プロローグ(勝道 ハテ)

「お兄ちゃんは、優しいから」

 真っ白なシーツで行き場のなく握りしめられた拳に、そっと手を重ねる。

「きっと私のこと、気にし続けるよね? 妹が苦しんでるのに自分ばかり楽しんでいいのかって悩み続けるよね。でも……私は、やりたいことをやるお兄ちゃんのことが好きだから、だから、自分を誤魔化さないで」

 手を握る。白くて、簡単に折れてしまいそうなほど綺麗な手。

「俺は絶対に諦めない、チャンピオンになることも――お前を助けることも。だから……支え合おう、約束だ」


 熱気! 空気を震わす歓声! ドームを埋め尽くす人! 人! 人!

「皆様お待たせしました!」

 観客席を隙間なく埋める人々の目線がマイクを握る男へと向けられた瞬間、男は高らかに宣言した!

「これより、ナイト&マジック全日本大会、決勝戦を――開始します!」
「ウオオオオオーッ!!」

 これは単なる試合ではない! 魔人同士が肉体や戦略で競い合うカードゲーム『ナイト&マジック』全日本大会決勝戦! ここで戦う両名は、世界で戦う権利を持ったカードバトラーである!

 歓声に迎えられながら、二名の男が姿を現す。
 かたや眼前の相手のみを見つめる長身の男。鉄壁の守りと強力な魔人能力で数多の敵を倒してきた。名を、神奈壁コウト!
 かたや観客に手を振る赤髪の青年。小柄なために幼く見える彼こそが、去年の全日本大会優勝者――名を、勝道ハテ!

 今、両雄が真正面に向かい合う!
 握手! ジャンケン! デッキシャッフル!

「後攻を貰うぜ!」

 選んだのはハテ! 両者左腕にバトルディスクをセット!

「それでは、決勝戦の試合――」

 見据えるは手札。盤面。相手の挙動。
 全日本大会優勝の座を、そして互いの誇りをかけて、

「始めっ!!」

 今、両者の魂が激突する!!

「俺の先攻、闇夜の斥候クーリシュアを召喚し、効果で貴様の手札を1枚確認させてもらう」

 呼び出したカードが立体映像として現れると同時、ディスクのタイマーが動き出す。ターンプレイヤーに与えられる時間は3分、彼は常人には追いつけない思考力で相手と自分の手札から戦略を組み立て、消費を最小限に抑えながら堅牢な盤面を構築していく!

「さらに、俺は黒牙要塞を発動する!」

 宣言と共に、彼の背後に威圧感を放つ黒い壁が出現した。それは彼のデッキのキーカード。その発動は彼の魔人能力ともコンボする!

「焦がせ!」

 叫びと同時、顔ほどの大きさの火球がハテを襲い爆発! 自分が優位に立ったと思った時に火球を生み出すことが出来る、コウトの魔人能力「ファイヤー・シェア」の力である!
 対戦相手の絶命などによる試合続行不可を狙え、相手のカードを焼くことでプレイングの幅も狭めるこの魔人能力は、本来ならダメージを与えた優位を得て更に発動するはずだが――

「3分、経ったぜ!」

 次弾は飛ばない。煙が晴れる。無傷のハテが構えていたのは、静蒼騎士団の盾というカードと同じデザインの盾だ。それは立体映像ではなく、魔人能力によって実態化されたもの!

 ハテは笑う。既に手には、静かに燃える炎に包まれた諸刃の直剣――烈火の咆哮団・アルディスの武器が握られている。


 解説字幕が付けられた動画を1人の男が眺めている。
 神奈壁コウト。動画に登場する2人の男のうちの1人であり、今回の全日本大会「準」優勝者である。

「……ふむ」

 映像を見ながら、コウトは唸るように声を漏らす。ハテの動きは、こちらの防御を崩しながらも、火球を放つタイミングでは必ず対応札を手札に握っている。
 勘ではない。性格からは予想できない、綿密な思考の果てに掴むことが出来る戦略眼。ほぼ完璧に見えるバトルの腕――だからこそ。

 映像は決着の瞬間。
 コウトの首に剣を添えるハテの表情が見えていたのは、コウトだけだっただろう。

「なぜ、あんなに辛そうな表情をしていた……?」


 何度も通った道を逃げるように進む。自動ドアの開閉時間すら待てず、開いた直後に飛び出るように走り、

「落ち着け、転ぶぞ」

 投げられた缶を反射で掴む。振り返るとそこにはコウトが立っていた。

「……何の用だ。悪いけどバトルなら」
「そう急ぐな……普段はそういう話し方なんだな。今と同じような表情を決勝戦の時に見た――貴様、人を傷つけるのが苦手だろう」

 図星を付かれたハテは硬直する。
 コウトはジュースの蓋を開けて1口飲み、

「ダメだとは思わない。攻撃の動きだけで相手の動きは縛れるからな。なぜ貴様が嫌いな手段まで使って勝とうとしたのか気になっただけだ。……準優勝との差は賞金だけだろう?」

 そう言って、彼はハテの出てきた建物――病院を見る。きっと、すでに調べ尽くした後なのだろう。
 ハテは俯きながら、ポツポツと話し始めた。

「妹が、病気なんだ……医療方法も見つかってない、不治の病ってやつ」
「その延命費を稼ぐためか?」
「違う。俺が手に入れようとしてるのは……釧路の洞窟の最奥に祀られている、レジェンドカードのうちの1枚だ。怪我も病気も全て治すことの出来る、薬のカード。それを俺の能力で実体化させる」

 コウトが目を見開く。
 北海道釧路といえば、殺人タラバガニが跋扈する日本有数の危険地帯だ。

「そこに、レジェンドカードのうちの1枚があるのか!?」
「ああ、俺にはわかる。俺も、レジェンドカードを持っているから」

 そう言ってハテがポケットから取り出したのは、透明な箱に入った1枚のカード。裏面だけでも充分な威圧感を放つそれを片手で弄びながら、ハテは言葉を続ける。

「だから、そのカードを手に入れるために……俺は、どんな手段を使ってでも勝って、金を稼ぐ」

 その表情は、まるで悪鬼のようであった。
 気圧されながらも、コウトは事前に考えていた言葉を告げる。

「……近々行われる、魔人闘宴劇を知っているか?」

 ハテは首を横に振る。

「俺の親父が運営の一部を担っている。願いを叶えるってのは胡散臭いが……優秀賞金は、50億円だ」

 50億。
 それがあれば、殺人タラバガニを蹴散らす装備を整えられる。

「求められるのは強いこと。親父の推薦枠はまだ使ってない――貴様に覚悟があるのなら! この勝負に乗る気はないか!」

 彼は頷いた。1人の兄として。1人のカードバトラーとして。

――そして、1人の修羅として。




最終更新:2018年06月30日 22:30