プロローグ(半沢時空)

正午直前、都内某高校。普段なら学生達と教師が腹を空かせながら授業を進めているはずの教室は、ひしゃげた机や椅子達が散乱し、窓ガラスが割れ切った、見るも無残な様相を醸す。
そこで二人の者が五メートル程の間合いを取り睨み合っていた。
一方は紺色のジャージ姿で二本の棍棒を持つ男、もう一方は学ランを着た大柄な男。両者ともに魔人である。ジャージ男が口を開く。

「...で、いつになったらどいてくれるのかな、そこの後輩君、俺はまだこの教室を破壊し足りないだよねえ?ん?」
「貴様の後輩になった覚えなどないな。この騒ぎの原因は貴様か、名乗れ」学ランの男も臆さず返す

「ほーう?随分生意気だねえキミィ、オレはここのOBの村松、22歳、わが麗しき母校を破壊したい気分になってなあ、キミも母校と同じになるか?」
「来るなら来い、返り討ちにする。別に正義感に駆られて悪い奴が許せねえって心持ちじゃないが、貴様のような輩は気に入らん」
「言うねえ!キミみたいなナメた野郎は壊し甲斐がある!」

村松が学ランの元へ飛ぶ!およそ人の目にとらえられぬ程の瞬速で間合いを詰め、棍棒を敵の頭めがけ振り降ろす。
「せぇ」
その時だ、村松の真横に空手着の男が忽然と出現し、回し蹴りを村松の腹めがけて放つ。
「やああぁ!」
空手男が吼え、回し蹴りが炸裂!村松の腹に命中...していない!彼は学ランの後方に立つ。瞬間移動....村松の魔人能力だ!
(おっそろしいねえ、気配を読めなかったらゲームオーバーだったろう...)
村松は後ろに振り向く、二人はまだ気づいていない。今が勝機、再び学ランの頭部へ棍棒を...

「ぐあっ!?」
村松の首に激痛が走る。彼の首筋には麻酔弾。瞬時に彼の体から力が抜けていき、床にドサリと倒れた。
「ぐ...こいつは...」
意識が遠のくなか、村松は机の瓦礫の隙間に銃を構えた迷彩服の男が潜んでいるのを見た。
「どうやらこっちの気配は読めなかったようだな、そのまま眠れ、腐れ二刀流」
学ランが村松を罵る。彼は迷彩服向かって小さくハンドサインをしていた。
村松は思案する、こいつが俺をやったのか、まるで気配を感じなかった。しかし、気になるのは、こいつの、顔.....

学ラン男と道着男が後ろに振り返り、意識を失った村松を見下ろす。
迷彩男も瓦礫をのけて立ち上がる。奇妙なことに、彼らの顔は極めて似通ったものだった。
「いやはや!本体君の策のおかげでお互い血を流さず済んでよかったよかった!もっとも奴と真正面から拳を交えたくもあったが!」
「あんまり騒ぎが大きくなると面倒くさくなりそうだからな、空手家」
「加えて私が撃った麻酔銃も人体に害の無いよう調整されているのだ。この時代のとは違う、麻酔銃の未来は明るいぞ学生時代の私よ」

三人は教室を後にする。彼ら皆同一人物であり、しかし本物は学ラン一人、道着と迷彩は別々の未来から呼び出された分身である。
彼らの名は半沢時空、能力名は〈未知への招集〉、半沢自身の未来の可能性を召喚する能力である。

ーーー

二十分後、時空は買い物の後自宅のへと帰還した。
彼の自宅は2階建ての一軒家で、通う高校から徒歩圏内にある。時空は靴を脱ぎ、玄関のそばのリビングへの扉を開いた。中にはいつものように...
「おおお...ワシが占うには近いうちにお主の身に何かが起こる...」
「そっそんな~俺が何したって言うんでゲスか~!」
「二人目の子供が誕生!他プレイヤーからお祝い金を徴収!...オレは人生ゲームでも王になる!」
「おお!先に帰ってたぞ本体君!昼メシ買ってきたのだな!」
十六人もの分身たちが狭苦しく騒いでいた....
「.....うむ、買ってきた」
時空は両手のレジ袋を床に降ろした。この光景は何時までたっても慣れないものだ。

袋の中には人数分ののり弁当がある。顔つきの極めて似た男たちはそれぞれ弁当を手に取り、キッチンの電子レンジへ男臭い大行列を作る。
その中で時空と、刀を携えた紳士服の分身の二人は並ばず、テーブルで食べ始める。
テレビからは先ほど行われていた魔人闘宴劇の会見に関するニュースが流れていた。
「のり弁なぞ温めようが冷めていようが所詮庶民の味、大して変わらん。その事をきっちり理解しているようだな高校時代の私よ」
紳士服の分身はそう言って白身魚のフライを口にする。彼は不動産投資によって巨万の富を得るに至った未来の時空だ。
「いいやそうではなく...あまり並びたくないだけだ、俺の未来の姿とやらの行列に....」

時空はため息を吐く。遡ること二か月前、魔人へと覚醒した彼は己の能力について無知だった。
彼は能力の実験として、あるいは今日のような不良魔人と喧嘩する際に召喚を行った。
日に日に増えていく能力への知識と分身たち、やがて時空は気づく、この分身共、消えない!

「なぜだ...なぜもっと早くに思い至らなかったのだ...一週間もすれば消えるだろうなどとなぜ..!」
「まあ過ぎた話だ、仕方がないと思え」
「仕方ないでは済まぬ、我が家の家計は親の遺産と祖母の年金でやりくりしている。だが、お前らが来てからかなり危うい、庶民がどうとかの場合ではない。一体どうすれば....」

時空は頭を抱えた。その話を聞いた不動産王は笑みを浮かべた。
「フフ、金ならあの大会に出ればよかろう?」
「...魔人闘宴劇、ニュースのあれか、無謀だ。ああいう本物の戦士らが集うような場で俺が勝てるはずが...」
「フフフ、そうだな、私が投資を始めるにあたって私の貯金を資本金としたのだ。それはいったい何円だったと思う?」

時空は考えを少し巡らせたのち、目を見開いた。この男の言わんとすることが理解できたからだ。
「..お前まさか、いや、だとすれば..」
「正解はそう、50億円だ。こんな大金一体どこで手に入れた?あったのだ、これほどの賞金が手に入る大会がね!魔人闘宴劇!私はそれに出場し、そう!あろうことか優勝したのだ!」
不動産王はバッと立ち上がった。そして若き日の己を見つめこう言った。

「私は高校時代、魔人闘宴劇で優勝した未来の半沢時空だ。この『可能性』にかけてみないか?」




最終更新:2018年06月30日 22:33