プロローグ(あもにゃん)

 回想。

 「ありがとう、真崎(マサキ)
 「……何がですか、社長」

 あの会見の前夜、あなたは俺に改まった様子で語りかけた。

 「だから、敬語はいいって……でも」
 「グループの解体なら、納得しています。準備も殆ど」

 嘘だ。

 「最初からそう言ってくれていたけど……きみが誰より、納得していなかった」

 心臓が跳ねる。やはり見抜かれていた。しかし、その目線に咎めるような色はない。

 「でも、精一杯協力してくれた。だから礼を言いたいんだ」

 違う。俺がやっているのは、解体ではなく──その後の準備だ。

 「俺こそ。ありがとう、亜門(アモン)。そんな俺を使ってくれて」

 回想終わり。


 俺は執務室でパソコンに向かっていた。

 あの時のことを思い出しながら、俺は特設サイトに必要事項(当然、全て架空のものだ)を入力していく。十数時間前に公開されたもので、既に何十名かの選手がエントリーしていることを確認している。

 そして、そのうち八割がすでに死亡していることも。そのうちの何人かは俺が依頼した『便利屋』だった……保険というよりは、実験として。

 入力し終えた。『送信』をクリックする。その瞬間。

 画面から出現した刀で──俺の首は刈られた。

 次に出現したのは、その刀を握った腕。そしてガスマスク。その視線が(おそらく)こちらを向き、一瞬硬直した。

 俺は唯一『(あもにゃん)』を起動していなかった部分……右手を起動する。そして間髪入れず左手の(ブレード)を引き出し、賊に斬りつけた。

 「……ッ」

 賊は予想以上のスピードで画面から飛び出す……そして飛び退いた。二つ目の予想以上だ。俺の爪はパソコンを切り裂くにとどまった。

 「着ぐるみ野郎!」

 その時にはもう態勢を立て直されている。刀が魔人の膂力をもって振り下ろされた。狙いは巨大な頭。しかしそこはこのパワード(あもにゃん)スーツの中で最硬の部位。三つ目の予想以上は起こらなかった。

 起動の終わった右手で頭の上で一瞬止まった刀を握りしめる。亜門グループの技術の粋は、日本刀をたやすく握り折った。
 俺はつぶらな瞳を通じて賊を睨み付け、吐き捨てる。

 「クソ、だにゃん」
 「……あ?」

 使い物にならなくなった刀を落とし、呟かれた。そして腰の手榴弾に手を伸ばすが、その手が止まった。

 「このスーツは……高価(たか)いにゃん」

 首の傷は深い。目の前に赤がちらつき、足が震える。……一つ目の予想以上。一撃目……魔人の腕力。パワードスーツの上から、致命傷を与えられた。体が動くのは、三十秒。

 「お前の命じゃ足りないかも、にゃ」
 「気持ち(わり)い奴だ。すぐ死ぬのによ」

 彼も気づいている。しかし、油断していない。挑発も無意味。タクティカルベストからスマートフォンを素早く取り出す。目的を果たし、逃げるために。しかし、

 「……あれ?」
 「前科二犯、網乃雷人(アミノライト)

 両手からブレードを射出する。虚を突いて、それでもなお反応された。急所を外される。一枚がマスクを切り裂く。一枚が太ももを掠る。来る。

 俺に、逃げる気はない。体力も。

 「魔人能力は『ネッドっ』」
 「ジャミング、か」

 首の傷から……これは、スマートフォンが……ねじ込まれている。血が噴き出す。意識が遠のく。しかし好都合。各所の極小の穴から液体を噴出する。網乃にのしかかる。パワードスーツの重量をすべて掛ける。

 「ぐ……おおッ」

 網乃は耐えきれず倒れた。腰の手榴弾が散らばった。一層その腕に力がこもる。首の骨から音が響いた。

 俺は勝利を宣言しようとしたが、口からは赤い泡しか出なかった。液体はすぐに凝固し、俺と網乃と、そして床を接着した。視界が赤に染まる。

 俺の体の一つが消滅した。


 俺の視線の先のモニターには、パワードスーツの下でもがく網乃の姿が映し出されている。

 「『ネット回線を通じて端末あるいは操作者のもとへ転移する』……能力、にゃ」

 ここは先ほどと同じビル、その一階に位置する警備室。普段ならば各部屋の様子が映し出されているはずのモニターには、様々な角度のカメラから撮影されている執務室──とは名ばかりの、パソコンの残骸とカメラのみ、窓すらない部屋の映像が表示されている。

 そのとき、網乃のガスマスクの横から血が流れた。痙攣している。

 俺はほうっと息を吐く。念のため起動しておいた『(あもにゃん)』を、眼を動かし解除する。着ぐるみ型パワードスーツが、スーツに変わっていく。

 俺は膝を抱える。体じゅう汗だくだ。

「いや怖い……怖い。殺しに来られるの、怖いな……。いや……それに本番はこんな……捨て身に意味は、ない……選手も、こいつ並に、こいつ以上に強いのか」

 実験台を殺させ、相手の能力に当たりをつけ、警察のデータから身元を割る。逮捕時の作戦──閉じ込め、ジャミングし、ガスで満たす。そのときはあくまで眠らせるものだったようだが、変更した。俺はただの囮のはずだった。

 しかし、ガスマスクと手榴弾。彼も学習していた、それだけの話だ。あの時俺が、もし何もできなかったら。魔人の耐久力(タフさ)と爆発物があれば、あの部屋から脱出することも可能だっただろう。そうなれば、俺は。

 「殺されていた……もしくは、いつ殺されるかもしれない状況に置かれていた。あいつの……能力に、一度標的に(ターゲッティング)された以上。少なくとも、闘宴劇には……参加、できなかった」

 それだけはあってはならない。

 俺は勝つ。今回と同じだ。戦闘地形を選び、仕込みをしておく。相手も選ぶ。優勝候補を潰し合わせる。運営ならば、相手がどこに隠れていても分かる。あるいは試合前に殺す。脅す。出来る保証は無い。運営も味方だけではない。正体が露見するだけで終わりだ。

 それでも、勝つ。俺の願いは、『亜門洸太郎に尋ね、真実の答えを聞くこと』──もしもあなたが魔人で、その能力で優勝者の願いを叶えるならば。それで会社を設立したなら。あなたの周りに、優秀な人材が集まっていたのは。何回も繰り返した言葉を、また呟く。あなたはいつも、快活に否定してくれた。

「俺とお前の友情は、偽物だったのか? ……亜門」

 もう一度だけ否定してくれれば。グループを解体して得た金で、グループを再建しよう。多少形態は変わるだろうが。
 すでに準備は終えている。




最終更新:2018年06月30日 22:10