プロローグ(鶴来 鞘華)
鶴来鞘華は、対峙する。
目の前の男、天野翔は鞘華に対して剣を構えながらゆっくりと見定めた。
「……なるほど、鶴来鞘華。噂に違わぬ強者らしいね」
「いやあごめんね、果たし状なんか受けてくれてさ」
「あはは、むしろこのご時世に果たし状なんて受け取れるとは思わなかったよ」
軽口をたたきあいながらも二人は一切の油断をしていない。
空気が張り詰めていく。
「……聞いてもいいかい?何故わざわざ僕に挑戦を?」
「剣の世界での最強を目指している。だから強そうな人に片っ端から挑んでるんだ」
「お眼鏡にかなったわけか。光栄だな……それなら」
鞘華は、空気に亀裂が入るかのようにぴしりと張りつめた何かが砕ける感覚を覚える。
幾度の戦いを経ても、この刹那にはぞくりとさせられる。
「本気で戦う必要がありそうだ」
その言葉を皮切りに、鶴来鞘華は剣を振るう。
次の瞬間、鞘華の剣筋以外の時は停止する。
"超最強必殺剣"。時を止めるその剣筋で一撃を狙い……
動き出した世界に金属音が響く。
翔は鞘華の剣を自らの剣で受け止めている。
当然だ。それが出来るであろう相手に戦いを挑んだのだから。
しかし鞘華は負ける気はまるでしなかった。
鞘華は、再び剣を振るう。最強を名乗るその日まで。
「あたしはさいきょうの剣士だ!!」
「ほえー」
それは鞘華が7歳の頃の話だ。
調子に乗りやすく、暴れん坊であった鞘華が剣道を習い始めてからそう宣言するまでに長い時間はかからなかった。
「そんなに簡単になれるものじゃないんじゃない?」
「さいきょうったらさいきょうなの!!あたしはさいきょうだ!!」
鞘華は腕をぶんぶんと振り上げる。
それを傍らの少女がおかしそうに笑いながら見ていた。
「さいきょうかー、すごいね鞘華ちゃんは」
「全然信じてないでしょ潤子!!」
鞘華の親友である小向潤子はそんなことないよと目を細める。
「鞘華ちゃんだったら本当にさいきょうの剣士になっちゃいそうだよね」
「なっちゃいそうじゃなくてなる!つーかもうなった!」
「そっかー」
「……」
「鞘華ちゃん……」
鞘華が12歳の頃、小学生最後の大会で鞘華は敗北を喫した。
「あんまり落ち込んじゃだめだよ鞘華ちゃん」
「別に落ち込んでないし!」
鞘華は潤子に抗議するようにぐっとしかめ面を近付ける。
「あたしはこんなことで負けてないの!あたしが負けてないって言ってるから負けてない!」
「えー」
そのように詰め寄られても潤子は微笑みながら鞘華と接する。
その様子を見た鞘華は少しだけ落ち着いたような顔をして、おもむろに立ち上がる。
「あたしもう負けないからね、もう優勝しかしないから。そしたら潤子もあたしを最強だって認めるよね?」
「別に私は……」
「いいよね!!潤子!次優勝したらあたし最強だからね!!」
「あはは、うん。わかったよ」
それを聞くと鞘華はにっと笑って拳を振り上げた。
「じゃあ早速修行だ!あたしは最強の剣士になるぞ!!」
「うん、頑張ってね鞘華ちゃん」
そして鞘華が15歳の頃。鞘華は剣道の全国大会で優勝する。
鞘華はすぐさまその報告をすべく、潤子の元へ急ぎやってきた。
相手は強く、試合はずいぶんと長引いてしまったが、それでも勝ったのだ。
金メダルを抱えた鞘華は急ぎ、その白い扉を開く。
白い壁、白い床、白い部屋、白いベッド。
昔から見慣れたその光景はしかし、いつもとは様子が違い、誰かのすすり泣く声だけが響いていた。
「……潤子……?」
潤子の母親が、まるで動かない潤子を目の前に泣いている。
看護師が鞘華に近づき、何かを細々と語り掛ける。
"容体が急変した"とか、"本当につい先程息を"のような言葉だけがかろうじて、しかし鞘華の心に突き刺さるようにはっきりと刻み込まれていく。
『鞘華ちゃんだったら本当にさいきょうの剣士になっちゃいそうだよね』
『なっちゃいそうじゃなくてなる!つーかもうなった!』
『そっかー』
『あたしがさいきょうの剣士になったからな!潤子もびょーき治るんだぞ!な!』
『……!うん!』
『じゃあ早速修行だ!あたしは最強の剣士になるぞ!!』
『うん、頑張ってね鞘華ちゃん』
『ん!!……だから潤子も病気に負けるんじゃないぞ!!負けないと思ってれば負けないから、ね!』
『うん、私も頑張るね』
鞘華の体から力が抜けて、手に持っていた何かを取り落とす。
何かが落ちた音を最後に、その日の記憶は途絶えた。
《ああ、あたしの剣が"時を止めるほどに"強く、速く……最強だったなら……》
――翔の光り輝く剣は鞘華を追い詰めていく。
魔人能力、光迅剣。
強く、速く、輝くその剣はまさに光のようであった。
「……ッ」
「……!」
二人の間にもはや会話はなく、鳴り響く金属音だけが戦いを語っている。
時を止める鞘華の剣を物ともせず、的確に翔は鞘華のわずかな隙をつき、体力を削っていく。
翔は一気に勝負を決めるべく、一気に鞘華の剣をはじき、がら空きになった胴を狙い、斬りぬいた。
「それでも……ッ」
鞘華の腹部から鮮血が溢れる。
鞘華はぎりぎりのところで身をひるがえし致命傷を避けた。
「まだ負けてない……!!」
「……!!」
鞘華は、その剣を一気に振るう。
能力は使っていなかった。
しかしその剣はまるで、時を止めたのかのように、速く、鋭く――
――翔はその場で倒れ伏した。
「……そ、そこまで……勝者!鶴来鞘華!」
立会人がそう宣言し、二人の元に治癒能力者が駆け寄る。
勝負がつき、鞘華もその場で片膝をつく。
「……まだまだ、こんなんじゃ足りない」
「ははは……足りないか。僕の立つ瀬がないな」
「あ、いや、ごめん違うの!すっごく強かったよ!」
今回の勝因は、これが正式な決闘であり、戦後の治癒が確定していたからこそできた捨て身の戦法であった。
こんな戦い方じゃ、最強にはまだ遠い。
そんな鞘華の様子に翔は苦笑を浮かべる。
「そんなに最強を求めるなら、やはり『魔人闘宴劇』には出場するのかい?」
「……」
魔人闘宴劇。それはずっと願ってやまなかったチャンス。
真の意味で最強を名乗るために。
……あの日、出来なかった最強の報告をするために。
「……私は、最強を目指すから、ね」
鶴来鞘華の"次の大会"が、また、始まる。