プロローグ(ティンドル・フリントロック)
あたり一面の炎、焼け落ちる家、響く悲鳴、そして目の前には鉈と松明を持った大男。
逃げようにも腰が抜けて動けない。
「いや……やめて……」
男はニタリと笑うと鉈を振り上げ――
「――っ!!」
意識が覚醒する。燃える村も、凶悪な男もなく、悲鳴も聞こえない。ホテルのベッドの上にいることが確認できる。
「また、あの夢……」
悪夢から目覚めたこの少女、名をティンドル・フリントロックと言う。
幼い頃に故郷の村を焼かれて十年来、この悪夢に悩まされている。
そんな彼女が遠い異国の地、日本に来てまで『魔人闘宴劇』に参加しようと決意したのは一週間ほど前のことである。
その日、彼女は趣味と実益を兼ね、動画サイトでアニメを鑑賞していた。
その冒頭に挟まる広告、そこで大々的に告知されたのが『魔人闘宴劇』の開催。
優勝賞品は五十億日本円、最強の魔人の称号、そして願いを叶える権利。
五十億日本円。金はあって損はないが今のところ不自由はしていない。
最強の魔人。自分の火炎操作能力は魔人の力ではないかと今の両親は考えているが何れにせよ最強に興味があるわけではない。
願いを叶える権利。どんな願いも叶えられるのだとしたら。
村を焼き、実の両親を殺し、全てを奪い尽くした、顔も名前もわからぬ山賊。あいつへの復讐。
「絶対、許しません……!」
幸い、学校は夏休みに入っている。日本文化をもっとよく知るためと称して夏休みいっぱいを使って日本に旅行に行こう。
学業の成績は上々、今の両親の説得もそう難しくはない。
もし敗退したといても残りの時間を日本のサブカル研究に費やせば問題ない。
――そして、今に至る。
「棒よし、穂先よし、蝋燭よし」
日曜大工気分で作った槍を軽く振って、外れないことを確認する。
本当は火をつけて飛ばせるかも確認したいがそれは室内では無理だろう。ランタンも同様である。
「ランタンよし、火打ち石よし、マッチも……よし」
装備を確認し、身だしなみを整え、お気に入りの靴を履いて部屋を出る。
目指すは魔人闘宴劇大会運営本部。そこで己の強さを見せつける。
自分の付けた火であれば、自在に操作できる。それが彼女の能力。
火の玉を飛ばし、火の壁を作る。温度も操作できるので自分だけ壁を通り、後続の相手を焼くことも不可能ではない。
まずは予選を通る。そこからが復讐譚の始まりだ。
「ティンドル・フリントロックです。本日はよろしくおねがいします!」