プロローグ(【復活の天才】 天道 優斗)

 薄暗い住宅街で蠢く影が2つ。

「いつまで逃げられっかなァ!この俺様からよォ!」

 1つは、追う鬼。はち切れんばかりの筋肉と猛々しい角を備えた化物がいた。

 もう1つは、逃げる人間。対照的に細い体の男子高校生、そう俺だ。

 暴力と服従、傍から見ればそう捉えられかねない俺らだが事実は対等である。
 【魔法式CAT】天道 優斗と【あそぶ】獅子堂 猛男による魔人闘宴劇本戦への出場権を奪い合う男と男の戦い。

 しかし逃げているばかりじゃ勝てねえ、ひとまず目を逸らさねえと……俺は胸ポケットのデバイスに手を伸ばす。

起動(インストール)、5番」

 すると、俺が十字路を曲がると同時に体が光学迷彩の如く背景と同化する。
 “あそぶ”ことで、まさに鬼ごっこの鬼と化している奴は作戦通り見当違いの方向へ走り去っていった。

 この隙に秘策の準備に入る、が鬼ごっこのせいでトレーニング不足の身体が悲鳴をあげていた。
 俺がこんな目にあっているのは1人の女のせいだった。







「起動、(キー)
 立ち入り禁止の屋上、そこで昼を過ごすのが俺の日課。
 しかし、扉を開くとそこには先客がいた。

 亜門 愛理。
 先日、魔人闘宴劇の開催を宣言した亜門 洸太郎の妹であり、彼のクラスメイトで天才的な異能使い。

 何故ここに?と目を丸くしていると、彼女は驚くべきことを告げる。

「私の婚約解消のために、兄の開く大会で優勝して欲しいの、天道君」

 は?突拍子すぎるだろ。日本語不自由かこの女。

「全然意味わからん。ちゃんと説明しろ」
「あの大会には優勝賞金があるのは知ってるでしょ?実は兄、かなり無理してるのよ、それで会社は倒産。だけど心配性の兄は私に苦労はさせたくないから優勝相手と結婚してもらうって。ふざけんじゃないわよ!私はまだまだ遊び回りたいってのにあの成金兄貴が!無能力者なのに調子に乗りやがって!」

 地団駄を踏む彼女、整っている顔が酷く歪むのは心底恐怖した。彼女が落ち着くまで数分かかり。

「ふぅ……だから優勝して私をフって、天道君」
「そもそも出ねーよ、しかも話聞く分にはその優勝相手が既に既婚者とか女性ならできないだろ。普通にいい人が優勝するかもしれないし」
「さいっあくのホスト男みたいなのが優勝したらどうするのよ!そもそもいい人だろうが私は結婚したくないの、私はまだ高校生。これから青春めくるめくストーリーが幕を上げるかもしれないのに、信じられない!」

 何が気に障ったのか。いきなり胸ぐらを掴まれ、怒号を浴びせかけられる俺。沸点低すぎかよこの美少女……。

「だったら自分で優勝しろや!人に頼んでんじゃねえぞ!」
「あぁ!?私の方が強いのに頼んでやってんのは理由があるからに決まってんでしょ!兄が刃向かった私に条件付けたのよ。公式戦3年以上出場無し、男子高校生って。青春だろ?とか笑いながら!それで優勝出来るのなんてどこ探したってアンタぐらいしかいなかったのよ、元魔人ジュニアカップ優勝者、【傲慢の天才】 天道 優斗!」

 傲慢の天才、これは過去のプレイスタイルにまつわる称号だ。向かってくる敵を鼻歌交じりで罵倒しながらボコボコにしたり、対戦相手の大切なものを奪い取ったりと非道の限りを尽くしたことがあった。ただ強かったというだけで。
 だがあれは自分が早熟だっただけであって、相手がしっかりと下地を鍛え、研鑽を重ねたあとは才能だけの俺は全く歯が立たなくなった。
 その後、堕ちた天才は報復を受け今に至るが、また俺にあの舞台に上がれってか。

「嫌だ」

 吐き捨てるように言い、階段へ引き返す。

「ま、待って!貴方にだって悪くない話よね?両親の遺産があるにしても妹さんの治療費大変なんでしょ!賞金が欲しくないの!」
「気に入らねえ、それで充分だろ。てかそれだって俺の力で得るものだし、メリットねえわ」

 面倒になった俺は転移の魔法式を起動し、学校をサボった。







 その夕、性懲りも無くあの糞女が家にやってきて条件を出してきた。

「独身男性がトーナメントから全員居なくなるまで戦って。そこまで行けば結果に関わらず私が持てるどんな手を使ってでも妹さんを必ず完治させる。これでどうかしら」

 抗い難い条件だ。妹の治療費は実際馬鹿にならない。優勝しなくてもそれだけの対価があるなら出てやってもいいが、まだ足りない。俺が口を閉ざしたままなのを見て彼女は唇を噛み締めながら追加の条件を提示した。

「どこで敗退しても出場したら私に何でもしていい……これでダメ?」
「乗った」

 昔の血が滾る、こういうやつを下に従えていると気分がいい。やる気が出てきたぜ!







 今思えばあの条件もっとふっかけられたな、畜生。
 だが、もう勝ち筋は見えた。あともう少しで……!

 その瞬間叫び声と共に目の前に筋肉の塊が現れる。

「後ろの正面……俺ェェ!!」

 かごめかごめを“あそんだ”か!敵がどこにいようと目の前に現れるとかふざけた能力だ!

「起動、3番!」

 瞬時、不可視の壁が俺と鬼の前に立ちはだかり、敵が放った渾身の右ストレートを防ぐ。しかし衝撃は殺しきれずこちらは塀に向かって突っ込んでしまった。

「終わりだァ、鬼ごっこはよォ!次はグーチョキパーで何してやっかなァ!」

 高笑いしやがって、こっちだって完成したよ。お前を殺す手段が!
 言うべき言葉(マジックワード)は決まってる。

「起動、0番」

 立ち上がった俺の手には刀、肩から陣羽織。そして頭には桃印の鉢巻が巻かれていた。
 鬼に対して絶対の殺害性を持つ人物、桃太郎。今その概念が俺の身を包んでいた。

「な、なんだてめえ!そんなもん1度も大会で使ってなかっただろうが!」

 こんぐらいでビビんなよ、嗤いそうになるだろ。

「ああ、そうさ。だけど俺は、天ッ才だからよ!戦闘中に後出し(式を書き上げ)させてもらったんだよ!さあ、死ねェ!」

 振り上げる刀、身が竦む鬼。
 お爺さんの切った桃のごとく、鬼は綺麗な断面を残して真っ二つになった。







「本戦出場おめでとうございます!他の参加者に向けてメッセージを!」

 だったら最高の文句で締めさせて貰うか。

「首を洗って待っとけよ努力バカ(秀才)共。この天才様が全員纏めて跪かせてやるよ!」




最終更新:2018年06月30日 12:34