プロローグ(十三川"JOKER"遊子)

「準備はいいな」

 夕暮れ時、街中にたむろする集団。そのリーダー格と思しき男が低く言った。
 するとそれに呼応するように、いくつもの雄たけびがあがった。

「「「ウオオオオオ!」」」

 彼らはその手に思い思いの武器を持つ。日本刀にマシンガン。あまりに明確すぎる殺意。
 だが、彼らにはそれだけの準備が必要だった。それだけの敵を相手にする覚悟だった。

「良し、あのクソマフィア……深淵会に殴り込むぞ。今日、奴らはツブす。これからは俺たち、歩津戸出組の時代だァー!」
「「「ウオオオオオ!」」」

 男たちは次々に声を上げ、右手を天に突きあげた。
 思いは一つになり、テンションは上限に達する! まさに今ここに地獄の戦争が始まろうとしていた――

 その時だった。



「――あの」



 声が止んだ。誰も気づかないうちに、少女が一人、立っている。
 細い身体、髪はショートカット。そして右手に、カードの束を持っていた。

 誰もが知っているカード。トランプだ。

「一枚、引いてくれます?」
「あァ? 何だテメェ」
「一枚……そう。引いたら絵柄を覚えておいてくださいね」

 男たちの一人が、うざったそうにカードを引く。ダイヤの9。
 すると満足そうに少女は手を動かした。

「私は決してこのカードを見ません。皆さんは覚えてください。いいですか? 全員見ましたか?」
「あのな。俺たちゃ忙しいんだ。邪魔すっとテメェも、」 

「では、このカードは山札に戻してよくシャッフルして」
「聞く気なしか、あァ?」

 集団のうち一人が前に進み出た。少女を排除しようと、腕を振りかぶる。

「どけよ」
「これで準備OKです。では」



「殺しましょう」



 男の動きが止まった。周囲がざわめく。遅れて、男は崩れるように倒れた。
 その額には、一枚のカードが突き立っていた。スペードのキング。

「な……」「これは」

 何人かが声をあげる。少女がふわりと、その場で跳びあがる。
 そこから――幾枚もの紙札が、殺戮のシャワーとなって降り注いだ。

「がッ……」「ギャアッ」「な……アァッ!?」

 次々に投擲されたトランプは、狙いを過たず男たちの額へ。

「こ……殺せ! 殺せーーッ!」

 リーダー格が叫ぶ。銃器がいっせいに構えられ、無数の銃口が少女に向いた。
 そして彼らが引き金を引く……のと、同時。

 少女は手持ちの山札をシャッフルしていた。そこから、五枚引く。
 2、5、6、9、Q。いずれもクラブ。

「――『フラッシュ』」

 言葉とともに、カードが強烈な閃光を放った。男たちは視界を奪われ、銃口は狙いを見失う。

「なっ、なんだァ!」「グガァーッ」

 ほうぼうでフレンドリーファイア。悲鳴があがる。
 少女はひらりと空中を舞い、着地。

「ク……ソ……がァーーッ!」

 そこへ、狂乱した男が火炎放射器を持って乱入した。仲間もろとも燃やそうというのか!
 トランプといえば紙。火は天敵である。少女がぴくりと反応する。

 火炎放射器の引き金が……引かれる! 豪炎が少女を襲う。
 おそるべき炎の渦は、周囲を焼き焦がしながら火の手を伸ばし、ついに少女に達する――

 その直前で、かき消えた。

 少女は一枚のカードをかざしていた。
 ハートの、8。

「――『大富豪』。8切り」

 大富豪のゲームにおいて、「8」はお流れ、場のリセットを意味する。
 だからその場を支配していた火炎が、消えたのだ。

「ふう。一度きりの防御技をもう使わされるとはね」
「……アバァッ」

 火炎の男が、額にトランプを受けて倒れる。もはや男たちにも打つ手はないか?
 いや。
 少女は背後に、熱を感じる。火の手が迫っている。火炎放射器は、ひとつではなかった?

「ヒ……ハハァーーッ! もう無効化は無ェ! 全員道連れだ! 燃えろ! 燃え……」

 が。その炎は、三秒ともたなかった。
 少女は今度は、クラブの8を見せていた。

「8は」
「ア……」
「8は、何枚あります? 1セットに4枚ありますね? トランプなので」

 男の額に、その「8」が突き立った。

「戦いはポーカーゲーム。本音を見せるもんじゃない。トランプ使いの言うことを信じちゃダメですよ」

 それからも、無慈悲な殺戮は続いた。残る男たちも次々にトランプを額に撃ち込まれた。
 少女は台風のように紙札をまき散らし、命を刈り取った。そして――



「あ……ああ。どうか、命だけは」

 ついに残るは、一人となった。少女の手元に残るトランプも、あと一枚。
 ザッ、ザッと乾いた靴の音だけが響いた。少女が残るモヒカンの男に近づく。
 が……そこで彼女はトドメをささず、その場にしゃがみこんで「最後の一枚」を相手に見せた。

「――ねえ」
「ヒッ」

 ビク、と怯えるモヒカンに少女は容赦なくカードを突きつける。

「どう? 合ってるでしょう」
「な……何が」

「ふふ。最初に見せたカードです。賞賛してくれて構いませんよ。これぞトランプ道奥義――」

 少女はふふん、と鼻を鳴らす。
 モヒカンは目をこらしてそのカードをじっと見た。
 そして、口を開いた。



「違う」



「え?」
「これじゃない」

 それは少女にとって、あまりにも無慈悲な宣告。
 だがそれもそのはず。少女の持つカードの絵柄は。

 クラブの7だった。

「お、俺が見たのはダイヤの9だ……これじゃ、ない」
「はい? 違う? どういうコト? 嘘ついてない?」
「ヒッ」

 少女が凄むとモヒカンは縮みあがった。

「な……なんで!? ねえ、なんでよ!」
「ヒィッ。お、俺は悪くない!」
「言えよ。おい。これで合ってるって。お願いだから。なあ!」

 だが、まくし立てても事実が変わるわけではない。
 少女の悲しい叫びがこだました。

「う、うおおお。また失敗したあ……!」




 ◆



「で? それでお前は、残る一人をみすみす逃がしたのか? 遊子」
「師匠がね、言ってたんですよ。ただ勝つのでは意味がない。美しく勝ってこそトランプ使いだ」

「そんな武器を使ってるからじゃないのか。俺はお前の才能は買っているんだぜ」
「……トランプじゃなきゃ、意味ないです」
「そういう事はババ抜きのひとつでも勝ってから言うんだな」
「うッ」

「まあいい。次の仕事で中途半端は許されないぞ。何しろ優勝だ」
「もちろん。条件、忘れてないでしょうね」

「ああ。『賞金』は我々に、『願い』はお前に」
「ならいいです。二度と『そんな武器』なんて言わせませんよ」



「――トランプは最強の武器だ」




最終更新:2018年06月30日 22:17