プロローグ(ハンマエル)
「神父様、なにもそこまで……」
「いや、いいんだ。ここは僕に任せてくれ」
神父様、と呼ばれた男が傍らの少女を手で制する。
口調は明るく、顔は笑顔。その立派な体格と言葉は、まるでなんてことはないと言わんばかりだ。
しかしその瞳の奥にはまったく逆の、不安と絶望の色がありありと浮かんでいた。
「おい、まだ出てこねえつもりか!?」
「いま、今行く……!」
神父は意を決して、目の前の扉を開ける。
それは、どんな者にでも等しく開かれるはずの、教会の扉。
だが、その向こうにいるのは哀れな子羊などではない。
「ウヒャヒャ~!やぁ~っと出てきたなあ~!?」
そこに居たのは、全身をパンクファッションで固めたモヒカンの男。
「貸した金、今日こそキッチリ返してもらうぜえ~!?」
彼の名は鳥田照男(とりた・てるお)。プロの借金取りである。
何を隠そう、彼は今日この教会に、借金の取り立てできたのだ。
神父は鳥田の前に歩み出ると……いきなり頭を下げた!
「すまんッ!あと一、いや二ヶ月待って欲しいッ!!」
懇願する!
今の彼には、返せる金などないのだ!
「オイオイ、俺は慈善事業で金貸しやってんじゃあないんだぜえ~?」
鳥田は頭を下げる神父に近づくと、肩に手をかけて語り掛ける。
傍目からすれば仲良く見えるかもしれないが、しかしこれはそんなものではない。
相手にプレッシャーを掛け、判断力を鈍らせにかかっているのだ。
そして彼は、神父の耳元に口を近づけ、囁いた。
「でもよお、アンタが言うこと聞いてくれるってんなら……待ってやってもいい、ぜ?」
ぐわし、と鳥田の掌が神父の尻を掴む!
なんということか。借金返済を待つ代わりに、神父に体を差し出せというのだ!
「ウッ!?……わ、分かった、従う……」
神父は一瞬ビクリと震えたものの、抵抗できずうつむく。その目からは、涙が一筋。
どこでどう間違えたのか。
孤児院の経営に金が必要だったとはいえ、こんな男から借りるべきではなかった。
だが、考えても既に遅い。
「いいケツしてんじゃねえか……じゃあ、行こうか?」
鳥田は神父の肩を抱き、歩き出す。
その進行方向には……ハイエースが!
なんという悲劇!
このまま神父はハイエースしてダンケダンケされてしまうのか!?
その時!
「待ちなさい!」
ハイエースの前に、ひとりの少女が躍り出た!
先ほど神父に止められていた彼女だ。その服装は修道女のそれである!
「なんだテメエ。女に興味はねえよ、どっか行け!」
鳥田が威嚇する。しかし、彼女にも引く気など無い!
「人の弱みに付け込んで……恥ずかしくないのですかッ!?」
「ああ恥ずかしくないね!それにな、これから恥ずかしい目に合うのはこの神父様なんだよ!」
ぐわし!尻を掴む!
「ウッ!?……や、やめるんだシスターウッ!??」
「お前は黙ってろ!」
尻を揉む手、そして歩みを止めず、鳥田は少女の目の前に立つ。
並ぶと分かる、その対格差は歴然。万に一つも少女に勝ち目はない。
だが。
「どけ!」
「どきません!」
だが。その瞳は、まったく気圧されることなく、鳥田を睨み続けている!
「そうかよ、じゃあ仕方ねえな……ドリャアッッ!!!」
鳥田は右肘落しを繰り出した!
狙うは少女の脳天、一撃必殺!
これぞ鳥田の誇るプロ借金取りアーツ、ビル・コレクター・キラーだ!
しかし!
「ぬうッ!?」
「そうですか、会話で解決できないのなら……」
少女はなんなくガード!
その手には……古めかしい杖が握られている!
「こうするまでです!!」
そして……杖先を地面に振り下ろした!
瞬間、少女の体が光り輝く!
その輝き、まさしく太陽のごとく!
「うおおッッ!!?」
あまりの眩しさに鳥田は思わず目を覆う!
そして、輝きが収まり、目を開けた彼が見たのは……。
「さあ、かかってきなさい」
ムキムキマッチョの、天使だった。
「なんてケツしてやがる……!」
鳥田の口から驚嘆の声が零れる。
だが、彼の闘志は萎えてはいない!
むしろ今までにないほどビンビンに立っている!
「いくぜェェェ!!!」
神父の尻から手を離し、飛び上がる!
両手を上げたその構えから繰り出されるは、ツイン・ビル・コレクター・キラー!
それを迎撃する天使は。
「フンッ!」
後ろ手に杖をハイエースに突き刺し。
「セリャア!!」
そのまま持ち上げた!
その姿、まさしくハンマーの天使!
「ドリャアア!!!」
そして、振り下ろす!
「なっ、グオアアアーーッ!!?」
ハイエースの重さは約2トン。直撃すればひとたまりもない!
鳥田は自らの愛車の下敷きとなった!
「し、シスター・マエル……その姿は」
ぺしゃんこになったハイエースの側で、神父は天使に呼びかける。
シスター・マエル・ハーン……ハンマエルはその声を聴き、そして悪戯っぽく微笑んだ。
「孤児院の皆には内緒にしてくださいね?」
その表情は、少女だった頃とまったく変わってはいない。優しい彼女のままだ。
「ああ……そうだな、そうしよう」
姿が変わっても中身はまったく変りない。それが分かって、神父は安堵の笑みを浮かべた。
しかし、問題はまだ残っている。
鳥田を倒したとはいえ、いまだ借金は残ったままなのだ。
放っておけば次の借金取りが来るだろう。その事実が彼の心を痛めた。
「神父様、私にいい考えがあります」
そんな彼を見かね、ハンマエルが身を乗り出した。その手には一枚のチラシが握られている。
「えっとなになに、魔人闘宴劇……賞金50億!?」
それはかの能力バトル大会のチラシ。そして賞金額は、借金を返すのに十分な額だ!
「私がそれに出て、賞金を貰ってきます。そうすれば借金も」
「だ、だがいいのかい?これは危険だぞ!」
神父は警告する。彼にとってマエルは家族も同然、純粋に心配なのだ。
だが、天使は笑って、こう言ったのだった。
「みんなが笑顔になれるなら、それが私の本望ですから!」