プロローグ(ドラゴン博士)

「よう博士~っ!今日もドラゴンの話を聞かせてくれよ!」
「やあゆうき君。君は本当にドラゴンが好きじゃな。じゃあ今日は、ドラゴンと龍の違いについて話すとするかな」
「やったあ!でも、それって日本語と英語なだけで同じものじゃないの?」
「実は、これらは元々別のものを指しているんじゃよ。ドラゴンは英語、つまりヨーロッパで生まれたもの。龍は漢字、中国で生まれたものなんじゃ」
「ふーん……でも、それがどう違うの?」
「中国の龍の絵を見たことがあるかね?ラーメン屋の器に描いてるようなやつじゃよ」
「知ってる!蛇みたいに細長くて、翼もないのに空を飛んでて、手足が短くて……って、ドラゴンとぜんぜん違うじゃん!」
「そう、違うんじゃ。だけど、どちらも『人智を越えた強さの爬虫類』であることから、西洋と東洋の文化交流の中で次第に同じようなものと見なされるようになっていったんじゃ。今では、元の意味のドラゴンも龍もほとんど一緒くたにされているけどな」
「すげー!なあ博士、博士はなんでそんなにドラゴンに詳しいの?なんでドラゴンの研究をしようと思ったの?」
「ああ、それは……また、次に教えよう」
「えー!前もそう言ってたじゃん!絶対だぞ!約束だかんな!」




空が、焦げ落ちている。
否、空だけではない。街が、人が、研究所が、サンプル正義マンが。
この終焉の風景の中、動く姿は僅かに二つ。
異形の影が、くたびれた人影の首元を地面に押さえつけている。


「10年ぶりになるのかな、ゆうき君。君は……ドラゴンになってしまったんじゃな」
「……違うね。俺は初めからドラゴンだったんだよ。ただ、魔人の力がそれを顕現させてくれただけさ」

ゆうきの背には翼とジェットパックを強引に融合したような形状の器官が備わっていた。
それだけではない。肺とガスボンベ、鉤爪と日本刀、鱗とアスファルト……同じ機能を果たす人工物を取り込み、新たな器官として動いている。
ゆうきの魔人としての特殊能力、無双龍機(アース・アーマード・アンド・ファイアー)によるものである。

「この圧倒的な力!これだよ!これだから俺はドラゴンが好きなんだ!あらゆるものを捻じ曲げて思い通りにする暴力!最ッ高だ!」

高笑いと共に、空に向けて圧縮ガス熱線が放たれる。遠くで自衛隊の攻撃ヘリが墜落し、動く影の数が二つに戻る。

「今ならなんで博士がドラゴンを研究してたかがわかるよ!こんな力、欲しくならないわけがないからさあ!
 なあ?羨ましいだろ?博士ならわかるだろ?羨ましいんだろ?」
「……そういえば、教えておらんかったな。私がドラゴンを研究している理由はな」


影が消えた。


「ドラゴンが嫌いだからじゃよ。深い理由はないんだが、生理的にどうしてものう。嫌いで嫌いで仕方ないんじゃ」

ぼとり、と何かが落ちる。深々と無数の杭が刺さり、根元から折れたユウキの翼であった。

「地対空の対ドラゴン射出機構付きのパンジステークじゃ。二度と飛び立てない翼か、さもなくば二度と着地できない脚にする。これは特許を取ってある」
「……痛ッッ「東洋龍の類には当てるのが厄介で、その時はアース線のついた霞網を使うんじゃよ。でも今はどうでもいいな。で、これは龍鱗剥がしナイフ。背側の凹凸がよくできておってのう。剥がせなくてもたいていの鱗は削り取れるし、一枚めくれれば後は芋蔓式じゃ」
「あがッ何で「ああ、呼吸器系に届いたみたいじゃな。単独で発火しないガス袋があるタイプなら、火打石部分を取ればいいな。痛むぞ。ほい取れた」
「悪かった許「あとは爪か。防ぐほうはあるんじゃが、折る方はまだ考えておらんなかったな。これは課題とするとして、根元からなんとかしよう。鋸でいいか。これはまだ発明品じゃないから安心するんじゃ」
「助け「えーと、こんなもんかのう。必要なところはだいたい剥いだはずじゃが」

人影が、もうひとつの人影の首元を地面に押さえつけている。

「……博士、俺は博士に、見てほしかったんだよ。ドラゴンに、なった俺を。それで、喜んで、ほしかったんだ。それだけ、なんだ。でも、今の俺はもう……ただの人間だ。許してくれ」
「いや、君はドラゴンじゃよ。人間の姿をしていても、ドラゴンはドラゴンじゃ。君に限らずこの社会にもたくさんいるとも。全部が敵じゃ。その証拠に、私の発明品はドラゴンにしか効かんのだよ。そのために作られてるからのう」
「じゃあ、何で……俺に、ドラゴンの話をした……?何で……俺に、ドラゴンを、愛させた……?」
「何でって……ほら、嫌いなものの話をするの、楽しいじゃろ?」


影が一つ動かなくなり、残った影もすぐに去った。



災厄級魔人の撃墜に対する報奨として、彼は一枚のチケットを求めた。
魔人闘宴劇。勝者には、望みを叶える権利が与えられる。
彼の望みはドラゴンの絶滅。自らの能力では寿命が人生一回分足りないほどの困難。
小型龍(ラプター)一匹たりとも残さぬ安息の世界を目指し、ドラゴン博士の発明は続く。




最終更新:2018年06月30日 22:41