――魔人ヤクザなんて碌なシロモンじゃない。最低なクズがやる商売だ。――
最低なクズ。この主張に対してヤクザにもいい奴がいるとか必要悪でもあるとか、そういった異議を唱える奴がいるかも知れないが、魔人ヤクザは例外なくクズだ。
それがどんな切れ者でも、どんな美人でも、タバコが吸う姿がこの上なく似合うハンサムであってもそこに例外はない。
なにせヤクザ稼業にどっぷち肩まで突っ込んでいる本人が、そう言うのだから間違いない。
実際、夜魔口組三下として日々過ごす俺自身の感想としても同感だった。
人の弱みや不幸に付け込むことを日々打ち込み、骨までしゃぶること生業とする。
騙す、脅す、恫喝すると悪行の繰り返し。そして、いざとなればそれ以上のことも平気で手を汚す。
日陰者、お天道様の下を歩けないとはよく言ったもので、だからこそ最低限度の仁義、守らなければルールは存在する。
シノギ以外では堅気に迷惑をかけない、暴力をふるわない
組の上下の関係は絶対、必ず筋を通す。
貸し借りはあとに残さない。そんなところか。
だが、どこかの誰かのセリフじゃないが、今思うとそれがよくなかった
俺はあの時、最低限の仁義など放り出してあの場から遁走するべきだったのだ。或いは端からアイツに余計な情など欠けるべきではなかったのかもしれない。
●12月某日深夜~繁華街裏通り
一仕事終えた俺は夜の小道を急いでいた。
その時も俺はこのヤクザの不文律を忠実に守っていた。
それはもう通行の邪魔となる違法自転車があれば蹴飛ばし排除してたし、絡む相手さえ分かってない酔っ払いにもリバース狙いのパンチ一発でお引き取り願うほどの紳士ぶりだった。
ありていに言うならば非常に機嫌が良かった。数日のうち、うちの上司が長期の出張から返ってくるのだ。
これで悶々とした憂鬱な日々ともあと数日でオサラバだ。
上司の帰還を切望する奴がいるのかと世のサラリーマンは正気かと目を剥くかもしれないが、それは上司運に恵まれていない哀れな人間たちのたわ言である。
その点、俺ははっきり恵まれていると断言できる。最高だった。
上司は切れ者で美人で、その上、タバコが何より似合う最高にいかしたプレミア上司なのだ。
無論、両者の関係は良好で、その親睦も他とは段違いである。なんとその親睦は学生時代からの繋がりで、連携も阿吽の呼吸でバッチリ、もはやパートナーといってもさし使いない、に違いない、存在、のはずだ。
足取りも軽く道をはむ、実際にスキップもしていたかもしれない。
そしてビルのハザマ裏通りに入り、ずどんと
目の前に女が落ちてきた。
その落下物は塗装されたコンクリートに接吻すると二度三度と俺のスキップと連動するようにバウンドして、停止した。
「・・・・。」
リアクションに困る出来事だった。
愉快な気分を意外なモノに中断された俺はとりあえず物体の停止とともに足を止め、目の前に転がり込んできたブツの品定めを行うことにする。
暗がりでよくわからなかったが若い女だった。二十歳はいっていないだろう。たぶん年下。
服装は白一色で囚人服とも病院の患者服とも判断つかない質素なモノだった、ただその一張羅は薄汚れてお世辞にも清潔とは言い難かった。
むしろ注目すべきは着衣より素の部分、女が裸足であったことかもしれない。
この寒空の下、裸足ねぇ。
たぶんこういうときこそ、その人間の価値観が出るのだろう。
正義の味方や勇者であれば迷わず『人命救助』なのだろうが、あいにく目の前の人間はヤクザだ。
ヤクザはこういうとき値踏みをする。金、このトラブルは『飯のタネ』になるかどうか。
実際のところ、目の前のは微妙な感じだった。
状況から言えば一番ありそうなのが女がイカレテル系の病院から抜け出しビルから間抜けにも転落したという当り、問題だけ多く実入りが少ないパターンだ。
そんな値踏みを行う俺と地面に転がる女の視線が不幸にも合致した。絞り出すような声が耳を撃つ。
「助けて…」
あきれるくらいお約束な台詞である。同時に小悪魔が何やら耳元で騒ぎ出す、ここにおいて察しの悪い俺にも状況が理解できて来た。思わずため息をついた。
俺にも予定があるのだ。具体的には今日帰ってから『愛しのデュラちゃん先輩とレストランで夜景を一望しながらディナーを楽しむ』という素敵なデートの夢を見るつもりだったのだ。
とに…邪魔する奴は鉄拳粉砕あるのみだ。
両手をひろげるとくるりと後ろを振り返る。
「ザッケンナ、コラ。」
そこには拳銃を構えたトレンチコートの男が立っていた。
背を打ち抜く予定だった男はヤクザの恫喝にも動じることなく迷わず引き金を引いた。
◆◆
女を追ってきたであろう追跡者は最初から目撃者がいれば消す腹積もりだったようだ。
たぶん人を撃つとき、何も感じないタイプの人間なのだろう。
サイレンサー付きの銃を扱う行為にも無駄がなかった。
