プロローグ(Mr.ナンバリアン)

ステージの上で、黒いシルクハットを被った男がスポットライトに照らされている。
マジックショーだ。 

男はステージ上でシルクハットを頭から取って観客へ礼をする。
それがショーの始まり。

男がシルクハットを使えばその中から鳩を大量に出す。
かと思えば、ハトがいたシルクハットの中から綺麗な一輪の花を出現させる。
トランプを使えば、男が踊るとトランプも一緒に空中で踊り出す。

手際は見事だ。 

マジックが成功するたびに、観客から賞賛の拍手が送られる。
魔人が溢れるこの世の中であっても、観客を飽きさせない。
それは彼のマジックの腕が一流である証だった。

男は観客に向かってウインクをみせる。

 その姿に観客の女性陣から歓声が上がった。

「お楽しみいただけたでしょうか それでは、次が本日最後のマジックとなります……」


 用意されたのは人一人が入る箱。 透明な箱だ。
 男は箱に閉じ込められた。 厳重な鍵がかけられる。
 箱をバンバンと叩く男。
 ――と、次の瞬間、箱が炎に包まれた。

 観客から悲鳴が上がる。

 炎は箱内部にまで広がった。
 まさか、死んだんじゃないか。
 観客のそんな声が聞こえてくる。

 だが。
 「イッツア・イリュージョン!」

 男の声とともに突如として観客席後方に、スポットライトが照らされる。

 そこには、ステージが始まる前とは何一つ変わらない男の姿があった。

 観客の拍手と賞賛が会場を包む。
 男は歩きながらステージに戻ろうとして、ふと一人の観客の元で足を止める。

 「麗しきお嬢さん、貴女には花が似合う」

 男は女性に向かって跪き、いつ間にか手に持っていた花束を差し出す。

「…………あ、ありがとうございます!」

 女性は嬉しさと恥ずかしさ混じりの表情で男を見つめる。
 他の観客からキャーという声が上がる。

 かくして、Mr.ナンバリアンのマジックショーは『いつもと同じように』観客を大いに湧かし、終幕を迎えた。

  ◆★★◆


 個人の控え室に戻ったナンバリアンは椅子に腰掛ける。
その部屋には女性が一人立っていた。

「ナンバリアン様、新しく確定したスケジュールをお伝えします」
「ナル、頼む」
ナルと呼ばれたこの女性はナンバリアンのマネージャーである。
「テレビ出演の依頼です。 『ゲテモノ食い散策!Mr.ナンバリアンよ、永遠に!』」
「それ俺、死んでない?!」
「冗談です」

棘のある喋り方。
ナンバリアンは思案してナルの怒りの理由を察した。

「もしかして、俺が観客の女性に花束を渡したことを気にしてる?」

「いえ観客へのサービスは基本。 ちょっとムカついたのでからかってやろう、なんて微塵も思っていません」

顔をプイと横に向けるナル。

「気にしてるじゃん」

「フンだ、キキの馬鹿……」

口を尖らせて急に口調を変えるナル。
これが彼女の素だとナンバリアンは知っている。



Mr.ナンバリアンこと難波喜輝は、三年前に裏社会と関わった。
有名税によるくだらない理由でとある組織から喜輝は狙われたのだ。
その組織の暗殺者がナルである。
初めての暗殺だったナル。
だが、彼女は暗殺者に向いていなかった。

孤児で魔人、身寄りや名前すらないナルには裏社会しか居場所がなかったのだ。

自らを本気で殺そうとしない彼女の雰囲気を察したのか、喜輝はナルに手品を披露した。

『ご覧、お嬢さん』
『……………綺麗』

トランプが次々と花に変わっていく。それを
目を輝かせながらみつめるナル。
綺麗な瞳、喜輝はそれをよく覚えている。

その後、喜輝は組織から次々と送り込まれてくる暗殺者を撃退し、組織を壊滅させた。

喜輝とナルはそれ以来、ずっと一緒だ。

組織がなくなり、喜輝の側を離れようとしないナルをそのままにするわけにもいかず、喜輝は自らのコネで彼女をマネージャーにしたのだ。



「ナルの言う通り、サービスだから」
「でも、この間、仕事でもないのに初対面の女の人に花束を渡してた」

ナルのジト目。
喜輝はナルから目を逸らす。

「あれはつい、いつもの癖でね」
体が勝手に。
喜輝曰く、エンターティナーのサガらしい。


ふと、時計をみた喜輝は咳払いをして、顔つきを変えた。
「ナル、スケジュールは全部キャンセルだ 。 いまからとあるところへ行かなきゃならない」

「……やはりアレに出るのですか」

仕事モードに戻った喜輝、ナルも口調を戻したようだ。

「ああ、亜門グループの開いたあの大会、私は魔人ではないが、参加する」

喜輝は、今のマジックショーに限界を感じていた。

だが、あの大会で優勝できれば、まだ喜輝のマジックは進化できる。

もっと観客を楽しませるショーをしたい。
だから。

「私は、魔人になりたい」

「鈍ってないんですか?」


ニヤリとし、ナルが手に何かを持って構える。


ちくわだ。

「どうだろうね」

喜輝も笑う。

ナルの魔人能力はちくわを音速射出できる能力である。いつもマネージャーと喜輝のボディガードを兼ねて、ちくわを持ち歩いているのだ。

指にはめることで指の数だけ連射できる。


「戦いの腕が鈍ってないか 私が確かめます。
……いくよ、キキ」
ナルがちくわを1本射出する。
それとほぼ同時にナンバリアンは。
「ワン」
カウントを始めた。

ちくわが何かとぶつかる。
ちくわは跳ねて、ナルの口に収まる。

「美味しい~」

ナルの足元に特殊金属製トランプが刺さっていた。
「ツー」
「ゴクッ消えた?!」

今度はナンバリアンが部屋から消失した。
いや、正確にはナルの認識から消失したのだ。

ナンバリアンは魔人ではない。これは数字のカウントや暗示で起こせる技であるとナルは聞いていた。
彼の秘技。

欠落していく認知(ミスナンバーディレクション)


「ここさ」
「ッ!」

後方からの声、ナルが振り返るとナンバリアンがいた。
「……いつの間に」
ちくわを構え、射出しようとするが。
「スリー」
またナンバリアンが消える。

カウントが止んだ。
ナルは気づく。ナンバリアンが部屋にいないことに。
「出ていった? 会場に向かったのかな……」

「?」

ナルは手のちくわの穴に紙が挟まっていることに気づいた。




『俺は、魔人なってマジックを進化させる。 そして俺も魔人であるナルと一緒に同じ景色をみたいんだ。 だから、必ず優勝する』


「ホント、キザな奴」

紙を読み終わったナルは俯き呟く。



「…………バーカ」

その耳は赤く染まっていた。




最終更新:2018年06月30日 22:48