プロローグ(リリー・ス・メーア)

彼女は、この世界を愛している。

この世界に生きる全ての人々を愛している。

果てしなく広がる青空を愛している。

様々な形を作り出す雲を愛している。

大地に恵みを与える雨を愛している。

ヒラヒラと舞いながら地を降り立つ雪を愛している。

空を舞い、歌を唄う鳥達を愛している。

草木に止まり、音色を奏でる虫達を愛している。

地を掛け跳ねる動物達を愛している。

水辺を自由に泳ぐ魚達を愛している。

人々が作り上げた技術を愛している。

人々が積み上げた知識を愛している。

人々が育て上げた作物を愛している。

人々が手にした力を愛している。

滴り落ちる血を愛している。

容易に人体を貫く刃物を愛している。

一口で死に至る毒の使用方法を愛している。

何十、何百、何千mも離れた物を撃ち抜ける銃器を愛している。

一瞬で全てを灰にする広域兵器の数々を愛している。

あらゆる苦痛を与える拷問手段を愛している。

傷口を治す医療技術を愛している。

病を治す医学技術を愛している。

心を救う優しい言葉を愛している。

心を焚き付ける叱咤の言葉を愛している。

心に響く至言の数々を愛している。

その笑顔を愛している。

その怒りの眼を愛している。

その流れ落ちた涙を愛している。

その喜びの声を愛している。

照れて赤くなる頬を愛している。

誰かの為に何かをする人を愛している。

自分の為に何かをする人を愛している。

何かに興味を持つ人を愛している。

何でもチャレンジする人を愛している。

何かを努力する人を愛している。

何もせず今日を生きる人を愛している。

今日と言う日で人生を終える人を愛している。

今まさに産まれた命を愛している。

彼女は全てを愛している。

他者が否定するであろう事も、分け隔て無く愛している。

そして、神様を愛している。

この世界を作ってくれた神様を愛している。

そして、彼女は神様も全てを愛してくれていると思っている。

愛しているから、こんなにも多くの物を創造し、こんなにも多くの物を作れる様にしてくれたのだと思っている。

「神様なんていない」と言う言葉ですら、彼女からすれば『そう考えられる』素晴らしさであり、故に愛おしさが溢れ出る。

『ああ、神様はなんて素敵な世界を作ってくれたのだろう』

彼女の心は、常にそんな言葉と愛で満たされていた。



ある日彼女は、『もっと分かり合いたい』と言う強い思いから魔人となり能力に目覚めた。

自分と相手のリミッターは外す能力のせいか否か、魔人に目覚めた彼女の思いは更に強まったと言って良い。

その人の生き方、抱いた思い、そこに至る過程、その為の手段、今の状況、これからの行動、目指す場所、叶えたい夢。

彼女は今まで以上に事細かに様々な事を愛し、そして、それらをもっと知りたいと思う様になっていた。

私の全てを貴方に伝えたい。

貴方の全てを私に伝えてほしい。

そしてこれからも、貴方の素晴らしさを感じさせてほしい。

そんな思いが、彼女を様々な戦いに駆り立てた。

時には殴り合い。

時には斬り合い。

時には撃ち合い。

時には投げ合い。

時にはまぐあい。

ありとあらゆる手段や方法で、多くの人と全てを尽くして戦い、勝敗に関わらず相手を称賛する。

それを毎日の様に繰り返すのが、彼女の日常であった。



「他の世界、言ってみたい?」

その言葉を聞いた時、彼女の日常は少し代わった。

彼女の答えは勿論決まっていた。

そしてその言葉の主は、それに答えた。



リゾート地のホテルの様な場所に、彼女はいる。

彼女は、そこのロビーらしき場所にある複数のテレビで、其々に映った別々の世界を見つめている。

既に幾つかの世界に赴き、多くの人と出逢い、戦い、多くの事を知ったが、それでもまだ世界は無限にあり、その1つ1つにまだ知らない何かが溢れている。

そう思うと、自然と笑みが浮かんだ。

その時、1つの言葉が彼女の耳に入った。

最強の存在を決める為のトーナメント『魔人闘宴劇』。

その言葉の画面に眼を移すと、一人の若い男がその戦いについて語る姿があった。

その語りを聞き終える前に、彼女は立ち上がった。

「ちょっと出掛けて来ますね」

その返事が返ってくる前に、彼女の姿はそこから消えていた。



魔人となり、場所が変わり、世界が広がろうと、彼女の根本は変わらない。

彼女は、全ての世界を愛している。

彼女は、全ての世界に生きる人々を愛している。

彼女は、全ての人々の生き方を愛している。

そしてまた、彼女は新たな世界に舞い降りる。

その世界の人々と、分かり合う為に。




最終更新:2018年06月30日 22:19