさん、おかしくなっちゃったのじゃ!?」
イナリの困惑をよそに、――戦闘は終了した。



枯葉塚 絆 ○ - ● 狐薊 イナリ


「なるほど、場外判定になるわけじゃな…とほほ…」
そう、自身の一部にすることで物体を操っていたことで、
操っていた物体自身にも場外判定が発生してしまったのである。
強力な分、リスクも大きな戦術だったと言える。

「ごめんね、イナリちゃんが教えてくれなければ気づかなかったんだけど」
笑顔で傷に塩を塗りこむ絆。

「謝らなくていいのじゃ…。わらわが未熟だったからじゃし…。
 あー、でも夢からは遠のいてしまったのう…」
「過去を変えて、叶えたい夢があったの?」
「そうなのじゃ。人間としてうまれたかったのじゃ」
「え、どうして?イナリちゃんはAIなのが嫌なの?」
素で聞く絆。

「AIが嫌と言うよりも、人間になって、パフェとかプリンとかシュークリームを食べたかったのじゃ」
「それ、今日もう食べたよね?」
「…はっ!たしかにじゃ!」

DSSバトルのために、VRアバターを手に入れたことで、
イナリは人間と同等の感覚を手に入れていた。

「あれ、じゃあわらわ、もう夢かなってるのじゃ…?」
「人間にしかできないことは他にもあるとは思うけど…。
 でも少なくとも、私が今日お友達になったのは、今のAIなイナリちゃんだよ」
「おお…ともだち…。絆おねーさんはわらわをともだちといってくれるのじゃな」
「うん?一緒に遊んだらお友達じゃない?」

絆の言葉に嘘はないが、重みもない。
いいことを言っている風でも、ただ物事を深く考えてないだけだし、
そんな奴なので、友達判定も異様に甘い。

でも、イナリにとって、
AIである彼女をそのまま肯定してくれたのは、
この初めての友だちが、初めてだった。

イナリはそれを嬉しいと感じたし、
その感情は、イナリを生み出した阿久津 海斗の目的とは相反するものだ。

「絆おねーさん、またわらわと遊んでくれるのじゃ?」
「もちろん」


イナリは知った。
AIの自分にも、楽しい世界があることを。

イナリはまだ知らない。
"主様"の悲壮な願いを。
この戦場を呼び寄せた、自身に眠る誰かの記憶も。


この物語はきっと、
狐薊 イナリが成長する物語。


■     ■


「何で俺、こんなことやってんのかな…」

獅子中 以蔵(プロローグで絆に負けたやつ)は、
流れで絆のサポーターとなっていた。

絆に先輩風を吹かせたかったとか、
選ばれた16人に普段のDSSバトル上位陣がいないことで運営に不信感を持ったとか、
理由は色々だが、それはそれとして我に返るとなにやってんだろうとボヤくのも分かる。

癖の強い奴らばかりの選ばれた16人の中でも、
イナリの出自は際立って特殊だ。
以蔵はDSSバトルを通して得た人脈を使いながらイナリのルーツを探り、
阿久津 海斗と、そして阿久津 ミカという人物に行き当たった。
以蔵、意外と優秀な奴である。

これでもDSSバトルに精通している以蔵である。
阿久津 ミカの名は、どこかで見た記憶があった。
しかし、彼女がDSSバトルの事故により
魂が所在不明になり植物状態になったということは、
今回の調査で初めて知ったことだ。

そしてネット上にも、それ以上の事件の詳細は転がっていない。
以蔵は強い違和感を覚える。
5年前とはいえ、DSSバトルの重大な事故の情報がほとんどないのだ?

以蔵は知る由もないが、
阿久津 ミカの復活を願う阿久津 海斗ですら、そのときのDSSバトルのことを覚えていないのだ。
明らかに異常なことである。

「しかし阿久津 ミカの魂は、どこに行ったんだろうな
 『自己保存』の能力か…。

 いや、もう止めにしよう。
 これ以上イナリの周辺を調べても意味がない
 絆はすでに奴から白星を拾ったのだ」

勝負がついた相手のことを調べても意味はない。
それは自然な考えだ。
残りの対戦相手について思考を巡らせるべきだ。

以蔵は、次にこれまた特殊な出自の『支倉 響子』に目をつける。


■     ■


今の以蔵には思考を繋げるためのピースが足りていない。
だが、読者のあなたであれば、もしかすると、奇妙な連想をするかもしれない。

『自己保存』。魂の上書き。いっぱい食べる君が好き。

あはは、まさかだ。
こんなものは、もちろんただの偶然だ。

でもこの物語(SSC3)は、盛り上がることが至上とされる戦いだ。
16人全てで織りなすストーリーだ。
だから、あらゆるピースは繋がる可能性を秘めている。

全てを、
読者である貴方すら巻き込みながら、物語(SSC3)はつづく。

<了>
最終更新:2017年10月29日 01:06