プロローグ(名称不定・後ろの怪異)
『カイイノルール』
西暦二〇一八年 六月二一日 ■■新聞
学生不審死 魔人闘宴劇関連のトラブルか
十九日午前、東京都■■区内のホテルで希望崎大学院生 右代秀鳴氏(25)=埼玉県■■■市=が
客室で冷たくなっているのを同ホテルの従業員が発見し、119番通報した。右代氏は搬送先の病院で死亡が確認された。
警視庁■署の調べによると右代氏には目立った外傷はなく、同署は死因を調べている。
右代氏は自身のSNS上で魔人闘宴劇への参戦を表明しており、警察は関連してトラブルが合った可能性もあるとして事件と事故両面から調べを進めるとのコメントを発表した。
西暦二〇一八年 六月一日 希望崎大学文学部 ■■研究室
自他ともに怪異ハンターと認める自分、右代秀鳴が験を担ぐ方だとして、なんの不思議があるだろう。
とかく近頃は調子が良かった。色々なことが良い方向に転がっている。
レポートの評価は上々だったし金のエンゼルに出くわした。
先の怪異事件――予知夢騒動――は今年に入ってからは一等心躍る事件だったし、そのうえ懐まで暖まった!
長らく何かを思いつめた様子だった古い友人はなにかが吹っ切れたらしくて、晴れ晴れとした顔を見せるようになった。
そしていつもは口うるさいばかりの後輩も、何やら面白い相談を持ってきたじゃあないか!
験は担げど信心とは無縁な自分だが、なにかに感謝はしたくなる。
そうした経緯から、僕は客人――と、彼女を連れてきた後輩に上等なカモミールティーとジンジャークッキーを供じてやった。
顔色の悪い女子学生は、瀬戸みずきと名乗った。法学部の2回生であるという。
彼女が語るところの概要はこうだ。
彼女の弟が行方不明になった。
曰く、彼女の弟は何者かにずっと後を尾けられている、と零していたとのことだ。
気配や足音に応じて振り返れども姿はなく、
それは駅であれ、彼が通う学校であれ、果ては自宅・自室の中でさえ“後ろにいる”という実感を与えたという。
弟は日に日に憔悴し、やがて何処かへ行方をくらませた。
彼の言は失踪の直前には尾けられている、から追われている、に変わっていたという。
そして今、彼女は背後から何者かの足音を聞くようになった。
これは“怪異”の仕業だろうか。――そうして、我が研究室を訪れたという経緯だ。
「ふぅむ…今はまだなんとも」
そうして幾らかの問答を経て得た結論が、これだ。
少なくとも人間関係の大きなトラブルや、薬物の影はないという。
「…これがどこかから流れてきた怪異なら、同じような現象がきっとどこかで起こっているし――瀬戸さんに端を発する怪異なら、発生した原因が必ずあるはずだ」
不安から口数も減っている瀬戸さんを落ち着かせるよう、努めて穏やかで理知を含んだ言葉を選ぶ。
多少荒唐であれ、理屈らしきものを示せば多少落ち着きに寄与するだろうと思ってのことだった。
これが怪異であるのなら、彼女らは大事な運び手だ。丁重に扱わなくてはならない。
「まずは、似た現象、同じ怪異を探ってくるよ。
瀬戸さんは……そうだね、また足音が聞こえたら、その時間と場所を都度記録して報告して欲しい。あとはなるべく一人にならないように。他に何かあったらすぐに連絡を。ハハハ! 楽しくなってきたなあ!」
おっと、いけないいけない。
新な怪異に思いを馳せるうちについ本音が出てしまう。
後輩に咎められ、僕は舌を出した。
西暦二〇一八年 六月十九日 動画投稿サイト D-tube
ライブ放送 URL:http//■■/D-tube.■■■
『――そんな、発端はいつもの事件と変わらない、むしろ穏やかなものだった。
いつものように“そいつ”のルールを解き明かし、僕はその過程を楽しむ。その筈だった。その筈だったんだ……』
青年が一人、ホテルの一室と思しき場所でカメラに向かっている。
指先は落ち着き無く跳ねたくせっ毛をいじっており、やつれた顔のうえに爛々と眼だけが禍々しく輝いていた。
『は、ハハ……こんな道楽に身をやつしていたんだ。いつかこうなることもあるだろうと覚悟はしていた。
……していた、つもりだったんだ。 一体、どこで間違えたんだろう』
ああぁぁぁ、と。
慟哭と言うにはあまりにか細い声を上げて、青年は頭を抱える。
『…怖いな、やっぱり。
迫ってくる。迫ってくるんだ。あいつの足音が。僕はもう、逃げられない』
青年は、青白い顔のまま丸眼鏡の奥の瞳だけを輝かせている。
『…僕はもう、手遅れだ。助からない』
しばらくの沈黙の後、青年は顔を上げ、堰を切ったように語り始める。
『だから残る時間は、ささやかな友情と――怪異ハンターとしての矜持をかき集めるために使う』
『洸太郎。きっと君も、この動画を見てくれていることと思う。
―――いいか。“ヤツ”の願いは叶えてはならない。あの悪意は何としても、止めなければならない。』
『ラプタは、君が守るんだ。洸太郎。』
『それ以外の人も、どうか彼らの助けになってやってほしい。もしかしたら闘宴劇に出るやつも見ているかな…だとしたら、どうか奴を討ち果たして欲しい。僕を、ただの哀れな被害者で終わらせないでくれ』
『ああ、近い…もうかなり近いな。そいつはもうすぐそこまで来ている。時間がない。話せる限りのことを話そう』
『…ルールだ。ルールを解き明かせ。
怪異はルールに依って形作られている。ルールを解き明かし、定義を明確にし
名前を付ければ―――怪異は終わる。……後少しの、筈なんだ。僕が明かした限りのルールを明かそう。頼む。僕の友人を守ってくれ』
『…。』
『ルールその1。 それは後ろから迫ってくる怪異である。
―――やつは、必ず背後からやってくる』
『ルールその2。 追いつかれてはならない。そいつは追いつかれたものを殺す怪異である 。
―――追跡は狡猾だが、決して速くはない。もしも狙われたら、可能な限り逃げてくれ。物理的に距離を置くことは、一定程度有効だ。』
『ルールその3。 姿を見てはならない。それを見れば、逃げられなくなる。
―――奴は鏡やカメラには映らない。だから振り返るな。何もなければそれでいいが、もし見てしまえば…くそっ!僕は、どうして…!』
『ルールその4。 奴は必ず特定の対象を狙う。その一人を決める基準