人間としては最低でも殺し屋としては及第点だったといえる。この時も冷静に振り返った男に向かい銃口を向けると迷わず引き金を引く。
そして銃はそのまま暴発し、彼の指を何本か綺麗に吹き飛ばした。
「ギャァァァ」
うきっ うっきー うきっき うっきゃー
及第点だが合格ラインにはほど遠かったようだ。
此奴は気づかなかった、此奴の存在をヤクザに伝達した存在がいることを 此奴が銃を抜く直前、一本角の小さな子鬼が、愛銃に張り付いていたのを。
吹き飛んだ利き手に注意を奪われた男へ、立て直す間も与えず、ヤクザの必殺ブローが彼の腹に突き刺さった。
「ぐばばばばば」
夜魔口工鬼の魔人能力『グレムリンワークス』は体長5cmほどの小悪魔を生み出すことができる能力だ。
工鬼はそれを斥候や工作といった用途に巧みに使い分ける。自分の手足として今回で言えば女への見分をし始めたあたりで周囲の調査も行っていたのだ。
うきっ うっきー うきっき うっきゃー
「ザッケンナ、コラ。ナニモンダゴラ」
倒れ、悶絶する相手に追い打ちのヤクザキックをかまし宙に浮かすと、そのまま
仰向けにひっくり返して人相を確認する。
「・・・・。」
糸目だった。
ぐしゃ
俺はストッピングキックを顔面に食らわせ、即座に頭をつぶした。
こいつから情報をとる予定だったが、まあ糸目出し、仕方がない。
しかし冬だっていうのにどこから沸いてきやがったか生命力いじきたない連中である。
「助けたぞゴラ。事情離せこら」
「あっあっ」
最初はしどろもどろしていたが、ある程度したら落ち着いて話を聞き出すことができた。
話自体は、どこにでもよくある話だった。
金のない家出少女が、バイトと騙され、どこかのマッド医者に如何わしい治験や人体実験用としてつかまっていた。で、なんとか逃げてきたと。
「おう、じゃ、気つけて帰れよ。」
「あの…私もう行くとこないんです」
これはある程度予測していた言葉だった。それを聞いて俺の中の仏心が、ニコニコし始めた。
そうかじゃあ、寒いし、お風呂屋さんとか紹介してあげよう。住み込みで働けるところだし、居所もできて一石二鳥だぞ。そんな狸の皮算用的親切心を働かせていると女は何の配線を取り違えたのか、ぎゅっと両手を握り締めると次の瞬間、土下座をかましてきた
「あ、あの私を、いやオレを―――――兄貴の舎弟にしてください!」
うきっ うっきー うきっき うっきゃー しゃてー きー
舎弟ってお前、オーマイブッタ。
俺は絶句し、天を仰いだ、なんでそうなる。お互いのため、風呂屋にしとけよ。
「兄貴の背中に惚れました。オレ庇って立つ姿が、こう男の中の男っていうか、一生ついていきたいっていうか…いや一生ていってもそういう意味じゃなくてですね。まあ例えていえば…そうですね…」
いいか魔人ヤクザなんて碌なシロモンじゃねー。最低なクズがやる商売だ。そう諭したが、どういう腹のくくり方をしたのか、もはや、てこでも動かなくなった。
こういう時、先輩なら、あの切れ者で美人でタバコが似合う俺の敬愛する上司ならどう対処するだろうと俺は自分の中の記憶を探って、そして
見えない部分の全身で汗をかいた。あー、くそー。
財布から万札を一枚取り出し、土下座状態のコイツの指の間に挟み込んだ。
「セブンスター。」
「はい?」
「そこの角に売店がある。セブンスター一箱買ってこい。残りは駄賃な」
「はい!」
やたらいい返事を残して、そいつは駆け出して行った。
名も聞いてないそいつは喜色満面だっただろうが、正直、俺はどうにも正視しかねた。
もう一度、天を仰ぐ。
これはもう仕方がない。しかし、なんだこの人生罰ゲームみたいな展開は、あーなんだっけ
サイオウがダイオウジャだっけ。国語、昔から苦手だからこういうとき上手く言葉が出てこねぇ。
だが、やはりこの選択は間違えだったのだろう。
つい、この夜、魔が差し、口と手を差し出してしまったが、自分自身の実体験を差し置いても心を鬼にして、こいつを受け入れるべきではなかったのだ。
俺は気づかなかった。死神の気配を
死が二人を別つまでというが、そうはならなった。それだけは唯一の救いではあったが
それでも無暗に先輩を危険にさらすようなことを俺は―――――――――――――――
そう、
これは俺と俺の最愛の先輩が地獄に落ちるまでの物語である。
===========================================
断頭「あー…別にいいんだが、なんか、グレの奴、美化されすぎてねえか?」
くだん「いいんです!!スピンオフはカッコよさ3倍段の法則があるんです。」
(主な登場人物)
兄貴。夜魔口組構成員。
兄貴の上のひと。サモナー。夜魔口組構成員
私。まだ盃をもらってない。
夜魔口組幹部。夜魔口不死身組、組長。